モブトレーナーの再スタート   作:夢の中の妄想2

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第九話 臨時授業

「え?臨時教師?僕がですか?」

 

生徒指導があった2週間後。対人恐怖症気味だった状況もかなり改善されてきた頃、理事長室で事務仕事をしていた俺は村山先生から臨時教師を頼まれていた。

 

「ああ。数学の鍋山先生が盲腸でしばらく出てこられないみたいでな。今いる数学の教師陣である程度の穴埋めはできたんだが、どうしても埋まらない箇所があってな」

「なら、他教科の先生方に頼んで自習にすればいいのでは?」

「そうもいかないんだよ。テスト範囲に追いついていないから、どうしても間に合わせないといけないんだ」

 

詳しく聞くと、どうやら鍋山先生は良いのか悪いのか綿密かつ余裕無く授業計画を立てていたために、少しでも狂うと立て直すのにかなり苦労するようだ。生徒にじっくり教える分、時間に余裕が無いのだ。

 

俺は返答に困って同じく事務作業をする理事長の方に視線を向けた。

 

「理事長。どうしますか?」

「いいんじゃないか?折角だ。今後も同じような事が起こり得るから、今のうちに経験しておくのもいいかもしれない。俺は一向に構わん。盛大にやりなさい」

「……」

「勿論授業内容やその他諸々は我々がサポートする。頼む」

「……わかりました」

 

 

・・・

 

 

「え?あんたが臨時教師?」

「ああ」

 

その日の夜。実家で臨時教師になったことを話すと、お袋は驚いて箸で持っていた唐揚げを落とした。

 

「お兄、授業できるの?」

「たぶん。一応……教員免許は持ってるし」

「ふーん……でも、お兄昔っから勉強教えるの上手いし、何とかなるんじゃない?」

「だといいんだけど」

 

結の言葉に俺は渋い顔をしながら漬け物を囓る。俺が最後に臨時教師として教壇に立ったのは中央トレセンでも一度きり。その前は教育実習まで遡る。そもそも全国レベルの誹謗中傷に晒された俺が授業したらどうなるのかも未知数だ。

 

俺は早々に夕食を食べ終えると自室に籠もって教師陣から貰った数学の学習指導要領と教科書を見直しはじめた。今回俺が受け持つのは中等部2年の数学で、全部で3回ある。内容自体は簡単だが、教えるとなると話は別だ。相手にわかりやすく伝わるように教えるのは難しいのだ。おまけに居眠りや私語、内職(授業以外の作業。例えば宿題やスマホ)などもある。それを上手く指導する必要も有るのだから、教師とは大変だ。

 

 

・・・

 

 

「……緊張するな」

 

数日後。俺は教室の前に立っていた。今日が園田トレセンでの初授業。室内でも黒いサングラスをした俺に、廊下を歩く生徒達は不思議そうに見てくる。それがまた緊張する。

 

「よし」

 

意を決して俺は教室のドアを開けた。まだ始業3分前だから生徒達が雑談をしている。俺は教壇に上がるとクラスを見渡す。今日このクラスは欠席者は無し。今のところ早退者の話も聞いてない。

 

俺はしばらく教室の様子を眺めていたが、やがて始業のチャイムが鳴った。それと同時に騒がしかった教室が一気に静かになり、生徒達が席に戻っていく。全員が席に着いたのを確認し、日直が号令をかける。

 

「起立。礼」

「「お願いします」」

「着席」

 

思わず俺も生徒達が礼をするのにつられて礼をし、更にお願いしますとまで言ってしまった。が、そんなことは気にせず、授業に入る。

 

「えー……鍋山先生の代わりに臨時で授業をすることになった伊丹です。よろしくお願いします。僕に関する質問は授業の後で受けるので、早速授業に入っていきます」

 

序盤。間違いなく質問攻めに遭い時間が削られることを見越した俺は先手を打った。俺の言葉に、早速何か聞こうと手を挙げかけていたウマ娘達が一斉に手を下ろす。どうやら上手くいったようだ。

 

その後は特に問題なく授業が進んだ。途中居眠りをする子もいたが、一度起こしたらその後は寝なかったから、割と聞き分けのいいクラスなんだろう。

 

「伊丹さん」

 

授業を終えると、俺はそそくさと教室を後にしようとしたが。生徒達に行く手を遮られた。

 

「伊丹さんって中央のトレーナーだったんですよね?」

「あ、あぁ……」

「どんな方を担当していたんですか?」

「え、えっと……」

 

どんどん人だかりになっていく。周囲を囲まれる。

 

「ねぇ、あの不祥事って本当なんですか?」

「あ、う……」

 

不祥事という言葉に、血の気が引いていく。怖い。段々質問の声が聞こえなくなっていく。次第に俺は意識を失った。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「……」

「ねぇパーズ。今日暇?レイとケーキ食べに行こうと思うんだけど」

 

授業が終わって片付けをしていると、友達のサドンアタックとソーラーレイに声をかけられた。家が近所だから、子供の頃からずっと一緒に行動している。

 

私はしばらく悩んだ後、手を横に振った。

 

「ゴメン。今日はちょっと用事があるの」

「えーそうなの?」

「まーた懲りずに公道レースに行くの?」

「違う違う」

 

サドンの言葉に、私は苦笑する。前回の生徒指導の後、実家に呼び出された私は両親とお姉ちゃんに死ぬほど怒られた。今度何かやらかせばお小遣いが月1万から500円にされ、おまけに強制的にお姉ちゃんの担当にさせられる。姉妹でトレーナーと担当の関係なんて、死んでも嫌だ。

 

園田トレセンのトレーナーは若い人ばかり。ベテランがほぼいない。優秀なトレーナーは既に多くの担当を持っていて中々入れないし、私の場合は『お姉さんに見てもらえば?』と言われて断られることもあった。

 

選抜レースでいい結果を出せば優秀なトレーナーからのスカウトも来るのが普通。でも、私の場合お姉ちゃんがいることと『才能を潰しかねない』とトレーナー達が及び腰になって1着でもスカウトに来ない。だから決まらない。それでも中央で走ったお姉ちゃんの影響か、ひたすら期待する声は大きくなってくる。でもトレーナーがいないと本格化してもレースに出られない。『お姉さんと違って気性難じゃないか?』という無責任な噂が立ったりもした。それが私をイラつかせて、何時しか憂さ晴らしに公道レースをするようになった。今では度重なる門限破りとかで素行不良で気性難のレッテルを貼られているらしい。

 

「……」

 

2人と別れて、私は図書室に向かう。生徒指導の後、私は図書室で勉強をするようになった。怪我をしにくいフォームの研究や、効率のいい柔軟体操。様々な距離のレースの走り方を勉強している。

 

ここまでするようになったのは目標ができたからだ。お姉ちゃんを超える。中央の重賞レースで姉の為し得なかった1着になる。それが私の目標だ。でも……

 

「トレーナー、見つからないなぁ……」

 

肝心のトレーナーが見つからない。思い切って何人かのトレーナーに声をかけたけれど、答えは『NO』。理由は素行不良が一番多かった。『今いる子を公道レースに引き込まれちゃたまらない』と言われたりした。今までの行いが今になって返ってきている。

 

あの人は評判的にダメ。この人は拒否されたと頭の中にあるトレーナーリストに×印を付けていると、まだ声をかけていないトレーナーも僅かなことに気付き、肩を落としながら図書室に向かっていると、2年の教室前で何やら騒がしい声が聞こえてきた。気になった私は、近くにいた生徒に声をかけた。

 

「何かあったんですか?」

「さっきそこのクラスで臨時教師をしてた伊丹トレーナーが倒れたのよ。質問攻めになって、パニックになったみたい」

「え……」

 

騒ぎの中心の方を見ると、顔を真っ青にした2年生達が村山先生をはじめとした教師陣から事情を聞かれているところだった。まさか質問しただけで倒れると思ってもみなかったのだろう。

 

伊丹トレーナー。お姉ちゃんの中央トレセン時代にトレーナーだった人。生徒もトレーナーも猛者揃いの中央では目立たなかったみたいだけれど、最近誹謗中傷の所為で園田トレセンにやって来た、所謂『都落ちトレーナー』だ。普通なら都落ちトレーナーは地方でも人気はそこまで高くない。何かしらの不祥事などで中央から追い出されたりしてやって来ることが多いからだ。でも、伊丹トレーナーの場合は謂われのない誹謗中傷でだから、担当を希望する子は意外に多い。でも、伊丹トレーナーはまだ誰も担当にしていなかった。

 

「……そうだ」

 

こんな時にだけれど、私はあることを思いついた。

 

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