【鬼滅×葛葉ライドウ】デビルサマナー 葛葉ライドウ 対 鬼殺隊岩柱 悲鳴嶼行冥 作:木下望太郎
じゃりん、じゃりんと音が響く。闇に鎖の音が響く。明かりも無いまま男は歩く。けれど男の足取りは、辺りが真昼であるかのように、欠片の迷いも遅れもなかった。穴のような闇の中で。
もっとも男にとって、闇も真昼も変わりはなかった。暗いかそれとも
だがその事実は、彼の足取りを
「――
――放る、肺から空間に声、宙に消えかけたそれがわずかに返る。弱い、声のかなりの部分は当たった物に吸収されている、二十と三歩先に
しかし広大に過ぎる、壁も天井も、声の返りがあまりに遠い。一部屋一部屋がまるで大広間、家屋として明らかに不自然。何らかの血鬼術によるものか。
そう思えば、この空間自体にも
――踏み締める、足から返る感触は畳、
ただ五歩前四歩左の畳の下、床板が腐っている様子で反響が
――かき鳴らす、手にした数珠と背にした鎖斧。鋭く空間をまさぐるその音が襖の向こう、弱くだが何かを捉えた。柔らかく返るそれは生き物の感触。跳ね返る位置を変えるそれは動くものの感触。
だがそれは、敵か味方か――?
「ア……アアア……ア」
それは
がずがずと細かく妙に耳障りなその音は。独自の製法で編み出された防刃布、それを全体に使用した――陸軍服、あるいはそれを基調とする男子学生服にも似た形の――隊士服。
悲鳴嶼が属する『鬼殺隊』、その戦闘要員の制服だった。その衣擦れがいくつか、動いて聴こえた。
「そこの者。無事か」
経を読むのと同じ大きさの声で言う――大声を出すことはなかった、自ら音を発しその反響を聴く、彼の闘法には隠密性が無いという明確な弱点がある。これ以上、所在の分からない敵に居場所を教える必要はない――、ただし。今は、声を抑えるのにやや苦労を要した。
「ア……アアア……ア」
「アア……ア」
同じような声が複数返る、同じ衣擦れの音も。だがそれらはまともな言葉を返さず。
目の前の襖に手をかけた、悲鳴嶼の手に思わず力がこもり、開け放ったそれが高く音を立てた。
「無事か、と聞いている。無事なら構わない、すぐにここを退避しろ。
一呼吸置き、尋ねる。
「その前に一つ聞く。見なかったか、先日ここへ派遣された隊士だ、名は――」
返答が返ることはなかった。それより先に彼らはこと切れていた。
その死を認識する、一瞬前に聴こえた。彼らの背後から何者かが跳びかかり、胴斬りに刀を一閃する風切り音が。
直後、まとめて真二つにされた彼らが、声も無く畳に崩れ落ちた音。
「……!」
だがしかし、敵はいったいどこにいたのか。声も無く音も無く、悲鳴嶼の耳にも届かぬ、遠くにいたとでもいうのか?
否。敵は最初からそこにいた。思えばそう、聴こえた隊士服の衣擦れ。いくつか、というだけで聴くのをやめていた。隊士が――この任務、先に派遣されていた隊士、音沙汰のない彼らの生き残りが――複数いる、そう認識しただけで。
思えば。聴こえなかったか、その背後にわずかな異音が。隊士服と似通った形、しかし違う繊維の衣擦れが。
今、その衣擦れを起こす者が。革靴の音を立てて畳を踏み締め、空を斬る音を立てて武器の血を払う。これも形は日輪刀と同じ、
悲鳴嶼は背にした手斧と、鎖でつながった鉄球を構える――経の一つも唱えてやりたいが、後だ――。
「一つ聞く。……鬼だな、お前は。土地の人間が、派遣された隊士が次々行方知れずとなるこの古屋敷……そこに巣食う鬼。鬼の選別が困難な空間、隊士の姿に擬態し、鬼を狩る者を狩る……それがお前の手口か」
その者は――畳を踏む軋みの重さと悲鳴嶼からの声の返り、それからして男、背は中背、頭には学帽――答えず、ただ刀を片手に提げる。構えもせず、敵対するか否か決めかねているかのように。
「もう一つ聞く。お前が殺した中にいたか。黒い
対した男は答えず、身じろぎすらしない。
振るう鎖を速めながらさらに問う。
「あと一つだけ聞いておこう……鬼よ、お前の名は」
そこで初めて、その男は口を開いた。涼やかな声で答えが返る。
「鬼ではない。
鬼ではない、と名乗る鬼。しかしその者は確かに、隊士服を着た者を斬った。ならば、聞く耳持つまでも無い。
無言で悲鳴嶼は鉄球を放つ。それは鬼のいた位置、畳に鈍い音を立ててめり込み。しかし当の鬼は跳びすさり、
それで良かった。悲鳴嶼の狙いはその先にあった。
鎖を鳴らす、めり込んだままの鉄球につながる鎖を。鋭いその音で空間をまさぐるように。
「! 捉えた――」
放つ、鎖のもう一端、そこにつながった手斧を。しかしそれは、敵にかわされて後方へそれた。
が。さらに振るうその鎖が波打つように敵の体を襲い、もぎ取った。体ではなく、その脇に吊られていたもの。拳銃を納めたホルスターを。
人型の敵と対する場合、悲鳴嶼が最も警戒していたのが銃だった。柱級の隊士なら、敵の動きと筒先を見て射線から身をかわす、その程度は朝飯前だったが。盲目の悲鳴嶼にそれはできない。そして銃撃の速度で飛来する一つまみ程の弾丸を、空を切る音を聴いてから回避することは困難。
幸い、銃の手入れに使われる機械油、そのにおいはよく知っていた――弟子に銃を扱う者がいる――。故に今回、相対した敵がどこかに銃を持っている、それは分かった――弟子の同期の一人ほど超人的な嗅覚はないにせよ、視覚を補うように他の感覚は鋭くなる――。
故に、優先して音で探った、鬼の体から銃の位置を。無論、ホルスターごとその体をもぎ取るのが理想ではあったが。身をひねってかわされ、そこまでは至らなかった。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
手斧を引き寄せ、めり込んだ鉄球を引っこ抜き。悲鳴嶼は再び鎖を振り回す。何も映さぬ目で、目の前の敵を見据えながら。