気が付けば、本当の意味で枯れ果てた西行妖の前で立っていた。枯れた木を、自身が存在するためだけに虚しく封印し続ける幽々子さんが哀れだ。どうでもいいけど。
僕は自分の腹を見る。デロリとはみ出ている腸が地面に垂れていた。僕はそれを手で拾い上げ、自分の腹の中に仕舞う。すると、僕の腹はそれを待っていたかのようにゆっくりと閉じていった。血に濡れた腹だけがそこにある。
「さて、ここは現実かな。」
顔を上げると妖夢さんが少し驚いた様子で僕を見つめていた。
「貴方、どうして生きているんですか?突然姿が無くなったかと思えば、私が斬った跡も無くなって立っているだなんて。」
「人間を辞めただけです。」
「そうですか、それが貴方の真実…」
「ハハッ!そんなわけないでしょう?」
思わず笑ってしまった。いつまでそんな馬鹿みたいなことを言っているのだろう。僕は先程とは打って変わって、落ち着いて彼女に近付く。
「また、斬られて下さるのですか?」
「いいえ、貴女とお話がしたいだけですよ。」
「言葉を交わさずとも、斬れば…」
「お前の方じゃない。」
僕は妖力を使って、彼女に離れた位置から触れる。僕が話したいのは、エスでは無い。自我の方だ。
僕は自身の頭痛を確認する。これが、無意識の世界に入った時の感覚だ。
「どうも、妖夢さん。」
「…直人様。」
目の前には視線を下に落とした妖夢さんの姿があった。僕の隣にはこいしさんもいる。
「様を付けるの止めましょうよ。対等の立場じゃないと、話せるものも話せません。」
「いや、ですが…」
「そんなこと言ってられる状況ですか?」
「…分かりました。でも、貴方もさん付けで呼ばなくていいです。」
一応、冷静ではあるようだ。これならば、お燐さんの時のような口喧嘩に発展することもないだろう。
「まずは、ごめんなさい。貴方を斬りつけてしまった。」
「大丈夫ですよ。恐らく、誰かに囁かれたんですよね。」
「…はい。」
やはり、お燐さんの時と同じく外的な原因があるようだ。誰かからの囁き声。これにより、自分の中にある見たくない無意識が表面に出てしまうのだろう。
「無意識の妖夢は『真実は斬って知る』と言ってましたが、これは誰かからの言葉か何かですか?」
「はい、師匠からの言葉です。しかし、これを私はどのように解釈をすれば良いのかが、未だに分からないんです。」
「そのままの意味で捉えてましたね。」
僕がそう言うと、妖夢は申し訳なさそうな顔をする。やはり、どうも僕を殺したことに対して負い目を感じているらしい。
「私は、自分は半人前だと自戒の意を込めて認識しているのですが、どうやら本当の私は師匠の言葉が分からない、剣術の成長があまり芳しくないことへの理由付けをしていたようです。自分の無能さから目を逸らすために。」
自分の精神を守るため、つまり防衛機制が働いて現実から目を背けていたということだ。自分は半人前だと、まるで今の自分を把握しているかのように他人に見せてバランスを取っていたのだ。
「私は半人前だから仕方がないと、無意識に思っていたのかもしれません。」
「…質問、よろしいですか?」
「なんでしょう…?」
「それって、いけないことなんですか?」
「え?」
妖夢さんは間の抜けた声で僕の言葉に反応した。
「僕個人の考え方で申し訳ないのですが、半人前なら仕方がないって、当たり前じゃないんですかね?だって、剣術の成長の話をするということは自分でもまだまだだと思っているんですよね。つまりは半人前だっていう事実は変わらないわけです。」
「い、いや、そうですけど…だからと言って師匠の言葉が理解できない理由にしてはならないでしょう?結果、貴方を殺してしまった訳ですし…」
「なるほど…」
何となく分かってきた。僕の死に対して申し訳なく思っていることは確かだが、問題はそこでは無いのだろう。
僕はニッコリと笑う。
「つまりは、こんなにも悩んでしまうくらいお師匠様の言葉を解りたいと、そう思っているんですね。」
「も、もちろんです!師匠は私にとってこの世で一番に尊敬のできるお方で、人格者で…」
「それほど貴女にとって大切な人だから、解りたいんですね。」
「…!」
その師匠とやらは恵まれている。こんなにも慕ってくれる弟子がいるだなんて。心の底から嫉妬する。
「そんな大切な人の言葉を理解できない自分を許せない。その様に僕には見えました。」
「そう、なのかもしれませんね…」
「半人前だから仕方ない、それは今だけの話です。これから理解していけばいい。思い詰めずに、ラフに考える時間も必要ですよ。運動でも、クールダウンの時間は必要でしょう?」
妖夢さんが余程思い詰めている、若しくはひねくれてない限り、これで納得してくれるはず。と、信じたい。
僕は別にカウンセラーでもなければ、相談しやすい妖夢さんの友人でもない。だから、僕のこの言葉が妖夢さんに響くだなんて思っていない。しかし、聞き手に回ってゆったりと話を聴いてあげられるほど悠長な時間はない。
失敗したら、味方に回すのを諦めたらいい話だ。
「直人は、どうして私の話を聴いてくれたのですか?自分を斬った、恨んでも仕方がない相手の話を。」
無意識の世界において、僕の心の声が伝わるのはこいしさんだけでは無いのか?まるで、僕が先程考えていたことを知っていたかと疑ってしまうほどタイミングが良い。
こいしさんの方を見る。すると、特に慌てる様子もなく首を横に振った。恐らく、そんなことは無いよ、という事なのだろう。
「僕は、僕のために妖夢の話を聴いています。今後の為にね。だから、そう肩に力を入れないでください。貴女も自分のために僕を利用してください。」
ここで下手に嘘を言うよりも、真実を多く含まない事実を伝えた方が良い。
「…分かりました、ありがとうございます。少し気が楽になりました。」
そう言って、妖夢は微笑んだ。無論、それは作り笑顔かもしれないが、少し気を張っていた僕の糸が緩んだ気がした。肩の力を抜いた方が良いのは僕だったようだ。
「それなら良かったです。」
「最初から直人みたいに冷静に自分を判断出来たらいいんですけどね。」
「いや、僕が冷静に判断したのは妖夢さんから見た他人だからですよ。自分を判断することは誰であっても難しい。」
だから、僕は空っぽになってしまったのだから。僕なんかが自分を冷静に判断出来ているわけが無い。
「きっと、言いづらい事だったと思います。そんなツラい事を話してくれて、ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそありがとうございます。」
さて、彼女の心理的な側面の話はこれでおしまいだ。後は、現実に浮き出た妖夢の無意識だ。
「そろそろ戻ります。」
「その、気持ちはいくらか楽になったんですけどやはりまだ表に出ている私に主導権を握られていて…」
「分かってますよ。少し、痛くしちゃいますけど、許してくださいね。」
そうして、僕は目を覚まそうと頭の痛みを手放した。空間が少し歪む感覚。
気付けば、僕の目の前には刀を握った妖夢の姿。しかし、先程とは少し違い、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「何を、したのですか?」
「妖夢と話しただけですよ。」
「何を訳の分からないことを…」
僕は近付く。すると、彼女は刀を構え直した。
「動くな!!」
大きな声だ。そんなに叫んでしまえば、貴女の主人にも聞こえてしまうだろうに。逆に言えば、それほど正気では無いのだろう。
「このッ!舐めるな!!」
妖夢はその刀を振るう。斬撃が僕の腹を裂くものの、この程度の傷ならばすぐに治る。西行妖の妖力がこんなにも強大ならば、仲間集めは楽そうだ。
僕は自分の血が飛び散った顔を一切変えずに、一歩一歩と足を踏みしめる。そして、手を伸ばせば届くほどの距離まで来た。
「なんなんですか…貴方は…」
「僕は君の味方だよ、妖夢。」
僕は彼女の鳩尾に打撃を食らわせた。地面から生えた木の根、いや、西行妖の妖力を具現化させた力で。妖夢は、その衝撃に耐えきれずに沈む。
「幽々子さん、彼女を休ませたいのでお布団をお借りしてもよろしいでしょうか。」
「え…」
幽々子さんは屋敷の縁側に驚いた表情をしながら少し後退っていた。妖夢さんがあんなにも大きな声を出したのだ。それはすぐにでも駆けつけてくるだろうと思っていたら本当に来ていた。
彼女は首を縦に振ると、僕は妖夢を背負って屋敷の方へと向かった。
「あ、お燐さん。」
よく見るとお燐さんもいた。彼女は驚いていたのは勿論だが、同時に酷く悲しそうだった。
「直人…何があったの?」
「お燐さんと同じ妖怪になっただけですよ。」
そんなことよりも、僕はこれからどのようにして神田零を討ち取ろうかを考えていた。これだけの妖力じゃ、奴には勝てないのだから。