ストライクウィッチーズ スオムスいらん子中隊はばたく 作:ここの色。
「……と、言うことがありまして」
「うん」
ハルカは退屈なような相づちが見えるジュゼッピーナに先日の『あらまし』を語っていた。
オラーシャ遠征の居残り組だったジュゼッピーナは少し不服そうである。
「バタフライ効果」
唐突ジュゼッピーナはぼそり、と言った。
「……バタフライ効果? って何?」
一瞬の沈黙を超えてハルカはそれに不思議げな反応をする。
「たった一匹の蝶の羽ばたきが遠く離れたリベリオンで竜巻を起こすのか」
「えっと、どういう意味ですか?」
それはハルカにとっては聞き慣れない言葉だった。
「わたしが基地に居残りだったのになにか意味はあったのか、って事」
そのままジュゼッピーナは、んー、というように顎先に自分の人差し指をあてる。
「大事がなかったんだから良いじゃないですか」
意識してか、せずにか、実に素直そうな声色でハルカが答えた。
これは彼女のいいところでもある。
素朴で素直なところが。
「それが嫌味じゃなければいいんですけれど」
今回居残りでお預けくらった彼女……ジュゼッピーナはクスリと笑う。
「まさか交戦でもしたかったんですか?」
全く呆れたような様子でハルカはため息をつく。
「だったらわたしと代わってくれたらよかったのに」
「ハルカは真面目ですね、冗談ですよ、冗談」
「本気の目に見えましたよ」
「視界は常に良好です。なんなら狙撃でもやってみせましょうか?」
「そういう話じゃ……ないです」
「わたしもネウロイ退治に行きたかったです」
意識されてふたりの周囲に憂鬱な空気が流れる。
ハルカはわたわた、とその場を取り繕うとした。
「大して強くもない型のネウロイ撃破なんて単純すぎて眠くなるだけですよ! 銃で撃って帰るだけ……」
「いえ複雑な大任だと思いますよ」
「だから銃で撃って帰るだけって」
「弾を装填して、結界を意識しつつ索敵をして、目標を補足して、間合いを計算して、厳しく構えて銃を速射、必要に応じて追撃を加える、くらいやってるじゃないですか!」
ジュゼッピーナは息を荒げて事細かく、まくしたてる。
確かにその通りではあるのだったが、ハルカは多少少々呆れてしまった。
……っていうかこんなに好戦的な子だっけ、と。
「ジュゼッピーナ准尉は真面目すぎるんですよ」
誠実さでは相当なものであるハルカにいわれるとは、さらに輪をかけて格のある真面目さなのであろう。
「それに、出動があったからといっても、こちらだって色々忙しいんです。それに……」
ハルカが一息つくと、基地の窓から西日が覗いてきた。
「ジュゼッピーナはわたしが暇を持て余したりしてるように見えるんですか?」
「見えます」
「見えますよねー」
この地は周囲の気温があまり高くないためそんなことはなかったが、ハルカの故郷である扶桑だと確実に焦りの汗をかいていただろう。
そんなことをハルカが意識するかしないかのうちに。
「だって、わたしだってしてみたいですよ。……冒険とか」
ジュゼッピーナはため息をついてみせた。
「戦争はそんな単純な話じゃないのくらい知ってますよね? 器もスケールもなんだか小さいし」
返す言でハルカは少し凄んでみた。
丁度、智子ならこういうだろうな、となんとなく思いながら。
「してみたいです、大冒険」
「大きくしても安直です」
「してみたい、星・大冒険」
「スケールだけは大きくなったですけどもっ!」
ハルカはジュゼッピーナのひたすらな押しに思わず負けそうになる。
おまけにくらっとした立ち眩みを覚えた。
「大丈夫? なにかあったんですか?」
率直に気を使うジュゼッピーナの声。
「いやちょっと寝不足で……」
実際、ハルカは眠気が酷かった。
ただでさえ眼が悪いのに夜更かしして本を読んでいたのである。
隠れ文学少女としてはそれが微妙に恥ずかしく、また流石に正直にいってしまうのもはばかられた。
「…………」
「…………」
ままの間、沈黙が訪れる。
……そんな状態を中断したのは部隊長の号であった。
「ちょっとハルカっ!」
少し強すぎるのではないかという具合に、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
智子中尉である。
「わたしの小説本、どこにやったの!」
彼女は傍目にわかるくらい、怒りを露わにしていた。
「中尉ぃ、ちゃんと本棚に返しましたよぅ」
ハルカは半泣きの様子で床に伏せた。
「手渡しじゃないとわかんないわよっ! ……あ、ジュゼッピーナもいるんだ」
「いますよ」
ふんふんと智子はしばらく唸っていたが。
「ははーん、どうせふたりでなにか企んでいたわね」
いわゆる『ジト眼』の風体で問う。
「そんなことないですよー」
そんな折のハルカのいうように、確かに、そんなことはなかったのだけれど。
「またまたー?」
こうなったら智子は止まらない可能性が大分割りにあった。
「えっと、本はちゃんと返しますから、来てくださいっ」
「わ、わ、ちょ、ちょっと」
……そのまま、ハルカは智子の手を引いて行ってしまう。
そしてその場に残されるジュゼッピーナであった。
彼女にとってなんとなく智子たちの様子が滑稽に見えたせいもあり、クスクスと小さい笑みがこぼれる。
「ほんと、騒がしい隊ですね」
ジュゼッピーナは基地の窓から空を見た。
今はウルスラのストライカーユニットのテストでも進めているのだろうか、ビューリングらしき影が空中の高くにのぞめた。
それがまるで花の周囲に寄る蝶のように感じられた。
「蝶のように舞い、ですね」
ウィッチたちは現の技術で空を飛ぶことができる。
今や当たり前だと思うのが半分と不思議だと想うのが半分。
半分こ。
「わたしもまだまだ未熟です」
まだまだ精進せねば、みんなの脚を引っ張るだけだ。
ジュゼッピーナはそう感じていた。
……少しばかり感傷に浸っていると。
どたどた、とした慌ただしい音が響いて……扉の前で止まった。
ガチャリ。
重い金属の音と共に、ひとつの姿が踊り入る。
「ジュゼッピーナ、今日こそ勝負ねー!」
そこに表れたのは生粋のリベリオン人、キャサリン・オヘアであった。
「なにかありましたっけ、クラッシャーさん?」
「クラッシャーは余計ねー、機関銃の狙撃も、ストライカーの機動も、ブラックジャックでもまだ勝負着いてないね」
「でしたっけ」
「とぼけるのも大概よー」
ジュゼッピーナからは、そんなふうにキャサリンがピリピリ怒るのを見ているのがすこぶる面白かった。
それを知ってか知らずか、くるくる表情を変えるキャサリンであった。
「あれ、そういえばハルカはどこね」
「向こうに行っちゃいましたよ」
「いわれた通りこれもって来たのにねー」
「なんですかそれは?」
確かにキャサリンは後ろ手になにかを持っている。
それは隙間が大きい飾りの多い妙な長方形の物体であるのが見て取れた。
「『ロロバン』っていうらしいよー」
「あ、それって……自信ないけど『ソロバン』のことですか?」
「どうだったかねー」
「多分、合ってます……扶桑の計算機らしいですよ。古典的な」
自信なさげにジュゼッピーナは答える。
「楽器じゃないのかねー? シャカシャカ鳴るよー」
「なんで持ってきた本人が知らないんですかっ」
「『ついで』だからねー」
いいつつキャサリンは鼻息を荒げる。
その様子にジュゼッピーナは不必要な感覚で大分疲れてきた。
ハルカみたいに寝不足ではなかったが、眠ってしまたい衝動に駆られてくる。
「さあさあ、勝負するねー!」
西方の国の魔女は押しが強かった。