【鬼滅×葛葉ライドウ】デビルサマナー 葛葉ライドウ 対 鬼殺隊岩柱 悲鳴嶼行冥   作:木下望太郎

1 / 20
第一章  悲鳴嶼行冥、悪魔召喚師《デビルサマナー》と相見《あいまみ》える

 じゃりん、じゃりんと音が響く。闇に鎖の音が響く。明かりも無いまま男は歩く。けれど男の足取りは、辺りが真昼であるかのように、欠片の迷いも遅れもなかった。穴のような闇の中で。

 

 もっとも男にとって、闇も真昼も変わりはなかった。暗いかそれとも(ほの)白いか、それだけの違いだった。巨体を包む衣に『南無阿弥陀仏』の六字を散らした屈強の男。悲鳴嶼(ひめじま) 行冥(ぎょうめい)の目は光を映さず。

 

 だがその事実は、彼の足取りを(いささ)かも遅めるには足らず。そしてまた、彼の地位を(おとし)めるにも足りなかった。鬼殺隊――闇に紛れ人を喰う者、人にとっての天敵、厄災とすらいえる『鬼』。それらを狩る者ら『鬼殺隊』――最強の隊士としての。

 

 

 

 

「――舎利弗(しゃりほつ)若有善男子善女人(にゃくうぜんなんしぜんにょにん)聞説阿弥陀仏(もんせつあみだぶつ)――」

 悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)は経を唱える。歩みを止めず経を唱える。その音声(おんじょう)と手の内で鳴らす数珠(じゅず)、その音響が彼の目だった。

 

 ――放る、肺から空間に声、宙に消えかけたそれがわずかに返る。弱い、声のかなりの部分は当たった物に吸収されている、二十と三歩先に(ふすま)、襖紙は破れ幾つも穴が開いている様子、周囲は板壁。

しかし広大に過ぎる、壁も天井も、声の返りがあまりに遠い。一部屋一部屋がまるで大広間、家屋として明らかに不自然。何らかの血鬼術によるものか。

そう思えば、この空間自体にも禍々(まがまが)しい気配が立ち込めている。まるで異世界、地獄絵図の中にでも足を踏み入れたような。『鬼の気配』とは異質なものだが、ここまで異様な空気が濃いと、鬼を気配で選別することは難しいだろう――。

 

 ――踏み締める、足から返る感触は畳、毛羽立(けばだ)苔生(こけむ)してさえいる、ただしさしたる凹凸(おうとつ)は無し、直径三十歩程の空間も、敷居がある他は同じ。

ただ五歩前四歩左の畳の下、床板が腐っている様子で反響が(やわ)い、無論真っ直ぐ歩めば問題はない――。

 

 ――かき鳴らす、手にした数珠と背にした鎖斧。鋭く空間をまさぐるその音が襖の向こう、弱くだが何かを捉えた。柔らかく返るそれは生き物の感触。跳ね返る位置を変えるそれは動くものの感触。

 だがそれは、敵か味方か――? 

 

「ア……アアア……ア」

 それは(うめ)くような声を上げた。(ひど)く弱った人のような。だが、何よりそれは。その(まと)う衣服の、衣擦れの音は。

 がずがずと細かく妙に耳障りなその音は。独自の製法で編み出された防刃布、それを全体に使用した――陸軍服、あるいはそれを基調とする男子学生服にも似た形の――隊士服。

 悲鳴嶼が属する『鬼殺隊』、その戦闘要員の制服だった。その衣擦れがいくつか、動いて聴こえた。

 

「そこの者。無事か」

 経を読むのと同じ大きさの声で言う――大声を出すことはなかった、自ら音を発しその反響を聴く、彼の闘法には隠密性が無いという明確な弱点がある。これ以上、所在の分からない敵に居場所を教える必要はない――、ただし。今は、声を抑えるのにやや苦労を要した。

 

「ア……アアア……ア」

「アア……ア」

 同じような声が複数返る、同じ衣擦れの音も。だがそれらはまともな言葉を返さず。

 

 目の前の襖に手をかけた、悲鳴嶼の手に思わず力がこもり、開け放ったそれが高く音を立てた。

「無事か、と聞いている。無事なら構わない、すぐにここを退避しろ。(ふもと)の町に待機中の(カクシ)に接触、報告を」

 

 一呼吸置き、尋ねる。

「その前に一つ聞く。見なかったか、先日ここへ派遣された隊士だ、名は――」

 

 返答が返ることはなかった。それより先に彼らはこと切れていた。

 

 その死を認識する、一瞬前に聴こえた。彼らの背後から何者かが跳びかかり、胴斬りに刀を一閃する風切り音が。

直後、まとめて真二つにされた彼らが、声も無く畳に崩れ落ちた音。

 

「……!」

 だがしかし、敵はいったいどこにいたのか。声も無く音も無く、悲鳴嶼の耳にも届かぬ、遠くにいたとでもいうのか? 

 

 否。敵は最初からそこにいた。思えばそう、聴こえた隊士服の衣擦れ。いくつか、というだけで聴くのをやめていた。隊士が――この任務、先に派遣されていた隊士、音沙汰のない彼らの生き残りが――複数いる、そう認識しただけで。

 

 思えば。聴こえなかったか、その背後にわずかな異音が。隊士服と似通った形、しかし違う繊維の衣擦れが。

 

 今、その衣擦れを起こす者が。革靴の音を立てて畳を踏み締め、空を斬る音を立てて武器の血を払う。これも形は日輪刀と同じ、定寸(じょうすん)――標準的な長さ――の日本刀。そしてその者の背には、体を覆うようなマントの(なび)く音がした。

 

 悲鳴嶼は背にした手斧と、鎖でつながった鉄球を構える――経の一つも唱えてやりたいが、後だ――。

「一つ聞く。……鬼だな、お前は。土地の人間が、派遣された隊士が次々行方知れずとなるこの古屋敷……そこに巣食う鬼。鬼の選別が困難な空間、隊士の姿に擬態し、鬼を狩る者を狩る……それがお前の手口か」

 

 その者は――畳を踏む軋みの重さと悲鳴嶼からの声の返り、それからして男、背は中背、頭には学帽――答えず、ただ刀を片手に提げる。構えもせず、敵対するか否か決めかねているかのように。

 

 (とげ)の突き出た鉄球のつながる、鎖を振り回し始めながら。悲鳴嶼はさらに問う。

「もう一つ聞く。お前が殺した中にいたか。黒い鶏冠(とさか)のような髪をした少年。……不死川(しなずがわ)玄弥(げんや)は」

 

 対した男は答えず、身じろぎすらしない。

 

 振るう鎖を速めながらさらに問う。

「あと一つだけ聞いておこう……鬼よ、お前の名は」

 

 そこで初めて、その男は口を開いた。涼やかな声で答えが返る。

「鬼ではない。悪魔召喚師(デビルサマナー)、十四代目葛葉(くずのは)ライドウ……それが自分の名だ」

 

 鬼ではない、と名乗る鬼。しかしその者は確かに、隊士服を着た者を斬った。ならば、聞く耳持つまでも無い。

 

 無言で悲鳴嶼は鉄球を放つ。それは鬼のいた位置、畳に鈍い音を立ててめり込み。しかし当の鬼は跳びすさり、()うにその身をかわしている。

 

 それで良かった。悲鳴嶼の狙いはその先にあった。

 鎖を鳴らす、めり込んだままの鉄球につながる鎖を。鋭いその音で空間をまさぐるように。

 

「! 捉えた――」

 放つ、鎖のもう一端、そこにつながった手斧を。しかしそれは、敵にかわされて後方へそれた。

 が。さらに振るうその鎖が波打つように敵の体を襲い、もぎ取った。体ではなく、その脇に吊られていたもの。拳銃を納めたホルスターを。

 

 人型の敵と対する場合、悲鳴嶼が最も警戒していたのが銃だった。柱級の隊士なら、敵の動きと筒先を見て射線から身をかわす、その程度は朝飯前だったが。盲目の悲鳴嶼にそれはできない。そして銃撃の速度で飛来する一つまみ程の弾丸を、空を切る音を聴いてから回避することは困難。

 幸い、銃の手入れに使われる機械油、そのにおいはよく知っていた――弟子に銃を扱う者がいる――。故に今回、相対した敵がどこかに銃を持っている、それは分かった――弟子の同期の一人ほど超人的な嗅覚はないにせよ、視覚を補うように他の感覚は鋭くなる――。

 

 故に、優先して音で探った、鬼の体から銃の位置を。無論、ホルスターごとその体をもぎ取るのが理想ではあったが。身をひねってかわされ、そこまでは至らなかった。

 

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

 手斧を引き寄せ、めり込んだ鉄球を引っこ抜き。悲鳴嶼は再び鎖を振り回す。何も映さぬ目で、目の前の敵を見据えながら。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。