ストライクウィッチーズ スオムスいらん子中隊はばたく 作:ここの色。
……女がいた。
彼女はウィッチつまりは魔性の女と呼ばれ、現在とある脅威と戦っている。
脅威ネウロイはその勢い凄まじく、次々と人類を害し、多くの者が命を落としていった。
それが先の大戦であり、今もなおずっと続く「争い」であるのだ。
だが運の良いことに、人類が持つ力の一種として魔女とする顕現が残されていた。
そして彼女たちは、ただのひとりではない。
明確にネウロイを殲滅するために組織されたそれは、今日も大空を舞台に、戦う。
ニパは、その中でも新米である。
(彼女は先輩であるわたしが守ってやらなければならない)と智子は思う。
ふと、ため息が漏れる。
智子は椅子の上であつらえられたテーブルに肘をついて顔をささえる格好。
長い髪が無作法に胸の高さで台の上に広がっていた。
ちょうどいい具合にその位置から見える窓から、基地の外が望めた。
ここは二階である。
昼の刺すような光も、智子の祖国である扶桑の方が強い日差しであった。
いるのはスオムスという北の北の国。
思えば遠くへ来たものだ。
最近、智子はそんなふうに望郷の念を感じている。
遠くに残してきた皆。
家族や、親類や、そして仲間。
皆が遠い。
「……ふぅ……」
思わず、体の力が抜けた。
智子はだらーんとテーブルに突っ伏す。
そこにうまい具合に日光があたり、多少なりとも心地が良かった。
そして、この部隊の居心地も悪くない。
なぜなら仲間がいるから。
両の眼を閉じる。
暖かさに包まれ、そのままウトウトと眠気が襲ってくる……。
すると。
「智子中尉ーっ!」
突然の大音声で智子の耳元が強く反応した。
「この声は……ハルカね」
「智子中尉! 何サボってんですか!? 今日は皆で炊事しようって言ったじゃないですかっ!」
「え……?」
ハルカの言に智子はその時、大事な案件を思い出していた。
確かに……約束をしていた。
今日は調理班に任せず、わたしが料理をつくる、と。
それをうっかりと忘れていたのだ。
この場合は智子が悪い。
「ごめんなさいね……今からでも間に合う?」
「もちろん! そのために来たんじゃないですか!」
「悪かったわ。だいぶ進んでるの?」
「何がですか?」
「料理」
「まださっきは準備してたくらいで……まだのはず、です」
ハルカは強めにしっかりと智子の手を掴み、引っ張り、先へ先へと進もうとする。
こういうのは少し気後れしてしまいそうだ、と智子は感じた。
しかし遠慮のないような具合にハルカはぐいっ、と智子の腕をたぐり寄せる。
思わず智子はハルカを睨みつけた。
……はずだったのだが、実際にはわたわた、とバランスを崩し視線が乱れる。
そのままの形で殆どひこずられるようにして、台所としても使える多目的な部屋まで連れて行かれた。
そして、時を置かずして智子はある事柄に気付いた。
いや、これは誰でも絶対に気付くものだと思われた。
異常事態。
智子からすれば、絶対に変である。
一見、何も普段とは変わらない様子には見える。
……問題は匂いなのだ。
もの凄く鼻をつく匂いがあたりに充満している。
まさに頭痛さえ引き起こしかねないその空気のなかで、智子は問う。
「何なの?……この香り」
「えっと、エルマ中尉が腕を奮ってスオムス流の調理をしているようです。わた、わたしもさっきからちょっと気にはなってますっ!……この匂い」
やはりハルカも引っかかっているようだ。
もはや……異臭。
どこか、スモークのように香ばしい感触さえある。
匂いの発生源らしき場所、キッチン状になっている部位へ向かって、ふたりは戸を開け放った。
「ほへ?」
中には調理台に立つエルマの姿があった。
智子は強く踏み出し前に出て。
「エルマ、こんにちは! 今日も元気そうね! ……じゃ、なくってっ」
「あの……どうかしました?」
言い放ったもののエルマはきょとん、としている。
だが、ちょうど隣にいたビューリングは智子が実際何を言いたいのか察したようでかぶりを振っている。
「エルマが腕をふるって今ケーキを作ってるんだ」
見ると備え付けのオーブン内が過熱されているらしく、わずかに煙っていた。
そしてその煙こそが、異臭の主原因だと智子には思われた。
「……で、なんなのこれ」
智子は痛みすら覚えそうな頭を片手で押さえる
「ケーキですよ?」
またこれがにこやかにエルマが答えるのだった。
「じゃなくって。この、どこか香ばしい煙そのもののような匂いよ」
しばらくエルマは、どこ吹く風を気にしているようなもので、きょとん、としていたが……ようやく智子のいわんとしている案件がわかったらしく。
「ああわかりました、この匂い? えっと、これはスオムスの伝統的な味を試してみたんですよ。十割増しくらいで」
「スオムス伝統?」
智子は眉間に皺をよせた。
見ると、ハルカも似たような反応を見せていた。
「タールです」
いったいどこから湧いて現れたのかウルスラが割って入ってきた。
「……スオムスでは、タールの香りが尊重されてる」
ウルスラは調理台に乗せてある器に、黒くこびりついた、ケーキの元として作られたであろうペーストを人差し指に付けて舐めた。
反応はないというか、例によってかウルスラは味を表情には出さなかった。
「『テルヴァ』っていうんですよ、スオムスの言葉で」
エルマは異臭を全く気にした様子もなかった。
「世界中から隊員が集まったと言えども、ここってスオムスじゃないですか。郷土の味で何かないかなー? って思ったんです。するとちょうど材料を見つけて」
「それで、この松ヤニみたいな匂いを……ね」
智子は負けました戸ばかりに首を振り、観念したかのように壁にもたれかかる。
「ニパさんも喜んでくれるでしょう」
そういえばニパもスオムスの代表としてこの『いらん子中隊』に入ったのだ。
臨時の隊員である可能性も高いのだが、今は大事な智子たちの仲間、といえよう。
「わたし、頑張っちゃいました」
エルマはふん、と鼻息も荒く少し興奮気味なようであった。
「スオムスのケーキ、その実力を試してやろうじゃないか!」
ビューリングは意外にも中々乗り気なようである。
そこへ、遅れてキャサリンもやって来た。
「キッチン、何か焦げてるみたいねー。大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないです!」
さすがにキツかったのか、ハルカは涙目になっている。
「今からこれ皆で食べるんでしょ!?」
絶え絶えに息も荒くなってきた。
そんなにつらいのであろうか。
「……わかったわ」
智子は覚悟を決めた。
おそらくケーキと一緒にハーブティーも出るはずだと、台所の状態を確認した上で。
勢いよく『茶で流し込めば味は我慢できる』、そんな風に算段を決めて。
「頑張って食べましょう」
「なんでケーキで頑張らなきゃならないんですか!」
ハルカの反発ももっともだと思われる。
スオムス流というものをあまり知らないものたちにとっての未知の味。
こうなったら覚悟を決めるしか、ない。
智子が固く決意をきめていた頃にちょうど、オーブンが『良く焼けた』という合図を発した。
エルマが熱を遮断する便利な手袋をはめる。
その手でオーブンを開けた、その瞬間。
……今までのものより何倍も強い匂いが辺りを支配した。
「わあ、良く焼けてますよ」
スオムス料理を完璧に制する支配者、その名はエルマ。
「焦げてるんじゃないの」
智子は思わず鼻を手で覆った。
「これが普通なんですよー」
「たまったもんじゃないわ」
陽気なスオムスの魔女は熱がりながら湯気の立つ『それ』を金属ごと取り出して台の上に乗せた。
……エルマのケーキ。
それが義勇独立飛行中隊、転じて通称『いらん子中隊』に阿鼻叫喚をもたらす、あったかいものの名であった。