太陽の光が暖かさを肌で感じることに幸せを感じる日が来るとは思わなかった。僕は心地よく、無意識に身体を上に伸ばしては笑みが零れた。
僕らしくない、爽やかな空間だった。
「満足していただいて何よりだ。」
「いや本当に、セロトニンがドバドバ出てきます。」
「そんなに出てたら頭痛がしてきそうだな。お燐はどうだ?」
お燐さんの方へ視線を向けると、ガタガタと震えて入口にある岩に体を隠している。
何がそんなに恐ろしいのか。
「じ、重罪を犯している気分…」
「気分だけだぞ。軽い罪にもならない。」
しかしお燐さんは兎も角、僕は地上に出てきてしまってもいいのだろうか。
今更ながらに不安になってきた。セロトニンが出過ぎたのか?
「あの、僕は良いんでしょうか?紫さんが許すかどうか…」
「気にしなくていいぞ。彼女は住む場所を地霊殿にしただけだ。外に出るなとは一言も言っていないからな。」
彼がそう言うのだから間違いは無いのだろう。僕は湧き出た不安に蓋をして、お燐さんの方へと歩く。
「何やってるんですか、早く出ましょう。」
「待って!心の準備が…」
「いつまで準備してるんですか!ほら!」
僕は彼女の手を引き、太陽の光を浴びせる。すると彼女はまるで吸血鬼のように叫びながらその眩しさに悶える。その姿が少し面白くて笑ってしまう。
「何笑ってんのよ!?鬼!悪魔!霊夢!」
「霊夢に言っておくよ。」
「止めてください!?」
霊夢、というのは噂に聞く博麗神社の巫女『博麗霊夢』のことだろうか。会ってみたい気持ちはあるが、可能なのだろうか。
「零さん、その霊夢さんってどんな人なんですか?」
「え?あぁ、会ったことないもんな。一言で言えば…竹を割ったような性格だよ。」
「幻想郷の人はそんな人が多いですね。」
「あぁ、言われてみればそうだな。」
妹紅さんにも同じ印象を抱いた気がする。しかし、そんな性格の人がもし敵対視してきたらなんの躊躇もなしに僕を殺してしまうのだろうか。そう思うと末恐ろしいと身を震わせる。
「さて、今日は久々に緑と青空を見た直人君の好きな所に行く日だ。どこか行きたい所はあるか?」
「え?えっと…」
幻想郷に来て一週間強はいるのだが、未だに幻想郷に何があるのかが分からない。
永遠亭、マヨヒガ、博麗神社、そして地霊殿。これら以外にも観光できる場所はあるのだろうか。記憶を辿ってもそれら以外の場所の名前を聞いたことは無い。
悩んでいる僕を見て零さんは何かを察したのか、指で少し頭を搔いた。
「それじゃあ〜、どんな所に行きたい?」
具体的な質問から抽象的な質問へと変えてくれた。確かに、それなら地名や建物の名前を知らなくても答えられる。別に博麗神社に行っても良かったが、しかし神社を観光とはいってもそれらは元の世界で至る所にある。実家から歩いたらすぐに着くぐらい近くに。
あまり見ることもないような景色、景観を見たい。この幻想郷は明治時代辺りの文明で止まっている。それならば…
「日本庭園…とか?」
「あ〜…なるほど…」
何か微妙な反応を示している。これは…厳しいようだ。
「いえ、なければ全然他の所でも…」
「いや、ある。あるんだが…」
「…?」
なんだろう、零さんにしては酷く歯切れの悪い様子だ。暫くその珍しい反応を見せた後、彼は軽くため息をついて顔を上げた。
「うし、それじゃあ行こうか、日本庭園へ。」
「え、良いんですか?何か躊躇っていましたけど。」
「あぁ、大丈夫だ。」
零さんは優しく笑う。しかし、彼は何を考えていたのだろうか。日本庭園の持ち主が物凄く厳格な方なのだろうか。日本庭園という場所なだけで身が引き締まるような雰囲気なのに、更に背筋を伸ばさないといけないような要素があったら、確かに躊躇いそうだ。
「君も、付いてくるだろう?」
零さんはお燐さんの方に目線を向ける。まだビクビクしているのだろうかと僕も目線をそちらに向けてみるとそこにお燐さんの姿はなく、代わりに黒猫が岩の上で日向ぼっこをしていた。
まさか、あれはお燐さんなのか?
「にゃぁ〜…」
「行くみたいだな。」
とてもそう言ったようには見えない。僕は彼女の所へと歩いていき、しゃがみこんで視線の高さを合わせる。
「お燐さん、行きましょうよ。置いていきますよ?」
「あったかいにゃぁ〜…」
「…」
僕は彼女を持ち上げ、普通の猫を抱えるようにして零さんの所へと戻る。
「よし、全員の準備は良いようだね。それじゃあ掴まって。あぁ、いや、直人君はお燐を抱えているから俺が直人くんを掴んでいよう。」
「あ、はい。」
直人くんは…?僕しかいないのだけれど。
疑問符を頭上に浮かべるが、そんなことはお構い無しに零さんは瞬間移動をしようと目を瞑ったのを見て、僕も急いで目をつぶる。
少しでも酔わないようにしなければ日本庭園に僕の吐瀉物が巻かれることになりかねないから。
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目を閉じていても吐き気というものは襲ってくる。しかし、前ほどの気持ち悪さは感じない。少し慣れたのだろうか。
「目を開けていいぞ。」
そんな零さんの声に従い、僕は瞼を開く。するとそこに広がっているのは、寂しくも美しく空に広がる大きな枯れ木の枝。それを中心に波紋のように円を描く枯山水。『雅』という文字が擬態化したような、そんな気高くも儚さを感じさせる風景に、僕は目を奪われた。
「ここは『白玉楼』という場所で、良い庭師が整えているんだよ。」
「そうなんですね…」
零さんの説明で、僕は目と一緒に奪われそうになっていた意識を取り戻した。あまりの美しさに、思考が止まった。
よく見ると、周りには健康的な葉が生えている木がこの庭園を囲っているのか分かった。しかし、それよりもこの枯れ木が圧倒的な力を放っているのだ。死をイメージさせるような、そんな枯れ木が。
僕は何故だか寒気を覚える。いや、感動による鳥肌なのか?
「ああああ!!!」
すると、横から聞き覚えのない女性の声が聞こえる。その音源に目を向けると、緑色のベストにスカートを揺らす銀に靡くボブカットの女性がなんだか驚いたようにこちらを見て叫んでいた。
よく考えたら、僕らは不法侵入をしているのでは?と、今更ながらに気がついた。
「零さん!来るなら一報頂かないと!」
「あぁ、すまん。」
しかし、零さんの存在が免罪符になってくれているらしい。それにしても、近付いて気が付いたが彼女の腰に二つの日本刀が鞘に収まっている。もし零さんがいなかったらどうなっていたのだろうか。
「そちらの方は?」
「あ、初めまして。上嶋直人と言います。」
「初めまして、ここの庭師をしております。『魂魄妖夢』という者です。」
僕がぎこちなくお辞儀をすると、妖夢さんは綺麗な角度で自己紹介をした。すると彼女は僕が抱えるお燐さんに目が行き、顔をパッと咲かせる。
「かわいい猫又ちゃんですね!撫でてもいいですか?」
「あー…本人に利かないとなんとも言えないと言いますか…」
「誰が猫又だ!」
お燐さんは僕の腕から降りると、その姿を元の擬人化したような姿へと戻す。その様子に妖夢さんは少し驚いたような表情を見せる。
「あたいは火車の妖怪だよ。二度と間違えないでよね。」
「え、あ、はい。すみません…?」
お燐さんは腕を組んで不満げに妖夢さんを睨む。撫でようとする手で固まる妖夢さんに、クスリと笑いそうになる。
「直人も!いつまであたいのことを抱えてるのよ、この変態め!」
「置いていった方が良かったですか?」
「寛大なあたいは貴方を許してあげるわ。」
なんと調子の良い猫だろうか。
「この人は火焔猫燐さんです。」
「あ、よろしくお願いします…」
彼女は戸惑いながらも先程のような綺麗なお辞儀する。対するお燐さんはフンと鼻を鳴らして彼女を上から目線で見ていた。何故こんなにも不遜な態度がとれてしまうのか、甚だ疑問である。
「さて、妖夢。幽々子は今いるかな?折角来たのだから軽く顔を見たいのだが。」
「あぁ、いらっしゃいますよ。どうぞこちらへ。」
ここのご主人だろうか。それならば挨拶はしておかなくてはならない。しかし、いきなり家に上がっては不躾ではないだろうか。零さんがいるとはいえ、少し心配だ。お燐さんもいることで更に。
「安心しろ、ここの家主はそんな厳しい奴じゃない。」
零さんはまた僕の思考を読んだかのように声をかけてきた。何故こんなにも思考が手に取るように分かるのだろうか。実際に心が読めると言われても不思議では無い。
僕は少し深呼吸をして妖夢さんの後に続いた。