ストライクウィッチーズ スオムスいらん子中隊はばたく   作:ここの色。

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第ニ章 CHAPTER2 平穏の時

 鍛錬だといわれて、走りこみをする。

 魔女にとってそれは必要なのか、と訊かれても答えを返せるものはいないだろう。

 現在の隊長である智子がいうには最後は体力がモノをいう、らしい。

 ニパは、既に息切れをしていた。

 基地の側にある湖の周囲をグルっと何周も、往路も、復路も、混ぜつつひた廻る。

 手を抜いて歩こうにも隊の仲間がニパをしっかり監視しているのだ。

 しかも彼方からなにから望遠レンズで姿をはっきりとらえ目線までもを追従させて。

 逃げ場なし。

 軍隊の厳しさをニパは悟ってしまった。

「ひぃ……ふぅ……」

 北欧スオムスの人間は南のそれに比べわずかに体温の高さの調節度合いが高くなっているといわれる。

 生粋のスオムス人のニパは典型で、寒さに強いが暑さに弱い。

 汗が流れ、へとへとになりながら体を前に進める。

 その速さはすでに大分が失われていた。

「ちょっと待つね」

「みゃっ」

 突然背後で声がしたせいで、ニパは慌てふためき飛び退いた。

 素早く飛び退く力はまだ残っていたのだ。

「暫定二等兵ニッカさん、そろそろいい頃ねー」

 返す力で振り向けば、いつからニパと一緒に走っていたのだろう……微笑むキャサリンがそこにいた。

「休もうねー?」

 その自慢の髪は金髪、いわゆるブロンドというやつだ。

 幅広く自由な国リベリオンでは珍しくもないけれど。

 その茶系統の軍服に包まれた抜群のスタイルはニパも、いや智子ら皆が一目置いているほどだった。

「キャ、キャサリン・オヘア少尉さんっ」

「さん付けするなら“少尉”はいらないよー。そろそろ休ぅぅー憩ぃぃー!」

 整った顔が放つ濃い笑顔に、なぜだかニパの顔は真っ赤になった。

 ……優しい上司だ。

 以前いた部隊では壊し屋(クラッシャー)オヘアと呼ばれていたようなのだが……。

 ううん、そんなことない、なにかの間違いだとニパには感じられるのだった。

 実際、キャサリンはやさしかった。

 しかも新入りであるニパに対してだけではない。

 隊の面々に似た態度で接しているようなのだ。

「ふー。ここで休もう。……どうしたね、なにか付いてるか?」

 まばらに生えている木の元に座ったキャサリンは、ニパから注がれるほんのり熱い視線に気付いたようだった。

「キャサリン先輩!」

 がしっ。

 ウィッチの鍛錬という名目の苦しいシゴキから開放され、ニパは思わず“壊し屋”に抱きついてしまった。

 勢い余ってキャサリンの背中が、木の幹にぶつかる。

 太陽を浴びようと盛んに伸びた葉々が騒がしく揺らめく。

「ちょ、ちょっと待つねー」

 ……ふにゅ。

 首の下、胸元あたりからなるその感触に、ニパは感動していた。

 キャサリンの体は柔らかくて……暖かくて……。

 それでいて優しい。

 ここスオムスでもリベリオン民は酷く高慢だとよくいわれている。

 だけど、だけれど。

 キャサリンは優しい。

 少なくともニパはそんな風に感じていた。

 確信を持った実感として、である。

「お昼にしようねー」

 いわれて、ニパは時間が正午をまわっているのに気付いた。

 智子からの命令はまだないものの鍛錬もキリのいいところでお開きにして、キャサリンはいつから携帯していたのだろう包みをひとつ、自分の横に広げてみせた。

 風呂敷というらしい布生地の中から、黒い長方形の食材らしきものに巻かれた、丸くて白い物体が溢れる。

「扶桑料理のオニギリね!斬るのは縁起悪いと言われるからオムスビともいうよ」

 キャサリンはケラケラと笑っている。

 智子やハルカどちらかが持たせたのだろうか、これは彼女たちの郷土料理なのだ。

「あの、コメをそのまま握って球状にしたものは料理というんですか?」

 ニパは不思議そうに一個一個が丸めのおおまかな三角形をしている存在を覗きこむ。

「細かいことは気にしないほうがいいねー」

 この大らかな態度は戦闘のない今だからこそだろう。

 交戦時に発生するピリピリした緊張感は苦手というのがキャサリンというウィッチだった。

「ところで、エルマ中尉とは過去に会ったことあるんだってねー?」

 キャサリンはニパに問う。

「はい。スオムス空軍の学校でも先輩だったんですよ」

「へぇー、知り合いなんだねー」

「初耳ですか?」

「初耳だねー」

 言って、すました顔でしばらくオムスビと格闘するキャサリン。

 寒冷地であると認識されるスオムスでは、扶桑のコメがなかなか入手できないため、ロマーニャのコメを使っている。

 その上、コメはもともと温帯の植物なのだ。

 当然なのかどうか、智子やハルカ扶桑のウィッチ達にはロマーニャ米はすこぶる評判が悪い。

 だが、この戦地では遠方からの補給品にぜいたくはいっていられないのである。

 義勇独立飛行中隊の食糧事情について、ニパはそんな事情を智子から聴かされた。

「ニパは敬語使ってるのなんでねー?」

「まだ新人も新人だからですよ」

「わたしには敬語はいらないよー」

「でも……ここはまがりなりにも軍隊ですし」

 ニパは深々とため息をついた。

 敬語を使うのは確かに本意ではない。

 だけれど、ここは軍なのである。

 上下関係ははっきりとさせておく必要があるのだ。

 目上の者には敬意を示しておく必要が、ある。

 それが中隊の士気に関わってくるとなれば、致し方ない、とニパは思っていた。

 ただ、いつか、馴染んだら敬語を使うのはやめようかな……とそんなことも思っていた。

 ニパは朗らかなキャサリンにつられて、オムスビの包みに手を伸ばす。

「べっ!なんですかこれ!」

 あまりの刺激に吹き出してしまった。

 字面に落ちたオムスビの中には、赤く色を発するなにかが入っていた。

「それは扶桑の保存食ねー!木の実を塩と赤の葉っぱに漬けたものらしいねー。スオムスにはない植物よ」

「こんなすっぱいの、食べられるんですか?」

 問題ないはず、と聞かされるもニパは尚も半信半疑である。

「他に扶桑では海藻とか入れるらしいねー。このコメの周りの黒いのは海藻ね。あっこれには海老が入ってるねー」

 ゲテモノ……かもしれないが案外、慣れるとこれがおいしいのかな、とニパの頭を考えがよぎった。

 冷静に落ち着いて食べてみると、刺激が強いだけのようにも思われた。

 うん、刺激もスオムスのサルミアッキほどじゃない。

 かのサルミアッキは世界的にまずいものとして認識されているようだけれども。

「食べたら帰るねー!」

「わ、わ、待って」

 基地に近いところまで既に走ってきていたので、戻るのは楽だった。

「遅いです、サボってたんですか?」

 帰ってみると、なぜだかハルカが怒っていた。

 訊けば、智子からニパの様子を見るよう任されたという。

 ひとりで昼も食べずにしばらく待っていたのだそうだ。

「すまないことをしたねー」

 申し訳なさそうにキャサリンが手を合わせる。

 どうやら“ごめんね”のジェスチャーをしているらしい。

「すまないと思うなら、今度ラムネを奢ってくださいよ!二本!」

 ハルカは完全に頭に血がのぼっているようだ。

「なんで二本ね?」

「智子中尉と飲むためですっ!!」

 息を荒らげてハルカはドン、と自分の胸を叩いた。

「ちゃんと奢ってくださいよ!」

「わたしもラムネ飲んでみたい!」

 いつの間にやらニパがハルカに同調していた。

 ラムネというのは平たくいえば扶桑式のレモネードのことである。

「わかった、わかった、もうハルカもニパも欲張りねー!」

 その攻勢にキャサリンはほとほとまいってしまった。

 奢ってもらう約束をとりつけたハルカは実に満足げだ。

 ……まだ、皆がとりあえずの平穏を噛み締めている、とある日の昼である。

 

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