少年、セバスティアーノの15年間はどこか物語のような人生であった。
スペインにて、日本人の父とスペイン人の母との間に生まれたセバスティアーノは、順風満帆な生活を送っていた。父は世界的にも有名な企業で働いており、比較的裕福な暮らしをしていたと言えるだろう。
そんな幸せな毎日の中で、悲劇は突如として訪れる。セバスティアーノだけを残し、父と母が交通事故によりこの世を後にした。
父の両親は既に他界しており、母は両親と絶縁関係。帰る場所はなく、セバスティアーノは孤児院に入れられた。彼は僅か10歳にして、天涯孤独となった。
それから数年。ストリートでボロ雑巾のようになった彼を拾った恩人との出会いが、彼の全ても変える事となる。
『セヴァン、本当に日本に行くのかい?』
『レオ……うん……3年……3年間だけ挑戦してみたいんだ。1度サッカーを1から学びなおしたい。ただ、それにはカンテラの環境は早すぎる』
『そうか。寂しくなるな。ただ、覚えておいてくれ。何かあったらいつでも帰ってきていいんだ。ここはいつだって君の帰ってくる場所だ。応援しているよ。僕だけじゃない、バルセロナもカンテラも、チーム全員が君の挑戦を応援している』
『ありがとう。あの時拾ってくれたのが貴方達で本当に良かった。感謝の言葉しか出てこないよ。レオにパスを出す日まで、必ず成長して戻ってくる。本当にありがとう』
彼は15年過ごしたスペインを旅立つ。全てはそう、東京シティ・エスペリオンユースに加入するために。自身の恩人であり、憧れでもある、世界一の選手に最高のパスを届ける為に。
羽田空港。長旅を終えたセバスティアーノを待っていたのは、乱雑に伸びた髪に、髭。どこかだらしない格好をした1人の男性であった。
「おー、来たきた。長旅ご苦労さん」
「お久しぶりです、福田さん。いや、福田監督。これからよろしくお願いします」
「いいっていいって、お前の存在はウチにとっても良い影響になる」
そう言い、ヘラっと笑うこの男性こそが、セバスティアーノを日本へと勧誘した張本人。元プロとして日本代表だけでなくラ・リーガでのプレーも経験し、現在エスペリオンユースの監督を務めている福田達也である。
少しの雑談を挟みつつ、クラブへと向かう車の中、福田は助手席に座るセバスティアーノに声をかける。
「なんで日本に来ようと思った? 誘っておいてなんだが、正直来るとは思っていなかった。カンテラは間違いなく世界で見ても一流の育成組織だ」
「あの時福田監督が言った通りですよ。サッカーを1から学びたかった。俺がサッカーを初めて約5年。自分の才能もあったかもしれないけど間違いなく俺は周りに恵まれていました」
家族を失い、塞ぎ込んでいたセバスティアーノが唯一興味を持ったのが、サッカーであった。ストリートサッカーに没頭し、今までテレビ中継や体育でしかサッカーなんかに触れて来なかったが、才能なのか、はたまた生きる為の本能なのか、そこで磨いたサッカーを、たまたま通りかかった神の子に拾われた。
ストリートではない、プロとして生きる為のサッカーを神の子、リオン・メッシに教わった。リオンだけではない。リオンの家に来た数々の名だたるサッカー選手にサッカーを教わった。人生のどん底から一転、セバスティアーノはとても恵まれた環境に置かれていた。
ただ、彼のサッカーの経験はあまりに浅く、プロになる選手にしてはあまりにも遅かった。
「福田監督も知っての通り、カンテラ。いや、カンテラだけじゃない。欧州のクラブでは自分の成長を気長に待ってはくれない。このままあそこに居てもプロになる事は可能かもしれない。ただ、サッカーを1から学ぶには日本の様な3年間のしっかりとした保証がある方が向いていると思いました」
それ以外にも要素はある。現在エスペリオンのトップチームを率いるガルーシャ。彼の存在もセバスティアーノを後押しさせた。
福田の質問に答えたセバスティアーノは、窓の外を見ながら欠伸をする。時差の影響かまだ眠い。クラブに着くまでの間、セバスティアーノはゆっくりと目を閉じた。
「はいこれ。お前の要望通り30番な」
クラブに着き、1番最初に渡されたのは、黄色と黒のユニフォームであった。背番号は30番。10、19、30。かつてリオンがバルセロナでつけた背番号。セバスティアーノのこだわりの1つだ。
福田に案内されるように後をついていくと、とある一室を前に福田の足が止まる。
「ああ、すまんすまん。遅れたー」
緩い声と共に扉を開け、福田は中に足を踏み入れる。
「失礼。それでは自己紹介を。ユースチーム監督、福田達也だ。よろしく頼む」
福田はそう言うと、入れとアイコンタクトを向けてくる。
「それと、少し遅れての紹介になるが許して欲しい。今朝日本に来たばかりなんだ。彼も君達と同じ新入団生の1人」
「セバスティアーノです。スペインから来ました。愛称はセバ、セヴァン。呼びやすい呼び方で呼んでほしい。生まれも育ちもスペインですが、父の影響で日本語は一応話せます。ポジションは主にインサイドハーフかトップ下。よろしくお願いします」
「と言うわけで今年のスカウト組の1人なわけだが、もう1人は……」
そう言った福田の声は、突如として鳴り響いたバイクの音と共に消えていった。