羽柴理事長と会って2週間が経った。今日は正式に俺が園田トレセンに就職する日だ。それまでの間、俺は結に半強制的に外に連れ出され、人目になれる練習をさせられた。更には心療内科を受診。対人恐怖症の気があると診断され、カウンセリングや薬を処方された。
「……」
ただ、やはり2週間でどうにかなるものではなく、改善の兆しはあるものの、人目が怖いことには変わりが無い。でも、就職してしまった以上、人と会うことは避けられない。どうしようか悩んでいると、結があるものを持って来た。
「これ付けておいたら少しはマシになるんじゃない?」
それは真っ黒なスポーツサングラスだった。かけてみるとかなり視界が暗くなる。外を少し歩いてみたが、これなら無いときよりも少しマシだ。散々ネットで叩かれた上に、名前だけでなく顔まで知られているから、大した役には立たないかもしれないが、無いよりマシ程度の変装にはなるだろう。
「似合ってるじゃん」
部屋を出ると、結が立っていた。
「そうか」
「お兄はトレーナーが1番合ってる」
「……」
「私の憧れだもん」
「!?」
「私も、将来はお兄みたいなトレーナーになりたいの」
結の衝撃的な発言に、思わず思考回路が停止する。結は才色兼備に文武両道。何でもでき、結の友達がふざけて結のカラオケで歌っている動画などを大手芸能事務所に送ると、何と社長がスカウトのために家に来たこともあるレベルだ。
一方の俺は全てが平均もしくは平均以下。学生時代社会人共に特段素晴らしい実績があるわけでもないし、彼女なんていた試しすらない。このままだと独身で朽ち果てて行くであろう残念男だ。中央のトレーナーも結のような才女なら余裕で入れるだろう。
「結。俺は特別凄いトレーナーじゃないぞ。中央じゃ並み以下のトレーナーだ。俺なんかを目指すより、もっと凄いトレーナーを目指…………」
「トレーナーをしてる時のお兄、かっこいいもん。テレビでもチラッとしか映らないけど、担当の子と一生懸命頑張っているのを見ると、いいな……って思うもん」
「……」
「だからまた、そういうお兄を見たい」
「……わかった」
・・・
「え~皆さん。今日からトレーナーとして勤務していただく伊丹茂治君です」
「伊丹です。よろしくお願いします」
数時間後。俺は園田トレセンのトレーナー室で挨拶をしていた。羽柴理事長には理由を説明し、サングラス着用の許可を貰っておいた。トレーナー達も普通に笑顔で迎えてくれた。皆穏やかそうな人ばかりだ。
「あ、あと伊丹トレーナーは慣れるまでは理事長付になります。また教員免許をお持ちなので、もし教師が休みの際には代理で教壇に立って貰います」
「わかりました」
園田トレセンは中高一貫の女子校(ウマ娘達の通う学校だから当たり前だが)。生徒数は800人。また姫路の方に分校もあり、そちらは高校のみの生徒数200人程。近畿地方ではこの2校のみがウマ娘限定の学校になる。
「では、これで挨拶は終了です。今日は休校日で生徒もほとんどいませんし、お昼に上がっても構わないので、それまではブリッジコンプトレーナーに校内を案内してもらってください」
「わかりました。ありがとうございます」
「では伊丹トレーナー。案内しますね」
ブリッジコンプは満面の笑みでトレーナー室のドアを開けた。
登場人物
伊丹結
年齢:16歳
身長:160cm
体重:不明
趣味:バスケットボール・躰道
特技:料理・裁縫
伊丹家の次女で、茂治の妹。長い髪をポニーテールにしている。性格は非常に温厚で情け深い。が、口下手なところがある故に学校ではクールなイメージを持たれている。才色兼備かつ文武両道で、勉強では常に学年5位以内。躰道は2段の腕前を持つ。幼い頃に茂治がバスケをしているのに影響されて、高校ではバスケ部に所属し、高1ながらレギュラーになっている。
末っ子であるため伊丹家長男の茂治とは年が大きく離れているが、努力家かつ優しい茂治を非常に尊敬している。将来の夢は兄の茂治のような立派なトレーナーになること。
体育会系の部活動に所属しているが食は細く、家族に心配されるほどであるが、本人に特に問題は無い模様。
茂治がトレーナーを辞めたときにはかなりショックを受けていた。また、以前と違い人前に出ることができなくなった茂治を心配し、毎朝起こしに来るようになる。
茂治を連れ出す際に部屋のドアを派手に破壊したことで、母親には死ぬほど叱られた上、お小遣いを3ヶ月間大幅削減の罰を受けた模様。