「……」
ジュエルトパーズに逆スカウトを受けて2週間が経った。その間、俺とジュエルトパーズは放課後の僅かな時間を利用して秘密の特訓を行っていた。コースを走って貰い、状態を確認。必要なトレーニングの指示を出す。スピード、スタミナ、パワー……本格化がまだな以上、今後を見据えて基礎を固めて怪我をしにくい体にしていく。特に重視したのが柔軟と休養だ。
ジュエルトパーズのポテンシャルは、見れば見るほどに高いと感じる。コーナー時の異常な体の傾きも、たった2週間でかなり改善されている。修正力もかなりのものだ。
「……よし、タイムも良くなってきている」
「本当ですか?」
「ああ」
「……ジュエルトパーズ」
「パーズでいいです。皆もそう呼んでるので。長くて言いにくいですよね」
「パーズ。ここに友達を呼ぶことは可能かな?」
俺の言葉に、パーズの表情が固まる。マズい。何か気に触ることでもあったのだろうか。
「無理ならいいんだ。ただ、今のところ単独での練習しか見てないから、レース時の立ち回り方や、走りを把握できてないんだ。そのためにも併走者が必要なんだよ」
俺には1つ気がかりなことがあった。それは『パーズのレース中の挙動』だ。公道レースをする子の動画を動画サイトで漁っていると、多くは外に膨らみ、相手の前に出て進路を塞ぐようにしていた。これは公道レースだからいいものの、レース上では通じない。場合によっては斜行で失格になる。レースに出る度に斜行で失格や降着なんてさせたくない。
「……わかりました。声をかけてみます」
・・・
「無理に決まってるでしょうぉぉぉぉおお!!」
私は誰もいない校舎の裏で絶叫していた。3日前。伊丹トレーナーに『併走相手を探して欲しい』と言われた時に断っておけば良かった。
私は同級生の中では……それどころか本格化前にもかかわらず高等部を含めてもトップレベルのタイムだ。特にマイルと中距離は負ける気がしない。相手を探そうにも、今までの深夜徘徊などの素行不良も相まって相手が嫌がってしまって見つからない。うちはそもそもレースに熱心な子は少ないから、トレーナー達もモチベの維持に躍起で、モチベをへし折りかねない私とのレースを嫌がる。サドンとレイにも頼んだけど、選抜レースに出走したりするため直近では難しい。ていうかいつの間に2人ともトレーナー付いてたの……。しかも聞いたら担当トレーナーはお姉ちゃんだったし。
「何を騒いでるの……?」
どうしようかと悩んでいると、不意に声をかけられる。振り返ると、お姉ちゃんが立っていた。
「お姉ちゃん」
「何が無理なの?」
「……言いたくない」
「パーズ」
立ち去ろうとしたら、進路を塞がれる。引退しているとは言え、伊達に中央に行って走ってた訳じゃ無い。お姉ちゃんは今でもそこら辺の生徒よりずっと速い。私でも振り切れない。フィジカル面でも本格化も終えているお姉ちゃんの方が遥かに有利だ。逃げることはできない。説明するまで退いてくれそうに無い雰囲気にしびれを切らした私は話すことにした。
「……併走相手」
「え?」
「併走相手が見つからないの。今までの素行不良とか、速すぎるせいで、組んで貰えないの!!」
半ばヤケクソ気味に、お姉ちゃんに話す。完全に八つ当たりだ。分かっている。でも、抑えきれない。気付けばかなり長い間愚痴っていた。もしかしたら、こんなにお姉ちゃんと話すのは久々かもしれない。私が話している間、お姉ちゃんは何も言わずに私の話を聞いていた。
「そう……じゃあ、私と走る?」
「……は?」
予想だにしない言葉が返ってきた。私が呆気にとられていると、お姉ちゃんは軽く首を傾げると、私の方を見てきた。
「併走相手、誰もいないなら私がするわよ」
「え?いや、でも、お姉ちゃんだって担当がいるし……」
「日程調整ぐらいするわよ。日にちが決まったら教えて」
「……やっぱり嫌」
「じゃあ、明日までに併走相手が決まらなければ私と走る。これでいい?」
絶対見つけてやる。
・・・
「……と言う訳でよろしくお願いします」
「あ、あぁ」
パーズに併走相手を探すように頼んで1週間後。ふくれっ面をしたパーズはブリッジコンプを連れて現れた。
「併走相手、今までの行いのせいで見つからなかったみたいなので、私が立候補しました」
「お姉ちゃん!!」
「……まぁ、2人がいいなら俺は何も言わないけど」
どう見てもパーズの表情は納得していなさそうだったが、折角併走相手を買って出てくれたブリッジコンプのためにも黙っておくことにしよう。
「……何時もここでパーズを見てたんですか?」
ブリッジコンプは秘密の練習場を見回すと、少し驚いた様子で俺の方を見てきた。
「放課後の短い時間だけだ。それに毎日じゃない」
「良くこんな場所見つけましたね」
「それは妹の方に言ってやれ。俺が見つけた訳じゃない」
余談になるけれど、この土地は現在俺の所有地だ。無許可の使用はまずいと思った俺は、パーズに案内されたその日のうちに動いた。親父やお袋、羽柴理事長のツテで土地の持ち主を探しだし、購入した。かなり掛かるかと思ったけれど、相手はこの土地を持て余していたらしく、ほぼタダ同然で購入した。将来的には園田トレセンに寄付しようと考えている。
ブリッジコンプとパーズは柔軟と軽いジョギングを済ますと、スタート位置についた。ほぼ同じタイミングのスタート。しかしブリッジコンプが少しずつ前に出た。パーズはしばらく後ろについていたが、最終コーナーを抜けたタイミングで仕掛けた。しかし……
「……こりゃ練習しないとな」
追い抜く際、パーズは一気にブリッジコンプを押しのけるように追い抜くと、すぐにブリッジコンプの進路を塞ぐように動き、そのままゴールした。この場合レースでは斜行と捉えられ、仮に1着になっても降着させられる。走り終えたパーズとブリッジコンプを見ながら、俺はパーズに話しかけた。
「今のレースはブリッジコンプの勝ちだな」
「え?」
「斜行している。それもガッツリだ。選抜レースでよく指摘されなかったな」
「……」
「もう一回走ってみてくれないか?今度はパーズが先行してくれ」
二回目。パーズを先行にした理由。それは後続が来たときの様子を見るためだ。後続に追いつかれたときにどんな対応をするのか。多少進路を塞いだりするのはギリギリセーフなんだけれど、極端な妨害行為……例えば故意にぶつかる、わざと泥を跳ね上げて目つぶしをする、追い抜こうとする後続の進路を塞ぐ……等はアウト。レース失格または降着になる。
「やっぱりか……」
パーズはブリッジコンプが迫ると体を揺らし、ぶつけこそしないものの前に出られないように動いていた。ただ、さっき斜行について指摘されたのを意識しているのか、スピード感が何時もより欠けている上に、集中できていないようだった。
「……パーズの本格化までの改善点は、まず斜行癖の修正とコーナー時の無駄な傾け、それとあからさまな進路妨害だな」
「はい」
「さっき指摘されて、意識していたんじゃないか?」
「え?は、はい」
「意識がそっちに持って行かれていてはレースに集中できない。それで負けては本末転倒だ。癖は徐々に直していこう」
「はい!」
癖を直しておけば、本格化した後に重心のずれなどによるスランプも最小限に抑えられるはずだ。今の時点でもかなりのポテンシャルを持っているから、本格化したらどうなるのか、今からでも楽しみだ。