書き方とか、もう覚えてないよ……。
「確認……本当にいいのか?」
「ええ。これ以上僕が居ても、迷惑なだけですから」
中央トレセン学園の理事長室。俺の書いた退職願の封筒を持った秋川理事長は、納得がいかないような顔で俺の方を見てきた。
「拒否!この退職願は受け取れない。君はこの学園に必要な人材だ。何よりも、担当はどうする。放り出すつもりか」
「理事長。僕よりも優れたトレーナーは山ほどいます。僕が見なくとも、彼女は立ち直れます」
「しかし……」
「お願いです理事長。自分勝手なことは重々承知です。しかし、これ以上は耐えきれないんです」
3か月前。俺の担当していたウマ娘がレース中に怪我をした。担当していたのはマスコミ等からも『このまま行けばシンボリルドルフの7冠越えも夢じゃない』と評されるほどだった。実際にレースでも圧倒的な力を見せつけ続けていた。
その最中での怪我。それもかなり重症で、長期の療養が必要になった。マスコミはこの怪我を大々的に報じ、多くのファンを落胆させた。そして、熱狂的且つ狂信的なファンやゴシップ記事、ネットサイトの影響か、いつの間にか俺の管理及び指導能力の無さを批判するようになっていた。
はじめのうちは気にも留めなかったが、次第にウマ娘達が俺を避けるようになった。噂には特に敏感な年頃の女の子だし、仕方がないといえばそうなのだが、家に帰ると玄関に大量のゴミが置かれていたり、玉子が投げつけられていたり、落書きされていたりと自宅にまで被害が及ぶようになった。そして止めになったのが、実家への嫌がらせだ。
離れて暮らす家族も嫌がらせを受けていると電話で聞いた俺は、怪我をさせた責任を取るという形でトレセン学園を退職することを決意した。無関係の家族にまで迷惑はかけられない。嫌がらせは全て警察に被害届は出しているものの、正直あてにはしていない。
「……わかった。しかし、次の就職先は決まっているのか?」
「決まってません。ほとぼりが冷めるまでは静かに暮らします」
幸いにも多額の貯金があるお陰で、当分の生活には困らない。自分が辞めることで嫌がらせが終わればいいが、もし終わらないようなら全く知らない土地に家族全員で引っ越ししてしまおうと考えていた。
「謝罪。助けてやることができず、申し訳ない」
「謝らなくていいですよ。僕が決めたことなので」
実際、トレセン学園やごく少数ではあるが一部マスコミは、俺への批判を止めるように訴えかけてきた。それに関しては、ありがたかった。
「では、そろそろ行きます」
「ああ。達者でな」
俺は理事長に深々と頭を下げ、理事長室を後にした。
俺の名前は
「さて、荷物整理も終わってるし、さっさと消えるか」
備品と機密になる書類などは全て学園に返却。担当のリハビリメニューやトレーニング記録などは全て纏めて、代理トレーナーとなってくれる予定の理事長秘書に渡している。その他のものは廃棄もしくは実家に送ってある。自宅も解約し、3日後には空き家になる。とは言っても、既に家具は全部処分しているのだけれど。
俺は最後とばかりに学園内をうろついて周り、最後に正門をくぐると深々と頭を下げて5年間働いた職場を後にした。