虹夏好き好き大好き 作:ドラムを継ぐもの
朝の飛行機で日本に向かう。昨夜は睡眠不足だったからあっという間に眠ってしまって、起きた時には到着間近だ。
日本時間で考えれば、昨日の朝にメキシコを出て、今日の昼に日本に着く。昨日がほとんど消滅したみたいで、損した気分になってしまう。
別に俺が生きる時間が減っているわけでもないのにそんな気分になるのは、人間は日付や時刻に縛られた生き物なのだなと実感する。
「虹夏は大丈夫だろうか……」
虹夏からメッセージとともに送られてきた、人がすっぽり入れそうなくらいの大きさの段ボールの写真を確認する。
これをギタリストだと思い込むほどに追い込まれてしまうなんて。
お義姉さんがメンタルケアをしてくれているといいが、寧ろ虹夏は気にさせまいとカラ元気を見せているだろう。
「まあ、リョウさんがいるから大丈夫か?」
最悪ギターの音だけ流してやればいいだろうし、そもそもライブできなかったなんてことにはなってないだろう。
空港に着いたら、既に手配していたタクシーに乗ってSTARRYへ向かう。日本に入ったのでモバイル通信を再開させると、飛行機の乗っていた間にやって来たらしい大量のメールと不在着信の通知で溢れる。
個人から来たメールや、お金あるなら投資しませんか的なメールは無視していい。けれど、企業だとか、権利の確認のメールはなるべく目を通す必要がある。
とはいえ、まずは虹夏だ。メキシコで飛行機に乗る前に「日本に帰る」と送っておいたが、驚いたようなスタンプと、「本当に?」と短いメッセージが届いていた。
タクシーの中から、日本語の書かれた建物の写真を撮って、「帰ってきた」というメッセージを送る。
時刻は十五時過ぎ。そろそろ学校も終わるだろうし、STARRYでちょうど会えるだろう。
空港から下北沢にあるSTARRYまでは大体一時間くらいでつく。十何時間も移動しっぱなしで流石に疲れてきた。虹夏に送ったメッセージにはまだ既読はついていない。
タクシーの運転手に多めにお札を渡したら、日に透かして偽札じゃないかと疑われた。一応年齢的には高校生なのだから、ぽんと数万円渡したらそういう反応になるのは分かるけれど。疲れもあって、少しイラついた。
階段を飛ばして駆け下りて、STARRYに駆け込む。
目についたのは三人の女の子。二人は俺の知っている相手。
幼馴染の伊地知虹夏と、その友人の山田リョウ。もう一人。俺を見るなり机の下に隠れたピンク色のジャージを着た女の子は初めて見る人だ。
「うわっ、アキラ君!? え? 本当にメキシコから帰ってきたの?」
「虹夏! 大丈夫か!?」
駆け寄って近くで顔を見る。無理している感じはない。寧ろ楽しそうで、いつも通りの下北沢の大天使がいる。
「はぁー……やっぱ虹夏見てたら安心する……」
「あ、相変わらずだね……」
少し引き気味に言う虹夏に、けれどそんな風にいつもと変わらない様子を見せてくれたことに安心してしまう。
「アキラ。お土産」
「あ、ああ。たぶんそのうち家に届くと思う。頼んどいたから、国際便で来るからもうちょっとかかるだろうけれど」
「お土産より先に帰ってきちゃった!」
相変わらずのリョウさんに答えていると、虹夏が突っ込みを入れる。メキシコに滞在していたのは一週間くらいだったけれど、物凄く久しぶりに感じて泣きそうになる。
「ところで、そこのピンクの子は?」
俺が話題に出した途端、机の下に隠れていた女の子がびくりと肩を揺らした。虹夏の方は先ほどまでピンクの子が座っていた椅子を見て、不思議そうに首を傾げ、リョウは既にしゃがんで椅子の下の女の子を突いていた。
「昨日メッセージで送ったでしょ? 奇跡的に見つかったギター」
言いながら虹夏は俺とのメッセージ画面を開いて、段ボールの画像を見せつけてくる。ヒト一人はいれそうなくらいの大きさの段ボールだとは思っていたけれど。
「まさか……その中にこの子が入ってたのか?」
「す、すみません!!」
「うわっ!? びっくりした……」
テーブルの下から出てきた女の子が、俺に大声で謝り、思わずのけぞった。そんな俺の様子を見てまた小さな声で謝っている。随分とシャイな子だと思う。
「いや、でもよく見つかったな……とにかく、初めまして。若槻アキラです」
なるべくいい印象を持ってもらえるように笑顔を心掛けて、握手を求める。
が、なぜだか「う゛っ!」と断末魔を上げて倒れてしまった。
「なんで?」
「あ、あはは……」
☆
虹夏から聞いて話によれば、結局昨日のライブは何とかなったらしい。まだまだ最初だから仕方がないけれど、失敗は多かったらしいし、大成功とは言えない出来だったとのことだが。
「まあ、なんにせよ何とも無さそうでよかったよ。てっきり虹夏がおかしくなっちゃったかと思って」
軽く呆れられたけれど、普通段ボールの中に人が入っているとは思わない。
もうちょっと説明してくれればよかったものを、ギター見つかったとだけ言って段ボールの写真を送られたら虹夏がおかしくなったと思ってもおかしくはないだろう。
「いや、だからといってメキシコからすぐ帰ってくるのはおかしいって……」
「虹夏のためだし」
「むー……」
昔みたいに俺の好意に照れることはなくなったが、代わりに虹夏は俺から視線をそらして不服そうな表情を浮かべることが多い。これも照れ隠しなのだとは思うのだけれど、もっとあからさまな可愛い反応も見てみたいものだ。これも可愛いからいいとは思う。
「……ところでなんでメキシコに行ってたの?」
リョウさんが無表情で尋ねてきた。あまり興味無さそうな表情だけれど、これがデフォルトなので気にしない。
「いや、メキシコで一か月間路上で弾き語りだけして生活できるか試したくて」
「アキラが虹夏から一か月も離れて?」
「俺もさすがに耐えられると思ったんだけれど、そろそろ限界だった」
というか、一週間くらいは俺から連絡することも会いに来ることもなかったわけだけれど、その間虹夏は俺がメキシコに行っていることを知らなかったというのも複雑な気分だ。
「あっあの。皆さんはえっと若槻さんとはどのような関係なんですか?」
と、ピンクの子――改めぼっちちゃん。
当たり前のようにこのあだ名を紹介された。色々と良いのだろうか。疑問だ。
「どのような……? まあとりあえず俺と虹夏は――」
「幼馴染だよ!」
俺が言いかけるよりもさらに早く。虹夏は俺の言葉を遮るようにして言った。
とりあえず夫婦ということにしておこうと思ったのだが駄目だった。
「まあ、そのつながりでリョウさんとは友人、でいいのかな? あ、あとギター弾ける」
ついでに習っていたからピアノとバイオリンも出来るけれど、ロックバンドのメンバーであるぼっちちゃんにそのことを話す必要はないので省いた。
何となしにぼっちちゃんを眺めていると、不思議と既視感を覚えた。どこかで会ったことがあるような。
「俺ぼっちちゃんとどっかであったことあるかな?」
「ぇ!? な、ないと思います」
「アキラ君。そういうの良くないと思う」
ためしに聞いてみたが、ぼっちちゃん曰くあったことはないらしい。どっかで見たことあるような気はしたのだけれど、思い出せないし気にすることもない。
それよりも、ナンパしようとしていると思ったらしい虹夏が、お義姉さんに負けず劣らずの冷たい視線を俺に向けてきた。最早物質化して俺の肉体に刺さって痛みを感じさせすらあるその視線に、けれど虹夏のいつもと違った一面を見れた事への喜びもあって、悪くなかった。
その後、なぜだか俺も、俺が来るまで行われていたらしいサイコロを使ってお題を出して交流する会に参加させられ、ぼっちちゃんがバイトをする日にボランティアで働くことも決まってしまった。
まあ、虹夏に決められたことなので何の不満もないけど。