「……」
「ね、ねぇパーズ?いい加減機嫌を直して……」
「」プイッ
こんにちは。ブリッジコンプです。私は今、妹のジュエルトパーズから無視されています。こうなった原因はただ一つ。
「私が悪かったから……」
私の声にパーズは振り返ることなく、スタスタと歩いて行ってしまった。
3日前。パーズのデビュー戦。伊丹トレーナーと観戦していた私は、妹の勝利に興奮しすぎて伊丹トレーナーを揺さぶった。激しく揺さぶられた伊丹トレーナーは右肩を脱臼。それに加えて脳しんとうを起こして運ばれました。
結果としてパーズは折角の勝利インタビューはトレーナー抜き。ウイニングライブも見て欲しかった伊丹トレーナーに見て貰えずに大激怒。『酒乱だけじゃなくて、興奮して自制できないお姉ちゃんなんて大っ嫌い!!』と言い放たれてしまいました……
無論両親には『伊丹トレーナーと妹にどんだけ迷惑を掛けるの』と死ぬほど怒られた上に、伊丹トレーナーの実家には菓子折を持って謝罪に出向きましたが、丁度料理をしていた妹さんからは包丁を構えながら『今回は許すけど、次お兄を怪我させたらバ肉にするから』と絶対零度の視線付きで言い放たれてしまいました。
止めに伊丹トレーナーからは『妹が勝って喜ぶのは当たり前だけど公衆の前だし、自制しないと。自分の評判が下がるぞ』と釘を刺されて、担当からも『トレーナー。いくら何でも流石にマズいでしょ』とドン引きされる始末。
「はぁ~……」
・・・
「ねぇパーズ。いい加減許してあげたら?」
「……」
「そうそう。まぁ……うん。ドン引き案件だけど、もういいんじゃ無いの?」
「……やだ」
私の言葉に、サドンとレイが顔を見合わせる。
どうも。ジュエルトパーズです。今私は教室で友達のサドンとレイと話している。話題は勿論、私のメイクデビューレースの話……なんだけど、お姉ちゃんの失態の方の話第が大きくなってしまって、恥ずかしいやら腹立たしいやらで勝った喜びが半減している。
お姉ちゃんは私が買ったことに喜びすぎて、伊丹トレーナーを揺さぶった。結果、伊丹トレーナーは脳しんとうに
右肩脱臼で、全治1週間。無論勝利インタビューや、私のウイニングライブも見ることはなかった。
「私達のトレーナー、何か最近死にそうな顔をしてるんだけど」
「知らない」
「パーズはいいけど、今度私達がデビュー戦なんだけど。レースを間近に控えた担当がトレーナーのメンタル気にするってどうなのよ。普通逆じゃない?」
「……」
サドンとレイはお姉ちゃんの担当。だからこそ気を遣ってるんだけど、実際お姉ちゃんがこのままだと、サドン達のトレーニングに支障が出かねない。
「はぁ……わかったわよ」
サドン達の圧に負けて、私は渋々了承した。
・・・
『おめでとうございます伊丹トレーナー』
「いえ、彼女の才能ですよ」
『そんなことはありません。やはり伊丹トレーナーが優秀だからこそ、その才能を発揮できたんでしょう』
誰もいないトレーナー室で、俺は苦笑いをした。電話の相手は中央トレセン理事長秘書の駿川たづなさんだ。何かと気にかけてくれている。
『ところで、インタビューの時に居ませんでしたが、何かあったんですか?』
「いえ、ちょっとアクシデントがありまして……」
『そうですか』
「ところで、そちらはどうですか?」
『変わりありません……といいたいところですが、あの、彼女が……』
言い淀むたづなさんの声と雰囲気から、恐らく俺の元担当のことで何かあったんだろう。
「何かありましたか?」
『リハビリが遅れていまして……メンタル的にもまだ立ち直れていないようで』
「申し訳ありません。自分が勝手に投げ出してしまったばかりに」
『いえ、伊丹トレーナーを守れなかった我々にも責任はありますから。ただ』
「ただ?」
『どのトレーナーのスカウトも断っているんですよ。どうしたらいいのか……』
「……」
どう言おうか迷っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「すみません。担当が来たみたいです」
『そうですか。頑張ってくださいね』
通話を終え、俺が入るように言うと、パーズが入って来た。
「電話ですか?」
「ああ。ちょっとな」
「そうですか」
「ところで、次のレースだが、パーズはどうしたい?」
パーズはまだジュニア級だが、兵庫シリーズのウマ娘達は基本的に兵庫3冠を目指す。兵庫3冠達成は実は今現在でもただ1人のみと言われている。近年ではブリッジコンプが最有力だったが、菊水賞直前に体調を崩して出走していないため未達成だ。
「私は、兵庫3冠を目指したいです。けど、その前にジャンボトロンカップに出ようと思います」
「成程」
ジャンボトロンカップは距離1400のレース。比較的出走枠が多く、毎年12人ほどが出走する。前回のレース内容から見ても、出走要件は満たしているだろう。
「あ、あと、園田ジュニアカップも出走したいです」
「年末だな。ジャンボトロンカップとの間も十分だし、問題ないだろう」
ジュニア級で最長の園田ジュニアカップは1700。兵庫シリーズでの位置づけは中央のホープフルステークスに相当するだろう。
「よし。じゃあトレーニングを始めるぞ」
「はい!」
「あぁそれと、お姉さんと仲直りしろ」
「……は~い」
先に行ってます。とパーズが出て行くのを見送ると、俺は再び椅子に腰掛けた。もしこのまま彼女が順調に勝ち進めば、中央に行く可能性も出てくる。その時、俺も選択を迫られる可能性がある。中央に戻るか、ここに残るか。
どちらに転んでも、パーズの情報が中央に行けば、少なからず担当トレーナーの俺の話も出るだろう。そこで浮かぶのが、俺が中央を辞める前に担当していた子だ。彼女は俺が地方で別の担当を持っていると知ったらどう思うだろうか。