扉の向こうには二手に分かれた二階への階段が見え、シャンデリアがキラキラとぶら下がっていた。そしてこの館のメイドが二列に道を開き、僕らにお辞儀をしている。
そして真正面には僕と同年代のような若さの銀髪で左右にそれぞれ三つ編みを揺らすメイドがおり、僕たちの姿を確認すると胸に手を当て瀟洒にお辞儀をする。
「ようこそいらっしゃいました。私、この紅魔館のメイド長を務めております『十六夜咲夜』と申します。」
「あ、上嶋直人です。」
つい反射的に名乗ってしまったが、そんなことは既に知っているだろう。
それにしても、美鈴さんと話していた限りではあまり気を張らずにいても大丈夫だと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。息の詰まるような堅苦しさに、思わず顔を引き攣らせてしまう。
「お嬢様がお待ちになられていますので、ご案内させていただきます。」
「よろしくお願いします…」
僕は急いでボストンバッグに転がるお燐を叩き起こす。お燐は不愉快そうに目を覚ますと僕と若干の焦りと周りの雰囲気から状況に困惑する。
「ふぁ〜…何この息苦しさ。」
「ここの館の主人は無礼があったら許さないくらい怒るらしいから、もう少し頑張ってくれ。」
「…まぁ、あたいも死にたくは無いもの。」
僕たちのやり取りに苦笑いをする美鈴さんは咲夜さんに何かしらの指示を受け、僕らのボストンバッグを他の妖精のような羽が生えたメイドに預け、僕らにお辞儀をした後にどこかへと向かっていった。
「行こうか。」
「うん。」
慣れない肩の重さに頭を悩ませながらも、僕らは咲夜さんの後に続き階段の一段一段を登る。
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大きな館なだけあって、長い時間歩いている気がする。まだ部屋に着かないのかと、お燐ではないが少しダルく感じてきた。
そう、僕が脹ら脛に痛みを覚えた頃に、漸く咲夜さんの足は止まった。
「こちらのお部屋にお嬢様はいらっしゃいます。」
彼女は僕らに言うと、扉に体を向き直して三度ノックした後に「お客様がお見えになられました。」と、中にいるのであろう人物に声をかける。
「入りなさい。」
中からは少し幼いような、しかし芯のあるような大人らしい声色が聴こえる。
咲夜さんは扉を開けては「失礼します。」と一々丁寧にお辞儀をして中に入る。それに続く様に僕らも弱々しいオーラをまといながら中に入る。
「よく来たわね、歓迎するわ。私は紅魔館の主である『レミリア・スカーレット』よ。確か、上嶋直人と火焔猫燐、だったわね?」
「は、はい。上嶋直人です…」
「火焔猫燐です…」
紅茶を静かに置いた館の主人は、僕らが想像していた何倍も若く、見た目だけで言えば十歳にも満たない年齢に思われる。青白く、軽いウェーブのかかったミディアムヘアに、ナイトキャップをかぶる少女。この子が、この館の主人だというのには少し脳の処理が追いつきそうにもない。
しかし、紅魔館の庭で目が合ったあの人影は、恐らくこの人だ。彼女の深紅の瞳を見ていると寒気が背筋を伝うのが何よりの証明だ。
「それにしても災難ね。あの胡散臭い妖怪に遣われてきたんでしょう?」
「そうですね。」
「私達は何も問題がないというのに、あの妖怪はまるで分からない奴ね。こうやって
今、初耳な情報が出てきた気がする。『カウンセラー』だと?
あの妖怪、もしかして僕をカウンセラーとして紅魔館の人達に説明しているのか。つい最近までただの高校生だった僕が誰かをカウンセリングできるとでも思っているのか。
「まぁ、一応管理者の言うことには従ってあげるわ。『フラン』にも貴方が来ることは言ってあるの。いつでも始めていいわよ。」
彼女の言う『フラン』とは、八雲紫が懸念する不安要素だ。館の主人であるレミリアさんの五歳下の妹である吸血鬼『フランドール・スカーレット』さんだ。
危険な能力と幼い精神性から、レミリアさんからは脅威と見なされて紅魔館の地下に幽閉されたという。
「その前にお伺いしたいのですが、よろしいですか?」
「何かしら?」
「レミリアさんはフランドールさんに、なにか不満や不安を感じていらっしゃる様に見られたことはありますか?」
「そうね…特にないわ。」
あまり深く考えずにそう答えているように思える。本当にそう思っているのか、見たくない現実から目を背けた結果か、どちらにせよ今は何も分からない。
「分かりました。それでは、すみませんがフランドールさんの所へと案内していただいてもよろしいでしょうか。」
「良いわよ。咲夜、案内してあげて。」
「かしこまりました。」
咲夜さんがそういうと部屋の扉を開けてくれる。僕らは咲夜さんの後ろに付いていき、部屋の外へと出る。
「あ、そうそう。」
背後からレミリアが僕らに声をかける。僕らは振り返りレミリアさんの方に体を向ける。
「貴方達、そう畏まらくて良いわよ。貴方たちは客人なのだから、多少の無礼は見逃すわ。こういう場は不慣れな様だしね。」
レミリアさんはそう言うと幼い顔からは想像できないほど妖艶に笑う。まるで、僕の心を見透かしているかのような、そんな笑みを。
そして、扉は閉められた。
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また暫く歩き続け、気付けば石造りの薄暗い螺旋階段を降っていた。この暗闇の先に、フランドールさんがいる。
咲夜さんと後ろに続く僕らの足音のみが空間に響く。蝋燭の頼りない火のみが視界を確保する。
「なんか、薄気味悪いなぁ…」
思っても言うなよ。
「こちらになります。」
階段を降り切ると、目の前には僕の十何倍も大きな扉が構えていた。そのふざけた大きさに思わず固唾を飲む。こんなにも重々しい門の奥に幽閉されたフランドールさんは、一体どれほど恐ろしい吸血鬼なのか。
「妹様、カウンセラーの方々がお見えになられています。」
咲夜さんの声に応えはなく、ただひたすらに無音が鳴る。すると、彼女は特に表情を変えることも無く僕らの方に体を向ける。
「それでは、今から扉を開きますので少々お待ちくださいませ。」
「え、あ、はい。」
暗くて見えなかったが壁にレバーが設置されており、咲夜さんはそれをゆっくり下ろす。すると、非常に不快な錆びた金属の擦れる音が響く。
思わず耳を塞ぐも、ゆっくりと開かれた扉の向こうは、まるで異世界のゲートのように景色が一変した。
部屋の中はシャンデリアで明るく照らされており、西洋風の大きなカーペットが敷かれ、その上にこども部屋のように玩具が散らかっていた。部屋の真ん中にはキングサイズのベッドがあり、その上にあどけない少女がちょこんと座っていた。
「それでは、終わり次第扉をノックしてお呼びください。」
咲夜さんがそういうと、自動で扉は閉まった。取り残された僕とお燐は目の前の少女に歩み寄る。
姉と同じようにナイトキャップを被った十歳にも満たないような少女だ。違う点を上げれば、赤い半袖に赤いスカート、キラキラと美しい黄金色の髪をサイドテールで留めている。そして何より、深紅の瞳が、深淵にも続くような引き込まれてしまう気がしてならない。
「貴方達が、お姉様の言っていた人ね。私『フランドール・スカーレット』っていうの、よろしくね。」
レミリアさんと対照的に子どもらしいその笑顔が、より一層僕の心臓を握りしめているのだ。