「お兄、ご飯」
「んー……」
妹の結の声に、俺は布団の中から返事をする。実家に帰って1週間が経った。俺が退職したことは、俺が退職した翌日にトレセン学園を通じて一気に全国に知れ渡った。
ネット記事は俺が退職したことを喜ぶ内容が多く出回り『彼には彼女の指導はできない』『彼自身が身の丈に合っていなかった』という文面が並んだ。一方で、ごく少数『トレーナーが急に退職して、多感な時期の担当が可哀想だ』という記事もあった。全て今になってはどうでもいいことだけれど。
「おはよー……」
「おはよう茂治。早くご飯食べてね」
「んー……」
今、俺は実家に引き籠もっている。俺がトレーナーを辞めたと報道されてから、実家への嫌がらせはパタリと止んだ。でも、俺自身は基本的に家に引き籠もっている。下手に出歩くのが怖いし、周囲の視線も気になってしまうからだ。実家に帰るまでの道も、目が合う人全員が俺の悪口を行っているように思えた。
実家には親父とお袋。それに高校生の結がいる。弟の和之と姉の奈緒は既に結婚して家を出ている。
「茂治。あんた、仕事はどうするの?」
「……まだ何にも考えてない」
俺の返答にお袋はため息をつく。親からすれば、いい年した男が無職でしかも実家で暮らしているなんて、世間体が悪いのかもしれない。でも、散々ネットやらで批判された俺を、一体何処が雇ってくれるんだろうか。
「……ごちそうさま」
居心地が悪くなった俺は、さっさと朝食を食べ終えると2階の自室に戻った。早速布団にダイブすると、また眠りについた。ここ数日はスマホもパソコンも殆ど触っていない。ただ寝てるかボーッと毎日を過ごす日々だ。
「……」
部屋には高校の時からあるウマ娘のポスターや、グッズが置かれている。本棚にはトレーナーになるために必要な課程の教本が所狭しと置かれている。今となっては、もう開くことはないのだろう。
「……なんでこうなっちゃったんだろう」
ポツリと呟いた瞬間、自然と涙が溢れてきた。小学生の頃、親父に連れて行って貰った近所の地方レース場。そこで見たウマ娘のレースに、俺は心を奪われた。一生懸命に走る姿。ライブで踊る姿。全てが輝いていた。この頃から既にモブの才能を開花させていた俺は、彼女達を影で支えるトレーナーになりたいと決心した。
中学や高校で必死に勉強して、トレーナー課程のある大学に進学した。そこで、地方か中央かどちらかの課程を選択できたのだけれど、どうせなら地方でも働ける中央を選択した。地方トレーナーの課程は比較的簡単に修了できるけど、中央トレーナーの課程は毎日朝から晩まで講義があってクタクタだった。
課程を修了したら、今度はトレセン学園の就職試験が待っていた。試験に向けて何度も大学の就職支援課に出向いてエントリーシートの内容確認や面接の練習を繰り返した。
そして、本番の試験。俺は10倍以上の高倍率をくぐり抜けて合格した。合格通知が来た時の気持ちは今でも忘れられない。その場で大泣きしたぐらいだから。
トレセン学園に入ってからは、ひたすら自己学習にスカウトの毎日。選抜レースがある日は前日から出走するウマ娘のデータを集め、スカウトする子を決めて、当日はレース後にスカウト。でも新人の俺は中々スカウトを受けてもらえず、悔しい思いをした。
それでも地道にスカウトして、担当を決めた。最初の子は中々才能が開花しなくて勝てなかった。一生懸命2人でフォームやトレーニングを見直して、やっと最後の重賞レースで入着した。ライブを終えた担当から『もしトレーナーがいなかったら、きっと私はこのライブステージに立つこともできずに終わっていた。本当にありがとう』と言われ、担当と一緒に号泣した。
「……今は、もうできないんだな」
俺は寝返りを打つと、現実から逃げるように夢の世界へ逃げ込んだ。