偽ポチタ「助けてやるから、女のおっぱいを揉め」士道「ふぁっ!?」 作:鳩胸な鴨
「……死にそう」
『自業自得でしょうが』
三つのデートを同時にこなすという苦行に、士道は生気を絞り尽くしたような表情を浮かべ、弱音を吐きこぼす。
琴里の鋭い一言に反論する術はなく、士道は甘んじて女誑しという汚名を受け入れた。
「琴里のサポートがなかったら、多分どっかでシバかれてるよな…」
『ラタトスクが全力を挙げてサポートしてるんだもの。もっと感謝なさい』
「ああ。ありがとな、琴里」
ふふん、と琴里が鼻を鳴らす。
恐らくは自慢げに胸を張っているのだろう。
士道が駆け足で狂三の元へと急いでいると、ふと、ポチタが声をあげた。
『…よくやる。十中八九、あのクルミは本体ではないというのに』
「例え偽物でも、きちんと相手にぶつかるのが礼儀だと思う」
『言葉だけは誠実だな、女誑し』
ボディブローが突き刺さった。
日に日に威力が増す正論に、士道がなんとも言えない表情を浮かべていると。
唐突に、その意識がポチタと入れ替わった。
『ポチタ、どうした?』
「お前だと狼狽える可能性がある」
『んん?』
ポチタの真意がわからず、訝しげに唸り声を漏らす士道。
公園へと戻り、狂三のいたはずのベンチのさらに奥…、人工林なのか、等間隔に木々が並ぶ場所に足を踏み入れた。
一歩進むたび、嗅ぎ慣れた匂いが鼻をつく。
薄いながらも感覚を共有している士道も、大方の予想がついたのだろう。
意識の中だというのに、ごくり、と唾を飲むような音を鳴らした。
「ほらな。そんなこったろうと思った」
『………っ』
下手なスプラッタホラーよりも迫力ある地獄絵図が、二人を出迎えた。
血に沈む亡骸たちの体には、士道の指がすっぽり入ってしまいそうな穴が空いている。
その中心に立っているのは、狂三。
精霊としての力を顕現させているのだろう。
赤と黒のドレス…霊装を纏い、二丁の銃を手に握っている。
銃の悪魔が通った後も、こんな血溜まりと死体の山が出来ていただろうか。
地獄での退屈な日々を想起しながら、ポチタは臆することなく、スニーカーで血溜まりを叩く。
まだ凝血していないのだろう、踏み締めると共に水音が響き、狂三の瞳がこちらへと向けられる。
「あら?」
歩み寄ると共に、血溜まりの外側に動く何かが見える。
そこには、腹部に的当てのような紋様が描かれた若い男が、すっかり怯えきった表情を浮かべ、こちらを見ていた。
「た、たすけ、助け…っ」
「……ふふっ」
嘲笑と共に、狂三の銃が向けられる。
ポチタは即座に胸元のスターターを引っ張り、刃を突き出した。
『士道、今すぐ退きなさ…』
「ギャハハハハッ!!」
装着されていたインカムが刃によって破損したが、気に留めることなく笑い声をあげ、駆けるポチタ。
銃声が鳴ると共に狂三の腕が宙を舞い、ぼちゃん、と血溜まりに落ちる。
が。一歩間に合わず、銃弾は男に命中し、その死骸が広がった血溜まりの中へと沈んだ。
人一人を殺した狂三は、何でもないように千切れた腕を見やり、笑みをこぼす。
「あらあら、痛いではありま…」
「猫もいた」
「は?」
何を言っているのだ、この怪物は。
狂三の困惑をよそに、チェンソーマンとなったポチタが通り過ぎる。
今しがた死した男の亡骸さえも過ぎると、茂みの中を覗くようにしゃがみ込む。
と。そんなチェンソーマンに興味を持ったのか、子猫が姿を現した。
チェンソーマンは刃を引っ込め、子猫を抱きあげる。
「シドー、猫は助かったぞ。よかったな」
『…あの人たちに手を合わせるくらい…』
「そういうのはお前が勝手にやってろ。
私は男が死んでもなんとも思わん。
むっ…、おい。あまりじゃれつくな。切れてしまうぞ」
じゃれついているのか、それとも警戒を顕にしているのか、絡みつく猫に笑いをこぼすポチタ。
イカれている。
そうとしか言えない光景を前に、狂三が呆然と口を開けていると。
猫を下ろしたポチタの瞳が、ゆっくりと彼女に向けられた。
「この姿で表面に出るのは久々だな。
お陰で、『そこ』に潜んでいる精霊の匂いもよくわかる」
「……っ」
ポチタが指差したのは、狂三の足元。
木漏れ日に照らされ、ポチタに伸びる影に、唸る刃が向けられていた。
「どうやって分身しているのかは知らんが、芝居もそこまでにしたらどうだ?
見るに耐えん茶番に付き合わされて、こちらとしても辟易している。
とっとと目的を吐いてもらおうか」
「あらあら。士道さんと違って、こちらは随分とせっかちですのね」
「心外だな。前戯はしっかりするぞ。挿入らんからな」
最低な返しに、狂三が眉を顰める。
彼女が残った手に持った銃を向け、その引き金を引こうとしたその時。
ポチタが真上を指差した。
「言い忘れていた。頭上、注意だ」
一閃。それを認識する暇もなく、狂三の視界が逆転する。
オレンジ色の仮面に映るのは、首と体が泣き別れした自身の姿。
自分が切られたと認識すると共に、その口が弧を描いた。
ばしゃ、と狂三の体が血溜まりに転がる。
日常の片隅とは思えない地獄絵図だ。
鉄の匂いが充満した空間に、第二の故郷を思い出す。
…抱く女もいないあんな場所に、郷愁など感じたくもないが。
そんなことを思いながら、ポチタは降り立った少女に視線を向ける。
「コレが、エレンの言ってた《チェンソーマン》でやがりますか…」
ポチタに警戒と殺意をぶつけるのは、士道の実妹だと名乗った少女…崇宮真那。
エレンという名は、かつて心臓を貫いたあの女のことだろう。
兄の仇と随分と親しげなのだな、と呆れを込め、ポチタはため息を吐く。
「いくら記憶を操作されているとはいえ、ここまで都合のよい道化になるか…?」
「何を言って…」
「呆れを通り越して哀れに思うぞ、この女。
シドー、あとはお前が何とかしろ」
「は?」
真那の困惑を無視し、その仮面が崩れる。
その奥には、再会を果たしたばかりの兄…士道の顔があった。
「……そ、そんな小芝居をしたとて…」
「『実妹は結婚できない』」
「………っ!?」
先日、琴里が真那に吐いた啖呵。
それを知っているのは、士道の家にいた人間のみのはず。
パチクリと目を丸くする真那に、士道は彼女の胸元へ指を向ける。
「ロケットペンダントに10歳くらいの俺と写ってる写真」
「なっ、は、ぁ…!?」
「血に勝る縁はない」
「……えっと…」
「実の妹の方が義妹より強い」
「……マジでごぜーますか?」
「マジでごぜーます」
士道は言うと、胸元を晒し、心臓から垂れたスターターを見せる。
ようやく現実を受け入れたのか、真那は素っ頓狂な声を上げた。
「……デート、どうしよ?
インカムも壊しちゃったし…」
『墓は作っておけよ』
「死ぬこと前提!?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「や、その、証人が二亜しかいなくて…」
「しばき回すよ」
「ごめんなさい」
その日の夜。
ドスの効いた二亜の声に、士道は深々と下座し、床に額を擦り付ける。
見事な土下座である。
完全にうだつの上がらない士道の背を前に、真那はヒクヒクと表情を引き攣らせた。
「あのねぇ、何が悲しくて自分の命を狙ってる組織の尖兵を迎え入れなきゃならんのよ?
私、封印されてるし、トラウマで力もほとんど使えないけど、一応れっきとした精霊よ?」
「最悪、『保険』使えばいいかなーって」
「ヤダよ。少年、本番前に絶対ヘタレて逃げるじゃん」
「い、いや、それは……、その…」
「女にも性欲はあるんだからね?
愛されたいって常々思ってんだからね?」
「……はい。肝に銘じておきます」
詰め寄る二亜を前に、縮こまる士道。
二亜は士道の頭に軽く手刀を振り下ろし、真那へと目を向けた。
「実妹ちゃん、はじめまして。
エレンさんに心臓刺されて殺されかけました、人畜無害な精霊の本条二亜ちゃんです。
少年とは…、まぁ、オトナな関係だね。
あ、精霊云々はチクんない方がいいよ?
セコムしてくれてるヤバ強チェンソーマンが全力で殺しにくるから」
「は、はぁ…。わかんねーことだらけですが、取り敢えず兄様の味方というわけでやがりますか?」
「ざっつらーいと。そゆこと。
絶対裏切らない代わりに、少年…チェンソーマンに守られてるの。
結婚みたいでステキっしょ?」
にへら、と締まりのない笑みを浮かべ、士道の体にもたれかかる二亜。
それに対し、真那はひどく冷めた目で士道を見やった。
「……兄様。鳶一一曹と二股かけてやがったんですか?」
「こ、コレには訳があるんだ!
不可抗力なんだ!!」
「実際には琴里ちゃん含め五股だもんねぇ。
…いや、狂三ちゃん落としたら六股か?」
「兄様の不潔!!」
「ぐほぉっ!?」
正論は誰も救わず、人を殺す。
真那の罵倒に崩れ落ちる士道。
その様はまさしく、宇宙一有名なかませ犬の死に様であった。
「…とまぁ、冗談は置いといて。
いろいろ知りたいだろうし、一から話してあげるね。
信じるか信じないかは自由だけど」
「お願ぇします」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「そんなトンチキな能力が兄様に…」
「そ。そのトンチキ能力のおかげで少年は立派な女誑しになっちゃったわけよ」
「全部不可抗力だ…!!」
「でも満更でもないっしょ?
十香ちゃんと同棲してた時、回数増えてたんだし」
「兄様…」
「半分はポチタだっての!!」
なんとか弁明を図るも、悲しきかな。
言葉を重ねるたびに、真那の眼差しがどんどん熱を失っていく。
どれだけ高尚な目的があろうが、士道が女誑しのクソ野郎という事実は変えようがない。
加えて、クソ童貞とクソ童貞の相乗効果で股間に迸るリビドーが抑えきれないくせに、変に誠実ぶるクソ童貞モンスターであるということまで暴露されたのだ。
真那の瞳が絶対零度に達するのも、無理もない話だった。
「……でさ。反応からして私の話、信じてくれたってことでオッケー?」
「いやぁ、証拠まで掲示されたんだから、信じざるを得ません。
…よくもぬけぬけと恩人ヅラしやがって、あのダークネス企業め…」
真那はため息と共に恨み言を吐き捨てる。
真那の寿命は、身体中をいじくり回された影響で保って十年そこら。
道理で中学生ほどの年頃なのにも関わらず、心身共にガタがくるわけだ。
「…ラタトスクに亡命でもしましょうかね?
兄様の実妹だし、悪いことにゃならねーと思いますけど」
「どうする、少年?人質増えるけど」
「人質?脅されてんですか?」
首を傾げた真那に、士道と意識を入れ替えたポチタが「兄妹だな」とため息を吐いた。
「こんな馬鹿らしい能力に賭けてるような組織だ。
裏があると考えるのが普通ではないか?」
「……下半身に意識がいかなきゃ有能でやがりますね、コイツ」
「お前ら兄妹が揃って阿呆なだけだ」
真那の嫌味を跳ね除け、罵倒するポチタ。
言葉を返そうとするも、恩義があるからと数年間騙されていたという事実を前に、真那は悔しそうに顔を歪めた。
見かねた士道は意識を入れ替え、怒りと屈辱に震える真那の背を撫でる。
「DEMにいるよりかはいいんじゃないか?
じゃなきゃ、俺は今頃モルモットもびっくりな実験動物だし」
「私から見ても、面倒はあるかもだけど、今のままよりはマシだね。
そこは実妹ちゃん次第だけど、どうする?」
今のまま早々にオモチャとしてくたばるか。
きな臭い秘密組織に加わるか。
そんな二択を迫られた真那は、自身の運命を呪い、ため息を吐いた。
夜刀神十香…「体調を崩した婆さんを出先で助けたからデートを続けるのが難しくなった」というめちゃくちゃ苦しい言い訳(ポチタが脳みそ捻り出す勢いで考えたもの)を信じ、帰宅。あと数秒で修羅場に突入していたことは言うまでもない。
鳶一折紙…「勃起が治らなくて、このままだと折紙を襲いそう。責任取れる年齢じゃないから帰って発散する」というめちゃくちゃな言い訳を信じ、帰宅。どうせなら自分で発散してほしいと迫ったものの、「そんな不純なことをしたくて一緒にいるんじゃない」という一言に落ちる。
五河士道/■■の悪魔…女誑しの上にクソボケという救いようのない童貞モンスターになってしまったことにショックを受ける。ポチタのお陰で人の死体に狼狽えない程度にはメンタルが強い。
時崎狂三…真那の襲撃に乗じてチェンソーマンから逃げおおせた。本来のチェンソーマンを一眼見たいと思ってる。
崇宮真那…士道が二亜の家に連れて行ったことにより、自分のいた場所がイカれサイコが集まった魔窟だったことを知る。同時に、探し求めた実兄がとんでもないクソボケになっていたことにショックを受けた。
五河琴里…兄に頼られなくてめちゃくちゃ自己肯定感が落ち込んでいる。霊力の逆流がいつ起きてもおかしくないですなぁ…。
本条二亜…現時点で一番の安全地帯にいる女。五年前にポチタと契約を交わし、それを「保険」と呼称している。