ストライクウィッチーズ スオムスいらん子中隊はばたく 作:ここの色。
人という名の人はいない。
誰しも、固有の名前がある。
人というものは曖昧なくくりであり。
めいめいそれぞれが人という枠のみに捉えられずに独自の容姿をしている、とも考えられる。
ここに、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン……通称ニパというウィッチがいる。
それはまたはっきりとした固有の名称で……彼女はここスオムスではじめての戦闘体験に遭遇した。
結果は散々なものであったが。
今は真っ白な薄いシーツが敷いてある病室のベッドの上である。
「うう……酷いよ……」
膝から足先にかけてと左腕に不必要にさえみえるほどの包帯でグルグルに巻かれている。
カウハバ基地の医療班がそれなりの対処をしてくれたのもあってか、ニパの回復は順調だった。
それよりなによりニパによる自身への固有の治癒魔法が効いたのだ。
ニパには小さい頃から既に魔法の素養があった。
特に治療への用途には天賦の才があったのだ。
……ただし、かなり限定的なニパによるニパ本人だけに効果のある治癒能力だけれど。
ストライカーユニットを履くことができるなど持ち前の魔力には応用が効くので、多少の不具合には目を伏せられた。
幼少時はたいしたものではなかったが、才能は花開いた。
その“かい”もあってスオムスという辺境ながらも義勇軍に入隊する事ができたのだ。
ニパに対しては機材としてBf109のG型を任された。
いわゆるレシプロの匂いがするメッサーシュミットというヤツであるが。
彼女はそれを「メルス」と呼ぶ事がある。
「ううう……初飛行が墜落だなんてさあ……記念すべき初飛行がだよ……見事に、ついらく」
うっすらと目に涙まで浮かべていた。
「ニパは本当にツイてないですね」
先程からエルマが付き添っている。
ベッドに隣接している窓がギシギシと苦しそうに鳴った。
エルマはナイフを持ち器用にリンゴを手の内で回しながら皮を剥いていた。
果物の表皮が蛇のように繋がったまま、先っぽが床に触れる。
そんな様子をニパはしばらく見ていたが段々と、ある感情がふつふつと湧いてきた。
(まるでお母さんみたいだな)
ニパは聴こえないように呟いた。
……つもりだったけれど。
「何かいった?」
エルマが余りにもにこやかにいうので、ニパは照れてしまう。
距離も近い。
そして、顔も近い。
「いや……その……“お母さんみたいだな”ってさ」
自分で言ってて顔が真っ赤になってしまうニパである。
白い部屋。
病室なので殺風景なのは当然だが、空気も冷ややかだ。
ほんのりと暖かいのはふたりのいるベッドの周辺だけだった。
「じゃあ、ゆっくり食べます?」
わざわざ持ってきたらしい手持ちの器に半月形になった赤い果物を乗せて、エルマはニパの口元まで運ぼうとしている。
……その時に。
小気味よく病室のドアがノックされた。
そして返事を待たずして何やら騒がしく入ってきたのは、ハルカであった。
「ニパさんーっ! 元気してますか! あれ、元気じゃないから病室にいるんでしたっけか?」
それも少しうるさいくらいの剣幕だった。
「実は、来たのは私だけじゃないんですよ!」
病室のムードというものがあるのなら、それを簡単にぶち壊したのはハルカだ。
「……ハルカ、もうちょっと静かにできないの?」
ハルカに遅れて部屋に入ってきたのは、智子だった。
智子が「さぁ、早く!」とキツめにハルカを促した。
ハルカはさっきから右の手を後ろに回して何やら隠している様子だ。
そのものを種明かしとばかりにさっ、と皆の目の当たるように突き出す。
「じゃーん! これです!」
それは綺麗にまとめられたコスモスの花の束だった。
「なんと、智子おねえさまが選んだんですよ!」
届くようにまっすぐ伸びたハルカの手からニパの手へと花束が渡る。
「わわっ、こんなのいいの?」
ニパは顔を真っ赤にして慌てる。
嬉しくないわけではない。
ただ、唐突で……。
そして、ニパはあることに気がついた。
「……これ、造花?」
よくよく見れば、花びらに独特の光沢があり、天井の照明によってキラキラと輝いている。
「すぐに枯れちゃうのは、縁起が悪いから造花にするっておねえさまがいってましたから。あとビューリング少尉とウルスラ曹長とキャサリン少尉の多数決でコスモスに決まったのです」
というハルカの後ろで、智子が小型の容器を袋から取り出していた。
「花瓶、置いとくわよ」
智子はベッドの横に備え付けられた台に花瓶を載せる。
あまり高そうでもないのだが造りがしっかりしていて決してただの安物ではないだろう。
「……ありがとう」
仲間による丁寧な気遣いがある、ただそれだけでニパは少しだけ心の温度が上がった気がした。
「でも思ったより調子良そうで安心したわ。早くもっと元気になってね。わたしたちも待ってるというのが隊長としての意見だわ」
智子は両の腕を組むと偉そうに微笑んだ。
「貰うわよ」
エルマが台の脇に置いていた容器から、智子はリンゴをひときれ分取り上げた。
そのまま口へと放り込まれたリンゴはかじられ、しゃりしゃりと小気味よい音をたてる。
「ニパ、早く元気になりなさいよ。これは皆の総意であり命令だわ」
智子は目を光らせんばかりに真剣な面持ちで言い放った。
部隊は厳しいが、同時に厳しくない。
その点は多少矛盾はしているのかもしれないが。
それでもこの隊はあったかいな、とニパは感じた。
……ニパというのは愛称である。
正式な名はニッカという。
そしてその解りやすくて簡潔な名前のお陰で、こうして色んな人に簡単に呼んでもらえる。
ウィッチの隊長にさえも。
少なくとも、ニパはそういう思いを持っていた。
役得というやつである。
ニパは運の悪いウィッチである。
だから、ウィッチとして部隊に参加し、その悪い運命と戦い、切り開くつもりだった。
ここ、ニパの地元を守りたい気持ちもあった。
外国の兵ばかりにスオムス防衛を任せてはおけないのもある。
「じゃあ造花活けときますね」
ハルカがてきぱきと人工的な造りものの花を瓶に入れると、部屋の雰囲気が変わったようにも感じられた。
人工の、花。
それはまるで“機械化航空歩兵”と称されるウィッチーズの姿を暗示しているかにも見えた。
「水は要りませんよね」
器用に花のバランスを取り軽く整えるハルカの手。
ニパは病室の寝台で長く寝ているつもりはなかったが、今だけはゆっくりしていようと思った。
しばらく、休もう。
幸いにも入隊自体が未熟なニパは戦力としては頭数に入っていないはずだった。
なるべく迷惑はかけたくない。
早く、治そう。
……その時、窓がひときわ軋んだ。
それは近くをなんらかの飛行物体が過ぎたことを表す。
「あっビューリング少尉のスピットファイアですよ!すぐ近く!」
ハルカのいう先に、空を舞い哨戒する銀狐の姿が映った。
銀髪を振り乱し、帰投しながら滑空するその影は頼もしくもあった。
「ありがとう」
自然に、感謝の言葉が出いた。
ニパの頬はわずかに濡れていた。
「ちょ、ちょっとくらい調子良くなったみたいね」
智子は軽く何度か頬を掻いた。
今になって照れているのかエルマもハルカもそっぽを向いている。
「ありがとうね」
二回目の感謝。
今なら、仲間がいる今なら、こんな傷くらい痛くはない。
痛いわけがない。
ニパはそんなふうにも思ってみた。