【鬼滅×葛葉ライドウ】デビルサマナー 葛葉ライドウ 対 鬼殺隊岩柱 悲鳴嶼行冥 作:木下望太郎
ぼろり、ぼろりと崩れ落ちた。力無く、何の声も無く、命の無いただの物のように。凪に刀を振り下ろされたクラリオンは。
燃え落ちた炭のように、崩れ。やがて灰の塊のように、こぼれ。そして
異界の悪魔、クラリオンは消え果てた。初めから何も無かったかのように。
顔を上げれば、雲のように浮かび立ち込めていたその血肉も同様だった。いまやそこに音の往来を妨げるものはなく、全てが消えていた。
気づけば辺りも変わっていた。大広間のように蔵のように、果てしなく広く先も分からぬ程天井の高かったそこは。クラリオンが滅び、術の解けた今。ごく短く音の返る、八畳程の一室だった。周囲には
凪を抱えていた玄弥がその手を離し、ぺたり、と畳に尻をつけた。
「やっ、た……よな」
震える手で刀を握り締めたまま、肩を大きく上下させて。荒い呼吸のまま凪が言う。
「やり、ました」
横たわっていたヨシツネが、血に濡れた体をどうにか起こす。
「ああ、やった。見事だったぜ……兄弟、それに凪」
刀を手放し、凪が二人に抱きつく。首根っこを抱えるようにして。
「やりました、やりました! 皆の、二人のお陰で!」
玄弥も言う。
「ああ……! お前のお陰だ、兄弟」
ヨシツネがその背をはたく。
「当然よ! まあお前らもよくやったがな!」
三人の目にはきっと、涙が光っているだろう。悲鳴嶼の目には見えず、何の音も聞こえたわけではないが、そう思った。
そのとき、ライドウの声が聞こえた。けして大きくはなく、しかし叫びを押し殺したような、涙を無理矢理押し込めたような。そんな声が。
「星命……!」
畳の上、わずかに浮かんで。人の大きさをした風の揺らぎのようなものが横たわっていた。安倍星命の思念と名乗る者。
そしてその揺らぎは、こうしている間にも薄れ、弱まり続けている。
畳に両手をつき、歯を噛み締め。絞り出すようにライドウが言った。
「済まない……自分は、守れなかった……また」
ゴウトが言う。
「自らを構成する
小さな頭を深く下げた。
「その決断が、行動がなければ我々は生きてはおれなかった。感謝する……よくぞ、やってくれた」
星命の声が返る。今にも消え入りそうな、か細い声が。
「ほんと、よくやったよ……安倍星命でも何でもない、ただの思念の欠片が。カレーでもご飯でもない、お皿にくっついたご飯粒みたいな僕が……」
ライドウの手が、伸ばされていたその指が。畳の上で、かきむしるような音を立てる。
「守れなかった……君を、また……!」
風が揺らいだ。悲鳴嶼の目には見えなかったが、きっと。笑ったのだろう、安倍星命は。
「何度も、言わせないでよ……僕は安倍星命じゃない。あのとき力を与えようと与えまいと、クラリオンが滅ぼうと滅ぶまいと、どうせそのうち消えていた……そんな、ただの残留思念……ただの命無きモノだよ」
そこでまた、きっと。笑った。
「でも、嬉しいな……君がそうしていてくれて。楽しかった、会えてよかった……クラリオンにも、言いたいこと言えたし……」
ゆっくりとライドウへ伸ばされた、その揺らぎが。ライドウの手へと届き、しかしその先へすり抜けた。
「ああ、残念、だよ……君の、手を――」
揺らいで、揺らいで。それは薄れて、消えていった。初めから何も無かったかのように。
「星命。星命……っ!」
誰もが長く黙っていた後。語りかけるようにゴウトが言う。
「……よくやった、本当によくやったのだ、あ奴は……」
不意に、よく通る声が聞こえた。
「
ヴィローシャナ。大日如来と呼ばれた者が、気づけばライドウらのそばにいた。今はその身に光を宿してこそいないが。
「彼はそもそも命無きもの、魂無きもの……されど彼は、立派に生きた」
祈るように、
「
悲鳴嶼もまた合掌した。南無阿弥陀仏の名号を唱えた。それは安倍星命への感謝と、先に死した隊士らと犠牲となった人々への弔いだった――目の前の、如来と称する者への読経ではなく。
ゴウトが言う。
「さて……ライドウよ、思うところはあろうが。原因たるクラリオンが滅んだ今、次元の裂け目もそう長くはもつまい……取り急ぎ、戻らねばならん。我らの世界へ」
「……ああ」
ライドウは立ち上がる。学帽を目深に被り直したのか、髪の擦れる音がした。
その前に、立ち塞がるように。合掌したまま、悲鳴嶼は進み出た。
「この度の助勢、深く感謝する。君たちへも、彼にも。そして、急ぎのところ申し訳ないが。一つだけ問いたい」
ライドウではなくヴィローシャナへと向き直る。合掌を解いて。
「先の説法、真に有り難きもの……仏門の者として感じ入りました。そこで、一つ
自らの顔から表情が消えるのを感じながら、言った。
「――今まで、何をしていたのだ」
玄弥が喉に詰まったような声を上げた。
「……え」
悲鳴嶼はなおも言う。
「阿修羅の王に身をやつしておられた、それは分かるが。真、あなたが御仏なら、聞こえなかったか。我らの声が。祈りが。願いが。嘆きが、叫びが――」
奥歯を噛み締める。震える程に。胸に溜まった吐息ごと、解き放つように言う。
「聞こえなかったのか。救いを求める声が。力無き者の祈りが。平和を求める願いが。鬼に家族を友を愛する者を喰われた者の嘆きが! 喰われゆく者の、叫びが……聞こえなかったとでも言うのか!」
言いがかりに近いとは、頭のどこかで分かっていた。けれど、言わずにはおれなかった。
悲鳴嶼は日夜、念仏を唱えていた。鬼に殺された者らの冥福を祈り、鬼の討滅への加護を願って。
あるいは悲鳴嶼のように表立ってではなくとも、特定の神仏にではなくとも。多くの隊士が同じことを祈り、同じことを願っただろう。そして助けを求めなかった者がいただろうか、鬼に喰われゆく者の中に。誰かに、それはあるいは、何がしかの神仏に、助けを求めなかった者が。
それでも、神仏は何もしない。
目に見えぬ幸運を神仏の助けと、感謝することは幾度かあれど。
正しく優しく、強大な力を持つはずの神仏は、その正義も力も振るわない。
ヴィローシャナを前にしたクラリオンの言葉、それが今の悲鳴嶼には分かる――何が神だ、何が仏だ。今さら出てきて何のつもりだ――。
握り締めた、数珠が砕けた。
「聞いているのか……我らの声を。聞いているのか! 私の話を!」
やり場のない力が拳に溢れ。それを、足下に叩きつける。古畳は半ば千切れるようにして
玄弥がつぶやく。
「悲鳴嶼、さん……」
ヴィローシャナは長く黙っていたが。やがて、頭を下げた。
「……済まぬ。分からぬ、我はこちらの世の者ではあらぬ故に」
叩きつけたままの拳が、ゆっくりとほぐれる。震える程に力のこもっていた腕からも、肩からも頬からも。
長く、長く息をついた。
分かっていた、そんなことは。
それでも、言わずにはおれなかった。それだけだ。
ヴィローシャナは言う。
「そも、こちらの世に神仏のおわしますやら、あるいはおわしまさぬやら……判らぬ、我には。なれど、これだけは述べよう――『如来』とは
その言葉は、悲鳴嶼にも覚えがあった。原始仏教――歴史上の釈迦その人が説いた教え、それに最も近いと考えられる、
明治期以降に日本でも研究が始められたその関連書物を、御館様に頼んで取り寄せていただいたことがある。
ヴィローシャナは再び合掌する。
「せめて、我も祈ろう。そなたと、そなたの仲間と、そなたらが弔う者らと。そしてまた、そなたらが守る者ら、そなたらが殺す者らと――こちらの世、全ての者のために」
悲鳴嶼もまた立ち上がり、合掌する。
「感謝、いたします」
そしてライドウらに向き直る。
「……済まなかった。引きとめてしまった、急ぐがいい」
ライドウは深く頭を下げた。
「いえ。……それよりも、申し訳ありません……我々の世界の悪魔によって、こちらの世界にまで、犠牲を」
悲鳴嶼は首を横に振った。
「君たちのせいではあるまい。全てはあの、クラリオンという者……そして、それを
そこで、息をついて。微笑んだ。微笑むことができた。
合掌する。
「……ともかく。君たちと、出会えて良かった。感謝する」
それは彼ら自身にか。あるいは彼らと引き合わせた、この世の神仏にか――それは分からなかった、けれど。
確かに、感謝した。
ライドウもまた、合掌する。微笑むのが気配で分かった。
「こちらこそ。深く、感謝いたします」
悲鳴嶼は言う。
「できるなら丁重に礼もしたい、御館様に申し出てできる限りの謝礼を……だが、急ぐのだったな。積もる言葉はあるが……もう、引きとめはすまい」
うなずき、駆け出そうとするライドウに。
凪が声をかけた。
「待って下さい! 最後に一つだけ――」
思い詰めたように、息を呑んで続ける。
「私たちから、お礼をすべきセオリーです。それができます、私たちなら――」