直人様をお手洗いへ案内し、戻るまで少し離れた所で待っている。その間、私は先程の彼の庭に対する評価を思い出していた。
庭に聳える大きな枯れ木、『西行妖』はいつも私を嘲笑っているように見えて仕方がないのだ。私の未熟さ故に、幽々子様をお守りすることが出来ない。
私は一度、亡霊である幽々子様を本当の意味で殺しかけてしまったのだ。あの枯れた桜は何人もの数を屠ってきた妖怪であり、生前の幽々子様があの下で自害したその亡骸で封印がなされた。しかし、その亡骸の正体を知らない亡霊の幽々子様は、あの桜が満開になればその亡骸が復活するのではないかと、私に幻想郷中の春を集めるように指示なされた。
結局、それは霊夢や魔理沙達に阻止された為事なきを得たが、その後私のみその真実を伝えられ、今後はそのようなことがないよう、幽々子様を制御する役割を零様に任された。
あの桜が満開になれば、幽々子様は存在を保てなくなる。それを何度も言われた。
「…未熟だ。」
半人前とも言える。私は思考をせずにただ幽々子様の命令に従い、そのような恐ろしいことを平然と行っていたのだ。
私は自身に絶望した。しかし、それを幽々子様に懺悔することも許されない。あの方は、その真実を知らないのだから。
「もっと…強くならねば。」
かつて師匠は「真実は斬って知る。」と仰っていた。しかし、私は未だに何度も刀を振れども真実にたどり着いたことは無い。それどころか、あの小さな鬼に言葉の本質を理解できてないとも言われた。
私は、いつまで弱いままなのだろう。
「ねぇ?」
瞬間、凍える程の殺意が私の背中を刺した。声も出せない程に、苦しい。一瞬にして鼓動が速まったのを感じる。
「ねぇ、妖夢?」
「だ、れだ…」
絞り出すような声でその殺意に問う。
侵入を許してしまったのか?しかし、背後から感じるドス黒く生気の感じられない吐息は、人間はもちろん、妖怪でもないように思えた。もっと、潜在的にある恐怖を具現化したような…
「何もかも、あなたって中途半端。」
彼女の一言一言が、私の心臓を握り締める。怖い、その感情だけが血液のように巡り、私を支配した。
「私は半人前だって言いふらして、それが免罪符代わりにして。」
「ちが…」
耳元に冷たい吐息がかかる。
「私は半人前だから、幽々子様を守れなかったのは仕方がない。」
違う。
「私は半人前だから、真実が分からなくても仕方がない。」
私はそんなんじゃない。
「私が半人前だから…」
師匠の言葉が理解できなくても仕方がない。
違う。勝手に脳内に文字が流れてくる。そんなんじゃない。私は本当にそうやって自らを律していて…
「『真実は斬って知る』んでしょ?」
「…え。」
「なら、斬っちゃえばいいよ。それで分からくても、半人前なんだから仕方がないでしょ?」
私の手が震えている。気が付けば、刀の柄の部分に手をかけていた。これを引き抜けば、もう後戻りができないような気がして、しかし同時にそれも仕方がないとも思えてきたのだ。
「まずは、彼を斬ってみたら?」
その瞬間、私の恐怖で何も考えられなかった脳が冴えてきたのが分かった。
恐怖はもうない。その代わりに高揚感が私の口角を吊り上げた。そんな口角を、冷たい脳の私が必死に手で物理的に下げた。こんなこと、考えてはならない。
「もう、居ない…?」
背中の殺意は跡形もなく消え去っていた。
____________________________________________
トイレに来たものの、あの場から離れたかっただけで出せるものは無い。なんの意味も持たない時間だけが流れていた。
「それよりも、和式かぁ〜…」
予想出来たことだ。寧ろ、こんな和の権化みたいな建物に洋式のトイレがある方が違和感を感じるだろう。ちなみに水は流れず、穴が深くまで続いている和式だ。所謂…いや、それはいいか。
それにしても暇だ。時間を潰すのにスマホは持ってこいだったが、生憎ここでのスマホはなんの価値もない。
「…出るか。」
そう、項垂れるようにしてトイレの扉を開こうと、取手に掴む。すると、また鋭く刺すような頭痛が僕の脳みそを襲う。しかし、流石にこんな所で倒れたくは無いため壁によりかかって何とか耐え抜こうとする。
「イテェ…」
視界がぼやける。こんな頭痛が二回目ともなると、流石に自身の体が心配だ。一度、永遠亭で診てもらおう。
耐えるだけの時間がそろそろ終わりを迎える。頭に響くそれは収まり、僕は長い溜め息を吐いた。痛みは嘘のように無くなっている。
すると、扉からコンコンコンっとノックする音が響いた。妖夢さんだろうか?
「もし?」
いや、妖夢さんではない。聞いたことはあるのだが、しかし、誰の声かは判断がつかない。
「あの、どちら様ですか?」
「えー?私のこと忘れちゃったんだ。」
「す、すみません…」
やはり、顔見知りらしい。だが、やはり扉の向こうにいる人が誰だかが分からない。
「そんなことより、またここにいるってことは…巻き込まれちゃったんだね。」
「また…?それに巻き込まれたって?」
「大丈夫、私が助けてあげる。」
彼女は一体何を言っているんだろう。頭痛が収まってきた。僕は扉を挟まず面と向かって話し合おうと、目の前のそれを開いた。
しかし、そこに人の姿はなかった。
「…一体何だって言うんだ。」
不可解な出来事に頭をか掻いていると、廊下の少し離れた所に妖夢さんがいるのが見えた。
やはり待っていてくれたのか。なんだか申し訳ないが、もしかしたら僕に話しかけていた人が誰かを知っているかもしれない。僕は妖夢さんの方へと向かいながら声をかける。
「すみません、お待たせしてしまい。」
「…え?あぁ、いえ、大丈夫ですよ。お気になさらず。」
なんだか上の空だ。何かあったのだろうか。この様子だと僕と話していた人を見ていたかは疑問だ。しかし、念の為訊いてみる他ないだろう。
「あの、お手洗いで誰かから話しかけられていたんですけど、妖夢さん、誰か見て…」
そこまで話していると、唐突に僕は何かに手を引かれたかのように後ろへ転んでしまった。なんとダサいことだろうか。人の目の前で転ぶなど恥ずかしいことこの上ない。
僕は顔を赤くしながら目線をあげる。だが、その赤い顔もすぐに真っ青に変わっていった。
「大丈夫ですか?直人様。」
僕がさっきまで立っていた空間に、妖夢さんの刀が突き立てられていた。妖夢さんは、まるで純粋な目で僕を見ていた。