SEVERANCE PRODIGY〜武器破壊を極めてゲーム攻略! 作:封魔妖スーパー・クズトレイン
『始まりの街』の主街区から離れた場所にある小さな広場。そこで俺は両手剣をバットに見立てて、ただひたすら素振りを行っていた。
茅場晶彦によるチュートリアルから数時間が経過したが未だに現状を受け入れきれずにいる。そのくせ、茅場の言葉がずっと頭の中に残り続けていて、じっとしているとまるで底なし沼に沈み込んでしまいそうな恐怖に駆られてしまう。
『今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』
振るう、振るう、振るう、振るう───
『諸君らが解放される条件はたった一つ。アインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい』
振るう、振るう、振るう、振るう───
『最後にプレイヤーの諸君に忠告しておこう────これは、ゲームであっても遊びではない』
「クソッ!! クソクソクソクソ!」
もう限界だ。腹立ちまぎれに剣を地面に叩きつけ、近くの壁に力無くもたれ掛かる。
息を大きく吸い込むとヒンヤリとした空気が肺に溜まり、痛みと共に徐々に身体を冷ましていく。現実の俺の身体はきっと何処かの病院の暖かい室内にある筈なのに肌で感じる空気は現実世界の外の空気とまるで変わらない。
現実の世界と何から何まで変わらないのに自分の身体は本当の身体じゃなくて本当の身体には戻れないのにこの身体で死んだら現実の自分も死ぬ────もう何が何だか分からなくなる。
「アシュロン、少しは落ち着いた…………訳ないよな」
そう言って苦笑いを浮かべながら現れたのはテレビの中だけしか見た事がない様な爽やかイケメン。その正体は何を隠そう、俺に様々な事を教えてくれたオラオラ系先生ことディアベルだ。
あのチュートリアルの際にこの世界が現実である証拠として、全てのプレイヤーのアバターは現実世界の生身の容姿そっくりに作り替えられていた。
その為、今や俺の姿も細くてしなやかな身体から筋肉質の身体付きになり、憧れだった長髪ポニーテールはボウズから最近伸ばしたばかりのベリーショートに、そして目付きに至っては先輩から生意気だと言われた鋭い吊り目になってしまっている。
それは理想の剣士アシュロンではなく現実の俺、『
「SAOは空腹を感じる様になっているからさ。余り上等な物じゃないけど、ひとまず食べておいた方が良いよ」
ほら、と強引に差し出された包を開けると中には黒いパンに分厚いベーコンを挟んだ簡単なサンドイッチが入っていた。
一度は憧れた事があった筈のファンタジー世界のサンドイッチをただじっと見詰める。食べたいという気持ちが全く湧いてこない。小学校の頃にインフルエンザで寝込んだときだって食欲は旺盛であったのに、自分自身こんな事があるのかと驚いている。
「なあディアベル…………本当に助けは来ないのか? このまま誰かが百層を攻略するまで何年もこの世界から出られないのか?」
ネットに載っていた情報では二ヶ月あったベータ版でも十層も行けなかったと書いてあった。しかもそれは幾ら死んでもリスポーンできる遊びとしてのSAOでだ。
一度でも死んだら終わりのゲームで攻略なんて一体どれ程の年月が掛かるのか…………いや、本当にクリアなんてできるのか?
俺の不安を察したのかディアベルも暗い顔で俯いてしまう。
「オレもゲーマーの端くれだから茅場晶彦についての記事は色々読んだ事があるよ。…………茅場は天才だ。もし彼がこの状況を作り出す為に念入りに計画していたとするなら残念だけど外部から助けが来る見込みは限りなくゼロと言っても良いと思う」
自分でも薄々分かっていた答えだが、他人の口から聴かされるとより心が沈んでしまう。出られないのが怖いのかそれとも死と隣り合わせなのが怖いのか自分でも分からなくなってきている。もういっそ何も考えなくなった方が楽なのかもしれない。
「…………だからこそ、元の世界に帰るために何が何でもこのゲームをクリアしなきゃいけない。それは今この街で助けを待ち続けている人達を、何よりアシュロンを見て思ったよ」
「ディアベル?」
隣を見ればディアベルの表情には決心の色が浮かんでいた。
「何が待ち受けているか分からない。一度でもHPがゼロになったら終わりのデスゲームでみんな萎縮してしまっている。だからこそ、他のプレイヤーの前を歩いてこのデスゲームがいつかきっとクリアできるんだって事を伝えるのがオレの様なベータテスターの義務なんだ! だけど、それはオレ一人では無理かもしれない。だから───」
そして、ディアベルは転がっていた両手剣を拾い上げると、その柄を俺の目の前に差し出す。
「アシュロン、オレと一緒に行こう! 君と一緒ならきっとこのゲームをクリアできる!!」
「俺と…………一緒なら…………」
「アシュロン、君には才能がある。君の《サイクロン》はオレが今まで見てきたプレイヤーの中で一番の完成度を誇っていた。まだSAOを始めたばかりの君がだ。この先もっと経験を積めばきっと君は攻略に欠かせない存在になる筈だ。それまで必要な知識はオレが全部教える。だから、オレと一緒に戦ってくれ!」
この瞬間、脳裏によぎったのは未来の光景。
アインクラッドの第百層にある宮殿で玉座に座る魔王・茅場晶彦。そいつに向けて剣を向けるディアベルとその隣に立つ俺と何人もの強者達。
まるで中学生が考えた恥ずかしい妄想だが、この世界ではそれが現実になる。それはなんとも────
「…………楽しそうだ」
思わず笑みを浮かべながら、差し出された剣を受け取る。もう不安は何処にも無い。我ながら単純だと呆れるがこれからの冒険がワクワクして仕方がない。
「了解だ、勇者ディアベル様。不肖このアシュロン。貴方の剣となり魔王討伐への道を切り拓いてみせましょう」
「…………ああ! 我こそはアインクラッドに囚われし全てのプレイヤーを救う勇者ディアベルなり! 我が騎士アシュロンよ! 共に魔王を撃ち倒そうぞ!」
二人で格好付けて、堪えきれなくなり同時に吹き出してしまう。こいつは意外とこういうノリが好きみたいだ。
「出発は明日の朝八時だから、用意が出来たら北西ゲート前に集合しよう。言っておくが五分でも遅れたら置いていくからな」
そう言って意地の悪い笑みを浮かべてはいるが、こいつなら二十分でも三十分でも待っていてくれるだろう。まあ、流石に待たせるのは悪いだろうから五分前には来れる様にはするつもりだが。
そう思いながら、左手に持っていたままだったサンドイッチの存在を思い出し、勢いよくかぶり付く。ボソボソとした黒パンと塩っ辛いベーコンが何故だか無性に美味しく感じる。
…………どうやら、この世界の事、結構好きになりそうだ。