【カオ転三次】地方神ガチ勢と化した俺たちの話 作:一般俺たち
中学一年生の時、俺は神隠しに遭った。
公園で友達と遊んでいると、いつの間にか明らかに人間ではない女の子が混じっていたのだ。
白いワンピースに麦わら帽子。長い黒髪を靡かせたその姿は言葉で言い表せない程美しく、幼い少女の見た目でありながらどこか妖艶であった。
ギラギラと異様に輝く夕焼けの中で、俺と彼女はずっと二人きりで遊んでいた。いつの間にか消えていた友人も、何時までも沈まない太陽の事も全く気にならなかった。
「■■ちゃん」
「なーに?」
名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに微笑みながら返事を返してくる。その一挙手一投足全てが俺の心をつかんで離さない。彼女に会うために俺の人生はあったんだと確信できた。
「好きです。結婚してください」
今や俺の心は澄みきり一点の曇りもない。体中の歯車がやっと嚙み合ったような感覚。視界が突然何倍にも広がったように錯覚し、根拠のない全能感が全身を包んだ。彼女を幸せにしたい、そう思うだけで無限とも思える動力が自分を衝き動かすのを感じた。
「――――――」
異界に漂う微弱なMAGと、何よりこの燃えるような愛が俺を覚醒させた。バラバラと周りの風景が壊れていき、暗闇が俺たちを飲み込んでいく。未覚醒の子供一人を攫う程度のちゃちな異界が、覚醒者の存在に耐えられず崩壊したのだ。
気が付けばそこは何処とも知れぬ寂れた神社で、夜はとっぷりとふけていた。
壊れかけの神社の上で、狐耳をした幼い少女がボロボロの服を纏って獰猛な笑みを浮かべていた。先程と見た目は変わっていたが、何故か彼女だと確信できた。
『面白いな、貴様。ただの餓鬼と思っていれば―――』
「結婚してください」
『…………』
「世界一可愛い。絶対幸せにします。好きです。愛してます。俺はめちゃくちゃ役に立ちます。学校の成績も良いし、将来有望です。絶対に幸せにします。結婚してください」
『…………なんだこいつ』
一つ言い訳をさせて欲しいのだが、覚醒直後の人間というのは大体まともではない。初めて自分の魂の形を自覚した故にとてもハイテンションになるのだ。普段の俺はもう少し分別がある。
その後暴走を落ち着かせた俺は、夜の神社で彼女と話をした。
この世界は意外とオカルトチックで、神も悪魔も存在する事。俺に霊能の才能がある事。神社を復興させたい事や、そのために必要不可欠な氏子の存在について。
当時【ノギツネ】であった彼女はMAG補給のために神隠しを繰り返していたらしい。攫った子供は一週間経てば返していたらしく、そういう慎ましい点もまた可愛らしかった。
そして彼女に惚れ尽くしていた俺は即座に彼女の信者となると言い、神社の再建に尽力する事を誓った。
生い茂っていた邪魔な草木を焼いたり、神社に引き寄せられた悪霊を焼いたり、力をつけるために異界に行って【ガキ】を焼いたり……。いつしか寂れた神社は静謐な空気を醸し出すようになり、彼女は霊格を上げ【イナリノカミ】となる事が出来た。
彼女が【イナリノカミ】と変化する瞬間は二度と忘れないだろう。幼い少女の姿から女学生ほどの姿に成長した彼女はより一層美しく、やはり結婚したいなあと俺は心を新たにしたものだった。
「…………」
さて、時は変わって【カマドガミ】一族へ接触する日である。
神社に電話をかけてアポイントメントを取るのはとても恥ずかしかった。どうもここの神主はオカルトについて何も知らないらしく、「こちら【イナリノカミ】の氏子でして、そちらの【カマドガミ】様にお目通りしたく……」などと述べる俺の姿は全くもってお笑いだった。完全にいたずら電話だと思われていた。
なので、後日神主さんの方から「【カマドガミ】様を崇める一族がお会いしたいようです」と言われた時には本当にホッとした。何もしてないのに一仕事終えた気分になった。【カマドガミ】を崇める氏子一族と、神社を管理する神主たちはどうも別物だったらしい。そんなことある? とは思うが、最近は神道も業務のアウトソーシングが盛んなのかもしれない。
「しかし【カマドガミ】一族は物凄く栄えてるっぽいな」
先方から指定された場所へ行くと、そこは超デカい料亭だった。門の前には黒塗りのハイヤーが止まっているし、明らかに高級店だと一目見て分かる。
「が、学生服はきちんとフォーマルな服だよな……? ドレスコードとかあったらどうにもならんぞ」
恐る恐る門をくぐると、品のいい女性がスッと現れて奥へと案内してくれる。中に入ると分かるが、めちゃくちゃ広いし中に池とかある。もう勘弁してくれ。前世含めても高級店には縁が無いんだ、テーブルマナーとか何も分からんぞ。
「【イナリノカミ】氏子さまがおいでになりました」
襖を開けると、恰幅の良い男性二人が並んで座っており、隅には妙齢の女性が待機していた。怖いよー。というか右に座っている男、たしか市議会議員じゃなかったか? 選挙で見たことあるぞ。
「……?」
「………」
男二人は顔を見合わせてボソボソと喋ると、「それで、氏子さまはどちらにいらっしゃいますか?」と聞いてきた。すみません、俺です……。議員とかじゃなくてすみません……。
「あー、いえ……。本日【イナリノカミ】様の氏子として来させていただきました、
「馬鹿な! いくらなんでも若すぎ―――」
片方の男性が思わずといったようにそう叫びかけたが、次の瞬間右の市議会議員が男をぶん殴って中断させた。
だから怖すぎるって。何が起きてるんだ? これが上流階級の交渉術なのか?
「灰谷さま、大変失礼いたしました。無才ゆえの非礼、どうかご寛恕いただければ」
「はあ……はい……」
なんかもう既に帰りたいな。帰ってお狐様の尻尾にくるまれたい。あの尻尾はこの世のものとは思えないほど柔らかいのだ。
「わたくし【カマドガミ】様に仕えております、竈門と申します。こちらは亀山で、教育委員会の教育長を勤めております」
「よろしくお願いいたします……」
市議会議員の竈門に、教育長の亀山ね。……じゃあ隅にいる女性は誰なんだよと思うが、これは聞いていいやつなのか?
「ああ、こちらのものはどうぞお気になさらず。まさか灰谷さまがここまでお若いとは思わず……もっと年若いものを連れて来るべきでしたね」
そう言って竈門さんは朗らかに笑うが、正直笑い所が一つも分からない。上流階級ジョークか?
恐らく【カマドガミ】一族内では竈門さんが格上なのだろう、言葉にならない力関係を相手方三人からは感じた。
そこから俺の事情を説明する。
少し前に神隠しに遭い、そこで【覚醒】した事。【イナリノカミ】様に信仰を捧げ、異界で【ガキ】を焼き払っていたこと。こちらの懐事情が安定したので、この地におわす他の神々へ挨拶しに参ったことなどを真面目に説明した。
話を終えると、相手方三人は皆黙り込んでいた。怖いって。
正直宗教というものを甘く見ていたと言わざるを得ない。まさか【カマドガミ】一族がここまで権力を持っているとは思ってなかった。お狐様は「万に一つもありえん」と言っていたけど、もし「この生意気な異能者は今のうちに排除しておこう」とか思われたら抵抗できないぞ。
もしそうなったら、お狐様の神社に行って二人で暮らそう。異界で【ガキ】を焼き、猪とかを狩って食べるのだ。お狐様と2人で逞しく生き抜いてやろうじゃないか。
そう皮算用していると、いきなり竈門さんが土下座した。
「この地を守護してくださったこと、誠にありがとうございます。我ら一族を代表しまして、灰谷様および御尊き【稲荷神】様に厚く御礼申し上げます」
残りの二人も深々と頭を下げてくる。怖すぎるって。これが土下座外交ってやつなのか? やっぱ上流階級って摩訶不思議だわ……。
通りがかった女中が「!?」という顔でこちらを見てくるのを感じながら、俺は山奥のお狐様を思いながら必死で頭を上げてもらうよう頼み込むのだった。