「……あまり昔と変わらないな」
午後10時。俺はブリッジコンプと車に乗って六甲山に来ていた。色んな道を走っていると、駐車場やちょっとしたスペースにいかにもな車やバイクが停まっている。学生時代に1度だけバイクで来たことがあったけど、あまりの柄の悪さに早々に退散した記憶がある。その時とさほど変わっていないようだ。
「妹さんは何時も何処で走ってるんですか?」
「さぁ……色んな所で走ってるみたいで、決まってるわけじゃないみたいなんですが……」
車で走りながらブリッジコンプはソワソワした様子で外を見る。チラホラとウマ娘達の姿も見える。明らかに柄の悪そうな者もいるし、やはりあまりいいところでは無いようだ。
「寮に連絡して、脱走してる子がいないか確認してください」
「分かりました」
ブリッジコンプに指示を出して、ハンドルを回す。気付けば背後に走り屋がピッタリと付けてパッシングを繰り返している。脇に寄せて行かせた方が良さそうだ。俺が譲ると、走り屋達はこれ見よがしにアクセルを吹かして走り去って行った。
「やっぱり妹を含めて数人がいないそうです」
「この辺りにいないとなると、他の場所まで走りに行ってるな……」
その後、何度か往復してウマ娘達を探したが、この日は誰も見つけることができなかった。
・・・
「今日はこの道ですか?かなり離れてますけど……」
「だからこそだ。離れているからこそ、教員達も積極的に探さない」
3週間後。俺とブリッジコンプは北摂の高槻にまで手を広げていた。巡回路は枚方亀岡線だ。大阪の高槻市から京都の亀岡市に抜ける道で採石場があり、ダンプも多く通るために道は決して良くはない。脇道も多く、中には車では入れないような狭い道もある。
「こんな所にいるんでしょうか?」
「さぁなぁ」
今まで見てきた場所に比べて走り屋はほぼいない。道も少し荒れてるし、夜間は特に走ってて楽しくないのだろうか。寧ろ道路を闊歩しているのは鹿などの野生動物ばかり。そうこうしているうちに亀岡市に入ってしまった。
「ここでUターンするか……ってん?」
丁度いいところにあったスペースで展開しようと思っていると、数人のウマ娘達が座っているのが見えた。すかさず車を停めると、物凄い速さでブリッジコンプが飛び出し、慌てて逃げようとするウマ娘達をあっという間に全員捕まえた。
「すごいな。現役時代より速いんじゃないか?」
「それほどでも……」
「……んで、この子達は全員園田の子か?」
「いえ、何人かは違う子もいますね」
となると、SNSで知り合ったか、幼馴染みかのいずれかだろう。全員深夜に走るためか、反射材の付いた靴や服を身に着け、頭にはライトを付けている。
「妹は?」
「いますよ。一番後ろに」
ブリッジコンプの指差す先を見ると、ポニーテールのウマ娘がバツが悪そうにそっぽを向いた。他のウマ娘に比べて体も小さく、線も細い。間違いなく本格化前の体だ。これでアスファルトの道を全力で走れば遅かれ速かれ故障するだろう。
「園田トレセンの生徒は前に出なさい」
「「……」」
「黙っていても、今日寮にいない生徒を確認すればすぐに分かるぞ」
俺の言葉に、ジュエルトパーズ含めて3人程が前に出てくる。残りの数人は違う学校……姫路分校からここには流石に来ないだろうから、全く違う学校なのだろう。
「君達は?何処の学校だ?」
「……」
俺の問いに答えること無く、残りのウマ娘達はブリッジコンプを振り切って走り去っていった。その後ろ姿を見送りながら、生徒の1人がぽつりと呟いた。
「あいつ等、地元の中学だよ。トレセン落ちて、高校でトレセンに入るために練習してるんだ」
「……とにかく、君達は明日説教だ」
生徒の言葉を聞き流しながら、俺とブリッジコンプは生徒達を車に押し込んで園田トレセンに向けて走り出した。
・・・
「……で、どうしてあんな遠くにまで行って公道レースを?」
「……」
翌日。俺は生徒指導の村山先生と一緒に生徒指導室にいた。目の前には昨晩ブリッジコンプが捕まえた3人の生徒達。全員中等部1年で、デビューもしていなかった。ジュエルトパーズ以外の2人は2週間前に本格化したばかりだった。
「公道レースが危険なことは分かっているだろう?デビューする前に引退……なんて、したくないだろ」
「……」
「黙っていては分からないぞ」
村山先生の声音が険しくなってきた辺りで、俺から質問することにした。
「君達は、公道レースに何を求めてるんだい?」
「……は?」
「いや、公道レースをする子って色んな理由があるんだ。レース場の景色が同じでつまらない、とか、スリルを味わいたい、とか。色々あったけど、今まで出会ってきた子達で一番多い理由が『レースで勝てないから』だ」
俺の言葉に2人のウマ娘達の目が揺らぐ。2人にとっては図星だったようだ。かってな憶測になるが、恐らくこの2人は選抜レースか模擬レースで勝てず、腐ってしまったのだろう。
「どの競技にも言えるけど、勝者がいれば、必ず敗者もいる。そして、ずっと勝てない人も勿論いる。ただ、俺は勝ち負けよりもそれまでに積んできた努力や経験が大事だと思う」
勝負はその時。一瞬のこと。その後に歩む人生の方がずっと長い。ただ、その勝負で得た経験やそれまでの努力、挫折、失敗こそ、その後の人生の糧になっていく。負けることだって経験だし、一生失敗せずに挫折もせずに負けもせずに生きている人の方が、負けや失敗や挫折を経験した人よりも何かあったときに遥かに脆いと俺は思う。
「レースで勝ちたいのなら、公道レースをするよりも真面目に練習をしなさい。その方がずっとレースで勝つ確率が上がる。トレーナーが付かなくとも、アドバイスや助言ぐらいはしてくれるだろう。何なら俺は今フリーだから、君達が差し障りないのならアドバイスぐらいはする」
俺の言葉に、先程瞳が揺らいだ生徒達が顔を見合わせる。しかし、今までずっと俯いていたジュエルトパーズだけは敵意にも取れる目つきで睨み付けてきた。
「伊丹トレーナーは、知らないんでしょうね。期待されるのがどれだけ辛いか。優秀な姉がいる重圧が」
「……」
「『中央に行った優秀なお姉さん』『地方からじゃ鳴かず飛ばずになることが多いのに中央の重賞で入着した』とか言われて、どんなに頑張っても『お姉さんはもっと凄かった』って言われ続けるのがどれだけキツいと思ってるんですか!!」
あまりの勢いに俺が思わず怯んでいると、村山先生が静かに口を開いた。
「……それは違う」
「どこが!!」
「君のお姉さんは、中等部1年の時は全く平凡だった。今の君よりもタイムも遅かった。だけど、不断の努力とレース研究を続けて、自分でオーバーワークにならないように自主練もして実力を付けていったんだ」
「……」
「中央に行ってからはよく泣きながら電話してきたよ『勝てない』『トレーナーが付かない』『また契約解消された』『重賞レースに出れない。何のために中央に行ったのか分からない』って。何度か園田に戻るか聞いたこともあったけど『地元の期待を背負ってるから帰っても会わせる顔が無い』って。お姉さんが何のプレッシャーが無い場所にいたわけじゃないんだよ」
「村山先生……随分と詳しいんですね」
「何、当時園田でブリッジコンプのサポートをしていたのは俺だからな。当時は園田も定年退職者が多かった所為でトレーナー不足が深刻で、教師が臨時でトレーナーみたいなのをしてたんだ」
聞いたことがある。地方のトレセンではトレーナーが不足したら、教職員が臨時でトレーナ代行……所謂サポーターをすることがある。本来はトレーナーと契約を結んでいないとレースも出られないのだけれど、こういう時は特例で許可されるのだ。でも、トレーナーの資格が無いからできることは大幅に制限されるし、大抵は知識も無いから大したことをしてやれない。
「いいか?公道レースは絶対に止めるように。アスファルトの道で全力で走れば、一生走れなくなる可能性もあるんだ。変な癖も付きやすくなる。それに夜間の犯罪や事故にも繋がる。反省文5枚。今回は伊丹トレーナーやブリッジコンプトレーナー、それに理事長の頼みでこれで済ます。今後は校則が厳しくなる予定だから、次に公道レースに出たら退学も視野に入るからな」
その後、村山先生から数十分の説教があった後、生徒指導は終了した。
転職が決まり、その準備で投稿が滞ってました。