「はぁ~~、クソ親父め、ワイが働かんからって何もこんな山まで連れてきて置いていくことは無いやろ…」
男の頬を冷たい風が撫で、彼は身震いを一つする。…ここはイビト山、もしくはエボット山と呼ばれる山の中。一般的にはハイキングやキャンプなどの行楽地として人気のレジャースポットだが、整備された道を越えて山奥に一歩踏み込めば、鬱蒼とした樹海が広がる秘境の霊山である。その森を今一人の男が進んでいる。
男は家に帰ろうと躍起になって進んでいるようだが、その向かう方向はどんどん暗く、深くなっていく。
「あれ?ワイがガキの頃ここに連れてきてもらった時はこっちの方向から行ったら道路に出たはずなんやが…」
幼少期の記憶を頼りにするのは悪手である。男が想起した記憶はおそらくこことは違う山の記憶か、もしくはまだ人の手が入っている道の記憶かのどちらかだろう。
「ぬわああああん疲れたもおおおおん」
しばらく進んだ後、男は歩き疲れたところで座りこんでしまったので、ここで彼の紹介をしよう。
彼は模範的ななんJ民。…名前?そんなものは知らない。名無しさんである。彼は30歳にして定職には就いておらず、引きこもりで友達も恋人もいない実家暮らしのすねかじり。父親からは無視され、妹からは気持ち悪がられ、唯一「人」として扱ってくれる母親には顔を見る度罵詈雑言を浴びせかける屑であり、ある日遂にノイローゼに陥ってしまった母親を見て重い腰を上げた父親により、イビト山に放置された。家から十数キロしか離れてはいないイビト山に、しかも山道からそう遠くない位置で彼を下ろしたのは肉親としての最後の愛情か。よく分からない。
兎にも角にも、二つの意味で進む道を間違い続けた男は山頂近くの開けた空間に出た。
「ファッ!?なんだこの穴!?(驚愕)落ちるとこやったわ危な…」
男は地面に空いた大きな穴を間一髪のところで発見し、一歩後ずさった。うーん、気付かずに落ちると思ったのだが、変なところでしぶといな。
「ほえ?」
男は間の抜けた声を上げて深く暗い穴へ堕ちていったのだった。めでたしめでたし。
…私?私は…うん、最後のニンゲンに宿った最初のニンゲンとでも言っておこうかな。まあどうだっていいことさ、私が楽しめればそれでいいのだから。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ぐえー死んだンゴ…あれ、い、生きてる…!?」
Yが意識を取り戻すと、そこは暗い穴の底だった。Yが周囲を見渡しても何もなかったが、足元には金色の花が何本も咲いていた。上を見ても地上の光が小さく見えるだけ。普通この高さから落ちれば死ぬはずなのだが、Yが奇跡的に五体満足で生きているのは、もしかしたらこの金色の花が下敷きになってくれたおかげかもしれない。
「なんかわからんが生きとるわ。よっしゃラッキー!(シシレッド)…体中痛いけど」
立ち上がって四肢の無事を確認したYはとりあえずポケットをまさぐって…
「は?スマホないやん…!クソ、上で落としたか…」
「…」
「はーつっかえ!」
「……」
「とりあえず出口探すか…」
自身の最も重要なライフラインであるインターネットを失い自棄になりかけたYだが、しばらくすると出口を探し始めた。Yは生への執着だけは人一倍高いのだ。Y、「生きていく」努力は全くしないが、「生き延びる」努力は惜しまない男である。
「門あるやん!誰が建てたんやこんなん…」
壁を登って地上に戻る道を早々に諦めたYが壁に沿って歩いていると、目の前に大きな灰色の門が現れた。
Yが明らかに現代のものではないを建築物を訝しみながらも門を抜けて進むと、一点だけ光が差し込む地面があり、金色の花が一輪咲いているのが見えた。
Yがその花を特に気にも留めず、横を通りすぎようとした時、金色の花が言葉を発した。
「Howdy!僕はフラウィー。お花のフラウィーさ!」
「え?誰かおるんか?」
Yは辺りを見回すが、花が喋っているという結論には至らない。
「こっち!こっちだよ!」
「は?花が喋っとるんか?んなわけ…おい、近くに誰かおるんやろ!出てきてワイを助けてくれ!」
「喋ってるのは僕だって!お、おい!聞いて…、聞けよ!」
「ワイを試しとるんか?こんなちゃちな子供だましに引っかかるわけないやろ!ワイは穴から落ちたんや。ワイをバカにする暇があったらさっさと上に戻して欲しいんやが!」
「うるさいうるさい!一回黙れ!」
「ギエエエエエエエエァァァァァァ!(キチゲ解放)」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA(対抗)」
「…」
「…」
「で、おまいはなんなん?(ジェリー)」
「(やっと黙った…。)んん゛っ、改めて、僕はフラウィ。機械でもなんでもなく喋ってるのはこのお花の僕だよ。」
「ワイの知ってる花は喋らんのやが、ワイが部屋におるうちに花は喋るようになったんか?なあ?」
「(いちいち癪に障るやつだな…)ま、まあそんなことは置いといて!見たところ、キミはこの地底の世界に落ちてきたばかりだね?」
「…まあそうやな。地底の世界ってなんや?」
「…ここは地上から隔絶されて歴史に封印されたモンスターたちが暮らす世界、キミたちニンゲンからすれば『地下世界』かな?ここでは多種多様なモンスターたちが地上とは全く異なる独自の生態系を築いているのさ。」
「…」
「どうかした?」
「…な」
「?」
「ワイと話す時に二個以上知らん言葉使うな!こちとら中卒、なんなら小卒やぞ!弱者をいたわれ!」
「(…なんだこいつ、ホントにニンゲンか?あの子でももっと聞き分けはよかったって言うのに…よく見れば体色も黄色くて顔もカエルっぽいし…もしやモンスター?…いやただ不細工なだけか)」
「と、とにかく!ここでのルールを教えてあげるってこと!キミも知らない世界に落とされて右も左も分からない状況は困るでしょ?」
「ほーん、じゃあ言うてみ、聞くだけ聞いたるわ」
「(もう最初から先手必勝で殺した方がよかったかな…)…それじゃあ準備はいい?行くよ!」
フラウィが
「あらあら、ニンゲンと遊んでくれているの?殊勝な心掛けね。」
「ゲッ…(トリエル!?クソ、しょうーもない話で時間を使いすぎたか!?仕方ない一度リセットして…)」
「な、ななななんやお前…!!わ、ワイはお前なんかこ、怖ないぞ…ワイは棒高跳び6M跳べるしTOEICは942点なんやぞ…!」
「怖がらなくても大丈夫よ「怖ない言うとるやろボケ!」私はトリエル。この
「(!?…リセットが…!?クソ!いったん引くしか…!)」
その後紆余曲折あったが(9割Yのせい)フラウィはいつのまにか去り、ここを案内してくれるというトリエルを名乗るモンスターにホイホイとついていきながら、Yは足りない頭で今の状況を整理していた。
「(ワイが穴に落ちたと思ったら生きてて、そこは花が喋る世界で、このトリエルみたいな見たことない生き物もおる変な世界や…もしかしたらワイは死んでて異世界転生したんかもしれんな…)」
「(…トリエルってワイが愛用しとる睡眠導入剤みたいやな)」
一瞬で思考を放棄したワイはとりあえず目の前の大きな背中についていくことだけを考えるのだった。
地下に落ちてからのナレーションは普通の何の変哲もないナレーションです。「Y」としているのは主人公の一人称と被ることを避けるためです。
ワイ/Y
なんJを生きがいにしているヒキニート。中学時代に上手く友達と付き合えなくなったことが原因で引きこもり、中学の卒業式も一人別室で行った。それからは家から出ることすら稀になり十余年を惰性で過ごしてきた現代のモンスター。ついに家から追い出され(遺棄ともいう)イビト山を彷徨っていたところ後ろから何者かに押され地下世界に墜落する。趣味はレスバらしいが大抵すぐに論破される。特技は相手の神経を逆撫ですること。