パラワン島北部連合軍臨時航空基地、臨時とはいってはいるものの、滑走路はコンクリートによって舗装されており、二つの強固な格納庫や扶桑製の旧式とはいえ高射砲が8門配備され、複数の防空陣地が周辺に設置されている。この周辺区域のあらゆる航空支援を担う重要な拠点であった。
とはいえ、配備されている部隊は、私たちの第60飛行隊とアウストリア空軍第2飛行隊のみ。ウィッチが私、シア、そして先週、運悪く死にかけた新米ウィッチのエラとエヴィ、他哨戒機のキャンベラが2機、と担当する区域の広さに対してウィッチの数も航空戦力も足りていない。
当然パラワン島を中心とした哨戒範囲も2機のキャンベラだけでは担うことができず、だから、時々ウィッチがその任を担うことがある。
ティータイム中に呼ばれたあの日、司令室に呼び出された私は基地司令に老若男女を問わず惚れてしまうような素晴らし笑顔で、この哨戒任務を言い渡された。
「でも、さすがに四日連続で周辺地域の哨戒任務とかありえないでしょ」
「リオが、サボった罰」
「別にサボってないし、だいたい待機シフト関係なく招集されるたびに、いちいち報告書を出さなきゃいけないのはおかしいでしょ」
「で、リオは報告書を出さなかった」
シアに言い訳を言おうと顔を向けた私は、シアの普段とは違う真顔の笑顔に、でかかった言葉を飲み込んで、話を切り替えることにした。
「ねぇ?シア、今日の哨戒任務ってさ、なんでこっち方向なのかな」
「……また文句「違うから!そうじゃなくてね」
「ハイフォンのネウロイの巣とは反対方向じゃん、だから気になって」
ネウロイとの欧州での大戦以降、ネウロイとの戦いは局所的なものではあるものの続いており、中東やインドシナでは、ネウロイとの小規模な戦いが何度か起きていた。
しかし、扶桑海にて新たなネウロイの巣が現れ、同時期に中東やインドシナ東部でもネウロイが活発化し、遂にはインドシナの大都市バンコクとハイフォンの両都市にネウロイの巣が現われた。
ブリタニアやリベリオン、扶桑といった東南アジアに権益を持っている国々の有志で作られた連合軍が介入したけれどゆっくりと撤退しながらマレーシア半島やビルマにじりじりと戦況は押されつつあった。
「基地司令から聞いた話、先週のネウロイは後背地から突然出てきた、らしい」
「先週のやつ?、だから真面目なエリートくんがいつもより慌ただしい感じだったのか」
先週のネウロイとの戦闘空域は基地からそれほど離れた距離じゃなかった。けど新米ウィッチたちが危うく小型ネウロイの餌食になりかけたから、どの方向から来たのか気にする余裕がなかった。いまになって考えると普段よりハイフォンからくるルートとは逆の方向だった。
「じゃあ、ネウロイの前線基地でもあるかもしれないからこっちの哨戒任務をするってこと?」
「そういうこと、だと思う」
「………でもシアにだけ話をするとかさ、基地司令のやつめ」
基地司令への文句をボソボソとシアに聞かれないようにする。
「…ん、基地司令、から無線」
「……あ~はい、何でしょうか基地司令殿、こちらは平穏同然異常なしです」
無線から次に聞こえるであろう基地司令の通信に対して、不真面目に返事をしながら皮肉やら遠回しにいう悪態といった言葉のため込んだレパートリーからどれを使うかを考える、が
『リオ少尉、定時報告はシア少尉からきいている。君に聞きたかったのは、問題児に対して下す罰は、何が1番よいのか聞きたくてなったのでな1週間の連続哨戒と1ヶ月休暇なしの夜間哨戒どれが、いいと思う』
「基地司令殿、小官の考えるに、前者は前線基地ともいえる我が愛しの基地においては、問題児といえども、貴重な戦力を損なうは愚といえます。後者に関しても効率的に確実に抜け目なく行なわれなければならぬことであります。故に適切な休暇無くしてこれらを実行することは不可能ですから、どちらかを選ぶことは小官出来かねます」
『ほう、しかしリオ少尉、軍において信賞必罰は絶対、何かしらの成果を出さない問題児をそのまま見逃す訳にはいかない、なにかしらの罰を下す必要性があるのだが』
基地司令の何かしらの琴線に問題児とやらは触れてしまったらしい、砂糖と塩の瓶を入れ替えたり、高級茶葉を勝手に使ったり、はたまた、本国で有名な貴重なクッキーを食べたりしてしまったことが、基地司令の怒り買ってしまったのだろうか。
視線をシアに向けてアドバイスを求めてみる。
「リオ、どんまい」
救いはないらしい。
哨戒任務も残りわずかなところ、基地司令から問題児とやらの減刑、もとい命乞いという任務を新たに受けることになり、疲労感に包まれていたが、バラバク海峡が見え始める。パワラン島南端のバラバク島とポルネオ島の間にあるねがこの海峡だ。
「う~、シアどうしよう」
「大丈夫、だよ、リオ謝るの、手伝うから」
「……シア!」
「おうふ」
ついテンションにまかせて勢いよく抱き付いたため、シアの口から出てはならない声が聞こえた気がするが、空中でのバランスを崩すことはなかった。
「……リオ、ぎぶ」
「あっごめん、つい…っ!?」
ギブアップを告げるシアを解放すると、突然刺すような何かを感じ周辺を見渡した。一瞬とはいえ、殺気のようなものを感じたような気がしたからだ。
~司令官室~
突貫工事で建てられたここは、部屋の主の性格もあるのか、特に装飾や高級な調度品が置かれてはいない。しかし、執務机は質素な部屋の中で、うまく溶け込んではいるが、それなりに値が張るもののように感じられる。そして執務机の上には黒電話と整えられた書類が置かれていて、部屋の主は、何処かに連絡をとっていた。
「*****中将、現在の基地の戦力や物資では現状を維持するのも難しい状況です。いくら新米のウィッチを二人増員したところで、それらを支える人員も装備も少なくては。ましてや本来の定員を満たしていない飛行隊では一人一人の負担が大きすぎます」
『大佐、君の言い訳などどうでもいいのだよ、君の仕事は、文句をたれることではなく与えられた戦力で最大限の戦果を結果を出すことだよ』
この基地の司令官、ルティ大佐は拳を強く握りながら、電話越しの相手に丁寧に言葉をつむぐ。
「は、しかし、今のままでは、何かあった時この一帯の防衛は不可能です。せめて連邦加盟国から追加の部隊を」
『……ふむ、しかしだね、いま他の連邦加盟国にも余力はないのだよ、それにスエズの防衛のためには、連邦加盟国の戦力は欠かせないのだよ、大佐の気持ちはよく分かっているつもりだ、人員は難しいが、本国で使われなくなったジャベリンのユニットを送ろう。それだけあれば1年ぐらいは余裕だろう、私も忙しいのでね。これから議員との会議がある。これで失礼するよ』
「待ってください、中将!……くそが、これだから椅子を磨くだけの豚は」
大佐は、乱暴に受話器を置くと、書類を一つ一つ処理していく。
「偉い議員さんから賄賂を受け取るのがよっぽど忙しいらしい、スエズ防衛も戦争を長引かせる言い訳だ。長引けばそれだけ奴の懐に金が入り込むからな」
見終わった書類の束を置くと、大佐は先程からずっと静かにいる立っている中尉の階級章を付けた男に視線を向ける。
「......ふ、そう睨まないでくださいよ。私はあくまで政府、国家に仕えているだけの犬ですよ。貴女だってそうだ。国の意思には逆らえない」
男の嘲笑した顔に、普段は見せない苛立ちを大佐は見せる。それを見て男はさらに笑みを深める、哀れなものを見るように。
「すべてが国益になるなら、それが一番優先されるのですよ。どんなものであれ」
大佐は席を離れて窓辺に立つ。そして眼下のあるものを見て悲しみと憎しみが入り混じる複雑な表情をする。
「......あの子達、ウィッチが居なくなったら何も守れもしない、フフ、何とも情けないな」
言葉には自身に対する自虐が含まれていた。