「……」
「遂にデビュー戦だな」
「はい……」
今日は遂にパーズのデビュー戦。ダート1400。天候にも恵まれ、空は抜けるような青空だ。
「緊張してるのか?」
パーズは緊張してるのか、先程からソワソワして落ち着きがない。初めての観客ありのレース。経験したことのないレース場の雰囲気。無理もない。
「パーズ。深呼吸して、肩の力を抜いて」
「は、はい」
パーズは深呼吸をして、何度か肩を回すと、俺の方を見てきた。
「勝てるでしょうか?」
「勝てるよ。大丈夫。今日勝つために練習してきたんだろ?」
勝つためにパーズは俺のトレーニングに必死に付いてきた。その結果、十分に勝てるだけの実力を身につけた。トレーニング後のケアも入念に行い、怪我を予防してきた。何も心配は無い。
「さ、もうすぐ時間だ。行ってこい」
「はい!」
俺の言葉に、パーズは元気よくパドックの方へ走っていった。
「あ、伊丹トレーナー」
観客席に行くと、ブリッジコンプが声をかけてきた。俺はブリッジコンプの横に立つと、パドックにいるパーズを見た。流石に完全とまでは行かないが、さっきよりも落ち着いている。
「ブリッジコンプも来てたんだな」
「大事な妹の晴れ舞台ですから」
「そうだな」
怪我無く無事に走り抜けられるように、俺は心の中で手を合わせた。
・・・
「よし」
ゲートに入った私は周囲を見回す。私以外に7人のウマ娘。これに勝てば、晴れて兵庫シリーズに本格参加できる。
きっと私1人ではここに辿り着けなかった。もし伊丹トレーナーに出会ってなければ、私は今でも公道レースをしていたと思う。
「負けない」
私のためにも、私に付き合ってくれた伊丹トレーナーのためにも。ゲートが開くと同時に、私は勢いよく駆けだした。
・・・
「よし」
スタートダッシュは完璧。先頭集団の中でも前の方に位置取った。今日のレース作戦は先行。後半に一気に加速する予定だ。しかし……
『おーっとジュエルトパーズ。物凄い勢いで走る!!』
パーズはスルスルと先頭集団から抜け出して行く。別にスパートをかけている訳でもない。普通に走っているだけだ。
「実力が……違いすぎる」
幾ら頑張って適性を上げたとは言え、芝よりも適性が低いダートで集団を引き剥がしていくのは、実力の差が歴然であるということ。決して他のウマ娘達が手を抜いている訳でもない。
『ジュエルトパーズ!速い。速すぎる。2番手との差が開く。その差3馬身……』
パーズはあっという間に7馬身の差を付けてゴールした。圧勝だった。メイクデビュー戦でここまで差が付くのは園田ではあまりないのか、観客席は大歓声と拍手に包まれた。
・・・
今までの練習とは違った。景色も空気も。先頭集団でペースを見計らいながらスパートをかけるつもりだったのに、私のペースに皆が追いつけない。段々皆の息づかいが聞こえなくなっていく。その時はじめて、私は自分がトップにいると言うことに気がついた。
そして予定通りの終盤でスパート。観客の歓声が消えた。自分の耳が風を切る音が僅かに聞こえて、後は一気にゴール板を駆け抜けた。
息を切らしてゴールの結果を見ると、私は1着。2着と7バ身もの差を付けていた。勝った。デビュー戦とは言え、初めて公式レースで勝った。そう理解すると、沸々と喜びがわき上がってきて、私は右手を大きく突き上げた。
・・・
「伊丹トレーナー!!見てください!私の妹が!!初のレースを7バ身差で……」ブンブン
「ちょ、やめっ」
「園田のメイクデビュー戦は大抵僅差なんですよ!?それをあの子は7バ身もの差を……私の時なんてハナ差だったのに、あの子は凄いです!!」
「分かったから、落ち着け……」
妹の初勝利に興奮したのか、ブリッジコンプは俺の右肩を掴んで揺すってくる。ウマ娘の力で肩を揺すられれば、体が物凄い勢いで揺れる。それはまぁむち打ちになりそうなレベルで。そして……
ゴキッ
「あっ」
限界突破した俺の右肩は脱臼した。