(んぎゃぁぁぁあああ!!)
寮の自分の部屋に着くなり、私はベッドに飛び込んで頭を抱えた。遂にやってしまった。お姉ちゃんや村山先生の後をつけて伊丹トレーナーの家を調べて突撃して、逆スカウト。挙句の果てに連絡先交換。どうしよう上手く言えた?失礼は無かった?そもそもOKって貰ったっけ?
(ヤバいヤバいもう後に引けないよ……)
トレーナー探しに行き詰まって、最終手段と言わんばかりに伊丹トレーナーを逆スカウトした。けど、これって下手したら園田トレセンの大勢の生徒を敵に回しかねないじゃん。伊丹トレーナーの担当になりたい子って結構いるって噂だけど、もしその噂が本当なら私はフライング……どころか自宅に押しかけてる。もしバレたらかなりヤバい。
それに、あそこまで言い切っちゃったんだから今できることはちゃんとしておかないと、実力不足で中央なんて夢のまた夢ですってなったら死ぬほど恥ずかしい。
私はベッドから起き上がるとシャワールームに向かった。この後はフォームの見直しだ。伊丹トレーナーに言われた悪癖を修正しないと。
・・・
「……ということがあってな」
「そんなことが」
ジュエルトパーズが逆スカウトをしてきた数日後。俺はパブでブリッジコンプと話をしていた。俺の話を聞いたブリッジコンプは大きなため息をつくと、目の前の空になったグラスを眺めた。
「私じゃ、ダメなんですかね……」
「いや、姉妹だから相談しにくかったんじゃないか?そういう年頃だし」
「……」
「もし、君がジュエルトパーズに『中央に行きたい』って言われたらどうしてた?」
俺の質問に、ブリッジコンプはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。
「きっと……止めておきなさいっていいます。園田で満足しておけとまでは言いません。でも、中央に行っても今まで通りに勝てる訳じゃない。死にものぐるいでトレーニングをしても中々報われない。それが中央という世界だと私は思います」
ブリッジコンプの言い分も十分分かる。園田では凄くても、中央に行けばその名声は全く意味を成さない。死にものぐるいでトレーニングをしても、中々勝てない世界。負けが続けば誰だって辛いし、しんどくなる。それを痛いほど分かっているから、妹にはそういう思いをして欲しくないのだろう。
「それは姉としてかい?」
「え?」
「多分、トレーナーとしてなら、背中を押してやるべきだと俺は思う。勿論、実力を見た上で」
「それは……」
「俺はジュエルトパーズの走りを殆ど見たことが無い。でも、君はあるだろ?どうだった?」
「当時の私よりはずっと速いです。まだ本格化前なのに」
「そうだろう。だから俺は、あの子に『中央に行きたい』って言われた時、最初は理解が追いつかなくて答えられなかったんだけど、2回目に言われた時は『君の努力次第』って言ってしまったよ。でも、なぁ……」
本来なら今の状況的にも、ジュエルトパーズの逆スカウトは断るべきだったんだろう……と思う。でも、現状園田トレセンのトレーナー陣は若手が多く、経験豊富なベテランが少ない。そのベテラン勢でも中央に担当を送り出した者はほぼ皆無。園田トレセンが直近で中央に送り出したのがブリッジコンプで、トレーナー資格のない村山先生だけど、トレーナー資格もない村山先生に押し付けるのはトレーナー陣からの不評を買いかねないし、そもそも村山先生に荷が重すぎる。
ジュエルトパーズは今からしっかりトレーニングさえ積めば、中央の重賞レースでの勝利も夢ではない。しかし、病気が完治していない今の自分が担当するのは難しい。
「やっぱり誰かに表向きでもトレーナーについて貰う方がいいよな……」
「私は、伊丹トレーナーが担当してもいいと思いますよ?こう言っては何ですが、伊丹トレーナーなら、妹を任せられるっていうか……」
「……しかし……」
「あの子の場合、デビューまでは時間があります。それまでは、別にトレーナーがいなくても問題ないのでは?」
「……」
・・・
「さて……」
ブリッジコンプと別れて帰宅した俺は、早速資料集めをはじめる。公道レースをしていたウマ娘達によく発生する癖を、動画サイトなどから片っ端から引っ張ってきて調べる。ジュエルトパーズは元公道レーサー。恐らくこの間見た癖以外の悪癖も付いている。何かあったときにある程度は把握しておく必要がある。
俺の覚悟は決まっていた。こうなったからには、意地でも病気を完治させ、ジュエルトパーズの正式なトレーナーになる。そして、彼女が中央に行けるように、それまでは彼女の夢の支えになる。