SEVERANCE PRODIGY〜武器破壊を極めてゲーム攻略! 作:封魔妖スーパー・クズトレイン
「えっと……その……大変お見苦しい所をお見せしました……」
あれから十分程経ってようやく涙が治ってくれたのだが、顔を上げてすぐ目の前にあったキズメルの美貌を見た途端、こんな綺麗な異性の前で醜態を晒したのかと得も言われぬ気恥ずかしさに襲われる。
「なに、気にする必要はない。先程も言ったが私はそなたの先達なのだ。胸くらいいくらでも貸そう」
いえ、その胸が本当に脅威でして……って、一体何を考えてんだ、俺!? もう恥ずかし過ぎてキズメルの方を見る事ができない。いっそ穴があったら入りたい……いや、墓場でこの台詞は流石に怖いな。
「……ふむ、流石に少しばかり長居しすぎたな。耳ざとい子兎のつがいも巣に帰ったことだし、私たちも戻るとしよう」
「…………?」
子兎のつがい? エルフ特有の言い回しか何かだろうか?
よく分からないが確かにキズメルの言う通り、そろそろ帰らなければならないだろう。警備は万全であろうがここは圏外だ。あまり単独行動をしすぎればキリト達に要らない心配を掛けてしまうかもしれない。
キズメルはサーベルに下げられている二つの指輪を愛おしそうに撫でながら「また来るよ」と優しく呟くと足早に墓地を後にする。
そんなキズメルを追いかけて来た道を戻り、天幕の中に入ろうと垂れ布をくぐろうとした瞬間にふと嫌な予感がして急停止する。
今は夜中の三時前だ。普通ならキリトやアスナは寝ているだろう。だが、万が一二人の内のどちらかが目を覚ましたとして俺とキズメルの二人が居ない事に気付いていたとしたらどうだろうか。いや、キリトだけならばまだ良い。もし、アスナが起きていて夜中にこっそり帰ってきた俺達を見たら一体どんな反応を示すのか…………想像しただけで背筋が凍る。
いっそ、今から朝まで剣の素振りでもしていようかな? いや、落ち着け。きっと大丈夫。あの二人だってハードな一日を過ごしたのだ。常識的に考えてまだ熟睡している筈───
「あっ! アシュロン君、キズメル、二人ともお帰りなさい!」
アスナの明るい声に思考が止まる。
全身から汗がどっと吹き出す。体の感覚が薄れていく中で唯一動かせる眼球を使って部屋を見渡せば、アスナだけでなくキリトも起きていて二人とも不自然な程明るい笑顔で迎えてくれている。
ああ、終わったな……。これから(社会的に)死ぬにしては何とも軽い諦観が胸の内を支配した。
最早言い逃れは不可能。今後俺は美女のNPCに夜這いをした変態野郎として全女性プレイヤーから軽蔑の目を、男性プレイヤーからは同情と羨望の眼差しを向けられて生きていく事になるのだろう。
そんな人生、俺はきっと耐えられない。
だから……朝になったらこの層のフロアボスに一人で戦いに行こう。もし、奇跡的にそいつに勝ったら足を止める事なく四層のボスと戦う。その次は五層のボスと戦う。
愚かな道化に相応しい末路は、もうそれしか───
「外寒かったでしょ。いつまでも立ってないで、こっちで温まったほうが良いわよ」
「え? …………お、おう」
……あれ? 何か優しい。
予想外の状況に困惑しながら、アスナに勧められるままに部屋の中央にある不思議な形をしたストーブの前に座ると、今度はキリトがサンドイッチらしき物が入った包みを五個手渡してくる。
「お前、夕食食ってなかっただろ? 腹減ってると思って食堂からもらってきたぜ」
「お、おう。サンキュー……」
何だろう? 二人が優し過ぎて逆に怖い。
何だか凄く気味が悪いが、どうやら残酷な結末は回避できたらしい。その事にひとまず安堵しながら貰ったサンドイッチにかぶりつけば、薄焼きのパン中にギッチリ詰まったローストチキンの旨味が口いっぱいに広がった。
「それにしても、まだ真夜中なのに何だかもう眠れそうにないわね」
「そうだな。睡眠もしっかり取れたことだし、いっそアシュロンの食事が終わったらクエストを進めても良いかもしれないな」
「私もそれで構わない。確か次の任務は……」
俺が黙々とサンドイッチを食べている横で話が着々と進んでいく。まあ、こちらとしても飯を食った後は暇つぶしに素振りでもしていようかと思っていたので口を挟む必要はないだろう。
そう判断して二つ目の包みを手に取って───
「異常発生した毒蜘蛛の巣の探索だったな」
…………え? …………ク……モ…………
キズメルの言葉が耳に届いた途端、サンドイッチを落としてしまった。
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現代人に虫嫌いが多い理由は幾つか諸説があり、直接危害を加えられる危険によるものだけでなく目に見えない病原菌を忌避しているという説や都会化によって虫を見る機会が減ったからという説、人類の祖先が木の上に住んでいた時に天敵であったため本能的に怖がるなんて説もあるらしい。
と、柄にもなくそんな小難しい話を出してまで結果的に何が言いたいかというと……俺は虫が、とりわけ蜘蛛が大嫌いだ。
「きしゃああっ!」
「無理ッ!!」
《シケット・スパイダー》が八本もある細長い脚をカサカサ動かし、滑る様に接近してくる。一メートル半もの図体を誇る悪魔の進軍を前に臆病風に吹かれた俺は全力で敵前逃亡を開始する。
「はあっ!!」
そんな情けない俺の横をすり抜けてアスナは毒蜘蛛の巨大な単眼を《オブリーク》で刺し貫き、そこからスイッチしたキリトが体術スキルの蹴り技、《弦月》で弱点の腹を攻撃していとも容易くHPを削り切った。
「まったくもう。いくら蜘蛛が苦手だからって、さすがに怖がりすぎよ」
レイピアを鞘に収めながら、アスナが厳しい目を向けてくる。
「そ、そんな事言われても仕方ないだろ!? ただでさえ気持ち悪い見た目してんのに、あんだけ馬鹿デカくなってんだから逃げたくもなるって! 寧ろ何でアスナは平気なんだよ!?」
「あんなに大きければ虫も獣も一緒でしょ。モンスターを見た目でいちいち怖がってられないわよ」
「頼もしいことだな。我が妹も実体ある怪物なら虫だろうとウーズだろうと臆することはなかった」
やれやれと首を振るアスナにキズメルは短く笑い声を漏らしながら頭を撫でる。
「巣が見つかるまで延々とあんなのが襲って来るとかマジでキツいって。……あのワン公が居れば臭いで見つけてくれたのかなぁ」
「……そうね。アシュロン君じゃないけど、確かにあの子がついてきてくれてたら心強かったのに……」
あの狼にもクエストの手伝いをしてもらおうと出発する前に全員で野営地中を探し回ったのだが結果的に見つける事は出来なかったのだった。思い返せば墓場から帰る時にはすでに居なかった気がするし、思った以上に神出鬼没な奴の様だ。
「……あれは中々賢しい
「へえ、アイツけっこう気難しい奴なんだな。まあ、巣穴の探索なら蜘蛛が来る方向を辿っていけばそのうち見つけられるし、気長にやってこうぜ」
少し暗くなった雰囲気を吹き飛ばすかの様にキリトが明るい声で再出発の号令をかける。元ベータテスターにして事実上のパーティーリーダーである彼なりに俺達を導くという責務を果たそうとしているのかもしれない。
キリトがこうして頑張っているのに蜘蛛が嫌いだからと言って戦わないのは流石に申し訳なく感じてくる。体術スキルで蹴っ飛ばすのは無理だろうが、せめてタンクとしての仕事はまっとうするとしよう。
隣ではキリトの言葉に感心したのかキズメルも笑顔で頷いていた。
「うむ、そなたの言う通りだな。だが、キリトよ。先刻クモが現れた方角はそちらではないぞ」
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それから再び移動を開始し、道中《シケット・スパイダー》及びその上位モンスターである《コピス・スパイダー》との戦闘を四度繰り返し、やがて小さな丘の横腹に出来た天然の洞窟を発見した。
中でタランチュラ程の大きさの蜘蛛が何匹も蠢いているこの場所こそが毒蜘蛛の巣だと確信したのだが、残念ながらそれだけではクリアとはならない。とても正気の沙汰とは思えないが洞窟に入って黒エルフの偵察隊がいた痕跡を探さねばならないらしい。
嫌々洞窟へと足を踏み入れると内部は迷宮区とは違って所々にちっぽけな発光ゴケが貼り付いているだけでほぼ真っ暗闇だ。
そのため自前で明かりを確保しなければならないのだが、こうなると俺は片手に松明を持っている限り両手剣が使えなくなってしまう。ここまで来ると最早このクエストは俺を殺しにきているとしか思えなくなってきたぞ。
「そういえば、このダンジョンは、ええと、例の……インスタンス? なの? それとも……」
「いや、こっちはパブリック・ダンジョン。特にここは主街区で受けられるクエストのキースポットでもあるから…………不味いっ!!」
キリトが突然叫んだ瞬間、同時に前を歩いていたキズメルも足を止めた。横顔を厳しく引き締めてしばし気配を窺ってから、俺達を見る。
「どうやら、我々の他にも訪問者がいるようだ」
「ああ、きっとプレ……じゃない、人間の戦士だ。キズメル、ちょっと事情があって、彼らとは顔を合わせたくない」
「ほう、実は私もだ」
何か秘策があるのかキズメルはにやりと笑う。そして、すぐさま松明を消させると丁度すぐ傍にあった壁の窪みに俺達を押し込み、背中のマントを広げると全員をすっぽりと覆う。
まるで忍者ごっこの隠れ身の術みたいだが、こんなものでプレイヤーの目を誤魔化せる訳が……等と思ったのも束の間、突如視界の隅に【
《隠蔽》スキルは持っていないからその数値がどれ程凄いのかはイマイチ実感出来ないがきっとかなり高いのだろう。実際、表示を見たキリトは目を丸くしていた。
「もう……一体誰が来るのよ。こんなところに」
「……十中八九《ギルド結成クエスト》を進めているパーティーだ。このクエを心待ちにしていた連中といえば───」
「なんでや!!」
洞窟にこだます関西弁とドスドスと喧しい足音。松明によって照らされたトゲトゲヘアーは特徴的過ぎて、下手したらSAOのマスコットキャラクターにでもなれるのではないかと疑ってしまう。
現れたのは……みんな大好きキバオウさんだ。
「なんで宝箱が片っ端から開けられとるんや!!」
ガーガー喚き立てるキバオウとそれを宥める《アインクラッド解放隊》のメンバー。その殆どが第一層の頃にレイドを組んだ面子であり、唯一初見なのが
解放隊御一行が目の前を通り過ぎる瞬間、鉄頭巾男が何かに勘付いたのか立ち止まってこちらを凝視し、それによって隠蔽率が幾らか下がったが、機嫌の悪いキバオウに怒鳴られてそそくさと列に戻っていく。
そして、金属装備特有の重い足音が消えたから数秒後、キズメルが広げていたマントを背中に戻すと、全員が思わず安堵の息を吐いた。
「……なんだか、モンスター相手のときよりも緊張したわ」
「同感。別に見つかったからって、戦闘にはならなかっただろうけどな」
「でも、宝箱から出たアイテム分けんかい、くらいのことは言われてたかも」
「おいおい、流石のキバオウさんでもそこまでは……いや、キバオウさんだしなぁ……」
昔から頭に血が昇ったキバオウ程厄介なものは無かった。チームを引っ張っていける位だし根は良い奴なのだが、如何せん頑固で短慮な所がある人物なのだ。
第一層で組んでいた時の事を懐かしんでいると、隣でキズメルが不思議そうな顔で口を開く。
「城で暮らす人族は長く平和を保っていると聞いていたが、先程の者達とは相容れぬのか?」
「そうね。一概に友好的とは言えないわ」
「もちろん、剣を向け合うほどじゃないよ。大きなモンスターと戦う時は協力だってするし……でも、仲良しでもないというか、そんな感じ」
キズメルに元ベータテスターと非テスターの確執など説明のしようもないので、キリトの説明は不明瞭なものにならざるを得なかったが、どうにかキズメルは納得してくれたみたいで、軽く頷き、仄かな苦笑を漂わせる。
「なるほどな。私の所属するエンジュ騎士団と、王都を警備するビャクダン騎士団のようなものか」
……エンジュとはなんぞや。
俺とキリトが首を傾げた横で、アスナが華やいだ声を出した。
「すてき、騎士団に木の名前がついているのね。他にもあるの?」
「あとは、重装部隊のカラタチ騎士団がある。そちらともあまり仲がいいとは言えないが」
「へえ……じゃあ、入れてもらうならわたしもエンジュ騎士団がいいかな」
アスナの言葉にふと、彼女が本当に騎士団に入った所を想像する。
キズメルと同じ鎧とマントを身に纏い、肩を並べて敵陣に切り込み、立ちはだかる者をバッサバッサと切り捨てる。その勇ましくも可憐な姿に味方の士気は高揚し、逆に敵側は虐殺の天使の刃に震え上がる。
…………うん、間違いなく
「「
奇しくも、キリトと感想がダブってしまった。
「残念ながら、人族が女王陛下から騎士の剣を授けられた例はないのだ。……だが、そなたらの勲功大なることを鑑みれば謁見くらいは叶うかもしれん。そのときはせめて、名誉騎士号を賜われるよう申し添えておこう」
「ほんと? わたし、がんばるわ!」
意外な事にアスナは随分と嬉しそうにしている。そんなに騎士とかに憧れる様な子だったろうか? いや、もしかしたら姉と同じ洋服を着たがる女児みたいにキズメルと同じ騎士になりたいのかもしれない。
ともあれ、モチベーションが上がるのならば良い事だ。俺もアスナを見習って気持ちだけナイトを卒業する為に頑張るとしよう。
「よーし、それじゃそろそろ行きましょうか!」
早くも《エンジュ騎士団》の見習いになったつもりなのか、アスナが勢いよく俺とキリトの背中を叩く。その姿を微笑ましく感じながら、俺達はこの蜘蛛地獄の探索を再開するのだった。
泣いてスッキリしたせいか、地の文ではっちゃけ始めた主人公。