SEVERANCE PRODIGY〜武器破壊を極めてゲーム攻略! 作:封魔妖スーパー・クズトレイン
キズメルは『四人では手狭』と言っていたが、案内された天幕は大の男が六人居たとしてもゆったりと過ごす事が出来そうな程豪華な物だった。
足の裏から伝わってくる毛皮のフカフカした感触によって、遂に理性が限界を迎えてしまい、重い両手剣や金属鎧を全てストレージに放り込んでマナーもクソもないとばかりに盛大に床に倒れ込めば、密度が詰まった毛がふんわりと全身を受け止めてくれる。
「ふぁぁああ〜」
最高に気持ち良い。ここ最近は硬い地面の上で薄っぺらい寝袋に包まって寝ていたので、この極上の敷物がまるで天国にある雲の様に思えてきた。
キリトも続いて隣にどさっと寝転がる。そんなお行儀の悪い野郎二人をアスナは冷ややかな眼で見下ろすとブーツの爪先でキリトの脇腹を小突く。
無言の圧力に屈したキリトがゴロゴロと転がる度に俺も居場所を追われてゴロゴロと転がざるを得ず、そのまま二人してゴロゴロゴロゴロと転がっていくと最終的に天幕の左端にまで追いやられてしまった。
「あなたたちの場所、そこね。で、このへんに国境線があると思ってください」
「…………国境侵犯したらどうなるんです?」
「……ここって《圏外》よね?」
ヤバい、目がマジだ。
「わかりました、完璧に理解しましたっ!」
「侵略行為ダメ絶対っ!」
そろって首をこくこくと振る俺達に対して、アスナは笑顔で頷き返すと部屋の反対側にて装備を解いて楽な格好になり、毛皮の上に腰を下ろして一息ついた。
「ふふ……人族の客人は初めてだが、こんなに賑やかだとは思わなかった」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
「いや、構わない。陣中ゆえ、大したもてなしもできぬが、この天幕は自由に使ってくれ。食堂ではいつでも食事をとれるし、簡易だが湯浴み用の天幕もある」
「えっ!? お風呂あるんですか!?」
と、すかさず反応を示すお風呂大好きアスナさん。
「ああ、食堂天幕の隣だ。こちらもいつでも使える」
「ありがとう、遠慮なく使わせていただくわね」
一刻も早く風呂に入りたいのかウキウキとした声で答えるアスナの様子にキズメルは野営地までの道中でも見せた柔らかな笑顔を浮かべる。だが、今回はその表情の中に何故か寂しさの様な影を感じてしまう。
そんなキズメルに目が離せないでいる。キズメルはNPCだ。だけど、もしかしたら…………
「…………アシュロン君。視線が凄い嫌らしいわよ」
「…………え?」
視線が嫌らしい?
その言葉の真意について考えた途端、それまで自分がマジマジと見ていた対象……つまりキズメルがいつの間にかシルクと思しき光沢のあるピッタリとしたインナー一枚きりという先程とは別の意味で目が離せない格好になっていた事に気が付いた。
流石はダークエルフと言うべきか、浅黒い色をした身体は
「い、いや、違う! 俺はただ何となくキズメルの事が気になってただけで、別に何処がどう出てどう凄いかなんてこれっぽっちも考えていないからな!!」
「………………最低」
「語るに落ちてるぞ、アシュロン……」
「違う、本当に誤解なんだ! だから、グリーンワームを見る様な目はやめて下さい!!」
必死に弁解するが、アスナから向けられる視線は酷く冷たい。
不味いぞ。このままではムッツリスケベという不名誉なレッテルを貼られた状態で残り九十七層を攻略していかなければならなくなる。
この危機的状況をどう脱しようかと余り性能の良くない前頭葉をフル活用していると、キズメルが不思議そうな表情で俺を見ながら口を開いた。
「アシュロンは私のことが気になるのか? 奇遇だな。私もそなたのことが気になっていたのだ」
「えっ!? そ、それってどういう意味ですか!?」
予想外の発言に思わず声が上ずってしまう。
俺だって男子高校生だ。色恋への憧れはもちろんある。そして、今目の前には現実世界には存在するかも怪しい程の美人のお姉さんがいて、あろうことか俺の事が気になっていると言っているのだ。
自身の名誉の為にあえて言わせてもらうと、別に女の子にモテなかった訳ではない。これでも中学の時から野球部のエースとして活躍していたので、女子の間で結構人気があるのだと友達から聞いた事がある。
しかし、当時の俺は恋愛に対して気恥ずかしさを感じていたため、『今は恋愛なんかより野球だ!』などと血迷った態度を取り続けた結果、甘酸っぱい青春を送る事なく中学を卒業し、男子校という名のむさ苦しい男共の巣窟へと歩みを進めてしまったのだった。
リアルでは手に入らなかったアオハルがネットゲームの中でNPCを相手に実現する。文字にすると何とも悲しい人種みたいになっているが、この状況を一体誰が笑うだろうか。
栄光の日々はもう目の前だ。さあ、
──パァンッ!!
「…………ふう、ヤバいな。急に立ち眩みしちまったよ。やっぱりかなり疲れてるんだな」
本日二度目の気魂注入によって頬を赤くしながら誰も聞いていないのに奇行を行った理由を口にする。
何となく格好悪いが仕方ない。つい数十分前にこの世界を楽しもうとするな、命を懸けてでもゲームを攻略しろと改めて決心した矢先にこれなのだ。寧ろこの程度では甘すぎるのかもしれない。
「悪いけど先に一休みさせてもらうぜ。俺の事は気にせずにお前達はゆっくり風呂を楽しんでくれ」
そう言って再びゴロリと横になって目を閉じた瞬間、瞼の裏に広がる闇の中に意識が溶けていくのを感じる。どうやら、自分が思っていた以上に疲れが溜まっていたらしい。
「そうか、アシュロンは一緒には入らないのか。残念だな」
………………なんか……キズメルがとんでもない事を言った気が……する…………
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『君のこと相棒だと思っていたのはオレだけか!? 二人でこのゲームを攻略しようって意気込んでいたのはオレだけだったのか!?』
───違うっ!! 俺だって同じ気持ちだった!
『なら、何で助けてくれなかったんだ! もっと頼ってくれって言ったのは君じゃないか!』
───助けたかった! ずっと後悔している!
『…………もういい! 君を見込んだオレが間違ってた! あの時、君を助けようなんて考えずに一人ではじまりの街を出れば良かったんだ!』
───待ってくれ! 俺を一人にしないでくれ!!
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「ディアベルッ!!」
必死に手を伸ばした瞬間、夢は水泡の様に弾けて消え去った。
そっとメニューウインドウをだすと、時刻は午前二時。荒くなった呼吸を整えながら周囲を見渡せば、すぐ隣にはキリトが、天幕の反対側にはアスナが穏やかな寝息を立てているのが目に入る。
二人を起こしてしまわなかったのは幸いだ。余計な事はせずにもう一眠りしようかと再び横になって目を閉じたのだが───
(…………腹減ったな)
そういえば、昨日は昼飯も晩飯も食べていなかったため、今や腹の虫は何か食わせろと大規模なデモを起こしている。
保存食でも齧っていようかとも思ったが、ふとキズメルが食堂はいつでも使えると言っていたのを思い出す。こんな時間に押し掛けるなど本来なら非常識なのだろうが幸い相手はきっとNPCだ。深夜であっても普段通り対応してくれるだろう。
極力音を立てない様に気をつけながら寝床を抜け、入り口の垂れ布をくぐって天幕の外に出れば、昼間には聞こえていたリュートの演奏は止まっていて、あれ程賑わっていた野営地内は嘘の様に静まり、動いているものといえば周囲の壁際を巡回する二人の歩哨と
「おっ! ワン公。お前も起きてたのか」
そういえば、まだ昼間のお礼をしていなかったな。
ストレージの中から肉を取り出そうとした時、狼は不意にこちらに背を向けるとまるで着いてこいとでも言わんばかりにゆっくりと何処かへと歩き出す。
これは何かのフラグなのか? そういえば、はじまりの街で猫を追いかけたら隠されたアイテムが手に入ったという話を聞いた事がある。もしかしたら、その隠しクエストと同じなのだろうかと好奇心を抑えられず、念の為に両手剣を取り出して肩に背負うと狼の後を着いていく。
行き先はどうやら司令官がいた大天幕の裏手らしい。人の行き来が多少あるのか微かに道ができた林を抜けて視界が広がった途端、俺は立ち止まっていた。
ほんのささやかな草地。中心に生えた大きな樹の下には無数の剣が地面に突き刺さっている。長い時間放置された設定なのか形も大きさも違うそれらは全て錆びついていて、がっしりとした蔓が幾重にも絡みついていた。
その光景はまるで
(…………墓地?)
夜中の墓地と言ってもおどろおどろしい雰囲気は感じない。アインクラッドの月光によって青く染まったこの場所は静謐な美しさがあった。
そして、そんな墓地には一人、美しい先客がいた。
「…………アシュロンか。もう大丈夫なのか?」
「あ、ああ。お陰様でしっかり休めたよ。天幕ありがとな、キズメル」
「構わんさ。私ひとりには広すぎる」
そう言って笑うキズメルの頬は薄っすらと赤く染まっている。右手には酒らしき液体の詰まった皮袋があり、ほろ酔い状態の姿に思わずドキリとしてしまう。
「どうした? 立っていないで、座ったらどうだ?」
「あ……ああ」
勧められるままに隣に座り込めば、墓所に生えた柔らかな下草が俺の体重をふんわりと受け止める。
騎士は皮袋の中身を一口呷ると立ち上がり、傍らにあった二つの指輪が下げられたサーベルにいくらか注ぎかけた。
「……それって、もしかして亡くなった妹さんの?」
「いや、これは妹の伴侶だった男の物だ。あの狼の主でな、腕に似ず少年のような夫で、見かけによらず気の強い妻とはそぐわぬようで、なかなか似合いの夫婦だった」
そうか、キズメルが狼使いでないのにアイツを連れていたのは、元の主の知り合いだったからなのか。となれば、あの狼が対して懐いていないキズメルに従っているのはやはり主の復讐を果たす為なのだろう。
「私の妹……ティルネルは薬師でな。戦場で怪我人を癒すのが仕事だったのだが、あの鷹使いの手によって夫婦共々…………。この酒は妹の好物で、任務が片付いたら、あの子たちの祝いの席で振る舞おうと思って城から拝借してきたのだが……今やそれは叶わぬ」
…………これで、確信した。やはりキズメルは俺と同じく大切な人を失った痛みを抱えていた。NPCでありながら俺の気持ちを分かってくれるのではないかと期待したからこそ昼間に寂しそうに笑うキズメルから目が離せなかったのだ。
そして、それはキズメルも同じだったのだろう。
「鷹使いに追い詰められた時やこの野営地までの道中、そなたからは私と同じ匂いがした。キリトやアスナと共に居ながら、そなたはまるで死に場所を求めているかのように感じられたのだ。…………良ければ、話してはくれないだろうか?」
「………………」
キズメルが差し出す皮袋を黙って受け取り、一瞬だけ躊躇した後に思い切って中身を呷れば、少しとろりとした液体が口の中に流れ込む。それは仄かに甘酸っぱく、飲み下すと強めの酒精が喉を焼いた。
強い酒だ。胸の内がカッと熱くなり、その熱を外へ逃す為に口を開けば自然と言葉を吐き出せた。
「……この世界で初めて出来た友達で、自慢の親友だったんだ。アイツが勇者で俺が騎士で……二人で一緒に戦い抜いて……いつか、みんなを元の世界に帰そうって約束したんだ」
急にデスゲームに巻き込まれて、恐怖に押し潰されそうになった時に差し出されたあの手にどれだけ救われた事だろうか。
好きだった野球から逃げ出して、空虚だった俺なんかに一緒ならこのゲームをクリア出来ると言ってくれた、その言葉にどれだけの勇気を貰っただろうか。
多くの仲間を率いてゲームクリアを目指すディアベルはまさに物語に出てくる勇者みたいで、そんなアイツの隣に居られる自分が誇らしかった。もしも、本当に俺に才能があるのなら、アイツが進む道を切り拓く為に使いたいと、そう願っていた。
なのに……
「それなのに、ディアベルだけが死んで俺だけのうのうと生ている。ずっと隣に居たのにアイツの力になってやれなかった。……騎士だなんて名乗っておきながら、本当に守りたかった奴を守れなかった!!」
気が付けば、胸の内を燃やしていた熱は両目からも溢れ出し、頬を温かく濡らしていた。
空になった皮袋が手から滑り落ち、草の上で軽い音を立てる。今の俺はきっと情け無い表情をしているだろう。そんな恥ずかしい姿を見られたくなくて両手で顔を覆っていると、突然正面から頭部を優しく抱擁される。
「そうか。そなたも騎士だったのだな。……本当に私たちはよく似ているな」
慈愛に満ちた声に、身体から伝わってくる温もりに、心が落ち着いていくのを感じる。
「守るべき者を失った騎士に一体何の意味があるのか……それは私にも分からない。しかし、それでもなお、そなたが騎士であり続けようとするのなら、先達として私もその意味を探し続けよう」