SEVERANCE PRODIGY〜武器破壊を極めてゲーム攻略! 作:封魔妖スーパー・クズトレイン
「ああ、お帰りなさい。随分早かったですね」
俺が戻ってきた事に気がつくと、ネズハは手を止めて朗らかな笑みを浮かべながら挨拶をしてくる。俺が離れている間もずっと岩を殴り続けていたのだろうか、つい先程まで小さかったひび割れがいつの間にか岩の半ばまで広がっていた。
──ギシギシ、と痛みが走った。
「………………結構、頑張ってんだな」
「これですか? ついさっき、たまたま良い感じに芯を捉えられたんですよ。この岩を割りさえすれば僕もずっと憧れだった戦闘職として、攻略に参加できると思うと休んでいる時間も惜しくなっちゃって」
少し照れ臭そうでありながら、まるで子供の様に目を輝かせながら語るネズハ。一度諦めてしまった憧れの存在になるチャンスを偶然得たのだ、きっと舞い上がってしまっているのだろう。
だからこそ……
「…………なあ、お前は本当に攻略集団になる必要はあるのか?」
「え?」
「確かに投剣スキルの弱点はこれで克服する事はできるだろうけどよ、それでもお前のFNCは無くなる訳じゃないだろ。他のプレイヤーだっていつ死ぬかも分からない前線でそんなハンデを背負って戦っていたらお前その内───」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 急にどうしたんですか!?」
「そもそも強化詐欺で騙し取った武器だって返せてないじゃねえか。そんな状態でつい最近まで鍛冶屋をしていたお前が急に前線で目立っちまったら疑問に思う奴だって現れる筈だ。それで、万が一今までやってきた事がバレでもしたら、お前……
「──っ!?」
ネズハの目に恐怖の色が宿る。
こんな事を告げるのは卑怯な事だと分かっている。死ぬかもしれないと脅されて平気な奴なんて居るわけがない。それでも言うしかなかった。そうしないと俺の方がもう…………。
ネズハは硬い表情で俯く。自分の中で何かと戦っているのか、強く握った拳は小刻みに震えていた。
「お前はもう何処でだって戦える様になるのなら中層でだって良い筈じゃねえか? 下手打ってあっさり死ぬくらいなら中層プレイヤーとしてずっと前線を支えていく方が良いに決まってる」
「…………僕は…………それでも、僕は……ッ!!」
発せられた声が修行場全体にこだます。
そして、ネズハは顔を上げて再び岩に向き直ると───
「うぉぉぉおおおおおっ!!」
力の限り殴り付けた。
「なんで…………なんで諦めねえんだよ!?」
「確かに、僕みたいなノロマはいつか死ぬかもしれない! モンスターになぶり殺されるかもしれないし、僕が騙した人たちから惨たらしく殺されるかもしれない! それでも、それまでの間は憧れた自分で生きていたい! 終わる時は
ネズハの叫びが俺の芯を振るわせる。
そしてそれと同時に胸の内に今までで一番強い痛みが襲いかかってくる。
「…………認めねえ……。
俺の言葉にネズハは一瞬だけ動きを止めるが、こちらに振り向く事はせずにそのまま岩を殴り続ける。
「それは──! 僕らが──! 犯罪を──! 犯したからですか!」
「違う! 勇者はキリトだ、
……そうじゃなかったら……勇者を名乗れなくなった
…………本当にどうしようもなく下らない理由だと分かっている。それでも、これだけは絶対に譲りたくなかった。
それなのに俺は、夢を諦めてまで仲間たちを大切にするオルランドを……FNCというハンデを背負いながら挫折から立ち上がったネズハを……勇者だと認め始めていた。
それが怖かったから態々この場に残り、ネズハの泣き言の一つでも聞いて『こいつは勇者に相応しくはない』と安心したかった。
ネズハがゆっくりと動きを止める。岩の方を向いたままなので表情は読み取れない。
「………………アシュロンさん、オルランドさんがいつからあんな仰々しい言動をする様になったか知ってますか?」
「はぁ!? お前急に何言って──」
「このゲームが始まって十日目。……ディアベルさんがはじまりの街の一角で演説をした時からです」
「──っ!?」
「メンバーの中からも攻略に参加するのを怖がる人はいましたし、僕のせいで出遅れたから、いっそ攻略は他のプレイヤーに任せようなんて意見もありました。そんな時にディアベルさんの演説を聴いたんです。絶望していた他のプレイヤーを鼓舞するために敢えて一番危険な道を選んで闘おうとするあの人にオルランドさん凄い感動しちゃって『見るが良い! あれこそが人々を導く勇者のあり方だ! 我らもあの御仁を見習って偉大な勇者となろうではないか!』なんて格好つけ始めたんですよ」
身体が震える。言葉が出ない。
「オルランドさんはディアベルさんに憧れて、僕らはそんなオルランドさんに憧れた。…………勇者っていうのはきっと、そうやって誰かの心を動かせる人間なんじゃないかと思うんです」
『何が待ち受けているか分からない。一度でもHPがゼロになったら終わりのデスゲームでみんな萎縮してしまっている。だからこそ、他のプレイヤーの前を歩いてこのデスゲームがいつかきっとクリアできるんだって事を伝えるのがオレの様なベータテスターの義務なんだ!』
不意にディアベルが語った言葉を思い出す。
ディアベルの気持ちはちゃんと届いていた……ディアベルの戦いは無駄なんかじゃなかった。それが堪らなく嬉しい。
あの戦い以来ディアベルとは何処かすれ違ってしまっていて、ずっと失敗したのだと思っていたけど、あの戦いを選んだからこそブレイブスはこうして立ち上がれたのなら……ディアベルの事を勇者として認めてくれたのなら……。
ネズハの隣まで歩み寄り、目の前に鎮座する岩のひび割れに触れながら観察する。
「アシュロンさん? 何を?」
「………………ここだ。ここがかなり脆くなってる。殴ればかなりのダメージになる筈だ」
ネズハの驚いた表情をする何故か可笑しくなって、思わずニッカリと笑ってしまう。
「ここまで大見栄切ってくれたんだ、三層からなんて悠長な事言わせないぜ。明日のボス戦に一緒に乗り込むぞ、
─────────────────
それから、俺が岩の弱点を見つけ出し、そこをネズハがひたすら殴り続けるといった作業を永遠と繰り返していった。遠近感が分からないネズハは指定した場所を正確に殴る事は難しい筈であるのにも関わらず一心不乱に拳を叩き込み続ける。
そして、クエスト開始から三日目の午前十一時。最後に渾身の一撃を入れるとひび割れる乾いた音の後に轟音と共に岩が二つに割れていった。
「…………や……や"っだぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「お疲れさん。これでお前も晴れて勇者の仲間入りだな」
泣きながらガッツポーズをするネズハ。相当嬉しいのだろうが、落書きだらけの顔が涙でぐずぐずになって何とも酷い有様だ。
まあ、それだけ頑張った証だし本当はゆっくり浸らせてやりたい所だが、これから攻略集団に合流しなければならないのでさっさとクエストを終了させて体術スキルを習得させる。
「これでこの武器も使える様になるんですね」
「キリトはそう言ってたけど、実際どんな感じなんだろうな? ちょっと使ってみて───」
「アシュろーーーウ!!」
突然、アルゴの呼ぶ声が聞こえた。振り返ればアルゴがこちらに全速力で走ってきていて───
「──って、アルゴお前、牛トレインしてんじゃねえか!?」
「い、岩! ボスの情報! 洞窟ガ! フロントランナー二! お、おたすけえええええぇぇェ!!」
トレンブリング・オックスに追いかけられながら何かわめいているアルゴ。
「危ない!」
ネズハが咄嗟に持っていた武器、《
投げられたチャクラムは緩やかな弧を描きながら飛んでいき、アルゴを追いかけていた雄牛の額を切り裂くとそのままの勢いで持ち主の元へと戻っていく。そして、その攻撃によって怯んだ隙に俺が接近し両手剣の一撃で首を落とした。
「今のはチャクラム! てことハ、あのクエストをたった三日でクリアしたのカ! ──って、そんなことより大変だヨ!」
「とりあえず落ち着けって。そんなに慌ててどうしたってんだよ?」
「第二層フロアボス戦の新情報がこの辺ででるらしいんダ! この大岩のどれカ……《仙人の座する迷子岩》だかラ……たぶんあの大岩! アシュ郎、アレを割ってクレ!」
アルゴが慌てて周囲を見渡した後、NPCの爺さんが普段から腰掛けている岩を指差す。
「そんな!? もう攻略チームは迷宮に入っている頃なのに今からあれを壊すなんて無理ですよ!!」
確かに何時間も掛けなければ割れない岩を今から破壊しろなんて普通なら無茶も良い所だろう。だが……
「…………ようやく、掴んだみたいじゃのう」
「ああ、アンタの言ってた事、何となく解った気がするよ。…………ご教示していただき、誠にありがとうございました!」
そう言って、老師に直角九十度を意識して頭を下げる。
「良い良い。オヌシなかなか見込みのある童であったぞ。これからも精進忘れぬようにな」
いつの間にか隣に移動していた老師は軽く肩を叩くと、そのまま近くにある小屋の方にまで歩いていってしまう。
老師に心の中でもう一度感謝をしながら頭を上げ、大岩を前に一度深呼吸をする。
陰と陽の均衡。精神は冷徹さだけでなく熱も欲する。思い出すのは最も心が冷え切っていた時とその中でも感じられた確かな温かさ。
剣を逆手に持ち、額を柄に当てる。
あの時、俺はディアベルが剣を拾い上げ差し出してくれた瞬間を思い出し、アイツが触れていた柄から立ち上がるための原動力を貰っていた。
(みんなを助けるために……力を貸してくれ……ディアベル)
思い出すのは厳しくも楽しかったこの世界での日常。その思い出と共に柄から伝わってくる熱が冷めた身体と心に温もりをくれる。それはこの冷たい剣の世界でも確かに存在していた命の熱だ。
頭の中のスイッチが切り替わり、ゾーンに入ったのを感じ取る。今ここに俺だけのルーティーンは完成した。
「はあっ!!」
大岩に向けて剣を向けた瞬間から、それを割れると確かな確信を得る。その確信に身を任せ、《サイクロン》の一撃を放った。
剣から伝わってくる確かな手応え。以前であれば刃がそこで止まってしまっただろうが、今はこの衝撃すらも心地良く感じる。そのままの勢いで力を込めれば気持ちの良い音と共に剣は振り抜け、切れた岩は自重で二つに分かれた後に耐久値を全損させポリゴン片へとその姿を変えていった。
ディアベルの死とキリトの活躍によってキリトのみを英雄視していた主人公。
その固定概念をぶっ壊してもらう事こそが第二層の物語を書いた理由の一つです。