「伊丹トレーナー。今度の日曜日、空いてますか?」
トレーニングが終わったある日の放課後。後片付けをしている伊丹トレーナーに声をかけた。伊丹トレーナーはこちらを見て、不思議そうな顔をしてくる。
「空いているが、それがどうかしたのか?」
「えっと……その……」
簡単なことだ。何も躊躇うことはないはず。なのに、上手く話せない。スムーズに言葉が出てこないまま、尻尾と耳が忙しなく動く。焦れったくなった私は意を決して口を開いた。
「私と、一緒にお出かけしませんか!?」
「!?」
私の声はグラウンド一帯に響き、それからしばらくの間、学園で『伊丹トレーナーとブリッジコンプトレーナーはデキてる』って噂になって、またパーズが少し不機嫌になりました……
・・・
「お待たせしました」
「いいよ。俺も今来たところだから。じゃ、行こうか」
「はい」
3日前。突然ブリッジコンプに一緒に出掛けないかと誘われた。丁度その日は俺も予定がなかったから了承した。
「久しぶりだな。休日にこうやって出掛けるのは」
「私が学生の頃は時々お出かけしてましたよね」
俺の言葉に、ブリッジコンプは嬉しそうに応える。何時もはスーツ姿のブリッジコンプだけど、今日は違う。学生時代の時に出掛けるときはワンピースが多かったけど、今ブリッジコンプが身に着けているのはデニムパンツにパーカーだ。
ブリッジコンプが学生の頃は、蹄鉄やシューズ、トレーニング用品の買い物に付き合うという形でよく出掛けていた。当時大学を出たばかりで彼女もいたことがない俺は、未成年の学生と一緒に出歩いて大丈夫なのかと思ったが、先輩達が普通にしていた……と言うよりも嫌がっても引き摺られて連れて行かれていたから、気にしなくなった。
「昔は君も未成年だったし、随分と気を遣ったよ」
「ふふっ。私はもう成人しましたよ?」
横で笑うブリッジコンプに、俺は園田に来てからの彼女を思い浮かべる。酔いつぶれて親に怒られ、妹のデビューレースで興奮して俺の肩を脱臼&脳しんとうさせて死ぬほどキレられ、やっと口を利いて貰えるようになったかと思えばお出かけの誘いを大声でしてまた逆戻り……
「……ホントに成人したのか?」
「してますよ!!」
もうっ、と頬を膨らますブリッジコンプに俺は苦笑いをした。その後もお互いの担当のことやレースのこと等を話しながら街を歩き回った俺達は、映画館の前で立ち止まった。
「あ……。伊丹さん。この映画、観ていきませんか?私前から気になってて」
「ん?」
ブリッジコンプが指差した映画は、最近発表されたウマ娘とトレーナーのラブストーリー。今中高生にかなり人気だとニュースでも紹介されていた。
こういう映画が流行ると、トレーナーの寿退職が増える。それはもう、すごくすごい。年頃の女の子で、基本女子校のトレセンに通う生徒は周囲に同年代の異性が皆無。初恋がトレーナーなんてことは珍しくない。はじめはそれとなくアピール。徐々に手作り弁当……家に押しかけて家事をするといった感じでエスカレート。普通に告白されればまだいい方で、この過程無しにいきなりトレーナーを襲い、責任を取ってくれと脅し、卒業と同時に結婚するパターンもある。ちなみに告白を断った場合も高確率でこの結末になる。
恐ろしい話だけど、特に中央トレセンではこの傾向が顕著だった。レースに対する強い執着心が、伴侶をゲットする方向にも向くのか、独占欲も強かった。チームを持っていたトレーナーに至っては過去にチームが崩壊したり、トレーナーが物理的に分裂しかけるといった事案が相次いだために、ウマ娘のアプローチを躱すための特別講座まで開かれていたぐらいだ。
ちなみに俺は基本何もなかった。まぁ、俺以外のトレーナーが基本超イケメンや美人ばっかだし『伊丹トレーナーって実績も顔も正直微妙』ってウマ娘達が話してるのを聞いたことがある。正直かなり凹んだ。
「……どうかしましたか?」
「いや。何でもない。ちょっと観ていこうか」
そう言って映画館に入ると、俺は二人分のチケットを、ブリッジコンプはポップコーンと飲み物を購入した。
結論から言うと、いい映画だった。超王道なパターンなものの、俳優達の演技力が高いのか、話に没頭できた。観客も若い女の子が多かったけど、中にはカップルで見に来ている人達もいた。
「もしかしたら、トレセンの子も居たかもしれないな」
「そうですね。私は別に構いませんけど」
「え?」
「え?」
その後、俺達はショッピングモールを見て回り、食事をして別れた。帰る途中、ブリッジコンプがホテル街の方をちらちら見ていたけど、流石にそれはまずいと思って全力で別の方向に誘導した。しかし、誘導に気を取られて、ブリッジコンプと無意識に手を繋いだり、尻尾が脚に巻き付いていたことに気がつかなかった。
翌日以降。『伊丹トレーナーとブリッジコンプトレーナーは付き合ってる』『結婚間近』と言う噂が流れ、パーズに『トレーナー、もうちょっと周りに気をつけた方がいいよ』と言われたのは言うまでもない。