麦わらと紫電   作:えみゃ

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目覚めて出会って

 

 

 東の海に浮かぶ名もなき無人島。

 人の手が一切ついてないその島では、多種多様な生き物が存在しており日々生存競争に明け暮れている。

 そんな島に一人の青年が上陸する───否、正確には流れ着いたという表現が適切だろう。

 

 背中まで届く一房に纏められた紫髪。

 東の海ではあまり見かけない浪人のような紫を基調とした着物。

 うっすらと開いた双眸は深い青に染まっていて、上背があり歳の頃は二十代前半といったところか。

 腰の鞘に収められている刀は煌びやかな装飾こそ施されていないが、その手の人間が見れば一目で上物だと判る業物。

 

 さざ波と鼓動の音を感じ取りながら、ずぶ濡れの青年は目を覚ます。

 何処か眠たげに瞼を開いた青年は、周囲を見回し脳裏に疑問が浮かべる。

 なぜ自分はここにいるのか、ここに至るまでにどんな経緯があったのか、そもそもそれ以前に自分は何者であるのか。

 

「名前は分かるものの…………それ以外が何も分からない」

 

 しかし、どれだけ頭を回しても答えは出ない。

 暫しの間ぼうっとして、意識がはっきりとした状態になっても変化はない。

 ふと、腰に帯刀する得物が視界に映る。

 そっと手を添えれば触り慣れたような感覚と不思議な安心感が胸中を占めた。

 何も覚えていないが、この刀とは長い時間と多くの苦楽を共に過ごしてきたような気がした。

 

「綺麗だ」

 

 ゆっくり鞘から抜き出せば、陽の光を反射するほどに研ぎ澄まされた刀身がある。

 それを見て自然と言葉を口に出せば、漠然とではあるがこの刀をどうやって手入れしてきていたのかその光景が脳裏に浮かぶ。

 しかしどれだけその刀を目にしても、刀の銘だけは終ぞ思い出すことは叶わなかった。

 これだけの名刀の銘を思い出せないことに口惜しさを感じながらも、思い出せないものはしょうがないと思考を切り替え刀を鞘に納める。

 

「……やはり人の気配はないか」

 

 瞑想するように瞼を閉じて辺りを探るが言葉の通り人の気配はなく、あるのは珍妙な獣の気配ばかり。

 自分以外に人の一人でもいれば脳裏に浮かぶ疑問の幾つかも解消できたと思うが、この様子ではそれも難しいだろう。

 では船を出して人がいる島まで渡ろうかとも考えたが、

 

「流石にボロ船に能力者ではそれも出来ないな」

 

 船を出すことは問題ではない。

 問題視しているのは、万が一海に投げ出された場合のことだった。

 悪魔の実と呼ばれる果実を口にしたものは、例外なく海に嫌われ能力を得た代償にカナヅチとなる。

 青年は自身がその能力者であるということを確信していた。

 その事実を確かめるように、青年は空へ掲げるように右手を上げ───

 

「むん」

 

 ───紫電が迸る。

 

 軽い掛け声とは裏腹に勢いよく走ったその電流は、水面を伝い近場にいた魚の群れを感電させその意識を容易く奪い取る。

 ぷかぷかと浮かんできた魚たちには目もくれず、青年はやっぱりかという心情で右手を下ろすと大きく息を吐きだした。

 

「これでは島を渡ることなど夢のまた夢、一先ずは船の目途がたつまでこの島で暮らしていく他なさそうだ」

 

 見渡すのは鬱蒼とした森と聳え立つ岩山。

 数多の獣の気配とあちこちで響く衝突音から、並みの人間では到底生きていけない環境だなと苦笑を溢すが青年の表情に焦りや不安はない。

 

「幸い食料には困らなそうだし、ゆっくり考えていくとしよう」

 

 生きていればなんとかなるだろう。

 そんなことを考えながら、青年は先ほど感電させた魚を回収すると能力で火を起こし、流れ着いた無人島で初めての食事を終え眠りに就くのだった。

 

 ───それから数時間後、青年は怪鳥に愛刀を奪われ途方に暮れることになる。

 

 

 

 

 

 

 麦わらのルフィ。

 

 東の海の海賊でこの名前を知らない海賊はいないだろう。

 懸賞金のアベレージが300万ほどのこの東の海で、1000万越えの海賊を幾人も倒していき、つい先日にノコギリのアーロンと呼ばれる東の海最強の魚人を倒したことでとうとう賞金首となり、その額は初頭手配では異例の3000万ベリー。

 その仲間たちも懸賞金こそついてないが粒ぞろいで、少数精鋭ながらも並みの海賊や海軍では麦わらのルフィ率いる一味を止めることは出来ないだろう。

 

「おーい! 島が見えたぞー!」

 

 そんな彼らの海賊船、ゴーイングメリー号の羊を象った船首の上で、ルフィは遠目に見える島を見据え歓喜の声を上げていた。

 そして船長の声につられるように、船内から船員たちが顔を出す。

 

「へえ、随分とでかい島だな」

「酒と刀はありそうか?」

「いやー……見た限りだと無人島っぽいぞあれ」

「無人島? それなら行くだけムダね」

 

 島の大きさにサンジが目を見張り、『鷹の眼』との決闘で刀を失ったゾロは期待に胸を鳴らし、狙撃手のウソップは愛用のゴーグルで島に人の気配がないことに不安を抱き、それを聞いた航海士のナミは行く必要がないと嘆息する。

 

「ナミ、あの島に行こう! 面白そうだ!」

「酒と刀のついでに食糧でも積めりゃ上出来だな」

「待てバカども!!」

 

 一応と言わんばかりに確認を取るルフィだが、既にあの島に上陸することは彼の中では決定事項らしい。

 こうなったルフィは梃子でも動かないことをナミは知っているが、それでもそう簡単に無駄足を踏むわけにはいかない。

 

「あんた賞金首になったのよ!? しかも3000万! こうなったら海軍本部だって動くし、強い賞金稼ぎだって放っておかないの! 寄り道してないでさっさと偉大なる航路に入るのよ!!」

 

 東の海で初頭手配3000万の海賊なんて異例中の異例だ。

 この先何が起こるか分かったのものではないし、こんな場所で本部の海兵やゾロが手も足も出なかった『鷹の眼』のような海賊に狙われれば一巻の終わりだろう。

 ならば早いこと偉大なる航路に入って、他の高額の賞金首たちの一員として紛れていた方がまだ安全な航海が出来るというものだ。

 

「面舵いっぱーい!」

「話を聞かんかー!!」

 

 しかしそんな簡単に話を聞いてくれるのならナミも苦労はしない。

 勝手に舵を取り出すルフィの頬を限界まで引っ張りあげながらどうしたものかと嘆息し、助けを求めるように他の船員へ視線を向ける。

 

「ちょっとウソップとサンジくんも何とか言ってあげてよ」

「まぁ無人島だしな、俺は寄り道しないっていうナミの意見に賛成だ」

 

 目的地のローグタウンまでまだ距離はあるが、水も食糧も余裕はあるしローグタウンまでなら問題なく持つだろう。

 ウソップも何となく危なそうな気配のするあの無人島には近づきたくないのか、生来の臆病な性格も相まって上陸には消極的だ。

 そして当然、航海士にして一味の紅一点ナミがそう言うのであればサンジの意見は決まっている。

 

「ナミさんがこう言ってんだ。今回は諦めろ、ルフィ」

「えー、そんなー」

「……仕方ねえか」

 

 幾らルフィと言えども多勢に無勢、それもいつになく真剣そうなナミの言葉とあれば聞く他にない。

 その姿を見てゾロもローグタウンに行けば刀を取り扱う店くらいあるだろうと考え断念する。

 

「じゃあ取り敢えずあの鳥だけでも捕まえて食べよう。俺腹減った」

「え……?」

 

 ほっと一息ついたのもつかの間、ゴーイングメリー号の頭上に巨大な影が出現する。

 視線を上げれば、そこには人一人くらいなら丸呑み出来そうなほどの怪鳥がいた。

 

「うおおおおおお、なんじゃあの鳥は!?」

「大きすぎでしょ!?」

 

 海王類とまではいかないが、それに迫る大きさの怪鳥に目を丸くするナミとウソップ。

 

「にししし、肉肉ー!」

「へぇ、斬り甲斐がありそうだな」

「ナミさんのためにもとっとと片づけるか」

 

 しかし1000万越えの賞金首を相手取ってきた三人からしてみれば、この程度の相手は恐れるに足りない。

 敗北することなど微塵も考えていない自信に満ち溢れたその眼は、既にこの怪鳥を倒した後の光景を見据えている。

 そうして各々が戦闘態勢を取っているとき、ウソップがゴーグル越しに違和感に気づき声を上げた。

 

「おいあの鳥、なんか口に刀みたいなの加えてないか?」

「何だと?」

 

 刀、と聞いて黙っていられないのはゾロだ。

 ウソップの言葉に従うように目を凝らし怪鳥の口元に視線を向ければ、確かに怪鳥はその口に一振りの刀を加えていた。

 それも、ゾロが目を見張るほどの一目で業物と判る得物を。

 

「おいルフィ! あの鳥、抑えつけられるか!」

「任せろ!」

 

 絶対に逃がさないと、先ほどまで眠りこけていた姿からは想像もつかないほどの戦意を滾らせ、ゾロは鷹の眼との決闘で唯一折られなかった親友から譲り受けた刀を抜刀する。

 悪魔の実を食べゴム人間となったルフィは、打撃が一切効かない体だが刃物の類はそうもいかない。

 普通なら身動きの取れない頭上で、しかも自身の何倍もの大きさの刃物を持つ相手を抑えつけろと言われれば恐怖で身が竦むものだが、ルフィは自分なら負けないという自信があるし何よりもゾロならば大丈夫だと信じているからか、その眼に恐怖は一切なかった。

 

「ゴムゴムの───」

 

 船のマストの頂上まで両手を伸ばし限界まで体を引き絞る。

 それだけで、ルフィ以外の面々はルフィが何をしようとしているのかを察し距離を取った。

 

「ロケット!」

 

 正しくロケットの如き跳躍力で、ルフィは弾丸のような速度で頭上の怪鳥へと迫っていく。

 目にも止まらぬその速度は普通ならば捉えることも出来ず、成す術もなく失墜し地面を転がることになるが……

 

「カァ───!」

 

 咆哮が響き、まるで人が扱うかのように己の手足の如く刀を操る怪鳥は、ルフィの攻撃を軽々と躱しカウンターにその刃を突き立てようとしていた。

 

「ルフィ!」

「あぶね……!」

 

 思わずと船長の安否にナミが目を見張るが、しかしルフィはすれ違いざまに怪鳥の羽を掴むことで空中で体制を立て直しその凶刃を避けていた。

 そしてそのままゴム人間の体を活かして怪鳥の体に巻き付くように腕と足を延ばしガッチリと怪鳥をホールドする。

 よくやったとゾロが声を上げ、徐々に高度を下げてくる怪鳥を撃ち落とさんとその刀を振るおうとして、

 

「カアァ────!!」

「なにっ!?」

 

 ルフィを体に張り付けてもなお、怪鳥は軽々と刀を振るい飛ぶ斬撃(・・・・)がゾロへと迫った。

 動けないと思っていた相手の抵抗、それも斬撃を飛ばすという行為にゾロは驚きを隠せず、斬撃自体は彼方へ弾き返したが千載一遇のチャンスを失ってしまった。

 

「うわぁああああ!?」

「ちょおま、待ちやがれ!」

「「「ルフィ!?」」」

 

 加えて、怪鳥は形勢が不利だと察したのかゾロの隙をついて翼を羽ばたかせると、巻き付いたルフィを連れて撤退していってしまった。

 

「ルフィを放しやがれ! 必殺───」

「待てウソップ!!」

 

 ウソップがパチンコで怪鳥を堕とそうとするのをサンジが咄嗟に引き留める。

 

「ここであの鳥を堕としてみろ! ルフィが海に放り出されるぞ!!」

 

 悪魔の実の能力者は例外なく泳ぐことが出来ない。

 当然、これだけ距離が離れた状態で海に投げ出されたらルフィを助けることは不可能だった。

 頼みのルフィは怪鳥から離れようとしているが、怪鳥の方はそのままルフィを連れ帰って餌にするつもりなのか今度は怪鳥がルフィをその鉤爪で掴まえているのでそれも叶わない。

 

「四の五の言ってられねえ、あの鳥を追いかけるぞ!」

 

 ゾロの言葉に異議はなく、一同は連れ去られた船長を追って怪鳥の住まう無人島へと船を進ませていった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ……どうしたものか」

 

 目を覚ましたら愛刀を怪鳥に奪われていた青年は、怪鳥が飛び去って行った空を見上げながら途方に暮れていた。

 幾ら寝ている隙をつかれたといっても流石に気を抜きすぎだろうと僅かな自己嫌悪に陥りながら、瞼を閉じて怪鳥が飛び去った先を探るように意識を集中させる。

 

「……此方に戻ってきている、それも一人不思議な気配の人間を連れて」

 

 戻っているということは、この島があの怪鳥の縄張りなのだろう。

 もしそうなら幾らでも愛刀を取り返すチャンスはありそうだと青年は内心で安堵する。

 それならばと、今度は怪鳥が掴んでいる人間へ意識を集中させた。

 どうやら人間の方は怪鳥に必死に抵抗しているようだが、海上で取っ組み合うのは愚策と言わざるを得ない。

 

「このままだと海に落とされる……あ、落ちた」

 

 ぽちゃと静かに音を立てながら落とされた人間の気配にどうしたものかと思考する。

 今すぐにでも愛刀を取り返したい気持ちはあるが、目の前で助けられる命を見捨てるのも寝覚めが悪い。

 それにこの島があの怪鳥の縄張りなのだとしたら、取り戻すのは次の機会にして今はあの人間を助けて情報を共有した方が今後のためにもなるだろう。

 

「よし、一先ず流れ着きそうだし先回りして待っていよう」

 

 あの距離なら溺れる前に何処かしらの海岸に流れ着くことを見越し、青年は怪鳥に落とされた人間の気配を追いながら海岸を小走りで駆け始める。

 

 そうして───

 

 

 

「君、名前は?」

「俺はモンキー・D・ルフィ、海賊王になる男だ」

「これはご丁寧に。僕はライヒハート、旅人だと思う」

 

 後に『麦わら』と『紫電』と呼ばれる二人は出会った。

 

 

 

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