凍える村   作:さんかく@

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赤い目

ミシ…と天井が軋み、ハラハラと埃が落ちてきた。

 

「……けほっ」

「大丈夫ですか?」

「ええ大丈夫…」

 

それにしても――と美樹さやかは目の前の少女を再び凝視した。少女の右手にある懐中電灯が闇の中、丁度いいあんばいでその美貌を照らし出している。

綺麗――とさやかは思った。それは黒髪の美しい悪魔とはまた違って、清々しくも凛々しい、そんなもので…

 

「あの…」

「ああ、ごめんね、つい」

 

こんな時なのにと蒼い髪の女性は我に返り慌てて立ち上がった。少女の見下ろしていた視線が一気に見上げるそれに変わる。

 

「ありがとう助かったわ、私は美樹さやか」

「私は澪、天倉澪です。あの…美樹さんは?」

「人間よ、一応ね、あなたは?」

 

嘘は言ってない、とさやかは心で呟いて。

 

「はい…私も人間です」

 

その軽妙な物言いが可笑しかったのか、少女――天倉澪は口元を微かに緩めて答えた。

 

「ねえ、君はどうしてここに?」

「お姉…姉と一緒に森で遊んでいたら、この村に迷い込んだんです、それで見失って」

「…怖かっただろうね」

「大丈夫です、私姉を探さなきゃ…」

 

強い意思を宿した瞳がさやかを捉えた。思わず見惚れるさやか。誰かに似ている、と思って。それからさやかも知り合いを助けるために友人とこの村を訪れたことを素直に語った。

 

「それじゃあ…」

 

蒼い髪の女性は辺りを軽く見渡した。相変わらず闇に囚われたままの家屋は白黒のエコーの中にいるようで。だが今のところ禍々しい気配が近くに在る様子はない。さやかは少女の肩に軽く触れた。

 

「私も一緒に君のお姉さんを探すわ」

「いいんですか?」

「ええ、それで知り合いも見つけることができるかもしれないし」

 

さやかは頷いた。この家屋のどこかにいるであろう悪魔が聞いたら怒りで蒼い髪の女性を殺しかねないが、あいにく今はいない。

 

「その前に、君の知っていることを私に教えてくれる?」

 

今度は澪が頷く番だった。

 

************************

 

澪が語った内容は、さやかとほむらが予想していたものとある程度一致していた。ここが「皆神村」という名で別名「地図から消えた村」という村であること。この村では代々双子の贄を差し出す儀式が存在していたこと、そしてある日その儀式が失敗したということ。

 

「それが大償の日だったって、ここに…」

 

澪は朽ち色あせた古書を取り出した。楷書体の文字が懐中電灯で照らされる。

 

「『オオツグナイノヒ』か…かなり昔のものよね…それから村が消えてからも後の時代の人が次々迷い込んでるってことか…」

 

手を口にあて、蒼い髪の女性は考え込む。澪が今度は手帳をさやかに差し出した。手帳は恋人を追いかけて村を訪れた女性のものだった。思わず「ひどい」とさやかが呟く。女性は霊になり果てた恋人の手で殺され自身も霊となる。そして村の中で二人は彷徨い続け何度も恋人の手で殺され続けているのだ。魔獣よりもタチが悪い、とさやかは苦々し気に心で呟いた。なんと人の念は厄介で恐ろしいものなのだろうか。

 

「成仏…できたらいいんだけど」

「それなら大丈夫だと思います」

 

涼やかな声で少女はさやかのつぶやきに答えた。不思議そうに少女を見つめるさやか。澪の手には古びたカメラがあった。

 

「あ…それはさっき私を助けてくれた時の?」

「はい、射影機っていうそうです」

 

村に来てから見つけたものらしい。『あり得ないものを写す』カメラで除霊の効果もあるらしく、ここに来るまでにもう何人もの霊を撮影し除霊してきたという。あの手帳の女性も。そうして、先ほど美樹さやかが聞いた悲鳴は澪が除霊した女性の霊の断末魔の叫びだった。後でほむらに殺されるかもとさやかはひどく場違いな事を考えた。

 

「そっか…それにしても、たいしたものねえ…」

 

さやかは澪を見つめた。不思議そうに首をかしげる少女。

所々の落ちていたメモや古書を頼りに射影機の操作を習得し、ここまで辿り着いてきたというのだから、この少女の胆力には驚嘆を禁じ得ない。しかもここはただの廃墟の村ではない、霊が蔓延る禍々しい永遠に明けない夜の村なのだ。果たして己がこの少女と同い年で魔法も使えなかったらどうしていただろう、とさやかは考えはじめ、そうして逸脱していることに気づき、思考を転換するため再びカメラを見た。蒼い髪の女性が興味深げにカメラを見つめるものだから、少女はそれを手渡した。カメラを四方八方から覗き込むさやか。

 

「いつの時代のものかしら、だいぶ古い…フィルムを使うのね」

 

それにしてもすごい技術だと思う。あり得ないものを見、そして除霊する。それを考案し使用できる者がいる…さやかが思っていたよりもこの世界はもっと広くそして底知れない。ファインダーを覗くとちょうど中央に中心位置を示す十字と、それを囲むように撮影範囲を示す円があった。円には子、牛、寅と干支が記されている。おそらく充電か何かのゲージだろう。

 

「渋いけどクールね、イカしてるわ」

 

そう言ってさやかは澪にカメラを返した。言葉の意味がわからなかったのか、少し困ったような表情でそれを受け取る澪。ふ、とさやかは口元を一瞬緩め、そうして真顔で囁いた。

 

「たぶん、これは君しか使えないカメラよ」

「え?」

 

そう、先ほどカメラを持った瞬間、何か力の様なものをさやかは感じた。だがすぐに拒否されるようにそれは消えたのだ。おそらくカメラはこの少女を「選んだ」のだ、理由はわからない。もしかしたら霊力というものを保有しているかもしれないし、あるいは、この少女はなんらかしらこのカメラと縁のある者かもしれないとさやかは思った。

 

「君とこのカメ…」

「あ…」

 

さやかと澪は同時に何かに気づいた様に硬直した。

何か呻くような声が起き、二人の周囲に冷気が立ち込める。霊だ。さやかが澪の傍へ移動する。ギシ…と床が軋んだ。澪はさやかに懐中電灯を渡すと射影機を構えた。さやかが背後からライトで援護する。

 

「いたわ…」

 

蒼い髪の女性が澪の頭上で囁く。大人の女性が傍にいる安心感からか、澪の表情は先ほどよりも緊張していなかった。視界で霊を確認すると、澪はすぐさまファインダーを覗き込んだ。霊に反応して射影機が振動する。ファインダー越しに白い影が次第に生前の人としての形へと移行するのが見える。ヴ、ヴ、ヴ、ヴという耳障りな音とともに午、未、申、酉、と干支の文字が発光した。ぎりぎりまで近づいて撮影した方が効果的だということを、ここにたどり着くまでの戦いで少女は学んでいた。霊がほぼ人間の姿をかたどりその顔が近づく、ファインダー全体にその顔が写り、澪と目と目が合った。

 

――澪は人差し指でシャッターを切った。

 

白い閃光、光が満ちる屋内。立て続けにシャッターを切る澪。

 

霊の断末魔の叫びがあがる、次第に煙の様に拡散し消失する。寸前「どうして…」と鬱屈した声を漏らし、霊は消えた。

 

「すごいわね」

 

さやかが澪の背後で感嘆の声を漏らす。少女は蒼い髪の女性の方を振り向いてただ頷いた。

 

「それじゃあ、行きましょう…お姉さんがどこに行ったかアテがある?」

「この廊下の向こう…」

 

懐中電灯で照らしてみる。廊下は所々板が割れていて、さやかはその割れ目に見覚えがあった。ここは先ほどさやかが全力で走ってきたところだ。その向こうにはおそらくほむらがいる。もしかしたらほむらとこの子の姉が遭遇していないだろうか、とさやかは僅かに期待を抱いた。

 

ギシ…ギシ…

 

音を立てながら二人は歩き続ける、と、澪の手が震えた。正確には澪が持っている射影機が振動しているのだ。こんな風に激しい振動は珍しいのか少女の綺麗な顔に険しい表情が浮かんだ。

 

「射影機が…」

「近くに何かいる?」

 

さやかが辺りを見回す。だが先ほどと違って冷気が立ち込める様子もなく、気配もない。カタカタ…と澪の射影機だけが振動を続ける。澪は射影機を構えた、ファインダーを覗くと撮影範囲の円が赤く光っている。暗闇の中に何かが居る。

 

ギシ…

 

廊下の向こう側から音がして、黒い影が現れた。長い黒髪に華奢なシルエット、女性だ。ゆっくりと近づいてくる。ヴ、ヴ、ヴ、ヴと音を立て干支の文字が光る。

 

「待って」

 

と、澪の肩にさやかの手が置かれた。早口で蒼い髪の女性は囁く。

 

「大丈夫、あれは、私の友人よ」

「え…」

 

 

澪は驚いて射影機から顔をあげた。まだ射影機は振動しているままだ。だが、確かに少女の視界に映っている黒づくめの女性は霊ではなく人間の様だ。どうして、と言う様に澪は驚いた表情のまま首を傾げた。

 

「そのカメラを私に向けないで」

 

艶のある、だが威圧的な声を女性は発した。長い黒髪に白い肌、そして恐ろしいほどの美貌--。澪が怯えたように呟いた。

 

「赤い…目?」

 

女性の双眸は血の様に赤く、光を放っていた。霊ではないが、人ではない――少女は直感でそれを悟る。いつの間にかその女性は澪の真横に立っていた。瞬間移動した様に。

 

「ほむら――」

 

鈍い音が起き、蒼い髪の女性が呻いた。そうして苦しそうにしゃがみこんだ。

 

 

**********************

 

「…これでも軽い方よ」

 

この馬鹿犬、と黒髪の女性――ほむらは苦々し気に呟いた。怒りで口元が歪んでいる。みぞおちに悪魔の拳をくらったとさやかが気づいたのは、しゃがみこんで咳き込み始めてからだ。骨が折れたらしく咳をする度に激痛が走る。

 

「いっ…」

 

回復魔法――さやかが集中しようとした瞬間、今度は喉元を悪魔に鷲掴みにされる。ほむら――と声を発しようにもうまく出ない。美しい繊細な顔立ちがさやかの眼前に近づく。吐く息を感じられるほど近い。怒りに満ちた表情も美しく、さやかは目を逸らすことができなかった。ゆっくりと悪魔の形のいい唇が動いた。

 

「今すぐにでも私は貴方を殺せるわ」

「……」

「それでも殺さないのはね、ここで死なれたら『抜け殻』を運ぶのが面倒だからよ」

「…ご…めん」

 

どうにか声を発したさやかを苦々し気に睨み、舌打ちしながら悪魔は手を放した。咳き込みながら、さやかは悪魔の背中に向けて言葉を続ける。

 

「心配かけて…悪かったわ…本当に」

「自惚れないで」

 

ほむらはさやかに背中を向けたまま囁く。その声はどこか泣いているようで。さやかはどこか悲し気な顔でほむらの華奢な後ろ姿を見つめた。

 

――泣きそうだった

 

そう、先ほど一瞬、ほんの一瞬だったが、邂逅を果たした時ほむらは泣きそうな表情を浮かべた。幻覚ではないとさやかは思う。軋む廊下の板に体重をかけてゆっくりとさやかは立ち上がった。ありがとう…と小さく囁く。ぴく、とほむらの肩が動いて。

 

「いらいらするのよ」

「え?」

 

ほむらがこちらを振り向く。その顔に怒りはもうない、いつもの冷淡な悪魔の表情。

 

「…今度私から離れたら本当に殺すわよ」

「わかったわ」

 

しばらく見つめ合うと、ほむらがため息をついた。そうしてさやかに再び近づくと、そのみぞおちに自分の手を添えた。

 

「痛かった?」

「回復魔法使ったからもう平気よ」

「そう」

 

にっこりと黒髪の美女は微笑んだ。嫌な予感がした瞬間、再びさやかのみぞおちにほむらの拳がめり込んだ。さやかがみぞおちを押さえ前のめりになるのと、くすくすと悪魔が笑い出すのは同時だった。

 

「ちょ…あんたっ…!」

 

涙目でこちらを睨むさやかをほむらは嬉しそうに見つめ返す。その表情は愉悦そのもので。

 

「あら、犬の躾は飼い主の義務でしょう?」

 

――このドS!

 

さやかは心で叫んだ。痛みで実際に叫ぶどころではなかったのだが。

 

「あの…」

 

少女が恐る恐る二人に声をかける。どうしていいのかわからない表情で。ほむらが少女を見つめた。

 

「あなたが天倉澪ね」

「私のこと知っているの?」

「ええ、あなた達の話していたことは全部知っているわ」

 

悪魔はさやかと少女の会話を全て聞いていた。

 

「この人があなたのお姉さんを探すって言っていたこともね」

 

じろり、とほむらがさやかを睨む。怯みながらもさやかは悪魔に少女の姉を見かけなかったか尋ねた。

 

「…ええ、会ったわ」

「お姉ちゃんに?今どこに…」

「今はもうここにはいないわ、また別の分岐がこの空間で生じているから」

「え?なんのこと」

「…あなたはこの空間の中で無数の結末に繋がる分岐に遭遇できる特異点なのよ」

 

澪はただ、ほむらの言葉の意味をどうにか咀嚼しようとまっすぐに見つめていた。

 

「説明はこの屋敷を出てからにしましょう」

 

 

ここは暗すぎる――そう悪魔は囁いた。

 

 

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