東方化物脳 Re:make   作:薬売り

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ES達の亡霊 Ⅲ 『冥界』

 心地よい風が縁側から部屋に吹いて、僕らの肌をサラサラと流れていく。畳の縁を何とか踏まないように足元に意識を向けながら、僕は妖夢さんの「どうぞ、お座りください。」という慣れない対応に従い、音を立てないようにゆっくりと座る。

 

「今、幽々子様をお呼びしますので、少々お待ちになられてください。」

「あ、どうも…」

 

 そうして妖夢さんはできるだけ音を立てないように、しかし慣れたように襖を閉じた。

 

「何ガチガチに緊張してんだよ。」

「いえ、こんなにもちゃんとした豪邸に足を踏み入れたのが初めてで…今更緊張してきました。」

「はっはっは!心配すんな、幽々子と会えば気が抜けるぞ。」

「は、はぁ…そうですか…」

 

 まるで、また新しい異世界にでも入ってしまったのだろうかと錯覚してしまうほどの雰囲気に、とてもジっとしていられない。

 僕は緊張のあまり机に目線を固定させてしまう。そんな動かない視界に、緑茶の入った湯呑みが静かに置かれた。ここの使用人だろうか、僕はお礼を言うべく視線を上に向ける。

 

「ありがとうござい…え?」

 

 僕は夢を見ているのだろうか、二つの湯呑みを乗せた木製の盆が中に浮いているように見えるのだ。目を擦れども、その光景に変化は無い。

 他の湯呑みは零さんやお燐さんの所へと持っていかれ、2人はその盆に向かって「ありがとう。」と感謝を伝えていた。つまり、これは僕の幻覚ではないようだ。

 

「え、あ、あの、お盆が浮いているのは一体どういう…?」

「あぁ、直人くんは霊感がないのか。」

「レイカン…?」

 

 僕が疑問符を浮かべていると、零さんは僕の方に触れて少し体重を乗せた。なんだか、妙に涼しい温度がその触れている方からじんわりと全身に伝わってくる。

 すると、徐々に血液の拍が大きくなってくるのを感じる。ドク…ドク…と全身を巡る血を感じていると頭が冴えてくる。

 

「あの、これって…?」

「お盆の方を見てみろ。」

 

 不思議に思いながらも、零さんの指示に従い宙を舞う盆に視線を戻す。

 するとどうだろう。そこには先程のお盆を持った和服に前掛けを着けた女性の姿がお淑やかに手を振っていたのだ。

 

「え!?」

「彼女は…というより、この白玉楼にいる人達はほぼ全員幽霊だよ。」

「幽霊!?」

「そう、ここは『冥界』なんだよ。」

 

 その言葉に、僕は気が遠くなるのを感じる。『冥界』なんて、本当に僕は新しい異世界に入っていたようだ。

 

「え、僕は死んでしまったのですか…?」

「いやいや、生きてるよ!生きたまま冥界に来たってこと。」

 

 僕は頭を抱えた。正直、混乱してまともな思考ができなくなっていることを自覚している。

 

「あれ、待ってください。僕、妖夢さんは見えましたよ。彼女は生きているってことですか?」

「あぁー、彼女は…」

「皆様、幽々子様をお呼びしました。」

 

 と、零さんが何かを言いかけると、襖の向こう側から妖夢さんの声が聞こえてきた。

 

「おう、入ってきていいぞー。」

 

 零さんがその声に応えると、襖はゆっくりと開かれた。そこには正座をして襖を開いた妖夢さんと、桃色のミディアムヘアを風に靡かせた、着物にしては可愛らしいフリルの帯なんかを巻いている女性が脱力した笑顔をこちらに向けていた。

 

「三週間ぶりね、零。」

「おう、そん時は世話になったな。」

 

 零さんが、会ったら気が抜けると言っていた理由が分かった気がする。このゆったりした声色に話し方には、どうにも力んでしまった背筋を曲げてしまう。

 しかし、気になることが一つだけある。零さんが僕に何かをしてからというもの、妖夢さんの周りに白玉のような物体が浮遊しているのが見えるのだ。

 

「あら、貴方達が零が連れてきたお友達ね?」

「え、あ、はい!上嶋直人と言います。」

「火焔猫燐よ。」

「ご丁寧にありがとうね。私はこの白玉楼の主、『西行寺幽々子』よ。よろしくね。」

 

 そういうと、幽々子さんはニッコリと僕らに笑顔を向けた。優しそうな笑顔なのに、冷えた空気が僕の猫背を撫でた気がした。

 

____________________________________________

 

 幽々子さんが机の向こう側、つまり真正面に座り、そして妖夢さんは一歩後ろの部屋の隅に正座している。

 幽々子さんと零さんは茶にも手を付けずに談笑に夢中だ。対してお燐さんは緑茶を飲んでは相当に美味しいのか緩んだ表情を見せていた。

 取り残された僕は談笑に混ざろうと邪魔をしてしまう訳にも、お燐さんの幸せそうな瞬間に話しかけて水を差すわけにもいかず、ただ孤独にお茶を啜っていた。

 しかし、あまりにもこの孤独感に耐え兼ねて、僕は妖夢さんに話しかけた。

 

「すみません、お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんですよ。ご案内させていただきますね。」

「ありがとうございます。」

 

 僕は他の三人にも声をかけて妖夢さんに付いて行った。僕が席を外しても、二人の談笑は明るかった。

 席を外せたことに安心していると、妖夢さんが案内をしながらも話しかけてくる。

 

「すみません。幽々子様、零様のことを大変気に入っておりまして、直人様には目をくれずに…」

「あ、あはは、気にしないでください。それと、様を付けられると少しむず痒いです。」

「お客人を気軽にお呼びするなど恐れ多いですよ。」

「そうですか。」

 

 やはり、誰かに仕える人というのは主人のお客さんとは一枚壁を隔てた接し方をしなくてはならないのだろう。ならば、僕もその決まり事に口を出すわけにもいかない。

 

「それにしても、美しい庭園ですね。妖夢さんが整えているんですか?」

「ありがとうございます!そうなんです、私がここの庭を整えているんですよ。」

「本当に感動しました。特にあの大きな枯れ木には、意識を引き込む力があります。」

 

 素直な感想を彼女に話すと、少し彼女の唇が動いた。

 

「そうですか…そう言っていただけると嬉しいです。」

 

 彼女の表情に少し翳りが生まれた気がした。そして、どこか考えるように視線を下げて虚空を見つめている。

 どうしたのだろうか。そうすると彼女は何も無い所で躓いてしまい、僕は急いで彼女を支えようとする。

 

「危ない!」

 

 彼女の肩に触れた。突如、脳裏に荒々しい映像が流れてきた。満開の桜の下で血塗れになりながら日本刀を持つ妖夢さんの姿、そしてその狂気を感じる程に純粋な瞳。

 まるで意味が分からなかった。

 

「すみません!お客人にご迷惑を…」

「い、いえ。お気になさらず。お怪我はありませんか?」

「はい、おかげさまで怪我はありません。」

 

 あの映像はともかく、彼女に怪我がないようでよかった。僕は彼女から手を離す。

 

「それじゃあ、行きましょうか。」

「あ、はい。」

 

 客と屋敷の使用人という関係性を重視している彼女だ。あまりこの話を長く続けては必要以上に申し訳なさを覚えてしまうだろう。僕も別に恩を売る気でもないので、トイレを案内するように促す。

 

「…あの。」

「はい?」

「ありがとうございました。」

 

 彼女はニッコリと笑う。

 

「どういたしまして。」

 

 しかし、僕の脳からは彼女の血塗れな姿が離れなかった。

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