その鋭く冷たいナイフのような瞳に、僕は無表情で歩み寄る。どうやら、あちらは警戒をしているようでは無いらしい。フラットな状態で僕を見つめているのだ。
彼女が座るベッドの横に立つ。
「僕の名前は上嶋直人です。こちらは付き添いの火焔猫燐です。」
「ふーん?」
品定めをするように僕の顔やら体を色々な角度で眺める。
「それで、私は異常者なの?」
「え?」
「…?カウンセラーなんでしょ?」
純粋な気持ちで聴いてきている、自分が異常者か否か。しかし、僕は彼女にレッテルを貼るためにここへ訪れた訳では無いのだ。あくまで、不安要素を潰すため。
「僕は、フランドールさんを異常者だと判断する為に来ている訳では無いんです。」
「じゃあ、何しに来たの?」
「フランドールさんが抱える不安を少しでも取り除く為に、話しをしに来たんです。」
そうすると、フランドールさんはつまらなそうに目線を逸らした。まるで、自分を異常者だと判断してほしいと思っているように見えた。しかし、解せない。
それにしても、カウンセラーとは何かを診断する人では無い。まずその認識がある時点で信頼関係は築けそうにもない。
「フランドールさんは…」
「皆は私の事をフランって呼んでる。あと、敬語も上っ面で気持ち悪い。」
「…」
この子の方が僕よりもカウンセラーに向いている気がする。そこまで分かっているのならば、キャラクターを作って接する方が不信感を抱かせてしまうだろう。
「難しい質問をしてしまうが、フランは今の現状に対して何か不安や悩みのようなものはあったりするのか?」
「そうね…強いて言うなら目の前にいるカウンセラー達を壊さないように咲夜から言われてしまっていることかしら。」
フランはニッコリと笑う。後ろにいるお燐から「ヒッ…」という小さな悲鳴が聞こえてきた。
しかし、何故か話せば話すほど彼女に対する恐怖心が徐々に薄れていくのを感じる。一体何故だ?さっきと今の違いはなんだ?
「ねぇ、ここに座って。」
フランはベッドを指さす。僕は素直に彼女の領域であるベッドに腰掛ける。
すると彼女は僕の頬に手を当てて無邪気に笑う。手からはとても重苦しい妖力を感じる。彼女の持つ能力に納得がいくほどの大きな妖力を。
「生き物が破裂するとどうなるんだろうって、思ったことある?カエルに爆竹を咥えさせて火を付けたことは?トンボの羽根や頭をちぎったことは?」
耳元で囁く。子どもが好奇心で動く無垢な行為を、淡々と投げかけられる。しかし、どうもおかしい。
「なぁ、フランはそれに対してどう思う?」
「とても楽しいわ!」
「そっか。」
まるで厨二病の子どもと話しているようだ。いや、事実そうなのかもしれない。それについてはまだ、分からない。
フランが抱くその感情は種族による、つまり吸血鬼という生物が抱く正常な感情なのかもしれないということ。あくまで、彼女が閉じ込められているのはその危険な能力が要因といてあるのかもしれないということ。
「…貴方と話しててもつまらない。」
「どうして?」
「だって、反応が薄いんだもん。」
つまり、期待する反応が欲しいということだ。
「君が望む反応って?」
「恐れる顔も良いし、逆に共感してくれるのも良いわ。でも、直人はずっと無表情。後ろの燐ちゃんはかわいい反応してくれるよね!」
「あ、あたい!?」
確かに面白い反応をしている。
「良かったじゃん、気に入られて。」
「良くないわよ!」
お燐は身を震わせて、少し退く。それにまた、フランは愉快そうに笑う。
「フフフ、貴方達の会話は少し面白いわ。でも、貴方単体はつまらない。」
「それは残念だ。」
「ほらまた。本当に、ツマラナイ。」
その瞬間、この空間が絶対零度に陥った。張り詰めた冷たい空気が緊張感を走らせる。彼女の妖力が溢れるように放たれているのだ。
「貴方を壊してはいけないらしいけど、死ななければ大丈夫よね?」
「…」
「あ、やっと怖がったね。」
身体がトキシックに侵されていくように、全身の感覚が痺れていくのを感じる。
彼女は手の平を上に向け、ゆっくりと握っていく。恐らく、これからフランは僕の体の一部を…
「こいしさん、連れてってください。」
「え?」
僕の腕に圧迫感を感じた。しかし、それが起きるよりも前に僕はフランを『無意識の世界』へと連れていった。
酷い頭痛に思わず目を瞑ってしまうが、目を開くとお燐の姿はなく、その代わりにこいしさんがその場所に立っていた。
「やっと呼んでくれたね。」
「すみません、お待たせしました。」
こいしはニッコリと優しく笑う。僕は安堵の息を漏らすと、フランの方向に目を向ける。すると、先程まで狂気じみた妖力を放っていた少女は、体育座りをして拗ねた表情をしたただの子どもに変わっていた。
「つまらない、つまらない、本当につまらない。」
「何がそんなにつまらないんだ?」
「久々に人と話せたのに、こんなにつまらない反応をする人だなんて。」
本心からそう思っていたようだ。
今目の前にいるフランは、無意識の世界のフランだ。要するにフランの欲求や抑圧を具現化したような存在だ。お燐や妖夢はこれが現実世界の自我と入れ替わってしまった結果が凶暴化なのだ。
しかし、どうも落ち着いている。
「ねぇ、私っておかしいんでしょ?どうして怖がったり気持ち悪がったりしないの?」
「…フランは僕におかしいと思われたいのか?」
「え?」
ずっと疑問だった。僕と会話するにあたって最初の質問が「私は異常者?」というものだった。いや、それは別におかしなことでは無い。他の人と自分は違うと思われたいと考える所謂厨二病の人は少なくない。寧ろ多くの人の通過点と言えるだろう。
しかし、フランの口からはまるで異常者だと思われることに何かメリットがあるように聴こえるのだ。
「…分からない。」
「そっか、分からないならしょうがないね。」
肯定も否定もしない、彼女自身も自分の感情を理解出来ていない。
僕はこいしさんの方に向き直る。するとこいしさんは不思議そうにこちらを見る。
「どう思います?」
「どう、かぁ〜。」
こいしさんは少し考えた後、首を傾げた。
「僕はフランの行動は動機があると思います。自分自身でも気付けないようなね。」
「うん、そうかも。」
「なんだか、破壊衝動が原因では無い可能性を孕んでいる気がします。」
しかし、それが何かを掴むことは出来ない。霞みがかってその実態を見ることさえ出来ないのだ。
僕は少し息を吐いて、フランの方に向き直る。
「フラン自身も、どうしたいのかが分からない。そういうことかな?」
「うん…」
弱々しく頷く彼女に、僕は作り笑顔を向ける。彼女にそれが偽物だと見破られても、元気付けようとしてくれているという印象を抱かせることは出来る。
「それなら、僕と話して君が望むことを探していこう。本当はどうしたいか、どうなりたいか、一緒に考えよう。」
「…ありがとう。」
これで、現実世界に戻っても僕を傷つけようとはしなくなるだろう。話をする姿勢を見せてくれることを期待しよう。
僕はこいしさんに目を配り、無言で頷く。するとあっちも理解したようで、僕を無意識の世界から引き離した。
頭痛は、一切消え失せた。
「…なんか、なんだろう。」
「どうしたのかな、フラン。」
現実世界に戻ったのだろう。フランは先程の鋭い瞳孔を刺しては来ているものの、殺意自体は露と消えていた。
「えっと、まぁ、話しくらいはしてあげるわ。」
「そっか。ありがとう、フラン。」
「うん…」
僕の腕は健全だ。期待通り、フランは落ち着いてくれた。後ろの猫が疑問符で頭の中を埋め尽くされているようだが、構わずフランに話しかける。
「でも、今日はここまで。フランも少し困惑していると思うから、落ち着く時間が必要だ。」
「そうね、ありがとう。」
「それじゃあ、また明日。」
僕はフランにまた会う約束をしてから立ち上がり、門の方に向かう。三回のノックが響くと、それは不愉快な音を鳴らしながら開かれた。
「お疲れ様です、上嶋様、火焔猫様。」
「ありがとうございます。今日は一先ずこれで終え、また明日フランさんにお伺いしようと思います。」
「かしこまりました。お嬢様にはそのように伝えます。」
堅苦しく接してくる咲夜さんを見て、逆に肩に重くのしかかった空気を払えた。らしくもないことをすると、やはり体が強ばるようだ。
門が徐々に閉まる。その隙間からはフランのなんとも言えない表情が漏れていた。