双子の姉妹は互いを愛し過ぎてしまった。
一方はもう一度ひとつに回帰したいと思うほどに。
もう一方は自身の行動原理の指針を無意識のうちに相手に定めているくらいに。
双子はまだ15歳と若く、そして美しかった。
「…お姉ちゃん?」
小川のせせらぎを聞きながらたゆたっていた双子はいつの間にか一人になる。
背中合わせになって座っていたはずの姉がいない。慌てて振り返り姉を探す妹。まだあどけない、しかし美しい容貌を曇らせて、妹は必死に周囲を見回す。と、姉は一人森の奥へとおぼつかない足取りで入っていく。その傍には見た事も無い紅い蝶。まるで道案内となった蝶に姉が誘われているようだ。
不思議と不自然だとは妹―-天倉澪は思わなかった。一瞬のことではあるが、姉の後ろ姿を、この風景をどこかで見た事がある気がした。そして紅い蝶も。端整な顔に険しい表情を浮かべて少女は姉を呼ぶ。
「お姉ちゃん、待って!」
立ち上がり、追いかける。青々しい木々の中駆ける双子の妹。
そうして少女達は足を踏み入れるのだ、境界線へと。この世と「地図から消えた村」の境界線へ。双子の姉妹はそれから村で幾多の試練を迎える。それは幾重にも重なる因果、姉妹が生まれ持っていた業が織りなす物語。ありとあらゆる場面で少女達は試され、そして数多くの結末が生まれる。だが、少女達は今この時点では夢にも思わないのだ。自らが無事に村から出られるのか否か、そしてそれが二人揃ってなのか、片割れだけなのか。物語の結末もまた震える細い細い糸の様に繊細でおぼつかない。Ifの世界の重なりにそして―-
――新たな世界が交錯する。
* * * * * *
「……そういうことなのね」
艶のある声で悪魔が一人呟いた。
そうして恐らく癖なのだろう、長い黒髪を梳いて肩をすくめた。
暁美ほむら―彼女もまた数多の因果を生み出し、そして見つめ続けてきた者だ。悪魔と化し、時を経た今は妙齢の美しい女性へと成長していた。ふう、とため息を零すと闇の中再び歩きはじめる。
ギイ…ギイ…
朽ちた日本家屋の中はひどく寒い。体感温度を調節するくらい容易いことだが、ほむらはこの寒さが妙に気になっていた。先ほど、相方とこの村に入り込んだ時と比べ格段と温度が低くなっている。アメジストの瞳を発光させながら周囲を見渡す。先ほどと変わらず朽ちた床柱や床板が見えるだけだ。そして障子の隙間に映る煤けた赤い雛壇。永遠に(浄化されない限り)途絶えることのない蝋燭の火。
「あの馬鹿…」
どこに行ったのよ、と珍しく感情を込めて黒髪の美女は呟いた。その呟きは、先ほど女性の悲鳴を聞いた途端、踵を返してどこかへ走り去っていった相方へ向けてのもので。最初は不本意だったが、結局は「相方」と認めた蒼い髪の女性――美樹さやか。ほむらは彼女を探していた。
――あの犬は、人の言うことを聞かないで…
ああイライラする、とほむらは思った。どうにも蒼い髪の女性のことを考えると腹が立つ。気になるからといって、友達でもない大学の知人を助けるためにここまで来ること。自分がいないとここまで辿りつけるわけが無い事。なのにそれを全く気にも留めず、また村の中で一人どこか駆けだして行ったこと。
「のたれ死んだらいいのよ…」
いっそこの手で殺してやろうか?と思ったが、だがそれもまどかが悲しむと思いやめることにした。そうして、思考の転換を計る。考えるのは、この村に関わる「双子の姉妹」の事。先ほど見えたビジョンだ。この村の昔からの因習である双子の儀式。ある日その儀式は失敗して、村は消えた。ほむらが見たのは青々とした木々と小川で戯れる双子の姉妹。あの場所は、先ほどまでほむらとさやかもいた場所だ。その後、一人が森に吸い込まれるように奥へ進み、もう一人が追いかけて、そうして二人は異界である地図から消えた村へ入りこむ。あの二人は村人ではない。村が消えた後の未来。そして今よりは過去―-。おそらく今、ほむらとさやかが入りこんでいるように、過去、あの双子の姉妹も村に入り込んでいる。ほむらは目を瞑った。双子の姉妹に絡まる数多くの因果線が見える。
――結末はひとつではなかった。
無事に生還する姉妹。片方のみ生還。そうして無事に生還するも失明。そして…珍しくほむらが震えた。どちらのものかは不明だが、双子の片割れを思う情念があまりにも深く人智すら越えかねるものだったから。
「私と同じかしら?」
ふと自嘲気味にほむらが呟いた。
* * * * * *
『手を離しちゃだめよ?』
黒髪の相方の言葉を思い出し、美樹さやかは悔しそうに、ああっ、もうと呟いた。
約束したというのに、この体たらくだ。
悲鳴が聞こえ、そこに向かって駆けだしたはいいが、闇の中何も見えない中、柱やなにやらにぶつかりまくり、床板を踏み外しながらようやく辿り着いたのは、どうやら大広間のようだ。
「痛…ったく」
さやかはかがんで自身の足をさする。先ほど必死に駆けだした際に、床を踏み外し、板の破片が刺さっていた。デニムの生地を貫通している。闇の中目を凝らし、破片を乱暴に抜き取るとさやかは傷口を抑え、なにやら呟く。そこに一瞬、蒼白い光りが浮かび上がった。回復魔法だ。それから数か所傷を魔法で修復してからさやかは立ち上がる。この村の深い闇は恐らく何者かの(もしくは村全体の)呪いで生まれたものなのだろう。魔法を使ったさやかであっても、視界からこの闇を完全に排除することはできない。まるでエコーの映像の中の様だ。
――悲鳴の主はどこだろう?
さきほどの悲鳴が気になり、さやかは気が気でない。性分なのだろう。きょろきょろと周囲を見渡し声をあげる。
「誰か、誰かいませんか?大丈夫ですか?」
静寂が彼女に対する回答だ。
だが、その静寂に潜んでいる明確な悪意をまださやかは感じ取れてはいない。
「……」
――ほむらは大丈夫だろうか?
さやかは深刻な表情を浮かべ考える。悪魔とはいえ、ひとりにしてしまったのはまずかったのではないか?力では圧倒的に彼女の方が優れていることぐらいさやかは理解しているが、それでも心配になる。
――戻ろう
そう思った瞬間、さやかはある事に気付く。
『…………これ、一体どうしたの?』
『すごいでしょ?従妹がね、その「村」が「あったはず」の森で撮ったの!』
見開かれるさやかの目。
――あの写真の場所だ。
大広間に煤けた畳。そしてその中央には――
笑い声が響き渡る。「狂った」様な笑い声が。
「しまった…」
さやかは舌打ちした。ほんの数m先の至近距離に先ほどの白い着物の女が立っていた。圧倒的な威圧感、溢れるほどの悪意そして怨念…。害が無いならば、特にさやかもここまで危機意識を持たないが、いかんせん、相手は底知れない怨念を抱えた存在なのだ。魔法すら効かなければ、さすがに美樹さやかといえど危険極まりない。最悪の場合、魂の消滅の危機すらあるかもしれぬ。
――それだけはまっぴらご免だわ
すう、と両手を前にかざし、そうして右手だけ何かを払うような仕草で動かす。すると手品の様にさやかの手に剣が握られていた。日本家屋には不釣り合いな、西洋の剣が。剣を構え、さやかは白い着物の女を見つめる。
「あんたに恨みは無いけれど…」
白い着物の女はただ笑みを浮かべながらさやかを見つめている。いや、もしかしたら見つめていないのかもしれない。その目は空洞のように黒く、虚ろだった。ゆっくりと歪んだ笑みを浮かべた口が開く。これまた空洞の様なぽっかりと空いた口が。
――ヤエ
「え?」
さやかの頭の中に、直接白い着物の女の声が入りこむ。
――八重……八重……
一体誰のことだろう、とさやかはふと思う。だがその一瞬の油断がまずかったのだ。
――マタ、ワタシヲオイテイクノ?
一気に白い着物の女がさやかとの距離を縮めてきた。
「……!」
さやかは右手あげて一気に振り下ろした――