20240804一部修正
誰かがすぐ近くで泣いている。
おいてかないで……ひとりぼっちなんていやだよぉ……
男の子か女の子かも判別のつかない、幼い声。
まってよ、まってよぉ……っ
遠く近く繰り返される、胸を打つような悲痛な声。
その片方が、いつかの自分だと気づいたとき。もう片方が知らない女の子の声だと気づいた。
おいていかないで!
「……っ!あ……夢、か?」
やけに生々しい夢だったと汗を拭う間もなく、町に一つしかない鐘の音が鳴った。早朝六時。もう顔を洗って動き出さなきゃならない時間だ。ぱっと頭に浮かんだやるべきことに、俺は慌てて背中を起こした。
「おっと!ぼけっとしてる場合じゃなかった!」
ついこないだの誕生日で15になって、世間的にも何とか一人前として認めてもらえる年になったのだ。なるだけミスはしたくない。自立した大人になる、それが当座の目標なんだしな。
5つの頃から一人で暮らしてきた俺に家族と呼べる存在が出来たのは11の時で、まだ4年しか経っていない。けど、複雑な事情で俺と暮らすことになったナチねぇはそれからずっと、まるで母さんか姉さんのように俺のことを見てくれている。それまで甘ったれる余裕もなく、そもそもそんなの許されていなかった俺にとっては結構こそばゆくて、最初のうちはふわふわした気分になるばかりの毎日だったけど……よくよく考えてみれば実際、ガキ一人で出来ることなんて限りがあるもんな。人生には不測の事態ってのが付きもんだし、もしナチねぇがいてくれなかったら大人になるどころかそれ以前に……
イヤな想像が過ぎていったことに上着をひっつかんで頭から被っていた手を止めて、俺はぶるりと身震いをする。
まあでも実際、そうはなってないわけだし、別に身寄りがないってわけでもない。一人暮らしが始まる前の俺には、確かに家族がいたのだ。母さんと妹のエリカ、それと……クソ親父。だけど、母さんとエリカはまだしも、クソ親父を家族と言うのだけは今となっちゃ願い下げだ。あんなやつ家族なんかじゃない。あんなやつ知ったこっちゃない。今は、今の俺の家族はナチねぇだけだ。だから早く自立した大人になって、ナチねぇに迷惑かけないようになって。そして絶対、俺が……
「おーいっ!おっきろーっ!!」
と、物思いに耽っていたところにやかましい声がして、窓から顔を出してみれば、幼馴染のルシアンとリシェルが宿屋の前に突っ立っているのが見えた。
「やめなよ姉さん、そんな大声を出したら近所迷惑だってば」
「は?なに言ってんのよ。ここは町外れにある一軒屋、迷惑かけるご近所なんてないじゃない?」
「そうかもしれないけど……」
「いいの!起きろ起きろーっ!ライ、朝だぞーっ!」
まったく朝からやかましいことだ。リシェルの明るさは、嫌いじゃないけどな。
「……ったく、起きてるって!今、出て行くからちょっと待ってろ!」
見下ろす先に向けて渋々といった様子を装いながら俺は声を張り上げる。まあ、ナチねぇが出張中じゃなかったら、軽くこづいてやるとこだったけどな?
1:流れ星、拾っちゃいました
「おはようライさん」
「おう、ルシアン。おはよう」
いつまで寝てんのよ、と早速突っ込んできたリシェルはじっとりした目で俺を睨んだ。
「起きてたっての!そりゃまあ、変な夢見たせいで寝坊気味だけどさ」
「ナチさんがいないからって、気が緩んでるんじゃないの~?」
う、痛いところをついてきたな。まあ、ナチねぇがいないと多少やる気が失せるのは厳然たる事実だが。
「それでも十分早起きしていることに変わりないだろ?」
「だよねぇ、外もやっと明るくなったばかりだし」
からかうような笑みのリシェルに堂々と腕を組んで言い返してやれば、思いがけないアシストが入る。フォローさんきゅな、ルシアン。声には出さずに感謝の念を抱くが、それを聞いてか聞き流してか、またもやいつものリシェル理論が勢いよく展開されていく。付き合いきれずに聞き流していたけれど、いきなり耳を掴んで引っ張られた俺は堪らず声を上げた。
「あででっ!抓るんじゃねーよ!」
「そもそもあたしが幼馴染のよしみで起こしに来てあげてるんだから、感謝しなさいよね」
「別に誰も頼んでねーよ……」
正直なところ、その気遣いは大きなお世話というもので、ナチねぇとの朝の時間を楽しめない点では不満を抱いているのだが。そこは大人しく黙っておく。流石に言っていいことと悪いことは分かっているつもりだしな。
「なんか言った?」
「別にぃ?」
「まあまあ、二人ともケンカはやめようよ。それより、ほらお手伝いしよ?」
仲裁役がうまいルシアンのおかげでようやく本題に戻れそうだ。
「確かに。いちいち相手してたら昼の仕込が間に合わなくなっちまうしな」
気を取り直して深々と頷き返してみれば、むきぃーっ!と腕を振り上げてあからさまに怒りを表すリシェルだが、その拍子に腹の音が鳴る。
「あ、あはは……」
「なんだよ。お前らまた朝飯食わずに来たのかよ?」
呆れ交じりに言えば、リシェルは照れ隠しなのか、必要以上に声を張り上げて怒鳴ってきた。
「し、しょうがないじゃないのよ!?みんなが起きる前に抜け出してやってきてるんだからっ!」
「ばれたらきっと大目玉だもんね」
ルシアンまで気恥ずかしそうな顔をして言ってくれるが、ったく、こいつらときたら……ますます呆れてしまいながらも頬が緩んでしまうのを抑えきれずに俺は返す。
「しょーがねえなぁ。なんか作ってやっから、ついでに食ってけよ」
仕方ないとばかりに言えば、途端に歓声を上げ盛り上がる二人だけど、俺はそれとなく白い目を向けてしまう。おいおい、わざとじゃねえよな?
「とりあえず。今日の分の食材をとりに行って来ないとな。ほれ、行くぞ?」
「おーっ!」
早朝の街中は人気もなく、静かなものだ。澄んだ空気の中、小声で他愛ない話をしながら歩いていると、溜め池沿いに見慣れた人影を見つけた。グラッド兄ちゃんだ。
「いよう、悪がきども!今日も三人おそろいだな」
「おはよう、グラッド兄貴」
朝の見回りかと聞けば、群青色の頭を大きく縦に振って頷いた兄貴は誇らしげに胸を張ってみせる。
「三度の見回りは駐在兵士の日課さ」
朝からご苦労様です、と頭を下げるルシアンの傍ら、大した事件も起こりそうにないのに大変よね、とリシェルが指摘すれば、石畳に槍を突き立てながら兄貴は苦笑をこぼした。
「それを言うなって。平和なら平和で結構なことじゃないか」
言い含めるように兄貴が言うが、確かにその通りだ。うんうん同意を込めて俺が頷き返していると、リシェルが歌うように言葉を連ねていく。
「人生平穏が一番!こつこつ働きながら全うに生きる!それが自然な姿なんだ。……あんたのこだわりは強いわねー」
「むっ……」
そんなに連呼していた覚えは無いが、よく覚えていたな。からかうような口調で俺へと視線を寄越したリシェルがやれやれとばかりに首を振る。
「私に言わせれば、なにまあ年寄り臭いこといってんのよってとこね。若者には常に刺激が必要なの!どきどきはらはらの一つもないままじゃくすぶっちゃうわよ!」
「お前の場合は常に火の勢いが強すぎて焦げ気味なんだよ。後始末するこっちのことも少しは考えろよな?」
上手いこと言い返してやれば、むきぃーっ!とまたもや憤り始めたリシェルに、兄貴が朗らかに笑ってみせた。
「まあ退屈だからって、妙な騒ぎを起こすのだけは勘弁しろよ?数少ない事件の火元は大抵お前ら三人だったりするんだからな」
「ちょ……っ、それはリシェルがいつも暴走」
「連帯責任だ!」
びしりと言い放ってくれたが、その言葉は大分卑怯だ。三人組としての自覚もある分、もごもごと口ごもってしまえば、兄貴は不意に真面目な顔を作って俺たちを見下ろした。
「リシェルももう少し自分の立場ってもんを考えたほうがいいぞ?ポムニットさん、いつも謝ってばかりで可哀想だろ?」
「……ふんだ!」
一発で機嫌を損ねたリシェルがとっとと立ち去ろうとばかり、腕をぐいぐい引っ張ってくる。
「ちょっ、引っ張るなってリシェルっ!」
「ライ!お前も騒ぎを起こせばナチさんに心配かけるってこと覚えとけよー!」
逃げ出すようにその場を後にした俺たちを追っかけてきた声は、それでもこっちを気遣う色合いばかりだった。
大通りを避けて、町中に張り巡らされた水路沿いに下っていけば、普通の民家よりひと際大きなミント姉ちゃんの家に出る。まだ膨らみかけの薔薇のつぼみが絡まるアーチをくぐって敷地に入っていけば、姉ちゃんはちょうど野菜に水をやっていたようだった。
「おはよう、ミントねーちゃん。今日の分の野菜、貰いにきたぜ」
「おはようライ君。リシェルちゃんもルシアン君もおはよう」
さらさらした金髪をなびかせて顔を上げたミント姉ちゃんはおっとりした笑顔を浮かべていて、自然とこっちも和やかな気分になる。オヤカタがいつものようにムイッ!と元気よく鳴けば、リシェルもうりうりぃなどと言いながらオヤカタを構うのに夢中になった。なんだかんだで仲がいいよな、こいつら。
「お野菜はいつものように水場で冷やしておいてあるからね」
「どれどれ……」
しゃがみこんで軽く触ってみると、瑞々しい野菜たちは種類こそ違うがどれも出来が良さそうだ。特に葉野菜の出来がいいな、と呟けば、ミント姉ちゃんは弾んだ声を上げた。
「でしょでしょ?自分でも大成功かもって思ったんだ。土を研究した成果がようやく出てきたみたいなのよねえ」
感慨深そうにしきりに頷くミント姉ちゃんに、ルシアンも釣られたように微笑みをこぼしている。土いじりが大好きと言って憚らない姉ちゃんの性格は、俺たちにとっては周知の事実だ。いろんな世界の植物を研究することを一生の職と決めている姉ちゃんの姿はリシェルには眩しく映っているようで、あたしのパパとは全然違うんだもんなぁ、と複雑そうに呟いている。まあ、そこんとこは知識の探求を主とする蒼の派閥、利益の追及を主とする金の派閥の違いなんだろう。リシェルとミント姉ちゃんの会話が続いているのを横目に、今日の野菜をせっせと布袋に詰め込みながら俺はぼんやり考えた。
そういや、ナチねぇも金の派閥に属してるってことになるんだよな?仕事を貰ってるのは金の派閥らしいし、だけど姉ちゃんは元々蒼の派閥に縁が深いようだけど……
ずっしりと袋が重くなったところでそんな思考を振り払った俺は、立ち上がって二人を呼んだ。
「おーい、二人とも!ぼけっとしてないで運ぶの手伝えって!」
「うるさいわねえ!偉そうに命令しないでよね!」
いつのまにか不機嫌に戻っていたリシェルだけど、これもいつものことだ。ケンカしちゃダメよ、と嗜めるミント姉ちゃんに俺は頷きながら返す。
「わかってるって。それよかさ、例の野菜の新作メニューかなり評判いいぜ?」
「うふふ。それじゃもっとがんばろっかな」
「それとこないだ話してたクレソンっぽい植物あっただろ?あれ、ナチねぇが詳しく知ってたから今度詳しいこと伝えに来るってさ」
途端みるみる明るくなる表情には、喜色満面って言葉がぴったりだ。
「ほんとに!?やったぁ、ライ君ナチさんありがとう~!楽しみに待ってるね!」
宿屋のお仕事頑張ってねー、と大きく手を振って見送ってくれるミント姉ちゃんに手を振り返すと、俺たちもやって来た道をすたこら戻るのだった。
軽い掃除が終わって木製のシャッターを上げたところで、ようやく朝食作りを開始する。なにせもう二人とも待ちきれない様子だしな?
「すぐに作ってやるから机を叩くなよ」
ばしばし机を叩いて行儀悪く催促しているリシェルをルシアンが嗜めている様子に苦笑をこぼしつつ、超特急で作った飯はあっという間に二人の胃袋に収められていった。
「うっし!」
そこまでの遣り取りで呆れや不満はあっても、美味そうに食ってもらえるとついつい笑みがこぼれちまうのは料理人の性だろう。あんたって本当に料理上手よね、と感心する言葉と眼差しを受けて少しばかり照れつつ、俺は片手をひらりと振った。
「誉められるようなことじゃねーよ。俺にとっちゃメシは自分で作るのが当たり前だったしな。どうせならうまいもん食いたくて自然に上達しただけさ」
「それでも、町の人たちも美味しいっていうほどの料理が作れるなんてすごいよ。お昼時はいつも満員だし」
謙遜してみたところでルシアンの褒め上手は相変わらずだ。こそばゆい気分に視線をふらふら迷わせてしまう俺へと、リシェルが不思議そうに尋ねてくる。
「でも、ナチさんがいたんだから作ってもらったりしなかったの?もしかして、あの人、料理は下手だったり?」
「いや。なんつーか、そこまで頼っちまったら一応宿の主人としてだめだろ?だからさ」
「ふーん……そういうもんなの?」
嘘だ、ただ俺がナチねぇの料理を他のやつらに食わせたくないだけだ。あんまり子供じみた理由だからつい誤魔化しちまったけど、それで納得してくれたらしいリシェルの追求が止んだことにほっとする。少しばかりの罪悪感に胸の中で手を合わせておくが、ナチねぇの料理がすっごく美味いことを自慢できないのはちょっとばかり残念なような嬉しいような、いつも複雑な気分になる。
「それとさー、今日も泊まり客いないのね」
「うぐ……仕方ねーだろ?立地条件が悪いんだ。こんな外れの店より商店街にある方が便利なんだしな」
肝心の泊まり客がいないのは宿屋の懐的にかなり痛くはあるが、とりあえず昼時の客だけでもがっちりキープしとかなきゃな。今更な事実を噛み締めつつ料理談義を続けていると、突然ドアが忙しなく連打された。騒がしい足音が乱入してきたと思えば、見慣れたメイド服に白いフリルのカチューシャ、リシェルのお目付け役のポムニットさんだ。
「見つけましたよぉっ!お嬢様っ、お坊ちゃまっ!!」
眉をきつく吊り上げ怒り心頭といった表情のポムニットさんからは妙な気迫が漂って、げ、という顔のままリシェルとルシアンはずんずん詰め寄られていく。
「朝っぱらから勝手にお屋敷を抜け出した挙句によそ様のいえでご飯をいただいちゃうとは何事ですか!?」
「いいじゃん、別にぃ」
「よくありませんっ!」
唇を尖らすリシェルの言葉を一刀両断、厳しいお小言が矢継ぎ早に繰り出される。
「だいたいなんですか、その格好やら下品な言葉遣いは?この町の名士であるブロンクス家のご息女らしく……」
「もーっうっさい!ポムニットには関係ないでしょ!!」
「関係なくないです!」
もはやこれは怒鳴り合いに近い。きゃんきゃん言い合いながらマシンガントークを繰り出そうとしたポムニットさんはついに息継ぎを忘れ、激しく咳き込んでしまった。ああもう、見ていられない。コップに水を注いだ俺はポムニットさんの前に差し出しながら声を掛けた。
「ったく、怒鳴り慣れてないのに無理するからだって。ほら、水のめよ?」
「……ぷはーっ、ありがとうございます、生き返りました……っじゃなくて!ライさん、貴方もどうして止めてくれないんですか!」
「お、オレっ!?」
なのに急に矛先が向いて目を白黒させていると、ポムニットさんはこくこくと大仰に首を振ってみせた。
「そうですよ、貴方が言い聞かせてくれればお二人ともちゃんと分かってくださるのに……なのに……うっうっ」
感情が高ぶるあまりか、いよいよ泣き出してしまったポムニットさんに今度慌てたのは俺たちの方だ。皆で慰めに回ったけれどさめざめとした声は一向に止まらない。
「ナチさんも止めてくださいませんし……私ばかりが空回り……うっうっ」
「ああ、ナチさんは複雑な立ち位置だもんね。だからどっちの味方もできないのか」
なるほど、と呑気に手を打ったルシアンの声をポムニットさんの激しい泣き声が掻き消していく。
「お願いですから、私の立場も考えてくださいまし。えうううっ……」
その悲痛な訴えが効いたのだろう、この場の軍配はどうやらポムニットさんに上がったようだ。渋々と席を立つリシェルたちに安堵の表情を浮かべるポムニットさん。後はこのまま、バレないうちにリシェルたちが屋敷に戻ったら一件落着だったんだろうけど……
「そういうわけにはいかんぞ!」
げ、オーナー……。予定調和をひっくり返して現れたオーナーの厳しい顔つきに、俺の頬は知らず引き攣った。いつの間にか玄関口から入ってきていたオーナーはポムニットさんと二言三言交わすと、ぎろりと眼光鋭くこっちを睨みつけてくる。
「ライ、お前、何様のつもりだ?雇われ店長の分際でうちの娘らに仕事を手伝わせるとは職務怠慢にもほどがあるのではないか?ん?」
言い返せない俺に代わってリシェルが食って掛かるが簡単にあしらわれてしまい、矢のような視線は再び俺へと突き刺さる。
「これは雇い主と雇われ主の会話だ。お前と娘たちが幼馴染なのはわかるが、だが馴れ合いは困る。宿を任せるときにそう約束しただろう?」
「悪かったよ……」
馴れ合いは困る。その言葉があったから、どんなに辛くても誰にも言わずにいたことがたくさんある。けれど実際、その指摘はもっともだ。
「なんだその言い草は。不満があるのか?」
「いいえ……」
オーナーは正しい。赤の他人である自分に対し、義理も情けも掛ける必要はないのだから圧倒的な正しさだ。頭では分かっていつつも悔しさを押さえきれずにいると、一番聞きたくない言葉が降ってきた。
「ふん。態度の悪さはやはり父親譲りだな。親子揃って本当に」
「あんなやつと一緒にするな!!!!!」
かっと頭に血が上るのは一瞬だった。オーナーが最後まで口にする前に、気付いたら遮るように声を上げていた。
「あんなやつ、知るもんか!俺はあんなやつとは違う、関係ない!あんな、ろくでなしのクソ野郎とは違うんだ!!」
込み上げる勢いそのまま粘ついた感情を一気に吐き出せば、腹の底から息を押し出しきってしまったようで、俺はぜいぜいと荒い呼吸を繰り返した。ああ、やっちまった。マグマが噴き上げるような俺の剣幕を目の当たりにして皆、声もなく静まり返っている。しんとしてしまったその場の空気を破ったのは、気を取り直したらしいオーナーだった。
「……ふん、まあよかろう。そこまで言うのなら働きによって証明してもらうことにしよう。帰るぞ、リシェル、ルシアン!」
足音も荒く去っていった背中に声を掛ける気力もなく、俺はその場で力なく項垂れた。自分以外誰もいなくなった空間はがらんとして、どこか寂しい。それでも今ばかりはこの静寂が有難かった。
「……さて、と!仕事だ仕事!」
気まずさを振り払うように気合を入れて声を張り上げる。俺は勢いよく頭を振って、両手でぴしゃんと頬を叩いた。
やっちまった分は一生懸命頑張って取り返していくしかない。一人前を目指すならそれくらい当然だ。だけど、やっぱり、思うことはある。
「……早く、ナチねぇ帰ってこねぇかなあ」
混雑する昼時の注文を捌きながらも思い浮かべてしまうのは、ここにはいないナチねぇの顔ばかりだ。
「はあ……」
途中まで一人で暮らしてきたといっても、子供は子供。最初から何もかも一人でやれてたわけじゃない。口ではぶつぶつ言いながらも面倒を見てくれたリシェルの親父さんがいなかったら、俺はここにいなかっただろう。実際、親父さんのおかげでナチねぇと暮らせているわけだし、感謝はしているのだ。俺が仕出かしたことの責任をナチねぇに要求することもないし、憎たらしいあのクソ親父の子供である俺に対しても公私の区別をはっきり付けてくれるのだから、いくら頭を下げたって足りやしない。そういうところがはっきりしてて……本音を言うと、オーナーみたいな人が親だったらまだ良かったのになって思ったこともある。けれど、それでもだ、と俺は唇を引き結んだ。
今の俺には夢がある。俺の夢……それはこの宿をきちんと切り盛りし、じいさんになるまで全うに生きること!ナチねぇを支えられるだけの立派な男になって、ずっとずっと一緒に生きていくこと!
後者はともかく前者なんて、退屈で年寄り臭いとリシェルに呆れられるかもしれないけど、俺はソレでいいと思っている。地に足をつけた生き方が出来てこそ立派な大人だ。誰かを支えるには、自分がちゃんと立ってないといけない。そうだ、俺はあんなやつみたいな、身内を軽々と放り出しちまうような無責任な生き方だけは絶対にしない!
そうして昼時を抜けてしまえば、さっきまでの喧噪が嘘だったかのように静かになった。ぽっかり中途半端な時間が空いた時、消耗品の買い出しついでに足を運んだのは町のはずれ、宿屋から北側にある今はドブ池になってしまった泉のほとりだ。見るからに濁った水面の向こうには俺の母さんがいるらしい……夢を通じて盗み聞いた、親父の話だと。くすみきった鏡のように俺の顔をぼんやり映すばかりのドブ池だけど、そのことを知っているせいか、俺は少しだけこの場所を気に入っている。少なくとも母さんのことは恨んでいないつもりだから。
「ナチねぇが帰ってくるのは明日だったよな……」
嫌な思いしてないといいけど、大丈夫だろうか。あのミニスの奴がいるから平気だと思うけど……。悶々と考え出せば不安の雲が厚くなっていくようで、俺はぶるぶる頭を振った。
「あーっだめだだめだ!じっとしてると余計なことばっか考えちまう。身体でも動かして発散するか!」
店の裏手にこしらえた練習用のカカシ相手に剣を振るえば、自然と雑念は消えていく。
「たあっ!そりゃっ!でりゃぁっ!……おりゃああっ!」
最後の一撃を横薙ぎに払えば、ずっぱりとカカシの左腕を持っていってしまった。
「っちゃあ、また修理しなきゃなぁ……」
加減をしないといつもこれだ、やっぱり馬鹿力なのか俺?剣を鞘にしまってカカシの腕を拾いにいけば、どこからともなく拍手の音がする。振り返ってみれば、木立の陰から興奮に頬を染めたルシアンが出てきた。
「すごい、すごいやライさん!」
「お店ほったらかして稽古なんて、呆れるわね?」
おいおい、リシェルまで出てきやがった。驚きが顔に出てしまった俺が面白かったのだろう、朝のことを謝罪するために来たのだと言いつつ表情を緩めたリシェルは軽く肩を竦めてみせた。ここにはいないポムニットさんはと言えば、なんと店番をやってくれているらしい。店の内情をよく知られているとは言え、どうにも頭が下がってしまう。
「けどライさんはすごいよね。どんな武器だってすいすいって、器用に扱っちゃうんだもん」
リシェルが言うにはまだまだ剣に振り回されてるらしいルシアンがきらきら憧れのこもった視線を寄越してくるが、こんなの誇れることじゃない。俺は軽く肩を下げて返した。
「親父の奴にガキの頃から有無を言わさず仕込まれたせいだよ。相手が子供でも容赦しなかったからなぁ」
「その割にはいまも練習を続けてるじゃない?」
「ああ……いざって時に、守りたいものを守れないのはイヤだからな。それだけだって」
具体的にいうとナチねぇとかな。それに勿論リシェルたちも入っているが、とことん調子に乗りそうだからあえて黙っておく。
「ただ、召喚術は大したことできねえぞ」
「それでも全属性の召喚術が使えちゃうなんてやっぱりすごいよ」
どこまでも目を輝かせるルシアンと対照的に、俺のその言葉を待っていたのだろう。リシェルは薄い胸を意気揚々と張った。
「素質が無いのはどうしようもないものね。召喚術はやっぱ専門家である召喚師に任せとくものよ。あたしみたいな、ね」
「ナチねぇも、な」
普段あまり召喚師らしくないから忘れがちだが、ナチねぇも召喚師だ。釘を刺すように俺が付け足せば、そういえば、とルシアンが首を傾げた。
「ナチさんはいつもメイトルパの召喚獣と一緒だけど、専門はサプレスなんだっけ?」
「え、そうなの?なによそれ、どっちも極めてるなんてズルいじゃないの」
またもや賑やかになってきた二人を前に、俺はと言えば呆気にとられたような心地で瞬いた。
「ルシアンのいうとおり、ナチねぇの専門はサプレスだ。けど、どこで知ったんだ?」
「あー……うん、今度話すね。情けない話だから」
どんな話があったのか気になるところだが、恥ずかしそうに視線を逸らしてしまったルシアンにそれ以上の追及はできない。そう結論は出終わってるのに、どうにも気になって浮足立ってしまうまま口を開こうとしたところだった。同じくどこか落ち着かない様子だったリシェルがルシアンを押しのけ、唐突に話題を変える。
「ところでお店終わった後はヒマでしょ?散歩行きましょうよ散歩!町の外まで星を見に行くの!」
「なんでわざわざ?」
当然の疑問に対し、リシェルは待ってましたとばかりに断言した。年頃の乙女にはそういう気分の時もあるのよ、と。なんだそりゃ、と思ったことは否定しないが、その誘いが嬉しくなかったと言えば嘘になる。なんだかんだでこいつらと出かけたりするのは久しぶりだし、ナチねぇがいない退屈をどっかにやりたかったし、ちょうどいい誘いだったのだ。それだから必要以上に深掘りすることもなく、俺は二つ返事で提案に頷いた。どうせ今夜も大したお客さんはこないだろうしな……
そうして、いつもより早めに店閉まいをしてしまうと、念のために使い慣れた刀と剣を腰に差して家を出る。夕暮れを過ぎた西の空がうっすらと明るい群青色に染まり始めていて、何となく面白いことに出会えるような予感があった。
「いい風が吹いてるね~……」
穏やかな風に青草の匂いがうっすらと混じる。ひやりと冷たい空気を深々と吸い込めば、背筋がぴんと伸びるような清々しさがあった。茜色に染まった街道をのんびりと歩きながら思い出話をしていると、何だか昔に戻ったような心地がする。雑談の内容はいつの間にか最近のことに移り変わって、互いの愚痴の聞き合いみたいになっていた。
「確かに、店を任されてから外をぶらつく回数も減ったよな。仕事だからしゃあないって思ってるけどさ」
「けど、あんまりじゃない。あたしと一個しか年も違わないのに」
「まあ、俺は現状がそんなにいやなわけじゃねーし、気にすんなよ。全部あの親父のせいなのはむかつくけどさ」
とりとめもない会話をあっちこっちに寄り道させながら歩くだけで何だか楽しい。頭を使うことなく気楽なおしゃべりをする機会も今となってはあまりないから、余計にそう感じるのかもしれない。呪いの腕輪の話で盛り上がった時にはそれらしく話を盛っちまったけど、やりすぎだったかね?実はとっくの昔に腕輪の正体に気づいているし、自由に外れるようになってるんだが……そこを話すと長くなるからな。そうやって星見の丘に辿り着いた頃には三人とも話し疲れて、すっかり喉がからからになっていたけれど。空を仰いだところで揃って感嘆の息をこぼしていた。
「うわあ……すごい星……」
「だだっ広いところで見ると迫力が全然違うもんだな、吸い込まれそうだぜ」
歩いてるうちに少しずつ薄暗くなって夕焼けの切れ端も見えなくなっていたけれど、おかげで俺たちの頭上には満天の星空が広がっていた。大きく頭を後ろに倒していくほど、数えきれないほどの星の光が飛び込んできて、いくつもの溜め息がこぼれ出る。ああ、来てよかったな。素直な気持ちをつい口に出していれば、リシェルが照れと満足が入り混じった笑みを浮かべるのが見えた。本当にこいつは……やり方が不器用なんだよな。
「ありがとな」
「あっ、あたしが来たかっただけなんだから!あんたはついでのオマケなんだからね!」
「へいへい……」
心地よい夜風に包まれて、気心知れた幼馴染ふたりと一緒に満天の星を眺めていると、何だか物凄く贅沢な気分になってきた。心の底から満たされてるような……ふわふわして温かい気持ちが込み上げてくる。まだまだガキでしかない自分への苛立ちとかやりきれなさだとか、そういうのに落ち込んでいたのが馬鹿馬鹿しくなってきて、俺はそっと目を眇めた。このままの毎日が、ずっと続いていけばいいのにな。
「あっ、流れ星!」
「すごいわねー!!」
ひゅんひゅんと異様な量の流れ星が空を駆け抜け始めると、誰からともなく歓声が上がった。初めて見る光景に興奮と期待で胸が高鳴ってしようがない。確か、前にナチねぇから聞いたことがあったような……
「もしかして、流星雨ってやつなのか?」
「あんたよく知ってたわね。それにしてもきれいねえー……」
呑気な言葉を交わしていた俺たちだったけど、それも流れ星と共に落ちてきた衝撃音がその場に響くまでだった。ひときわ目を引く大きな流れ星が夜空を横切っていった直後、地響きのような強烈な振動を足元に感じて唖然と目を丸くしてしまう。まさか、と夢中になって落下予想地点へと走っていけば、抉れた大地の中心に光る卵が埋まっていた。あんなもの見たこと……あるやつなんているわけがない。虹色に輝く卵に魅せられるかのように三人揃って近づいたところで、はっとルシアンが叫んだ。
「流れ星なのに卵っておかしいよ!?」
「そうね……」
「そうだな……」
だが、それじゃあ、アレは一体なんなのか。我に返った俺とリシェルは、お前が確認して来い、という目配せを交わしあった。もちろん大人しく従うタマじゃないのはお互い様というもので、軽い口論になるのも予定調和というやつだ。しかしこういう場面で実行役になるのはいつも決まって俺であり……
「あんたは身も軽いし、降りるのも楽々でしょ?」
「……よーし、確かめてやるよ」
やっぱり今回も俺が実行役になってしまう。でもま、まさか動いたりするはずはないだろうし、と不安と緊張に高鳴る心臓を宥めながら近寄ったそこで俺は目を疑った。
卵に、ヒビが入ってる。
それが何を意味するか、考えつくよりも事態の展開は早かった。ぱきんと軽い音が響いて卵が縦に割れ、何かが飛び出し、飛び出した何かから昼間みたいな明るさの光が放たれる。周囲一帯が真昼間になるような明るさに目が眩むけれど、それも一瞬。光が収まったときには、そこには不思議な生き物がいた。仄かに発光を繰り返すそいつは見た目からして……
「まさか竜か!?」
「なんですってぇっ!?」
ひとしきり慌てふためいた俺たちが、というかリシェルの出した結論は、子供の竜に接触を試みる、だった。
「ちちちっ……おいでおいでーっ」
「お、おいっ!?」
何か危険なことがないか心配したのも束の間、竜は無邪気な子供のようにリシェルに甘えてきた。とりあえず警戒する対象じゃあ無さそうだ。注意深く様子を見守っていた俺がそっと息を緩めた先で、リシェルはまるでオヤカタでも相手にするように竜の子をくすぐっている。本当に怖いもの知らずだな、こいつは。それとなく剣の柄に伸ばしていた手を引っ込めて頬をかいた俺に、ルシアンがわくわくした様子で振り返った。
「ねえねえ、この子、オスかなメスかな?」
「さすがにわかんねぇよ……」
むしろ分かるやつがいたら凄いと思うぞ、俺は。
そのまま数分が経ったあたりで竜の子の放っていた光がさらに落ち着いて、体色らしい緑がかった色も見て取れるようになった。つるりとした体表に触れてみれば意外と暖かく、子供体温という単語が頭に浮かぶ。そうだ、こいつは生まれたばかりの子供なのだ。となれば次に始まったのは、一体この竜をどうするかの話し合いだった。
「連れて帰るべきよ!」
「ってもなぁ……」
「ほっぽっといたら可哀想じゃない!」
そんな白熱する議論を交わしていた俺たちだったけど、意見の対立に終止符を打ったのは予想外の存在だった。ぴり、と肌がざわつくような不穏な空気、何かを悟った竜の子の甲高い鳴き声。それを合図に鋭く振り返った先には妙な甲冑に身を包んだ男たちの姿があった。丘向こうへの道を邪魔するように立ち塞がっている数人の連中の中から一人、前に踏み出した男が俺たちをじろりと見据える。
「その竜の子をこちらに渡してもらおうか。それは我らのものだ」
高圧的な態度で要求を突きつけてくる男たちの眼光はいやに鋭い。ただ者じゃあなさそうだが、少なくともこれで物取りの線は消えた。俺に対する私怨も消えた。不穏な自己紹介どおり、この竜を狙ってやってきた招かれざる不届き者のようだ。静かに緊張を高めていく俺とは対照的に、リシェルの短い導火線に火が着くのは早かった。
「ちょっとちょっと、急にやってきて何言ってんのよ」
その通り、前置きもなしにいきなり渡せだなんていわれて素直に頷くやつはいない。リシェルが攻撃的な口調で言い放ち、俺が援護射撃とばかりに似たような言葉を並べると、男たちは無言のまま剣を抜いた。威嚇のつもりか横薙ぎにひゅんと振り払いながら、ドスのきいた声を再び俺たちへと向けてくる。
「もう一度言う!その竜をこちらに渡せ!」
まさか、これで俺たちが従うと思っているのか?そうだってんなら、気に入らねえ。
「いやなこった!いきなり剣を向けてくるような相手の頼みなんか聞けるかよ!」
睨みつけるように言い返せば、空気が更に緊迫したものに変わった。先頭の男が顔色を変えることなく剣を振りかぶり、その切っ先は啖呵を切った俺ではなく、リシェルへと向かった。
「きゃああっ!」
間髪入れずに悲鳴が響き、きん、と高らかな金属音がひとつ。
「……」
リシェルと男の間に滑り込んで、振り下ろされた切っ先を手持ちの剣で受け止めていた俺は。
「な……っ!?」
滅茶苦茶に腹が立っていた。
「気にいらねえな……どんな理由があるか知ったこっちゃないが、力ずくで物事を押し通すやり方じゃ俺は納得できねえぞ!」
ぐ、と剣を振り払えば堪えきれずによろける男をきつく見据えて鼻を鳴らす。剣の柄を握り直して姿勢を正した俺を見て、男はばっと号令でも掛けるように叫んだ。
「……始末しろっ!」
苛立たしげに叫んだ内容は物騒極まりなかったが、相手の威勢を挫くように俺も勢いよく怒鳴り返している。
「やれるもんならやってみやがれ!」
相手はざっと4・5人ってとこか。暗殺者に多い短剣使い、武闘派の旅人や戦士に多い縦切りの剣使い、そしてあまり見かけない横切りの剣使い。大の大人複数人を相手にこっちは実戦経験のないリシェルたちを連れてだから心配だったが、案外何とかなるもんだ。ルシアンの剣術も訓練の成果がしっかり出ていたし、リシェルが持ち出してきた召喚術もこの上なく役立った。俺は悲しいことに野盗相手に剣を振るうことが頻繁にあるため、対処に苦戦することもなく。
「ちっ!出直すぞっ!」
やっぱり日頃の訓練ってのは大事だな。そんな感想を抱いている間にリーダー格の男が忌々しげに号令を掛け、闇に溶け込むようにして男たちは逃げ去っていった。
「イーッだ!二度とくんなっ!!」
舌を出しておまけにあっかんべえまでしているリシェルは戦闘時の高揚が尾を引いているのか、放っておけば塩でも撒き始めそうな勢いだ。
「いまの人たち、いったいなんだったの?」
「わかんねえよ。町の人間じゃないのは確かみたいだけどな」
リシェルとは逆に今になって恐怖が襲ってきたのか、恐々とした口振りでルシアンが呟いたけれど……何かしらの明確な答えを出して安心させてやりたいが、さっきの戦闘で手に入った情報なんてこれくらいしかない。俺が難しい顔をして答えていれば、男たちの去った方を睨んでいたリシェルが近寄ってきた。
「ふん、どうせロクでもない連中よ」
「そうだね、この子を安心して任せられる相手じゃなかったよね」
結論はリシェルの言う通り、無法者か、ならず者ってところだろう。うんうん、と俺の横で頷いていたルシアンが眉尻を下げて竜の子へと手を伸ばす。戦闘中、ずっと放置されていた竜の子を撫でる手つきはとびきり優しいものだったが、一体何を思ったのか。竜の子は急に飛び上がると、ふわふわ俺に近づいてきた。
「なんだよ、コイツ?オレにすりよってきたりして……」
小さい頭を俺の服に擦り付けて、ぴぎゅぴぎゅ甘えるような声でしきりに鳴いている。猫や犬の子供みたいな反応に面食らっていると、ルシアンがどこか嬉しげな声を上げた。
「ライさんが守ってくれたって分かってるんだよ」
「ちょうどいいわ。そのこはあんたが面倒見なさいよ」
何がちょうどいいのか、リシェルがさも名案とばかりに指を鳴らす。何を言って、と続けようとした俺の口は、二人の怒涛の説得に声を出す機会を見失って、無意味に開きっぱなしになった。
「ほうっておいたら、また、あいつらが来るかもしれないし……」
「あんたと一緒のほうがこの子にとっても安全だろうしね。それとも何?見捨てちゃうつもり?こんなにあんたになついてるのにぃ……?」
「ぴぎぃ……」
「ぐ……っ」
ダメ押しとばかりに竜の子が寂しげな声を上げて、そしてダメ押しとばかり。
「今晩だけでもいいから!」
「「おねがいっ!!」」
唯一の友人と呼べる二人にそんな期待のこもった目で訴えられて、そこで断るような真似が出来るほど、俺は人間として落ちぶれていなかった。要するに陥落したのだった。
「ったく……しょうがねぇなぁ。わかったよ!」
明日の午後まではナチねぇもいないし、なんとかなるだろ。気持ちを切り替えて楽観的に考えながら、竜の子を胸に抱えた俺たちは夜道を歩き出す。悪いやつらをやっつけた高揚感は思ってたより大きかったんだろう。そうじゃなけりゃ、このチビすけを連れて帰ることが面倒な事態を引き起こす可能性をさくっと無視して、素直な気持ちのまま連れ帰るなんて出来なかったはずだ。上着の中に隠したチビがすっかり寝息を立てているのを見下ろしながら、俺は呑気な笑みを浮かべていた。家に帰ったら、俺も早めに寝ないとな……
「ただいま……」
「おかえり、ライ君!」
そうして溜め池の前で別れた後も緩みきった気分のまま、誰もいないのに習慣からうっかり口に出した言葉だった。なのに、そこに返ってきたまさかの声に俺の体は凍りつく。悪戯が成功した子供みたいに弾んだ声の持ち主は、明日の午後まで帰ってこないはずの人物で。右肩に緩やかな三つ編みを流して微笑むその姿に、嬉しい気持ちと焦る気持ちが激しくせめぎ合って立ち尽くす。
「え、いつ帰ってきたんだ、ナチねぇ……?」
「ついさっきだよ。派閥の仕事がちょっとした嬉しい誤算で早めに終わったんだ、それで帰ってこれたんだけど……」
ライ君、その膨らみはなぁに?
つん、と指先で上着の上から竜の子をつつかれて既に白旗を掲げ始めている自分へと、俺はがっくりと肩を落としていた。
PSPでサモ4プレイして台詞とか書き起こしつつ進めているため、色んな意味で時間が掛かります。ストック分(~6話)まで上げ終わったら更新停止します。