凍える村   作:さんかく@

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そしてひとつの物語は終える。それぞれが選び取った結末を迎えて――


解決編

「それで、あんた行方不明になってたんでしょ?大丈夫だったの?」

「うん、それがね私まったくあの時のこと覚えてないの」

「覚えてない?」

 

さやかが怪訝そうな表情で友人に尋ねた。これはもちろん演技なのだが、友人は露ほども疑っていない。屈託のない笑顔を向けてさも嬉しそうに笑う。どうやらさやかとこうして会えることが嬉しいようだ。さやかははあ、と呆れたようにため息をついて空を見上げる。

 

ここはK大学のキャンパス内の中央にある噴水のある広場。噴水の縁や、周囲に置かれたベンチで小休止することもでき、多くの学生が課業の合間にここに集う。美樹さやかも講義の合間や相方である黒髪の女性を待つためによく利用する。そして今回発端となったのはこの場所だ。さやかはデニムに包まれた長い脚を無造作に投げ出し、しばらく空を見上げていた。

 

「ねえねえ、さやか心配した?」

「…そりゃするでしょ」

 

青い空を見ながら、さやかが呟く。「あの村」ではこんな空は無かった。そうしてゆっくりとさやかは友人の方へ視線を向ける。やや派手な印象のある茶髪の女性を。

 

「心配しない方がおかしいわよ」

 

そう言った途端、フフフ、と女性は嬉しそうに笑う。

 

「やっぱりさやかって面白いね」

「面白い?どこがよ」

「だってそんなに真剣に心配してくれる人って見たことない」

「そうかなあ…」

 

皆そうじゃない?と思ったが、さやかはそれは口に出さなかった。自分の視点と彼女の視点は違う、自分が見ているものが正しいとは限らないからだ。考え込むさやかの横顔を女性は目を細めて見つめていて。

 

「ねえ、何があったか聞きたい?」

「…でも覚えてないんでしょ?」

「ううん、実はちょっとだけ覚えているところがあるの」

 

さやかが一瞬真顔になる、がすぐににこやかな顔に戻る。

 

「聞きたいわ」

 

嬉々としてさやかの友人は行方不明になった時のことを語り始めた。

どうやらゼミ旅行の初日、あの村の跡地周辺にある森に入ってから記憶が無いらしい。

 

「とても綺麗な森でね、同じゼミの〇〇ちゃんとはしゃいでちょっとだけ寄り道したの」

「寄り道?それからみんなとはぐれたってこと?」

「うん、なんか川があったから見に行こうって、で、気が付いたら〇〇ちゃんと私だけになってて、慌てて皆の後を追うために森に入ったら…」

 

先ほどとは打って変わって森はまるで夜みたいに真っ暗になっていたらしい。

 

「それから?」

「うん、それから‥‥たぶん途中でお地蔵さんを見つけて、そこから覚えてないの」

「そう…」

 

同じ場所だ、とさやかは思った。ほむらとさやかもあの場所で「境界」を越えて皆神村に入った。さやかの思考は二日前に遡った―――

 

 

*          *            *

 

御園で倒れている友人を抱き上げ、さやかとほむらは全速力で森の中へと駆け出した。

 

『ねえ、どうなってるの?』

『話はあとよ、とにかく走って!』

 

珍しくほむらが大声をあげた。よほど切羽詰まっているらしい。さやかは心配になり一瞬ほむらの横顔を見るが、すぐに視線を前に戻した。森の中は暗く、魔法の力を使ってかろうじて赤外線スコープで覗いたような景色が広がる。

 

『あそこまで行けばどうにか…』

『?』

ほむらの呟きが気になりながらも、さやかはその背中を追う。

しばらくして、山道の脇に石碑の様なものが見えた。

 

――双子地蔵

 

さやかが心で呟く。ああ、ほむらが言っていたのはこれか。

 

元より皆神村が現実世界であるとは二人共思っていなかった。平行世界もしくは異空間、そして境界線は村の跡地にあると。この双子地蔵がその境界線なのだ。

 

『さやか』

 

ほむらがさやかを呼んだ、左手を伸ばしてくる。さやかは素早く手を伸ばして彼女の手を強く握った――

 

*        *        *

 

「その後、どうなったの?」

「うん、気が付いたら私病院のベッドで寝てて、〇〇ちゃんや皆が心配そうに見ていたの。私あのお地蔵さんの傍で倒れてて警察に保護されたんだって」

 

――記憶操作は成功している

 

さやかは安堵のため息を漏らす。失踪したのは学生達ではなく学生、「この子だけ」だった。あれから、さやか達は境界線を越え無事に現実世界に戻った。そうして、念のために彼女の記憶をほむらが「消去」したのだ。その後匿名で警察に通報し、保護されるのを見届け帰路についた。

 

「でも良かったわ、無事で」

「えへ、ありがと」

 

嬉しそうに女性は微笑むと、さやかの傍へとすり寄る。特に拒むことなく少し困ったように笑うさやか。こういうところが悪魔を怒らせる一因でもあるのだが、あいにくそれをわからせられる当の本人は今ここにはいない。しばらくたわいのないことを二言三言交わした後、さやかが意を決したように真剣な表情で女性を見つめる。

 

「あのさ、私あんたに聞きたいことがあるんだけど」

「え、何何?」

「あんたの名前…なんていうの?」

 

*       *        *

 

「それで?ちゃんと聞けたの?」

「……まあね」

 

ほむらの淹れるコーヒーの香りに気を取られたのか、さやかの答えがワンテンポ遅れる。

 

「なあに?心ここにあらず?」

 

ドリップケトルを持ちながら、ほむらがテーブルに座っているさやかの方を振り返る。ワンピースにエプロンといういで立ちの美しい女性を見て誰が悪魔だと思うだろう。普段なら悪魔のそんな姿を見て少なからず動揺し顔を紅潮させるさやかだが、今は本当に心ここにあらずの様子でぼうっと窓の景色を眺めていた。悪魔は美しい顔を一瞬しかめると、スタスタとテーブルに近づいて。

 

「わ、熱!あっつ!何すんの?」

 

悲鳴を上げながらさやかがテーブルから立ち上がった。大事そうに自分の腕を抱きしめながら。ほむらはケトルを「ほんの少しだけ」さやかの腕に当てたのだ。

 

「ちょっと火傷するじゃない!」

「貴方がぼうっとしてるからよ」

「って…それでこれってひどくない?」

「全然」

 

しれっとした顔でほむらが台所にあるカウンターへ戻り、ケトルを電気ベースに置く。今度はコーヒーの入ったサーバーを持ってさやかの元へとやってきた。追い打ちの攻撃を予感したのか、腕を抱きしめたまま後ずさるさやか。が、攻撃されることはなく、サーバーの中のコーヒーはおとなしくさやかのカップに注がれていった。

 

「わ、いい香り」

 

緊張を緩めたさやかが口元も緩ませ呟いた。その表情は悪魔が時折口にする「能天気」そのもので。ギロリ、とほむらが美しい顔を険しくしながら睨んだ。

 

「え、なんで怒っているのよ?」

「怒ってないわ、ただそこの窓から突き落としたいと思っているだけ」

「嘘…」

 

さやかが呟いた。あの頃よりだいぶ「親密」になったとはいえ、怒りを覚えた時ほむらはさやかに対して一切容赦しない。本気でやりかねないとさやかは思った。自然と身体が震える。だが、しばらくして、ほむらは息を吐いて口元を緩めた。笑ったのだ。

 

「冗談よ、貴方のお間抜けな顔みたら馬鹿々々しくなったわ」

「もう…びっくりしたわ」

 

笑みを浮かべながらほむらはテーブルに座った。つられるようにさやかも対面に座る。ほむらは黙ってカップを手に取り口元へと運んだ。どうやら機嫌が直ったようだ。さやかがほむらを見つめながら、ねえ、と囁いた。ほむらがカップを口に当てたまま上目遣いでさやかを見つめる。

 

「あんたの言う通りだったわ、あの子の名前…『天倉』だった」

「……」

「なんで、あんたはそれを知っていたの?」

 

あの村での事について大部分のことをさやかはほむらから教えてもらった。だが、まだ聞いていないことがある、彼女は何かを推理する時は確信を得るまで決して語らないことをさやかは知っていた。

 

ほむらがカップをテーブルに置いた。そうしてテーブルに肘をつき、両手に顔を乗せる。

 

「今回の事は私達が原因なのよ、さやか」

 

さやかはただ目の前の美しい女性を驚いたように見つめていた。

 

*    *      *

 

『ほむら、あの村はどうなったの?』

 

さやかは友人を抱きかかえながら、ほむらに尋ねる。さやかは明らかに動揺していた。

 

境界線を越えた世界は冗談の様に明るく美しい。さきほどまでのあの白黒の呪われた世界が嘘の様だ。さやかは友人をゆっくり下すと、再び境界線へ向かった。

 

『落ち着きなさい、さやか』

 

そう言って、ほむらはさやかの腕に触れ、制止する。

 

『だって…』

『絶対に戻ってはだめ、もう少しで境界線は無くなる、向こう側のものは全て消えていくのよ』

『そんな…じゃああの子達は?』

 

あの子達とは天倉姉妹のことだ。首を振るほむら。

 

『あの子達は元々私達とは違う時間軸の存在、ずっと昔にあの子達は亡くなっている。今はもういない、ただ消えていくだけ』

『あれから…どうなったの、村を出られたのかしら』

『そうね…おそらく、私達が会ったあの子なら大丈夫』

 

ほむらが村で澪に語っていた「あらゆる終わり」をさやかは思い出した。

 

『あんたが言ってた、「姉妹一緒に村を出る」ってやつ?』

『ええ、そうよ…きっとそう』

 

そう囁いて、ほむらがさやかに微笑んだ。彼女もまたあの姉妹の行く末が明るいものであることを信じたかったのだ。ようやくさやかはほむらに微笑み返した。

 

*   *    *   

 

「時空を越えたタイムパラドックスが私達の所為で生まれたの」

「タイムパラドックス?」

「そう、改変された過去によって起きる矛盾、あの村で私達があの姉妹と接触したことで、現実世界であるここで矛盾が生じた…」

 

両手に顎を乗せながら、ほむらは囁く。

 

「まあ正確には、貴方に寄るところが多いわ」

「私があの子…澪に何らかの影響を与えたってこと?」

「そうよ、それもかなりね、それが偶然という名の必然で繋がった」

 

ほむらは語り始めた。黒澤家で見た村崩壊のビジョンについて、そしてその後に見えたものについて。

 

「あの村が崩壊してしまっては、さすがに私でも脱出は不可能かもと感じたの」

「え、あんたでも…?」

 

だから、あんなに必死だったのか、とさやかは合点がいく。

 

「そして今度は貴方の友人のビジョンが見えた、御園で倒れている姿のね」

「…そういえばあの時、あんた不思議なこと言ってたわね」

 

――変ね…私、彼女を見たことないわ

 

「あれはどうして?」

「あれは…気にしないで」

「へ?」

「たいしたことじゃないのよ」

 

そう言われても、とさやかは思ったが、珍しくほむらが困ったような表情を浮かべるものだから聞き返すことをやめた。彼女がたいしたことじゃないと言うのならそう信じよう。

 

「わかったわ」

 

さやかはそう言ってコーヒーを口に運んだ。

 

「それから、境界線を出た後もう一度ビジョンが見えたの、なんだったと思う?」

「…村の儀式とか?」

「全然違うわ、全く予想してなかった所、私達の大学よ」

「大学?」

 

それはまた予想外過ぎる、とさやかは思った。なんであんな所で大学のビジョンが見えたのか。

 

「それも貴方が見えた、いつものあの噴水の広場のね。女のひとと話していたわ」

「ああ、彼女ね」

「違うわ、繭とよ」

 

ぞっ、とさやかに悪寒が走った。

 

「え、今なんて?」

「貴方が繭と話しているところが見えたの、あの噴水の傍でね」

「おかしいわ…なんで?澪としか話してないのに?それにそもそも…」

「何故貴方と噴水の広場で一緒にいるのか、でしょ?」

 

さやかはただ頷くことしかできない。ほむらは言葉を続けた。

 

「貴方は澪に対してシンパシーを抱いている、そしてあの子の方もそう。黒澤家で別れ際に「いつかまた」ってあの子が言ったでしょ?そして貴方は応じた」

「あの子が「いつかまた私に会いたい」、そう願ったから、私達は皆神村に引き寄せられたってこと?」

「ええ、正確には、澪が願ったからではなく、その願いを後に繭に話したから。願いはすれど、澪なら引き寄せたりはしない…これは想像だけどおそらく当たっているはずよ」

「あのビジョンね」

「ええ」

 

繭とさやかが噴水の広場で話しているビジョン。おそらくさやかの友人である女性は天倉姉妹の血筋でそして繭の生まれ変わりなのだろう。

 

「だとしたら、繭は…」

「ええ、尋常でない力を持っている」

 

ほむらはさやかから視線を逸らし、窓の方を見やる。その表情は心なしか苦々し気で。

おそらく繭と遭遇した時の事を思い出しているのだろう、とさやかは思った。

 

「時空のパラドックスか…」

 

村で二人が姉妹に出会ったことで、そこからまた別の時間軸の二人が皆神村に引き寄せられる。なんだか卵とニワトリみたいだ、とさやかは思った。

 

「卵が先かニワトリが先か…」

「だから時空のパラドックスというのよ」

 

さやかの呟きに、ほむらは微笑みながら応じる。そろそろこの話題は終わる、だがその前にさやかはほむらに言うべきことがあった。

 

「ねえ、ほむら…あんたには謝らなきゃ」

 

ほむらが首をかしげる。

 

「今回の事私が村に行こうとしなければ、あんただって巻き込まれなかったし、パラドックスも断ち切れたはずなのに…それなのに私は」

「そうね、貴方はおせっかいだわ、それに救いようのない馬鹿」

 

そう言って、ほむらは椅子から立ち上がって窓の方へ歩み寄る。

 

「…でもだからこそ」

「だからこそ?」

 

さやかが尋ねる。首を振って何も語らないほむら。しばらく沈黙が訪れて、ほむらがため息をついた。

 

「私がついていないとだめなのよ、貴方には」

 

そう悪魔は囁いた。

さやかが立ち上がってほむらに近づくと、その横に寄り添うようにして立つ。

 

「それから、もうひとつあんたに言わなきゃいけないことがあるの」

「……何?」

「ありがとう」

 

窓の向こうを眺めながら、さやかは囁いた。傍でほむらがため息をついた。どんな表情を浮かべているのだろう、と気にかかりながら、さやかは言葉を続けた。

 

「あんたがいないと私死んでたわ、村からも出られなかった」

「そうね、とっくにのたれ死んでたわ、いっそのこと放っておけばよかった」

「それ本気?」

「ええ」

 

さやかがほむらの方を見ると、不敵に微笑んでいる悪魔がそこにいて。

ああ、いつもの彼女だ、とさやかは安堵した。

 

「もっと貴方は私に感謝すべきよ」

「ええ、そうね」

「それに、もっと反省すべき」

「ええ…って何を?」

「誰にでも尻尾を振るところよ」

 

心外だ、とでもいわんばかりの表情を浮かべるさやかを横目で見てほむらは笑った。

 

誰にでも尻尾を振る蒼い犬を悪魔は秘かに監視していた。大学の交友関係も全て把握していたし、少しでもこの犬の顔見知りならほむらもその顔を知っていた。だが今回の――救出した女性を見たのは初めてだったのだ。

 

ただの嫉妬、それがあの言葉を発した理由。

 

ほむらは何も言わず、さやかの肩にもたれかかった。動揺して息を漏らすさやかを感じ、ほむらはまた笑った。

 

――馬鹿な犬だけど殺さなくてよかった

 

「いい天気ね」

 

当たり障りのないさやかの言葉にほむらは返事をせず、その代わり気持ちよさそうに目を瞑った――。

 

**********

 

無数の紅い蝶が空へと向かって舞う。

 

「‥‥すごい」

 

朦朧としている繭を抱きしめながら、澪はその光景を眺めていた。

 

――あれから、澪は怨霊に憑りつかれている繭を射影機の力で引き離すことに成功した。不気味に歪んだ姉の顔は、この村の因習で犠牲になった双子姉妹の「紗重」という少女だった。

その後、紗重は、片割れの少女「八重」の魂と共に穴へと落ちていき、そして蝶となった。

 

今澪の目の前を舞っているのはこの村で犠牲になった双子の魂なのだ。闇の中、無数の紅い蝶はまるで一本の大きな光の柱のようで。

 

「……澪」

 

虚ろな瞳に光が戻り少女が妹の名を呼んだ。

 

「お姉ちゃん?」

 

嬉しそうに澪は姉を抱きしめた。

 

「…どうして、私なんて置いていけばよかったのに」

「そんなことできないよ、離れることなんてできない、ずっと一緒がいい」

「ずっと一緒…」

 

繭の手が抱きしめている澪の腕に触れる。

 

「ありがとう、澪…ずっと一緒だよね、ずっと…」

「うん」

 

姉妹はそれから無言で紅い蝶を見つめる。

それからしばらくして、朝日が昇った。

闇は払われ、緑の木々が現れる。

姉妹たちもまた元の世界へと戻ることができたのだ。

 

――あの人達は大丈夫だっただろうか?

 

澪の脳裏に、あの村で出会った二人が鮮明に、鮮明に浮かびあがった。

 

――いつか会えたらきっとまた

 

強く願えば、また会えるそう信じて――

 

 

END

 

 





思いが強ければまた、彼女達は再会することもあるかもしれない――
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