【鬼滅×葛葉ライドウ】デビルサマナー 葛葉ライドウ 対 鬼殺隊岩柱 悲鳴嶼行冥   作:木下望太郎

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第十六章  光、全てを包む

 

「……!」

 悲鳴嶼(ひめじま) 行冥(ぎょうめい)は思わず、鎖を持つ手を顔の前にかざした。目を覆うように。

 視力を持たないその目にも、突如現れたそれは感じられた。白く、暖かく、何者にも分け隔てなく惜しみなく降り注ぐ光。暴くような刺すような光条ではない、ただそこに在って(あまね)く照らす、日の光。

 それが――まるで小さな太陽がそこにあるかのように――一点から辺りに降り注がれていた。

 

 阿修羅(アスラ)王と呼ばれた存在、それが在った場所には今や、その巨体は無く。ただ、そこから上。宙に浮かんで、その者は在った。

 

 悲鳴嶼は先程ライドウが呼んだ、その者の名をつぶやいた。

「大日、如来……毘盧遮那(ビルシャナ)仏……だと……」

 

 悲鳴嶼の目には分からない、それが果たして、自らが信仰する存在なのか――阿弥陀経を(もっぱ)らとする悲鳴嶼の宗派では、密教の尊格である『明王』や『大日如来』を直接の信仰対象とするわけではないが。知識としては知っていたし、軽んずるわけでもない――。

 

 鎖を持つ手を垂らし、半ば口さえ開けてその者を仰いだまま。傍らの玄弥に問うた。

「教えてくれ。あれは……仏なのか」

 

 玄弥が目を見開いたのが気配で分かった。

「いや、分かりませんよ俺だって……仏なんて見たことも……」

 

 そのとおりだ、と悲鳴嶼は思った。盲目の悲鳴嶼同様、誰も仏など見たことはない。

 

 ただ、目の前のそれは像にかたどられる如来の姿とはわずかに違っていた。少なくとも悲鳴嶼の耳に入る音、そこから結ばれた姿形は。

 阿修羅王の巨体とは程遠い、人並の背丈。それが脚を組んで座した姿で――仏像によく見られる結跏趺坐(けっかふざ)、いわゆる座禅の姿、ではなかった。そこから脚を崩し、宙に緩く放り出したような、いかにも苦の無い姿勢で――、宙に浮かんでいる。

 髪もまた、よく知られる螺髪(らほつ)――渦を巻いて小さく幾つもまとまった髪――ではなく。豊かな髪を背の後ろになびかせる、その音が聞こえた。

 その頭や首元、腕からは軽く金属の擦れ合う音がした。欲望から離れたとされる如来としては異例なことに、宝冠、瓔珞(ようらく)――首飾り――といった装飾品を身につけている。もっともこれは仏像にも見られ、如来の中の如来たる大日如来には王者の如き装飾がなされることが多いと聞いている。

 

 その者、ヴィローシャナは声を上げた。重くはなく、だがよく響く、彼方(かなた)まで通る声。

蠱毒(こどく)の連鎖を(めっ)せんとする者よ、孤独の客人(まれびと)を称する者よ。――知るがよい。(なんじ)蠱毒(こどく)の只中に在らず。そして(なんじ)、孤独ならず」

 

 無数の蛇頭から、巨大な目玉から、星命を模した体から。くすぶるような音を立て――煙が上がっていることが気配で分かる――(もだ)えながらもクラリオンが言う。

「な……に、を……」

 

 手を、座禅を組むときのように重ねた印――禅定(ぜんじょう)印――に結び、ヴィローシャナは声を上げる。

(いん)無くば()無し、因縁(いんねん)有りてこそ生起(しょうき)有り。(およ)そこの世に、孤独単独にて生ぜるもの無し。汝もまた、その(えにし)に連なる者。この世の連なりに迎え入れられし、『連鎖の客人(まれびと)』」

 

 『縁起(えんぎ)説』『諸法無我』――原因がある故に結果がある。それが連なり続けて形成されている「現象」こそがこの世であり人であり、心である。他の要因から切り離されて単独で存在するものは存在しない――、仏教における基本的な教えの一つ。

 その言分(いいぶん)を聞く限りには、ヴィローシャナと呼ばれた者、あるいは仏であるのかもしれない。

 

 しかし。未だクラリオンはその顔を歪ませ、体から煙を上げるのみで。消えゆく気配はない。

 この煙は鬼が日光を浴びた際のそれに近い、だが。それでもまだ生きているということは。

 足りないのではないか? この光が日光と同じだとしても、ライドウが言う祓魔(ふつま)の力が。あるいは、完全に日光と同じとはいかないのか。

 

 鎖を握り直しながら、ライドウの方を向く。説明を求めようとしたとき。

 

 ヴィローシャナが再び口を開く。

山川草木悉有仏性(さんせんそうもくしつうぶっしょう)、世の(ことごと)くに仏性有り。――汝の中に仏有り、()つまた、汝の中に地獄有り。世の連鎖を(えにし)と見るや、はたまた蠱毒(こどく)と汝が見るや」

 突然、語気を強める。

「されど! 汝、まさに全ての連鎖を、(えにし)を喰らわんとする。全てを喰らうことなく在ることのできる道を探すこともなく、かつての世界だけでなくこの異世界においてさえ! ――故に汝が(ごう)此処(ここ)にて滅する」

 

 ヴィローシャナの手が組み変えられる、それが気配で分かった。左手の人差指を伸ばし、右手でそれを握り込む。その中で右手の人差指が曲げられ、左手の人差指の先端を押さえる形の印。寺にいたとき聞いたことがある、金剛界曼荼羅(まんだら)において大日如来が結ぶ、智拳印(ちけんいん)

降魔調伏(ごうまちょうぶく)除闇遍明(じょあんへんみょう)。我が【後光の導き】にて三毒、執着、一切罪業。因果の果てまで――解きほぐされよ」

 

 満ちた、光が。

 照りつけるのではなく、最初からそこにあったかのように。まるで(かめ)の中に水が満ちているように、余すところなく偏りもなくまさに(あまね)く、満ちていた。白い、わずかに暖かな光。奪うこともなく与えることもなく、人の体温ほどの温もりを持って、ただそこにある光。

 

 ゴウトが言う。

「アスラ……ヒンドゥー教やその前身、バラモン教における悪神だが。その原型はゾロアスター教の至高神、アフラ・マズダとされる。善神にして光明神たるそれが貶められた姿がアスラ。また一方で、アスラは強大な力を持ってもいる。その一尊が『ヴィローシャナ』……『(あまね)く照らす者』。バラモン教や原始仏教の説話にも記述がみられるその者は、密教における最高尊格『大日如来(マハー・ヴィローシャナ)』と同一存在とする説がある」

 

 後を受けるようにライドウが言った。

「故に……自分の力でその姿を取り戻させた。大日如来に限りなく近い、光明神の姿を」

 ライドウは崩れ落ちるように膝をついた。両手も畳につき、荒い呼吸を繰り返す。阿修羅王に真の姿を取り戻させるため、力を使い果たしたのか。

 

 そして、クラリオンは。

「あ……ああ、あ……」

 虚ろな声を上げ、顔を上げていた。見上げているのだろう、全ての蛇頭が、巨大な目玉が、星命を模した体が。日の出を仰ぎ見るように、ヴィローシャナを。

 その体からは、しゅうしゅうと、何かが吹き出るような音を上げ。ゆるやかに長く、空気の流れが――煙が――、立ち昇っていた。許されたように、天へ、天へ。

 

 しかし。

「あああ……あ、あ、あああああぁっ!」

 星命を模した体が、憤るように腕を振るい拳を握った。歯軋りの音が響く。

「おのれ……おのれ、知った風なことを! 何が縁だ、何が罪だ!」

 

 払うように天へ向けた腕から体液が滴り、音を上げて煙に変わる。

「何が神だ何が仏だ! 今さら出てきて何のつもりだ! 蠱毒(こどく)の連鎖の外から我を、見下ろしてやろうとでもいうのか!」

 

 瓔珞(ようらく)の鳴る音がして、ヴィローシャナが首を横に振ったのが分かった。

「否。我もまた、連鎖の中に在り。汝が連鎖と呼び、我が縁と呼び、ライドウが絆と呼ぶものの中に。それ故に、再びこの姿を取ることが(かな)った」

 

 星命を模した手が、ばりばりと何かを()きむしる。自らの髪を、顔を、剥き出された大きな目さえも。

「うるさい……うるさい! 何が縁だ、何が絆だ! そんなものでこの我を縛るな! 我はクラリオン、『向こう側に在る者』――」

 

 クラリオンが顔を上げるのが気配で分かった。おそらくは()き傷から、体液を流し続ける顔を。

「――我は縛られぬ、何ものにも! この『蠱毒(こどく)の連鎖』さえからも……抜け出す! 全てを! 喰らい尽くして!!」

 

 とたん。()ぜた、クラリオンの全てが。ばつん、と内から弾けたように。

 

「何……!?」

 言ったのは悲鳴嶼だけではなく、ライドウたちやヴィローシャナでさえも、口々に同じ意味の言葉をつぶやいていた。

 

 内から()ぜたクラリオンの体は、無数の蛇頭と巨大な目玉は。噴水のように体液を吹き上げ、まき散らした。上へ――光を放つヴィローシャナがいる、その方向へ。

 

「しまった……!」

 悲鳴嶼がつぶやくうちにも聞こえた。

 おそらく霧状に、分厚く雲のようになった体液と、塵となり同様に漂う肉片――上空にそれが層をなしているはず、音の返りが鈍い――が、しゅうしゅうと煙に変わる音。

 そしてさらに聞こえた。雲の下、ヴィローシャナの光から(さえぎ)られ、陰となった場所に。畳の上に水たまりとなった、自らの体液を跳ね飛ばしながら駆ける足音が。

 足音の間隔、体格からしてそれは、安倍星命を模した肉体。クラリオン本体が、星命の下半身を再び模して、ライドウたち目がけて駆けていた。

 

 そして、おそらく。地上付近にもかなりの霧が立ち込めているはず、ライドウたちにはまだクラリオンの姿は見えていない。聴覚でその動向を把握できた、悲鳴嶼と違って。

 

「いかん、来るぞ! 奴本体が!」

 警告を放った後、悲鳴嶼は駆け出した。

 

 クラリオンが駆けながら叫ぶ。

「遅い、無駄だ! 受けよ我が【神罰――」

 

 その目の辺り――星命の思念が、クラリオンの本体と予測したそこ――に何か、強烈な光が膨れ上がり出したのが、悲鳴嶼の視覚でも感じ取れた。

 

 ――足音の位置、遠い、鎖を振るってもわずかに届かない。そしてクラリオンは足を止めた、向こうの射程距離内に達したということか――。

 

 畳を踏み締め、悲鳴嶼は叫んだ。

「南無、阿弥陀仏!」

 放った。鉄球を力の限り。ただそれは届かない、分かっている。

 それでもいい。敵の攻撃より早く、そして狙いどおりに飛んでくれれば。それでいい。

 

 果たして。クラリオンがその力を放つ前に、鉄球は着弾した。クラリオンの手前、めり込む音を立てて畳へ。へし折る音を立ててその下、床板へ。それを支える柱と、床板の下を縦横に走る木材へ。

 その亀裂は周囲へと走り、砕いた。クラリオンの足下をも含む、床を。

 

「なぁ……!?」

 クラリオンが体勢を崩し、目の光がかき消える。

 

 悲鳴嶼には分かっていた。踏み込みの震動、その反響から、床を支える柱の位置が。床板を支える木材の位置が。クラリオンの足下、その床板が(やわ)いことが。

 

 悲鳴嶼は鎖を引き戻しつつ駆けた。クラリオンへ向かって。

 つぶやく。

「異界の敵よ、貴様にも幾許(いくばく)言分(いいぶん)があろうが。人を喰らう(あやかし)を、我らは決して許しはしない。(ほふ)り去るのみ――鬼であろうが、悪魔であろうが」

 跳んだ。鎖を手にした両腕を掲げ、力の限り振るい落とす。

「【岩の呼吸・()ノ型――瓦輪刑部(がりんぎょうぶ)】!」

 空を裂いて()ちた鉄球と鎖斧が、クラリオンを声も上げさせず()し潰した。

 

 着地し、鉄球の下で肉塊と化した――未だ(うごめ)いている――クラリオンを見据えたまま。後方へ声をかけた。

「今だ、葛葉(くずのは)! (とど)めを!」

 

「あ、あ……」

 だが。つぶやくようなライドウの返答は、消え入る程に弱く。畳の上に、刀を取り落とす音が響いた。

 

「な……」

 思わず悲鳴嶼は顔を向ける。

 ヴィローシャナを目覚めさせた消耗がそこまでも大きかったのか。だが、今祓魔(ふつま)の力による攻撃を加えなければ、クラリオンは確実に再生する。

 

 顔を上げ、見えない目で上空をにらむ。血肉による雲は今だ漂っているらしく、光は(さえぎ)られている――どころか。わずかに雲を透かして届いていた光が、弱まり、弱まり。

 今、灯火が吹き消されたように。消えた。

 確か、ライドウは言っていた。どれほどの間、ヴィローシャナの力を使えるか分からない、と。

 

「く……っ!」

 悲鳴嶼が歯を(きし)らせた、そのとき。

 

 何者かが刀を拾い上げる気配がした。

それは、膝をついたライドウではなく。

「先輩、ここは私が! ――玄弥さん!」

「分かった!」

 凪、そして玄弥の声。

 

 足音を残し、何かが跳んだ。おそらく、凪を抱えた玄弥が。

 空を切ってゆくそれが、やがて光を帯びるのが分かった――おそらく凪の手にした退魔刀が――。

 

 凪の声が聞こえる。

「これは先輩の分、そしてこの世界の方たちの分。つまり……皆の分!」

 光が強まり、やがて一つの形を取る。

「魔を(はら)って、赤口(しゃっこう)葛葉――【磁霊金剛壊(じれいこんごうかい)】!!」

 

 一つの塊となった光――小さく歪だが、どうやら斧のような形をしていた――が。クラリオンを、天を見上げるように剥き出されたであろうその目を。叩き斬った。

 

 

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