「・・・っとにすばしっこいな」
一人の探偵が街を駆ける。ターゲットは日中の歩道という決して少なくない通行人を避けながら全く減速を見せない。が、誰ともぶつからず、さらにはガードレルや塀を足場にすることで器用に人を避ける。明らかな人外の動き。このままではどんどん引き離されるだろう。
そこに一人の中年男性から声がかかる。
「おや、探偵さん。もしかしてさっきのを追っかけてるのかい?それならあの美容院の裏路地に入っていったよ」
「まじか!助かるぜおじさん!礼に帰りはあんたのとこで夕食済ませるわ!」
「ならうちの人気No1.のホットサンドを残しとくぜ」
「頼んだ!」
そう言ってさらに速度を上げる。その後も道行く人に
「それならあの角を・・」「信号を渡って・・」と少しずつ情報を手に入れ追い詰めていく。
「風都は俺の庭だ・・・必ず捕まえるぜ」
ここまでくれば大丈夫だろう。
数十分の逃走劇からすでにくたくただ。まさかここまで追い詰められるとは思っていなかった。しかし、自分を追っていた探偵はすでに姿が見えず足音も聞こえない。ようやく休めると地面に座りこもうとしたその時、なぜか体を抱え上げられていた。
「ったく、手こずらせやがって。やっと捕まえたぜ、子猫ちゃん」
探偵に追われていた人外・・・猫は自分を抱えた男を見つめ返す。いつの間にいたのかと。
「ん?なんだ?いつの間にって顔してるな。風都は俺の庭だ。どの道がどこに繋がって、どこが行き止まりか完全に把握してるからな。休みそうな所を先回りして待ってたんだ。さぁてとっとと帰って・・・痛い!」
ニヤッとした表情で自分を抱えあげ・・・つまりどや顔で自分を持ちあげてかっこつけているのが無性に腹が立った猫はその顔を引っ掻くことにした。
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「はいお嬢ちゃん、もう離すなよ?あとほら、これ、おやつにでも食べな」
「うん!お兄ちゃんありがとう!」
そうして少女は先ほどの猫とおやつのホットサンドを両手に抱え帰っていく。それを満足げに眺めながら探偵・・・
「無事に嬢ちゃんも帰ったしこれで一件落着だな」
「ほう?なら今日の成果を聞かせてもらおうじゃない」
と、20歳を迎えたばかりの童顔の女性が背後に立ち腕を組んでこちらを見ている。途端に翔太郎の顔が青ざめる。まさか独り言を聞かれてるとは思わず・・・ではない。(全く目は笑っていない)笑顔の内にある怒りを感じて、だ。
「あら?どうしたの?依頼をこなしたんでしょ?ほら報酬はいくらもらったのか答えてちょうだい?」
依頼を受けて報酬を得る。探偵として当然の内容。なのだが彼はそれを依頼人のおやつ代に使っている。全額、だ。
「いやえと・・ほら・・・そう!あんな小さい子からお金を取るなんてそんなハードボイルドじゃねぇことはできないからさ!」
「ならあんたのやったのは仕事じゃなくてボランティアだ!この半熟!」
パコーン!と小気味良い音が聞こえる。どこから取り出したのかその手にはスリッパが握られている。
「半熟言うな!ちゃんと報酬はもらったさ!でもよ・・・あの子朝から探し回ってご飯も食べてないっていうから・・・」
「・・・まぁ、今回はアタシからのお小遣いってことにしといてあげる」
そう言って彼女・・・この
ひとまずの落ち着きが見えたところで、青年の声が聞こえる。
「二人とも痴話喧嘩は終わったかい?・・・いや、所長は
事務所の奥から顔を出した青年・・・フィリップは悪戯っぽい笑みを浮かべながら現れる。
「っと、そうだった。悪い、遅くなったなフィリップ」
「僕は構わないよ。むしろ依頼しに来た彼にこそ謝罪するべきだ」
「そうだな。ーーすみません、遅くなってしまいました」
そうして祥太郎は応接室でコーヒーを飲みながら待っていた40代前半くらいの男、
「いやいや、あのお嬢ちゃんが先客なんだ。むしろ私こそ長いしてすまないね」
そして、新たに出されたコーヒーを一口すすり
「それに、君たちが人情溢れる若者と分かった。これで私も安心して依頼できるよ」
さて、と手に持っていたコーヒーカップを机に戻し男は語り始める。
「依頼内容を話す前に少し話を聞いてほしいんだが、ーー君たちは《半身の怪人》を知っているかい?」
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「それじゃあ、依頼のことは内密に頼むよ」
「もちろん、探偵は情報屋じゃないからな。金になるから売る、なんてことはしなさ」
そう言って翔太郎は胸にドンッと拳を当てる。それを満足げに眺めた遠山は事務所を去った。遠山が見えなくなった頃、フィリップが口を開く。
「正直、翔太郎があそこで変に誤魔化さなくて良かったよ」
「まぁ風都の噂としちゃあメジャーだしな。探偵業やってて全く情報を仕入れてない、なんて逆に怪しいだろ」
遠山の話を要約すると、1ヶ月ほど前に変な化け物に襲われ、その際に緑と黒の半身の怪人が助けてくれたというものだ。お礼を言おうと頭を下げたところ
『気にする必要はない。ただ、もし良かったら俺のことは秘密にしておいてほしい』
と返しその場から立ち去ったのだという。しかし感謝の言葉を伝え損ねたのは遠山にとって心残りだったようで、もう一度会ってきちんとお礼を伝えたい、とのことだ。
正直、素直すぎるというか真面目すぎると思うが、この程度の変わった依頼は風都では珍しくない。問題があるとすれば・・・
「まさか
「あんた達がどっかで助けたとかは?」
「ここ数ヶ月、僕らが
そう。その半身の怪人はここにいる翔太郎とフィリップの二人が変身する(二人で一人に変身する)仮面ライダーのことである。ちなみに仮面ライダーは他の怪人《ドーパント》と区別するために用いられる俗称のようなものである。この2つの共通点は《ガイアメモリ》と呼ばれるUSBメモリのようなアイテムから力を受けて変身することだ。違いがあるとすれば純粋に力を受けてしまうドーパントは、より高い出力を得られる代わりに肉体への負担や精神汚染があることだろう。仮面ライダーは変身ベルトである《ドライバー》にガイアメモリを装填し、その力の恩恵のみを受けられるよう変換する機能がある。変換する都合上、本来の出力からいくらか劣るが、身体への負担は少ないため長期の運用に支障が出にくい利点がある。
「しかしドーパントに対抗できるということはニセW・・・面倒だからここでは彼と呼称しよう。彼は少なくともメモリを所持、もしくは借り受けられる立場にいる」
「今は暴走してないみたいだが、今後もそうとは限らねぇ。早く見つけ出してメモリを回収できたらいいが」
と悩む男二人に、亜樹子は空になったコーヒーカップを洗いながら声をかける。
「その人もドライバーを付けてる可能性は?」
「可能性はあるけど相当低いだろうね」
「それにメモリってのは持ってるだけで危険なんだ。早く回収するに超したことはねぇ」
「そっかぁ。もしかしたらアタシ達と協力して3人目の仮面ライダーとして戦えるかも、って期待したんだけどなぁ」
心底残念そうに言う鳴海。しかしそこで思い出したように翔太郎は疑問を口にする。
「しかしなんで俺たちの真似事なんなしたんだろうな」
「考えられる可能性は3つ。1つ目は名声を得る、もしくは承認欲求を満たすだ。でもおそらくはこれはないね。『秘密にしておいてくれ』なんて言ってるしこの依頼以外でめぼしい噂も検索に引っかからない」
フィリップの言う検索はインターネットで調べる、というレベルではない。地球の本棚と呼ばれる地球の記憶にアクセスし情報を調べることだ。文字通り
「2つ目の可能性は僕ら・・・つまりWに成り代わるだ。ただ、これも可能性は低いね。成り代わるにしては活動しなさすぎる」
「これまでの俺たちの活動頻度を考えればこんなものじゃね?」
「それは僕ら目線だ。周りからはもっと少ないはずさ。まぁ、これまでの依頼者が皆Wの活躍を言いふらしているならあり得るけど」
「だったらなおさら活動頻度は少ないはず・・・」
「成り代わるなら悠長すぎるのさ。もっと宣伝して回る必要があるだろう」
「Wとして賞賛されたいならそうね・・・って、それって1つ目の可能性と同じじゃない?」
鳴海の疑問に対してフィリップは首を振る。
「前者ならその時の承認欲求を満たす程度さ。本物、つまり僕らにバレない程度にやるだろうね。後者はむしろバレても良いんだ。本物にすげ替わるんだから本物は活動できないようにしたいはずだし。過程は似てるけど最終的には僕らを消す、つまり敵対することになるだろうね」
「なるほどな・・・なら3つ目は?」
フィリップはこの考えが不服であると言いたげに目を閉じる。そして意を決したように二人を見据えて答える。
「
これには二人とも目を丸くしている。
「え?」
「ちょっと待て、それはいくらなんでも・・・」
「あくまで可能性の話さ。それに今までは前提としてWを知っていたらの話だ。知らないなら全然ありえる話だよ」
「たまたま襲われてる人を見つけて、たまたま助けた。とりあえず噂の半身の怪人として。それがメモリを手に入れてまでやることか?」
ガイアメモリは普通の暮らしをしていて手に入る機会はない。以前なら手広くばら撒かれていたが、メモリの販売元であった《ミュージアム》が事実上解体された現在は、残っているガイアメモリは希少である。拾うにしても買うにしてもメモリを手に入れようとしなければまず入手することはないだろう。
「僕らだって周りの人からすれば似たようなもんだろう?」
「それは・・・」
「あくまでもこれらは推測の域を出ない。彼を見つけないことには進まないね」
伝えるべきことは伝えた、といった様子でフィリップは奥の部屋へと戻る。
「僕はもう少し検索してみる。明日は祥太郎に走り回ってもらうから、今日はゆっくり休むと良い」
「あぁ、そうだな。まずは本人を探し出して話を聞いてみるとしよう」
こうして新たな風がこの街に吹くこととなる。