【鬼滅×葛葉ライドウ】デビルサマナー 葛葉ライドウ 対 鬼殺隊岩柱 悲鳴嶼行冥   作:木下望太郎

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第十七章  その僧、仏と出会うが

 

 ぼろり、ぼろりと崩れ落ちた。力無く、何の声も無く、命の無いただの物のように。凪に刀を振り下ろされたクラリオンは。

 燃え落ちた炭のように、崩れ。やがて灰の塊のように、こぼれ。そして(ちり)となり(ちり)となり、流れ落ちて。そこに何の音も聞こえなくなった、悲鳴嶼(ひめじま)の耳には。

 異界の悪魔、クラリオンは消え果てた。初めから何も無かったかのように。

 

 顔を上げれば、雲のように浮かび立ち込めていたその血肉も同様だった。いまやそこに音の往来を妨げるものはなく、全てが消えていた。

 気づけば辺りも変わっていた。大広間のように蔵のように、果てしなく広く先も分からぬ程天井の高かったそこは。クラリオンが滅び、術の解けた今。ごく短く音の返る、八畳程の一室だった。周囲には(ふすま)を隔て、同様の部屋がいくつか続いているようだ。

 

 凪を抱えていた玄弥がその手を離し、ぺたり、と畳に尻をつけた。

「やっ、た……よな」

 

 震える手で刀を握り締めたまま、肩を大きく上下させて。荒い呼吸のまま凪が言う。

「やり、ました」

 

 横たわっていたヨシツネが、血に濡れた体をどうにか起こす。

「ああ、やった。見事だったぜ……兄弟、それに凪」

 

 刀を手放し、凪が二人に抱きつく。首根っこを抱えるようにして。

「やりました、やりました! 皆の、二人のお陰で!」

 玄弥も言う。

「ああ……! お前のお陰だ、兄弟」

 ヨシツネがその背をはたく。

「当然よ! まあお前らもよくやったがな!」

 

 三人の目にはきっと、涙が光っているだろう。悲鳴嶼の目には見えず、何の音も聞こえたわけではないが、そう思った。

 

 そのとき、ライドウの声が聞こえた。けして大きくはなく、しかし叫びを押し殺したような、涙を無理矢理押し込めたような。そんな声が。

「星命……!」

 

 畳の上、わずかに浮かんで。人の大きさをした風の揺らぎのようなものが横たわっていた。安倍星命の思念と名乗る者。

 そしてその揺らぎは、こうしている間にも薄れ、弱まり続けている。

 

 畳に両手をつき、歯を噛み締め。絞り出すようにライドウが言った。

「済まない……自分は、守れなかった……また」

 

 ゴウトが言う。

「自らを構成する(アストラル)体、その全てをアスラ王再生のために注ぎ込んだか……」

 小さな頭を深く下げた。

「その決断が、行動がなければ我々は生きてはおれなかった。感謝する……よくぞ、やってくれた」

 

 星命の声が返る。今にも消え入りそうな、か細い声が。

「ほんと、よくやったよ……安倍星命でも何でもない、ただの思念の欠片が。カレーでもご飯でもない、お皿にくっついたご飯粒みたいな僕が……」

 

 ライドウの手が、伸ばされていたその指が。畳の上で、かきむしるような音を立てる。

「守れなかった……君を、また……!」

 

 風が揺らいだ。悲鳴嶼の目には見えなかったが、きっと。笑ったのだろう、安倍星命は。

「何度も、言わせないでよ……僕は安倍星命じゃない。あのとき力を与えようと与えまいと、クラリオンが滅ぼうと滅ぶまいと、どうせそのうち消えていた……そんな、ただの残留思念……ただの命無きモノだよ」

 

 そこでまた、きっと。笑った。

「でも、嬉しいな……君がそうしていてくれて。楽しかった、会えてよかった……クラリオンにも、言いたいこと言えたし……」

 

 ゆっくりとライドウへ伸ばされた、その揺らぎが。ライドウの手へと届き、しかしその先へすり抜けた。

「ああ、残念、だよ……君の、手を――」

 

 揺らいで、揺らいで。それは薄れて、消えていった。初めから何も無かったかのように。

 

「星命。星命……っ!」

 

 誰もが長く黙っていた後。語りかけるようにゴウトが言う。

「……よくやった、本当によくやったのだ、あ奴は……」

 

 不意に、よく通る声が聞こえた。

(しか)り」

 ヴィローシャナ。大日如来と呼ばれた者が、気づけばライドウらのそばにいた。今はその身に光を宿してこそいないが。

「彼はそもそも命無きもの、魂無きもの……されど彼は、立派に生きた」

 祈るように、(とむら)うように合掌する。

一切皆空(いっさいかいくう)空即是色(くうそくぜしき)色即是空(しきそくぜくう)……(くう)より出でて因果の糸に紡がれしもの、因果解きほぐれてまた空へと還る……それは何も彼のみではなく、我等もいずれは同じもの。悲しむことなかれ、ただ深く(しゃ)すがよい。我も、彼に救われた……感謝する」

 

 悲鳴嶼もまた合掌した。南無阿弥陀仏の名号を唱えた。それは安倍星命への感謝と、先に死した隊士らと犠牲となった人々への弔いだった――目の前の、如来と称する者への読経ではなく。

 

 ゴウトが言う。

「さて……ライドウよ、思うところはあろうが。原因たるクラリオンが滅んだ今、次元の裂け目もそう長くはもつまい……取り急ぎ、戻らねばならん。我らの世界へ」

 

「……ああ」

 ライドウは立ち上がる。学帽を目深に被り直したのか、髪の擦れる音がした。

 

 その前に、立ち塞がるように。合掌したまま、悲鳴嶼は進み出た。

「この度の助勢、深く感謝する。君たちへも、彼にも。そして、急ぎのところ申し訳ないが。一つだけ問いたい」

 ライドウではなくヴィローシャナへと向き直る。合掌を解いて。

「先の説法、真に有り難きもの……仏門の者として感じ入りました。そこで、一つ(うかが)いたい。御仏たるあなたに問いたい――」

 

 自らの顔から表情が消えるのを感じながら、言った。

「――今まで、何をしていたのだ」

 

 玄弥が喉に詰まったような声を上げた。

「……え」

 

 悲鳴嶼はなおも言う。

「阿修羅の王に身をやつしておられた、それは分かるが。真、あなたが御仏なら、聞こえなかったか。我らの声が。祈りが。願いが。嘆きが、叫びが――」

 奥歯を噛み締める。震える程に。胸に溜まった吐息ごと、解き放つように言う。

「聞こえなかったのか。救いを求める声が。力無き者の祈りが。平和を求める願いが。鬼に家族を友を愛する者を喰われた者の嘆きが! 喰われゆく者の、叫びが……聞こえなかったとでも言うのか!」

 

 言いがかりに近いとは、頭のどこかで分かっていた。けれど、言わずにはおれなかった。

 悲鳴嶼は日夜、念仏を唱えていた。鬼に殺された者らの冥福を祈り、鬼の討滅への加護を願って。

 あるいは悲鳴嶼のように表立ってではなくとも、特定の神仏にではなくとも。多くの隊士が同じことを祈り、同じことを願っただろう。そして助けを求めなかった者がいただろうか、鬼に喰われゆく者の中に。誰かに、それはあるいは、何がしかの神仏に、助けを求めなかった者が。

 

 それでも、神仏は何もしない。

 

 目に見えぬ幸運を神仏の助けと、感謝することは幾度かあれど。

 正しく優しく、強大な力を持つはずの神仏は、その正義も力も振るわない。

 

 ヴィローシャナを前にしたクラリオンの言葉、それが今の悲鳴嶼には分かる――何が神だ、何が仏だ。今さら出てきて何のつもりだ――。

 

 握り締めた、数珠が砕けた。

「聞いているのか……我らの声を。聞いているのか! 私の話を!」

 やり場のない力が拳に溢れ。それを、足下に叩きつける。古畳は半ば千切れるようにして(えぐ)れ。藺草(いぐさ)(わら)のくずが宙を舞った。

 

 玄弥がつぶやく。

「悲鳴嶼、さん……」

 

 ヴィローシャナは長く黙っていたが。やがて、頭を下げた。

「……済まぬ。分からぬ、我はこちらの世の者ではあらぬ故に」

 

 叩きつけたままの拳が、ゆっくりとほぐれる。震える程に力のこもっていた腕からも、肩からも頬からも。

 長く、長く息をついた。

 

 分かっていた、そんなことは。

 それでも、言わずにはおれなかった。それだけだ。

 

 ヴィローシャナは言う。

「そも、こちらの世に神仏のおわしますやら、あるいはおわしまさぬやら……判らぬ、我には。なれど、これだけは述べよう――『如来』とは(すなわ)ち、『真実より、かくの如く来たれる者』。……それは本来、救う者に(あら)ず。かくの如くあるべしと導く、先達に過ぎぬ」

 

 その言葉は、悲鳴嶼にも覚えがあった。原始仏教――歴史上の釈迦その人が説いた教え、それに最も近いと考えられる、(いにしえ)の説法の記録――の一節に。

 明治期以降に日本でも研究が始められたその関連書物を、御館様に頼んで取り寄せていただいたことがある。

 

 ヴィローシャナは再び合掌する。

「せめて、我も祈ろう。そなたと、そなたの仲間と、そなたらが弔う者らと。そしてまた、そなたらが守る者ら、そなたらが殺す者らと――こちらの世、全ての者のために」

 

 悲鳴嶼もまた立ち上がり、合掌する。(こうべ)を垂れた。

「感謝、いたします」

 

 そしてライドウらに向き直る。

「……済まなかった。引きとめてしまった、急ぐがいい」

 

 ライドウは深く頭を下げた。

「いえ。……それよりも、申し訳ありません……我々の世界の悪魔によって、こちらの世界にまで、犠牲を」

 

 悲鳴嶼は首を横に振った。

「君たちのせいではあるまい。全てはあの、クラリオンという者……そして、それを()んだというこちらの世の鬼。それが元凶」

 

 そこで、息をついて。微笑んだ。微笑むことができた。

 合掌する。

「……ともかく。君たちと、出会えて良かった。感謝する」

 それは彼ら自身にか。あるいは彼らと引き合わせた、この世の神仏にか――それは分からなかった、けれど。

確かに、感謝した。

 

 ライドウもまた、合掌する。微笑むのが気配で分かった。

「こちらこそ。深く、感謝いたします」

 

 悲鳴嶼は言う。

「できるなら丁重に礼もしたい、御館様に申し出てできる限りの謝礼を……だが、急ぐのだったな。積もる言葉はあるが……もう、引きとめはすまい」

 

 うなずき、駆け出そうとするライドウに。

 凪が声をかけた。

「待って下さい! 最後に一つだけ――」

 思い詰めたように、息を呑んで続ける。

「私たちから、お礼をすべきセオリーです。それができます、私たちなら――」

 

 

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