青森から帰るバスの中、Aチームの選手達は、今日行われているトップチームの試合を映像越しに見ていた。
その理由は、エスペリオンユースの至宝、栗林晴久が僅か16歳にしてJ1デビューを果たしたからである。
『──僕は、フィジカルという言葉は、テクニックがない人間の言い訳だと思っています。今の自分に何が必要かは……自分が1番よく分かっています。自分以外で分かるとすれば、ユースの福田監督。それぐらいなので』
試合結果は、エスペリオンの逆転勝利。途中出場で逆転弾をアシストした栗林のヒーローインタビューを聞き終えたセバスティアーノは、何処かつまらなさそうな顔でイヤホンをとる。
「栗林晴久……今日のプレーは思ったより期待外れだったな」
「……は?」
そう呟いたセバスティアーノの言葉に、車内の空気が固まる。この男は何を言っているのだと。
それもそのはずだ。ワンタッチ目で相手を置き去りにするドリブル、針の穴を通すようなキラーパス、制度の高いミドルシュート。初出場で初アシスト、間違いなく栗林は存在感を残していた。
「セヴァン。何故そう思う?」
セバスティアーノの言葉に、最前席に座る福田は振り返りながら、そう問いかける。
「簡単に言うと目に見える技術は素晴らしいが、サッカーが下手。遊馬……あのパスも、あのミドルも、あのドリブルも、栗林は何故ああいうプレーをしたと思う?」
「そ、そりゃ、勝つために、点を取るためにじゃろ」
セバスティアーノの問に、隣に座る本木は少し戸惑いながら答える。
「それは勿論あるだろう。ただ、恐らく彼がこの試合において1番に重要視したのは自身が目立つ事だ」
セバスティアーノの目には、栗林の不可解なプレーが多く映った。わざわざ難易度が高い場所へのパス、うたなくても良いミドルシュート。何れももっとゴールへ近い道筋がある中で、栗林が選択したプレー。まるで自身の技術を見せつける様に。
普通の選手なら何とも思わないだろう。ただ、セバスティアーノは、栗林が正しい道筋を選択できる人間だと理解しているからこそ、落胆した。
「自身のエゴを出す事は必要だ。ただ、それを永遠に出すのであれば、それは何れ身を滅ぼす事となる。俺は恩人にそう教わったから」
例外があるとすれば、チームの点取り屋、すなわちストライカーだ。彼らはチームが勝つ事より、己が点を決める事に執着する。それが彼らの生きる術であり、それが結果的にチームを救うものとなる。
「きっと、少しでも早くステップアップしたいという焦りもあるんだろうが……勿体ない。彼はとても良い環境に居るというのに」
常にゴールへ結びつく最善のプレーをする。そうすれば良い監督というのは必ず見ていてくれるものだ。エスペリオンはガルーシャという良い監督に恵まれている。
選手達はセバスティアーノの言葉に唖然とする。ユース生にとって、栗林は決して追いつけないと思わされる様な選手であった。そんな栗林と比較しても尚、セバスティアーノという男は、見ている世界も、立つべき舞台も、確約された地位も、何もかもがもっと上。次元が違いすぎる。
そんな中でも、数名の選手は静かに瞳をギラつかせていた。まるで野犬。その思想を、己の血肉にする為に。
青井葦人がFWからDFに転向して1ヶ月が経った。この期間に4試合が行われたが、その全てが黒星であり、青井がベンチ入りする事は1度もなかった。
そして迎えた都リーグ第7節、多摩体育大付属戦。連敗を防がなければならないBチームに朗報が訪れる。
スターティングメンバーが書かれたホワイトボード。そこには、義経とセヴァンの文字。
片や去年のプレミアリーグ得点王であり、チームのキャプテン。片や新入団生でありながら直ぐに主力組に定着し、攻撃を作るチャンスメーカー。得点力不足で連敗中の彼らには最高の起爆剤である。
義経は怪我の影響で別メニューを起こなっており、試合勘を取り戻す為にBの試合で調整。セバスティアーノはエスペリオンが彼を預かる為にバルセロナと交わした契約の1つ、定期的なターンオーバーの為である。
「……ったく。せっかく万全な布陣だってのに、なんでアイツがSBなんだよ」
スタメンを見ながら、一色は少しの不安と苛立ちを見せる。それもそのはずだ。攻撃陣の期待と裏腹に、LSBに抜擢されたのは青井。SBとしての青井はお世辞にも上手いとは言えない、寧ろ練習中は足を引っ張っていた。
そんな青井をセバスティアーノは呼び止める。
「青井」
「なんやセバ。俺は今考え事を──」
「本当に良く視えてる。初めてやった紅白戦の時からずっと。それを今は自分のものにしようとしている。サッカーは1人でやるものじゃない。攻撃も守備も、な」
どことなく含みのある言葉に青井の中の何かが繋がろうとしている。しかしその答えは見つからぬまま、試合は開始される。
試合開始から10分。既にLSB、つまり青井の位置が穴となっていた。
考え無しに敵に突っ込んでは、簡単なフェイントで交わされる。もう何度も青井の位置からクロスを上げられている。未だ失点は無いものの、いつ点を取られてもおかしくない状況だ。
ただ、問題は青井だけでは無い。チーム全体の動きが硬い。4連敗という負の連鎖。こればかりは技術だけの問題では無い。
幾ら昨年のプレミア得点王が居ようと、そこまでボールが繋がる気配がないのでは、相手からしてみれば恐怖心は薄れていく。
そんな義経への循環役であるセバスティアーノはこのチーム状況をじっと見つめ、義経へと目をやる。
(分かってるナリ。BだろうとAでやってる事を……そうだろい?)
セバスティアーノの視線に義経は頷く形で答える。
はっきり言ってこの試合、やろうと思えばセバスティアーノと義経の2人の個人技と連携だけで点を決めることは可能だ。しかし、セバスティアーノはその攻撃をする為のスイッチを入れない。
それをすればこの試合は勝てるかもしれない。しかしそれでは、何の解決にもなっておらず、2人が居なくなればまた元のチーム状況に戻るだけである。
まずはこのチグハグな守備。ここがどうにかならない限り、恐らくセバスティアーノが攻撃のスイッチを入れる事はない。
「大友ー!! 釣り出されるな! 外に回れ!! 26の前ふさげ!!」
(……おっ)
そんな時だ、青井が大友に叫びかける。今日何度目か分からない左サイドからの攻撃。しかし今回、今までと違う事がある。それはコーチングである。青井のその一声で、相手選手の攻撃が止まる。
大友がスペースに入った事によって、本来出したかった選手へのパスコースが消える。そしてもう一方の選択肢には清水が、そうなるとパスの出しどころは1つしかなく、相手選手がパスを出した瞬間、それを待っていたかのように青井がボールをカットする。
パスコースを読んでいた。今の青井のプレーは決して勘などではない。青井がそのコースへ誘導したのだ。
今まで青井は選手を潰しに行っていたが、潰すべきは選手ではない。スペースだ。選手は点。点と点を結ぶ線を引かせなければ良い。それに気づいた青井は次のプレーで、相手が使いたいであろうスペースを考えて潰しに行く。が……
「あれ??」
青井が飛び出した事でスペースが生まれ、難なくその場所にパスを通される。二階堂が何とかセーブした為、失点は免れたものの、先程とは違い青井の守備が一気にチームをピンチへと落とし入れた。
接触があった為、1度試合が止められる中、青井は思考する。考え方は同じだったはずだ。
(さっきのパスカットはたまたま上手くいっただけだったんか……?)
何かが足りない。答えは目の前にあるのに、届きそうで届かない。そんなもどかしさを感じていると、ベンチから立ち上がった伊達が青井を呼ぶ。
「今、何故失敗したと思う? その前のパスカットは成功した。何故成功したと思う?」
伊達は青井の思考を言語化できるようにと誘導する。
「成功した時、選手は見ていたか?」
「見てた! 見てたからこそ、あのスペースにボールが来るって確信があったんや!!」
「ああ。完璧な対処だった。直前の大友へのコーチングも含めて」
──あ。
プレー再開直前。伊達の言葉で、青井の分からなかった何かが繋がった。
──お前、FWの時はもっと視野の広い奴に見えたぜ?
──サッカーは1人でやるものじゃない。攻撃も守備も、な。
──直前の大友へのコーチングも含めて。
練習中の竹島の言葉も、試合前のセバスティアーノの言葉も、今の伊達の言葉も、それら全ての言葉の意味が繋がった。
(あのパスカットの直前、俺は周りを使ったんや!)
1度目は、仲間を使い相手の選択肢を潰し、残った選択肢を潰しに行った。2度目は相手にいくつかの選択肢が残された中で、スペースを潰しに行き、他の選択肢を使われた。
故に理解し、再度、大友や清水にコーチングをかける。
「大友! 絞り足りねぇって! そのスペース使われるぞ!!」
しかし、大友の絞りが甘く、スペースが完全に消しきれていない。青井が気づいた時にはもう遅く、相手がそのスペースへとパスを出す。
誰かそのスペースを埋めてくれ。青井がそう思った時、1人の男がそのボールをカットする。
「よし。まだ不安要素は多いが、ようやく試合になる程度の守備にはなったな。さて……点取りに行くか」
パスカットをした張本人。右のインサイドハーフでプレイしてはずのセバスティアーノがこの位置にいる。ただ、今はそんな事はどうでもいい。遂にAチームの2人が動き出す。
W杯が終わってしまいましたね。1ヶ月、ほんとーに早かったです。今大会は後世に語り継がれるようなW杯だったと思います。
アルゼンチンが優勝、ほんとに嬉しいです。アルゼンチンの試合は叫びまくりで隣の部屋の人には迷惑かけまくったと思います。
そんなアルゼンチンの試合を私なりに1つずつ振り返りたいと思います。
まずはサウジアラビア戦。メッシがPKを決め先制するも、その後はオフサイドに嫌われるなど中々歯痒い中、後半サウジアラビアの前線からのハイプレスにやられ、ゴラッソもあり一気に2失点。
意地でも守りたいサウジアラビアの守備。中央をコンパクトに守られ、メッシが自由にボールを持てるスペースが無く、焦りからも、雑なプレーが多くなり、アルゼンチンまさかの黒星スタート。メキシコ、ポーランドがいるこのグループでサウジアラビアに負けると言うのは中々にヤバく、かなり不安なスタートとなりました。
そして迎えた2戦目はメキシコ戦。負けたら終わりということもあってか、中々メキシコの守備陣を崩せない中、チームを救うメッシの1振り。完全に0を1にしたシュートでした。そして何よりメッシが決めたという事が大きかったでしょう。チームの精神的支柱であり、メッシ自身も1点決めた事で今後の自信にも繋がります。
3戦目のポーランド戦は若い選手の活躍が見られましたね。まず大きかったのはポーランドが全然プレスに来ずベタ引きしていた事です。故にメッシがボールを持ちやすく、バンバンチャンスメイクが出来るようになります。ポーランドの戦術もシュチェスニありきと言うのが顕著に現れるレベルでシュチェスニが好セーブをしまくって居ましたが、マクアリスターが決めてからは、芋づる式で惜しいシーンががどんどん増えていた印象です。
無事決勝Tへと駒を進めたアルゼンチンの初戦はオーストラリア。ここでもまた、メッシのお得意のシュートが炸裂します。この試合で特に素晴らしい働きを見せていたと思うのがアルバレスとデパウルですね。彼らの運動量、半端じゃありません。まるでメッシに従う猟犬の様にボールを追いかけ回します。さながらジャイキリの椿と赤崎の構図です。勝つことは出来ましたが、オーストラリアもえげつないドリブルなど、しょうが無い失点とはいえ1点差になってからは、割と危ないシーンが何度かありました。
続くオランダ戦では荒れに荒れた試合でしたね。まさかのイエロー18枚。多くの人が言っていた様に、完全に主審が試合をコントロールしきれていない状態でした。
パレデスのボールを相手のベンチにシュート!!ちょー!エキサイティーング!!などもありましたね。もう大乱闘。主審も「よーし。イエローいっぱい出すぞぉ」って感じで笛ならしまくりながら、ウッキウキでイエロー持って走ってきました。
あの試合の後、アルゼンチンへの印象操作が酷かった気もします。勿論、パレデスの行為は1発退場ものですし、激しいプレーも多く、PK後も煽ったりしていました。アルゼンチンの行いが褒められたもので無いのは事実です。ですがそれはオランダも同じですし、その背景をしっかりと理解して欲しいと言うのが、アルゼンチンファンとしての思いでした。
ゴールシーンの話をしますと、やはり、メッシのモリーナへのパス。これぞメッシと言ったような素晴らしいパスでした。
オランダ側は途中から監督が熱く語っていた戦術とは何だったのかと言うような、長身の選手を前に置いてとにかく放り込むだけのつまらないサッカー。しかしそれを否定するつもりはありません。勝つためには有効な手ですし、実際に2点決められてるわけですから。2点目に関してはアルゼンチンの軽率なファールですし、フリーキックも素晴らしいものでした。
クロアチア戦は正直アルゼンチンファンとして良い思いとは言えないカードでした。何故なら彼らには4年前グループリーグで3ー0でボコボコにされており、クロアチアは今大会でもベスト8であのブラジルを破って我々の目の前に居るのですから。
しかし、蓋を開けてみれば3ー0での勝利。4年前の借りをそのまま返す形となりました。アルバレス、素晴らしかったですね。3得点に絡む活躍。2点目の独走ドリブルは圧巻でした。モリーナのフリーランも良かったです。あれで相手が無闇にアルバレスにプレスに行けなくなりました。さらに今大会最優秀DFとも名高いグバルディオルをメッシが終始完封しており、試合が進むに連れて、メッシの調子がどんどん尻上がりに良くなっていました。フランスに敗れたモロッコもですが、正しく総力戦。国力の差が出たように感じました。
そして遂に決勝戦。相手はフランス代表。4年前、ベスト16で4ー3で敗れた相手であり、今大会は怪我人が多くいたものの、その強さは健在で誰もが負ける姿を想像出来ないと思ったはずです。前評判でも、アルゼンチンに買って欲しいと思っている人は多くいたものの、実力ならフランスの方が上といった人が多かった印象です。
しかし、私の意見は違いました。イングランドとフランスの試合を見ていた限り、アルゼンチンが劣っているとは全く思いませんでした。フランスの攻撃パターンはボールをゆっくり回してのビルドアップではなく、スピードを活かした、素早いカウンター。今大会、アルゼンチンの守備はかなり強固なもので、素早いハイプレスでセカンドボールの保持率が非常に高く、実際に試合でもその様なシーンが目立っていました。私の試合前の見解としては、カンテ、ポグバが居ないのであれば、メッシが中盤でボールを持つ機会は増える一方で、エンバペ、デンベレの量ウイングをどう封じるのかというものでした。
試合はディマリアが居ることで攻撃に違いが生まれ、スムーズに攻撃が出来ている印象で、守備は先程も言った通り、早いプレスが刺さっていました。後半30分までは完全にアルゼンチンの試合で、私自身これは勝てると思っていました。あの男が覚醒するまでは……
そう、今日本で、なんて呼び方が正しいのかと話題沸騰中のエンバペ先生でございます。あの2点目のシュート、うますぎます。約1分で同点に追いつかれ、完全にフランスが押せ押せムードに。私の中で一気に不安が押し寄せてきます。
試合は延長戦。投入されたラウタロが良いアクセントになります。今大会ゴールにこそ嫌われたものの、オフ・ザ・ボールの動き、身体の入れ方、パスはやはり上手く、3点目の起点になりました。間違い無く、アルゼンチンを優勝に導いた素晴らしい選手の1人です。まぁ、その後あの男にハットトリックかわされたんですけどね。
オランダ戦では省きましたが、PKはやはりエミマルが素晴らしかったです。ただ私が推したいのは延長後半ラストのコロムアニのシュートを止めたシーンです。間違い無く、あれがアルゼンチンの優勝へと首の皮一枚繋いでくれたスーパーセーブでした。流石に叫ばずにはいられませんでしたね。
蓋を開けて見ればアルゼンチンの優勝で終わり、今でこそ歴代の中でも最高の決勝だと思えていますが、試合中はほんとに苦しかったです。ただ、その分、勝った時には涙が溢れてきました。
今大会は間違いなくアルゼンチンの、いや、メッシの大会だったと言っていいでしょう。メッシがキャリアで未だ取れていないタイトル。それがW杯であり、遂に全てのトロフィーを獲得した事になります。これだけでも素晴らしい事ですが、それまでの背景と言うものが美しすぎます。遡るとしたら初優勝した事で本格的にW杯の優勝候補の一角となったコパ・アメリカ?今大会雪辱を果たした事になるクロアチア、フランスに敗れた4年前のW杯?決勝でドイツに敗れあと一歩の所で届かなかった8年前のW杯?いいえ、もっと前です。代表だけじゃない、クラブも含め、彼の幼少期の頃から、その全ての歩がまるで物語の様で、1つの、いいや、それでは収まらない、長編映画が出来るでしょう。長い長い旅だったと思います。しかし彼の物語はまだ終わりません。
クラブでも調子良いですしCLも残っています。結果次第では8度目のバロンドール受賞もあるでしょう。噂では2人目のスーパーバロンドール受賞者になるのでは。という声も上がっています。
今後彼を超える選手は生まれるのでしょうか?勿論数字も異常ですが、それだけではありません。メッシのプレースタイルは比較出来ないのです。次の時代を担うであろうハーランドやエンバペの様な圧倒的なまでの身体能力を保持した選手は生まれるでしょう。しかしメッシはメッシなのです。確かに昔に比べればスピードは落ちました。しかしドリブルの上手さは現在です。ペナルティエリア付近からのミドルシュート、チャンスメイカーとしてのパスの制度、サッカーIQ、フリーキック、PK。これら全てが衰える所か成長し続けているのです。
誰が歴史上最高の選手なのかという論争に決着などつかないでしょう。メッシやロナウドを見て育ってきた我々の様に、年配の方々はペレやマラドーナを見て育ったのです。今後我々が大人になった時、若い子達がエンバペやハーランドを見て育てば、恐らく彼らにとっては彼らが歴史上最高の選手になる事でしょう。ようは自分に与えてくれたインパクトの大きさなのです。
ですのでこれは、あくまで私の意見ですが、間違いなく歴史上最高の選手はリオネル・メッシである。