東方化物脳 Re:make   作:薬売り

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ES達の亡霊 Ⅴ 『空』

 鳥が囀り、心地よい風が肌を撫でる。こんなにも穏やか日なのに、目の前の刀の先端は僕の血の飛沫を見たいと望んでいる。僕が転んでいなかったら、その刀の望む結果になっていただろう。

 

「何も無い所で転ばれるなんて、いや、それとも避けられたのですか?」

 

 淡々とした口調で、さも当たり前の出来事が目の前で起こったかのように彼女は表情一つも変えず僕に話しかけていた。

 彼女は浅く息を吐くと、改めて僕の顔を見て刀を鞘に納めた。しかし、それは持ち帰るためだった。彼女はすぐにもうひとつの短い刀を抜く。

 

「や、やめ…」

 

 僕はまた斬りかかろうとしているのだと判断し、急いで逃げるように立ち上がる。だが、その刀は僕ではなく、妖夢さん自身の左腕に刺さった。自ら刺したのだ。

 

「『白楼刀』、これは迷いを断つ刀です。そう、今までの私への決別。」

 

 左腕から赤く染まっていく。それが木製の床にポタポタと垂れると、妖夢さんはゆっくりと刀を引き抜く。すると、溢れ出す血液の量はこちらの血の気が失せるぐらい溢れ出す。

 

「真実は斬って知る。貴方の真実は、どのようなものなのでしょうか。」

 

 再び、彼女はその刀を振り上げた。今度こそ、僕に向けられたものだと理解する。しかし、先程まで逃げようとすれば逃げられたはずなのに、僕の足は動かない。

 膝が笑っているのだ。

 

「私はいつまでも半人前ではいられない。貴方は私の剣術の血となり肉となる。感謝いたします。」

 

 そうして、妖夢さんはそれを振りかざした。左肩から右の脇腹にかけて骨を断ち切る。僕の中身が飛び出たのが視界に入ってきた。

 そうなのか。僕の腸って、こんな色なんだ。

 

____________________________________________

 

 僕は、誰かに引きずられているような気がする。しかし、どうにも顔を上に向ける程の気力はない。

 

「え、もしかして目が覚めた…?」

 

 その声は、トイレの中で聞いた女の子の声だった。貴女は一体何者なのだ?というか、貴女が僕を引きずっているのか。

 何のために?

 

「そうしろって言われたから。」

 

 なんだそれ。

 

「そんなことより、どうして生きてるの?貴方、色んな中身が出てると言うのに、不思議だねー。」

 

 …やっぱり、あれは夢でもなんでもなく、現実に起きたことなのか。突然僕に斬りかかってくるなんて、よっぽど無礼なことをしてしまったのか。

 

「無礼なだけで斬るなんて、時代が遡りすぎじゃない?それに、せっかく私が腕を引いて一回目の攻撃を躱してあげたのに結局斬られちゃってさ。」

 

 あの時僕が転んだのは、君が手を引いたからなのか。

 

「そうだよ。感謝してね。」

「…ありがとう。」

「なぁんだ、喋れるじゃん。」

 

 僕は漸く喉を震わせる程度には気力が出てきた。

 

「なんで、僕の心の声が君に届くんですか?」

「さぁ?私だって久々に人の心の声を聴いたよ。考えられる可能性としては、貴方が『無意識の世界』へと介入しているからかな。」

 

 何を言っているのだろうか。『無意識の世界』とか、また新しい言葉が出てくる。ウンザリだ。

 

「知らないよ、そんなの。兎に角、貴方はどうしてか無意識の世界に干渉ができるの。お燐が化け物になった時も、貴方は無意識の世界に入ってきた。」

「…とりあえず、ここは貴女の言う無意識の世界なんですね。」

「そうだよ。というか、貴方のその話し方はどうにかならないの?口では丁寧に話して、心の中は砕けた話し方。もっと自分を出したら?」

 

 余計なお世話だ。僕は今までこれでここまで来たんだ。変えるつもりは…

 

「ここまで、それで来て死んじゃったらそんなのどうでもないけどね。」

「…え?死んでませんけど。」

「精神はね。」

 

 彼女は何を言っているんだ。しかし僕は思い出した、自分自身の腸の色や、血に塗られた黄色い脂肪を。

 まさか、僕は本当に死んでしまったのか。ならば、心臓に手を当てる気力はないが、今、目を開いている僕はなんなんだ。

 

「貴方の肉体は死んで、精神だけの存在になったってことだよ。」

「幽霊ってことですか。」

「ちょっと違う。貴方はあくまで貴方の精神。幽霊は魂も含むけど、貴方は今、精神だけ。」

 

 頭がこんがらがってきた。つまり、幽霊とは魂と精神が現世に出てくるものだが、僕は魂もなければ現実の世界にもいない精神だけの存在だということなのか。

 

「うん、そゆこと。」

 

 理解出来た僕を僕は褒めたい。しかし、なんでもありな幻想郷でも僕みたいな存在はどうしようもないのではないか。

 

「そんなことないよ。これを見越していたのかもね、八雲紫は。」

「え…?」

「貴方が地霊殿に住まわせたのは嫌がらせでもなんでもない。私の存在がいるからだ。」

 

 僕は思い出した。この声は、つい先日地霊殿の廊下で聞いた。やっと思い出すことができたのだ。

 

「古明地こいしさん、だったんですね。」

「神田零は最初から私の存在に気が付いていたね。きっと、貴方が日本庭園を見たいと言わなかったら私を見て見ぬふりをしていたんだろうな。」

「どういうことですか?」

 

 こいしさんは歩みを止める。つまり、僕を引きずり終わったということだ。

 

「ナオ君、貴方は偶然でこの幻想郷に来たんじゃない。」

「…?」

「貴方は何故か、無意識の世界に干渉できる。それは今回も、お燐の時にもそうだった。神田零は、そんな貴方を利用するために幻想郷へと攫った。」

 

 こいしさんの一つ一つの言葉は理解出来る。しかし、分からない。いや、分かりたくない。それならば、零さんが今まで僕を気にかけてくれていた理由は…

 

「監視、とかかもね。」

「…」

「見て、神田零は私に貴方をここまで引きずってでも連れていけって言っていたの。」

 

 僕は懸命にこいしさんが見ている方に目線を向ける。そこには、満開に咲いた桜が妖しく霞んでいた景色だった。確かこの場所は、大きな枯れ木があった場所だ。

 

「あの枯れ木はね、妖怪なんだ。封印された妖怪。」

「そ、そうだったんですね。」

「…ごめんね、ナオ君。貴方はこれから、()()()()()()()()()。」

 

 思考が停止した。本当に理解ができなかったのだ。脳が、その言葉を咀嚼しようとしてくれない。

 

「この封印された妖力を、貴方に注ぎ込むつもりなんだ。神田零は、最初から、ずっと、それ計画していたんだと思う。」

「いや、おかしいですよ。ありえない。僕が、妖怪?なんで僕が妖怪にならなくちゃいけないんですか!?」

「そうしなければ、貴方は肉体も魂も精神も、死んでしまうから。貴方に残された選択肢は、妖怪になるか、死ぬかの二択しかないよ。」

 

 内蔵も飛び出て、引きずられて、生ゴミみたいグチャグチャになった僕の体が力無く地面に沈む。僕が一体、何をしたというんだ。

 こんな血腥い世界に巻き込まれて、こんなに傷付いて、挙句には妖怪にならなければ死ねと信頼していた人に言われるなんて…

 

「ごめん。私も、神田零には逆らえないんだ。彼はこの幻想郷における神のような存在だから。断ったら地霊殿のみんながどうなるか分からない。」

「…」

「それに、初めてこんなになってしまった私とまともに話せる人に出会ったから。私はあなたを死なせたくはなかった。」

 

 …

 

「あ、あの…ナオ君?」

「僕には、なんにもない。」

「え?」

 

 僕はそのゴミのような体を起こす。

 

「僕は好きな科目も、好きなサッカー選手も、好きな歌も、好きなラーメンの味も、何も答えられない空っぽな人間だ。正直、自分のこともあまり好きじゃない、むしろ、嫌いと言ってもいいでしょう。」

「えっと…」

「だから、そんな僕が誰かの役に立てるのなら、こんなに嬉しいことはありません。」

 

 僕はこいしさんに向かって最大限の笑顔を向ける。そして、再び枯れ木に目線を戻す。ゆっくりと深呼吸をして、僕は目を見開いた。

 

「とでも言うと思ったかよ、バーーーーーーーーカ!!!」

「え?」

「ブチ殺すぞ神田零!!妖怪にならなきゃ死ねだぁ?ハァ!?頭腐ってんじゃねぇのか!?」

 

 肉体も精神もグチャグチャになった僕は、とりあえず脳から溢れる言葉をできるだけ大きく叫ぶ。何も余計なことは考えず、腹の煮えたぎるような怒りのまま、叫んだ。

 

「あの、大丈夫?」

 

 こいしさんは苦笑いをして僕の顔を覗き込んだ。僕は荒い息を落ち着かせ、ゆっくりと顔をそちらに向ける。

 

「大丈夫ですよ。ご心配なく。」

「あ、はい。」

 

 明らかに引いているこいしさんを置き去りに、僕の怒りはこの短い生涯で一番のものだった。普通に生活していた僕が、何故こんな目に遭わなくてはならないのか。元凶の神田零をこの上なく惨い方法で痛めつけなければ気が済まない。

 

「どうも、咲くことを許されない妖怪さん。僕に全てを委ねてみませんか?貴方が何を思っているのかは分かりませんが、僕は貴方が見ることの出来ない世界を見せることができますよ。」

 

 言い表せない程の怒りは僕の口角を吊り上げる。皮肉にも、この瞬間は僕が僕であることを実感することが出来ている。この怒りは、確実に僕のものだ。何も無いはずだった、僕だけのもの。

 

「そんな貴重な感情を、貴方は体験することができるんだ。祝福し、そして感謝しろ。」

 

 そういうと、目の前の桜は花を散らしていく。そして同時に、僕の中へと何か膨大な憎悪が入ってくるのを感じる。泥みたいに穢れ、溢れ出す血液よりも赤黒く鼻につくこの怨みは、もはや僕にとっては心地良いほど気持ちが悪い。

 

「そうか、西行妖と言うんですね、貴方は。」

 

 僕の何も無い中身が満たされていく。『(から)』だった僕は、漸く上嶋直人になったんだ。

 

「…こいしさん。」

「ど、どうしたの?」

「ありがとうございます。安心してください、貴女には何の怨みもありません。」

 

 怨みの対象は一人だけだ。

 

「さぁ、行きましょうか。」

「うん…」

「まずは、妖夢さんを助けてあげましょうか。仲間は多い方がいい。」

 

 そうして、僕は無意識の世界から目を覚ます。

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