世界の背表紙で、君と踊ろう   作:厳冬蜜柑

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「回帰不能点」。

平穏が、崩れ去る。
あんなに強く見えたその姿も、決して無敵ではないのだと。
それを知ったときには、歩み出した道程はもう、戻れないところまで来ていた。



#0x06 The Point of No Return (原作第六話)
#0x06 The Point of No Return (1/3)


 それは一件の連絡と、そして警告だった。

 

 ――任務遂行中のリコリスが何者かに集団で襲撃され、殺された。

 リコリスが、命を落とす。それ自体は、残念ではあるが稀なことではない。しかし明確な意図を以て()()()()というのは、相当に異例であるらしい。なるほど、彼女たちの任務の性質が暗殺にあるところから考えても、寧ろそうでなければおかしいというのは、頷ける話だ。ただ現実として、一人のリコリスが何者かによって殺害されたというのは確かなことだった。

 

 いや、正確に言えば、それすらも正しくはない。

 つまり、一人()()()()のだ。リコリスへの襲撃事件は、決して今に始まったことではないらしい。

 彼らの言によれば、初めにこの種の情報――リコリスが何者かに殺められたという報告が上がったのは三週間ほど前のことで、そこからこれまでに犠牲となったリコリスはなんと四人を数えるのだという。いずれも夜間、かつ単独での任務を行っている最中に、突然の襲撃を受けてのことだったようだ。

 

 かかる事実を、僕はD()A()()()()()()()()()を経由して知った。

 発端は、ひと月ほど前に遡る。僕がDAから嘱託情報官の打診を受けたときのことだ。

 あの時の勧誘自体は、保留ということで今のところ半ば凍結されているが、しかし重大な共有事項を伝達するためにと、以来僕と彼らとの間には専用の連絡手段が開設されていた。

 彼らは今回、それを使って情報を寄越してきている。即ち、DAにとって隷下のリコリスに継続的に危害が及んでいる現状とは、僕の方にも共有をかけるべき深刻な事態であると言うことになるのだろう。

 

 一見して、やや不可解な行動にも映る。内容に鑑みれば確かに事態は由々しきものなのかもしれないが、被害が及んでいる範囲だけで言えば、あくまで彼らDAの内部におさまっているからだ。勧誘こそ受けてはいても、実情としては未だ部外者である僕にまでこの情報を連携する意図は、些か不明瞭であるとも思われた。

 

 ならば、一体何を思っての連絡なのか。果たしてその答えは、続く文言の中にあった。

 

 曰く、襲撃を行った輩については未だあまりに謎が多いのだという。

 一応、調べ自体は進められている。彼女たち被害者との通信記録によれば、司令部との接続が途絶する直前には必ず何かと衝突したような轟音が聞こえていることから、襲撃の手口が「自動車による強襲」であることはまず間違いがないらしい。

 しかし、それ以上のことは何も分かっていない。被害者の死体には執拗に銃撃を受けた跡がみられることから、何らかの遺恨がある可能性も否定できないが、ただ動機にしろ、リコリスの所在の特定に使っている手段にしろ、捜査中ではあるものの手掛かりさえないという。

 DAの捜査能力を以てしても、と言うのは些か以上に驚きだが、いずれにせよ「ついては喫茶リコリコ所属の二人のリコリスに警戒を促すように」と、そんな文言でメッセージは結ばれていた。

 

 そこまで読み進めて、ようやく得心へと至る。ミカさんにも同様の連絡は行っているのだろうが、何にせよ千束さんとたきなさんの二人に、この伝達事項は必ず共有しておいて欲しいというのが、彼らの大意なのだろう。

 

 納得すると同時に、僕の頭の中にはとある一つの記憶が浮かんでいた。

 即ち、先日の北押上駅の事案だ。確かあの場には、リコリスを視認して、彼女たちの攻撃を受けて、しかしただ一人逃げ遂せた男がいたはずだった。どうにもそれが気になって、当時の監視カメラの映像を確認することにした。

 

 デスクトップマシンの前に陣取り、保管していた件のデータを、今一度再生ソフトにかける。

 記録は、乱射の発生から始まっていた。目を灼くようなマズルフラッシュと共に、耳を聾する轟音が響く。それが途切れ、開いた電車のドアから猛然と応射が、反撃が始まった。男たちがその正確な射撃によって次々に射抜かれ、斃れてゆく。

 それが続くこと十二秒ほどの後、設置された監視カメラのほぼ直下に、ホームの柱を使いリコリス達の射線の死角へ回り込んだ男の姿が見えた。そして何か機器を取り出す。恐らくはこれが、爆弾の遠隔操作装置だろう。

 そのスイッチを押す。押して、押して、しかし何も起きない。

 果たして男は焦った様子で機械を放り出し、ホームドアを飛び越えようと手をつき、地を蹴り、そして身体が宙へと浮かんで――。

 

 そこで動画を止めた。画面の中、監視カメラがその人影を鮮やかに映し出ている。

 纏うは黒い全身コート、そしてあまりに特徴的な、くすんだ緑色に染められた頭髪が、一際目を惹いた。

 

「やっぱり、こいつか……?」

 

 モニタを指で叩きつつ、僕は思い出す。

 そういえば、この男と思しき人影について、前クルミに相談していたな、と。

 

 明日、進捗を訊いてみようか。そう、考えた。

 

 

 

#0x06 The Point of No Return

 

 

 

 一夜が明けて、珍しく早起きだった僕が朝早く喫茶リコリコを訪ねると、そこには珍しい光景が広がっていた。

 カウンターに立っているのは、なんとミズキさんだ。そして彼女は手に握る包丁で、カウンターに所狭しと並べられているスイカと格闘していた。

 

「おはようございまーす」

 

 声をかけると、ミズキさんはどこか疲れたような顔でこちらを見てきた。

 

「あーおはよー。ちょっとこれ見てよー隼矢くーん」

 

 そう言って、彼女は手招きする。ちょっと待ってくださいね、と断って、僕はワードローブに手荷物だけ置いてからカウンター裏へと向かう。そしてミズキさんの隣に立つなり、彼女は僕に先ほどの続きとばかりに愚痴を垂れた。

 

「店長がさぁ、安かったからってだけでこんなにスイカを仕入れてきてくれちゃって。切らなきゃ冷蔵庫に入んないんだけど、この数をこなすのほんっとキツくてさぁ」

 

 いかにもうんざりと言った口調だった。何個も何個もスイカをバラして来ているのか、見れば彼女の腕は微妙に震えていた。

 

「……手伝いましょうか?」

「えっ!? いいの? いやーほんと優しいわー隼矢くん。どっかの誰かさんとは大違いだわー」

 

 僕の提案に、彼女は地獄に仏を見たかのような表情を浮かべた。

 というか「どっかの誰か」とは誰だ。まさかミカさんのことじゃあるまいな。口から出かかった言葉は、無理やり飲み込んだ。

 一度バックヤードで手を洗って、カウンター裏に戻る。

 

「それ貸してください。ミズキさんはしばらく休んでていいですよ」

「……神だ。神がいるわ」

「大袈裟すぎですよ」

 

 今にも僕のことを拝みだしそうなミズキさんから包丁を受け取り、カウンターの前に立つ。

 一つ深呼吸をして、僕は並べられているスイカとの「真剣勝負」を始めた。

 

 

 

 そしてそれを続けること一時間、あれほどカウンターに並べられてたスイカの大群も、無心で処理を続けた甲斐あってか七割程が捌けていた。しかしその結果、店に備え付けられている大型の業務用冷蔵庫の九割近くが埋まってしまった。無論その中身の大部分は、僕が切って切って切りまくったスイカだ。

 一応他に納められている品を出せばスペースはいくらでも作れるが、しかしそれは本末転倒ではないかと、僕はミカさんに問いかけた。

 

「ミカさーん。まだ全然余力はあるんですけど、冷蔵庫が埋まりそうです」

「わかった。じゃあ残りはジュースにしてくれればいいから、四分割ぐらいでバックヤードに持ってきてくれ」

 

 ミカさんのその指示通り、次のスイカから切り方を変えようと新しいスイカをまな板の上に据えたタイミングで、視界の隅に不審な腕が躍った。それは瞬く間にカウンターに並べられていたスイカのうちの一欠片を掠め取って、下へと消えた。

 こういうことをする奴は、一人しかいない。クルミだ。いつの間にそこにいたのか。

 身を乗り出して、覗きこむ。果たしてそこには、くすねたスイカに満面の笑みを浮かべて、今にもかぶりつきそうなクルミがいた。

 

「クルミ……」

 

 声をかける僕の顔は、恐らく呆れた表情を浮かべていることだろう。聡明で思慮深い物言いをする割には、どうにもこういう狡賢い末っ子のような振る舞いをする。まあ、それもクルミらしさではあるのだが。

 

「なんだい?」

「いや、まあいいんだけどさ……食うのは二個ぐらいにしといてくれないか? 一応それも、店の金で仕入れてるんだから」

「その分()()を使って働いてやってるんだし、いいだろ?」

 

 窘める僕に、彼女は自分の頭を指で叩きながら、得意げな顔で反駁した。

 

「あ、そう……あ、そういえば相談することがあるんだった、君に」

 

 彼女の「働いている」というセリフに、今日ここに出向いた理由の一つを思い出す。

 僕の言葉に、クルミは無言で首を傾げた。無論、口いっぱいにスイカを頬張りながら。

 

 

 

 その後、元気が回復したミズキさんに残りの作業を頼んで、僕たちはまたいつもの奥間にやってきた。

 

「で、相談とはなんだ」

 

 お決まりとなった彼女の問いかけに、またいつものように僕は押し入れを指さした。

 

「映像資料はいつも通りのストレージにあるから、確認してほしい」

「わかった」

 

 定位置に戻ったクルミが、しばしの後、モニタに一つの動画を映す。昨日僕がストレージに上げた、件の監視カメラの記録だ。

 再生を進め、緑髪の男がホームドアを飛び越えようとするところで、停止。

 

「二ヶ月ぐらい前の、駅のテロ未遂のやつ。逃げた男がこいつなんだが、これ……」

 

 言うが早いか、ああ、とクルミが頷く。

 

「これあれだな、前の武器取引のやつ」

「……やっぱそうだよな」

 

 静止した画面に映し出されている男の、あまりに特徴的な全身コートに目が向く。こんなものを夏にわざわざ着ているような人間、そうはいないだろう。しかしどうやらクルミは、もっと直接的な根拠を持っているらしい。

 マシンを操作して、彼女は別のアプリを立ち上げる。映し出されたのは、以前の武器取引の写真だ。しかしそれはどういう訳か深度情報を与えられ、しかも写真からでは見えなかったはずの死角の部分さえも、視点操作で見えるようにデータが補完されていた。

 

「なんじゃこりゃ……謎技術が過ぎるだろ。クルミ、君これどこから補完したんだよ」

「ふっふっふー。そりゃお前さん、秘密だよ秘密。……で、これ」

 

 得意気な笑顔を浮かべたクルミが、3D写真データの視点をいじる。結果出てきた構図に、図らずも声が漏れた。

 

「こいつ、この顔……」

「だろ?」

 

 まさしくそこに映っていたのは、さっきの逃亡犯のものと思しき立ち姿だった。

 だとすれば、一連の事件は連綿とつながっている可能性が、やはり高いのか。武器取引も、北押上駅のテロも、そして――。

 

「クルミ。DAのホットラインから通報があったんだけど」

「ああ、リコリスが襲われてる、ってやつだろ? ミカがなんか話してたな」

「そう。ただあっちもろくに情報を掴んでない。ひたすら後手後手で襲われてる。一つ分かってるのは、複数人数で行動中のリコリスは襲われてないってことぐらいだ」

 

 しかしそれも、いつまで続くか。ともかく。

 

「最近の事案で、リコリスの存在を知っていながら生き延びたのは、こいつぐらいだ。いや僕が知らないところで別の重大事案が起こっている可能性は否定できないんだけどさ」

「……つまり、こいつが怪しい、ってことか?」

 

 クルミの問いかけに、黙って頷く。

 

「前こいつの調査を頼んでただろ、僕。そのあと、何か進捗はあったか?」

「あー……ちょっと待て」

 

 そう言って彼女は、また別のアプリを開く。そこに出てきたのは、住基ネットと登記簿、そして不動産契約に関する書類のデータベースだった。

 

「まず、ここら辺の行政サービス関連の情報を一頻り漁ったが、顔パターン検索ではこいつに類似するデータは一切見つからなかった。まあ、当たり前だな」

 

 そして次に彼女が展開するのは、首都圏の主要地域に設置された監視カメラのアクセスポイントリストだ。

 

「で、こっちのデータなんだが……これも最初に確認されたまともな映像データが、例の武器取引の写真。それからは似たような背格好でコートを着た男はちらほら見えはするんだが、決定的に同定可能な情報には至らなかった」

 

 そこまで言って、ただし、と続ける。

 

「例の武器取引以前は同種の映像データが全く存在していない。全くだぞ? つまりこの男は、例の武器取引の日以前にはそもそも日本にはいなかった可能性が高い」

 

 そう、だとするならば。彼女の言葉を受け継いだ。

 

「この写真の男は、四月初旬の武器取引のタイミングで日本に来て、そして居住に関して一切の行政サービスを受けることも不動産契約を結ぶこともなく、そのまま潜伏していると」

「まあ、そうなるな。つまりいる可能性が高いのは、どこかしらの車か、あるいは船か」

「……車だったら、車庫証明で追えないか?」

「わかった、調べてみる。ただ十中八九、どこぞの空きコンテナ船にでも潜伏しているんだろうさ」

 

 会話しながら、この男の潜伏しているとみられる場所を絞り込んでいく。

 

「とりあえず、今のところはこんなとこか。調べてくれて助かった。引き続き頼む」

「いいってことよ。しばらくはボクたちは『相棒』だからな、隼矢」

 

 じゃ、ミズキでもからかいに行くか、と。ひとつ伸びをして、彼女は奥間から立ち去る。

 その後ろ姿を眺めつつ、思う。全く以て、敵にすれば恐ろしく、味方にすれば頼もしい。

 ――持つべきものは「ウォールナット」、か。

 そう一人つぶやいて、僕も彼女を追いかけた。

 

 

 

 それから程なくして、千束さんが店へとやってくる。

 

「おはよう! 労働者諸君!」

 

 見ればその足取りは軽く、言葉遣いも浮ついている。いつになく上機嫌な彼女の様子がはっきり見て取れた。

 それに一体どうしたことかと思っていれば、そのすぐ後ろから声が続いた。

 

「おはようございます」

 

 声の主は、たきなさんだ。いつも通りの澄ました声と振る舞いで、千束さんに次いで店へと入ってきた。

 珍しいこともあったものだと思う。大体にして、二人が同時に店にやってくることなど滅多にない。大体はたきなさんが先にやってきて、比較的寝坊助らしい千束さんは昼近くにようやく店にやってくる。ひどい場合は、午後からだ。

 

「聞いたよー? えらいことになってるわね」

 

 カウンターの中から、ミズキさんがそう彼女たちに声をかけた。「えらいこと」とは、件のリコリス襲撃の件だろう。

 

「私らDAじゃないから大丈夫だよー」

 

 手をひらひらとさせながら、千束さんは更衣室に向かって直行する。その口ぶりからはどうにも、いまいち危機感が感じられない。

 

「可能性はゼロじゃありません」

 

 逆にたきなさんは、この件について危機感を強く持っているらしい。反論しつつも千束さんの後を追った。どこまでも対照的な二人だった。

 

「二人とも、それについてなんだけど」

 

 彼女たちが更衣室に入る直前に、呼び止める。二人そろってこちらを振り向き、首を傾げた。

 

「DAの方から、一応注意喚起をもらってる。向こうが今持っている粗々の情報も」

「そう、なんですか。しかしなんで、よりによって隼矢さんが?」

 

 当然の疑問を呈するたきなさんに、ミズキさんが答えた。

 

「あー、この人今DAからスカウト受けてんのよ。『嘱託の情報員にならないか』って」

 

 二人が、揃って目を見開いた。

 

 

 

「……聞いてないぞ、ボク。その話」

 

 千束さんにたきなさん、両人がリコリコのお仕着せに着替えた後、先ほどホールにいた僕たち四人にクルミを加えたメンツは、奥間で車座になって集まっていた。

 

「それは……すまん、クルミ」

 

 その話とはつまり、僕がDAにスカウトされていることだろう。不満げにそう漏らすクルミに、正面から頭を下げた。こればかりは話をしなかった僕が悪い。勧誘の直接の原因となった()()()()()()は、かなりの部分をクルミからの協力で成り立たせていた部分があるわけだし。

 

「それで隼矢さん、どういった経緯でそうなったんですか」

 

 そしてさっきから、やたらとたきなさんが熱心な態度でこちらに尋ねてくる。やはり自分が最終的には戻ることを目標にしている組織へのスカウトを受けていることは、少なからず気にはなるのだろうか。

 

「この間の、北押上駅のテロ未遂事件。二人と一緒に水族館に行った時のあれだよ」

「確かに、あの時隼矢さんはDAと協働で任務に当たってましたね……それが?」

 

 更に前のめりになって問うてくるたきなさんに、やや気圧されながらも僕は答える。

 

「あの時、僕のやった『仕掛け』で結構な数のリコリスが助かった……らしい」

 

 当時の経緯を、ある程度の概要で説明する。

 逃走目的で爆発物や毒ガス発生装置を仕掛けていると踏んだ僕が、それを阻止するためにちょっと工夫した電波のジャミング装置を設置したこと。

 それが奏功し、テロ犯による駅爆破は阻止されたこと。

 駅構内に設置された爆薬は僕の見立てよりずっとずっと遥かに多く、仮に爆発していた場合、北押上駅は完全に破壊され、現場のリコリスは瓦礫の下敷きになって全滅していた可能性があったこと。

 

「……そんな、ことが」

「それで、そこいらへんのプロファイリングと対応力がDAのお眼鏡にかなった、ってことらしい、彼らが言うには」

「ボクが大分協力したからだけどなー」

 

 横から未だ不満げに茶々を入れる、クルミ。いや全くその通り、ごもっともだ。

 

「だからごめんて。……そういうわけで、誘い自体は受けてるんだけど、今んとこ保留中」

「……なるほど」

 

 たきなさんはその説明で納得したようだが、しかしさっきから千束さんが一言も言葉を発していない。見ると、どことなく不満そうな顔で僕の方を見ていた。

 

「どうしたの? 千束さん」

 

 水を向けると、べっつにー、と顔を逸らせたあと、ポツリと言った。

 

「隼矢さんには向いてないと思うよ、あそこ」

「千束!」

 

 それを聞くが早いか、まさに聞き捨てならんとばかりにたきなさんが声を荒らげる。自らの戻るべき場所を否定されたことへの不満か、或は僕への物言いを咎めようとしたか。

 ただそれでも、僕は彼女の言葉にはただ苦笑いせざるを得なかった。

 

「千束さんもそう思う? ……実は僕もなんだよね」

「隼矢さん……」

 

 ――なぜならそれは、正直言って図星だったからだ。

 その僕の言葉に、たきなさんは裏切られたような顔で振り返り、そして千束さんはぱっと顔を輝かせた。

 本当に、どこまでも対照的な二人だ。僕は続けた。

 

「スカウトを受けた時さ、DAの本部に行ったんだよ。君たちの司令の、楠木さんにも会った。というか直々にスカウトされた」

 

 それを耳にするや、千束さんはうへぇ、といった顔をした。というより、うへぇ、と文字通り口にした。

 

「楠木さんと? カッタイでしょ、あの人。私話すと息が詰まるんだよね」

 

 何か思い出しでもしたか、心底嫌そうな顔で彼女は言う。とはいえ、その話ぶりにはどことなく親愛の情も潜んでいる気もしたが。

 

「まあ、真面目な話だったから、そこはあんまり気にはならなかったんだけど……」

 

 いずれにせよ、それはいい。一呼吸入れて、続けた。

 

「爆弾が、もし爆発していたら、って仮定の話でさ。あの人は先に『爆破されたら、破壊された駅の復旧には長時間を要するところだった』って言ったんだ。その後に『リコリスも全滅していたかも』って。……僕は、逆であるべきだと、思ったんだ」

「……『いのち、だいじに』」

 

 千束さんのつぶやきに、頷く。

 

「爆破の被害について聞いた時、真っ先にリコリスの子たちが助かったことが嬉しかった自分がいたんだ。駅の損害も大事だけど、それでも。……だから、考え方が違うなって」

 

 あの時の心情を思い返すように、一言一言を口にする。あの応接室の中での問答と、彼らに対して懐いた感慨を。それは失望か、落胆か、焦燥か、或は、憐憫か。

 

 たきなさんはその僕の言い分を、未だやや不満げな、釈然としない様子で聞いている。片やクルミは、そんな僕の言い分には特に興味もなさそうに見えた。

 

 そしてもう一人、千束さんはその僕の言葉に、一つだけ呼吸を入れて――そして、ふわりと微笑んだ。

 思わず目を見開いた僕に、彼女は嬉しそうな声色で、言葉を紡ぐ。

 

「……嬉しい。嬉しいよ、隼矢さん。――私と、おんなじだ」

 

 気付いているのかいないのか、胸に手すらも当ててそう口にする彼女の表情は、正面から見るにはあまりに綺麗すぎて、だから僕はもうそこから、二の句が継げなくなった。

 話すか話すまいか迷っていた、DAへのスカウトを最終的に断ろうと思った()()()()()()()は、結局喉の奥に引っ込んで、出てこなくなってしまった。

 

 

 

 そんな、奇妙な沈黙が流れる中、そこに大きめの咳払いが響き渡った。全員がその出元に目をやる。

 

「……で? 隼矢くんはそんなことを話すためにアタシたちを呼んだんじゃないんでしょ?」

 

 ミズキさんが、どことなく私怨の篭ったジト目で、僕のことを睨んでいた。

 そうだ。全く以てその通り。気を取り直して、こちらも軽く咳払いを一つ。

 改めて千束さんとたきなさんに向き直って、僕は口を開いた。

 

「まあ僕のことはいいんだよ。DAからの注意喚起の話」

 

 そして、DA側からもらった情報について、主要なところを話す。

 つまり、夜間の単独行動にはリスクが伴うこと。

 そして、襲撃犯がいかなる形でリコリスを峻別しているかは、まだわからないこと。この二つだ。

 

「DAでも分からないんだね、まだ」

 

 千束さんが、そう零す。

 

「まあだからこそ、立て続けにリコリスが襲われてる。そういうことだろ?」

 

 いつの間にか押し入れに戻っていたクルミが、モニタを横目に指摘した。

 

「まあな。……と言うことで、しばらく二人には基本的にはペアでの行動をお願いしたいんだ。よっぽどの場合を除いて」

 

 その言葉に、たきなさんが反応した。

 

「そのことですが……」

 

 首を傾げる僕に、彼女は昨日からの二人の動向について話し始めた。

 

 都内にあるDA直轄の医療機関で、主に東京所属のリコリスたちの医療面でのバックアップを行っている山岸という女性が、つい先日たきなさんの定期検診の折に似たようなことを言っていたらしい。つまり、暫くリコリスの単独行動は控えた方がよい、ということ。

 それを聞いたたきなさんは、任務での行動だけでなく私生活においても警戒は怠るべきではないと考えた。

 そういうこともあって昨日、彼女は千束さんの住居に訪問して、そして紆余曲折の末、暫くの間彼女たちは寝食を共にすることになった、と。

 

「そう! だからたきなとはしばらくの間、一緒にお泊りなのです」

 

 浮かれた表情で、千束さんが言葉を継ぐ。そこで気づいた。今日店に入ってきたときの彼女の浮つきぶりというのは、ここに端を発していたのか、と。つまりどうにも彼女は、今回のことについてあまり真剣に考えてはいないらしい。どちらかと言えば彼女は、たきなさんと暫く一緒に暮らせるという事実の方にこそ、重きを置いている。僕には、そう見えた。

 

 

 

「いい手だと思う」

 

 それを聞いた僕の直接的な感想は、それだ。

 

「DAもそうだけど、一応こちらでも今回の犯人に関してちょっとだけ当たりはつけてる。ただ予断を持って当たるべきじゃないし、暫くの間は自己防衛に徹するのが一番いい」

 

 一呼吸おいて、続ける。

 

「最低でも彼らがどういう理屈で襲撃の対象を選んでいるかがはっきりするまでは、二人は一緒に行動することを徹底すべきだと、僕は思う。……それと」

 

 言いつつ、僕はクルミに目配せをした。彼女は頷き、押し入れからガジェットを二つ持ってきて、そして卓袱台の上へと並べる。

 置かれたそれに、全員の注目が集まった。

 

「しばらくの間、常時これを装着していてほしいんだ」

「……これは?」

 

 それを見下ろしながら、たきなさんが疑問を投げかける。その疑問は尤もだ。

 その外観からは、ただの黒いゴム製のリストバンドにしか見えないそれを一つ手に取って、僕はこれの正体を二人に説いた。

 

「本来は任務中につけてもらうことを想定してたものなんだけど……GPS発信機と、衝撃や転倒検知、それに簡易的なバイタルチェック機能が入った、遠隔監視用のビーコンだ」

 

 千束さんとたきなさんが、その僕の言葉に怪訝そうに顔を見合わせた。

 

「ちょっと、それは……プライバシーってもんが」

 

 そしてそこから暫くの間をとって、こちらを向いた千束さんが、そんな反応を示す。承服しかねると、その顔にははっきりと書かれていた。

 まあ確かに、やっていることの字面だけ並べれば、相当にまずい。年端も行かない少女たちに発信機をつけて、プライベートに至るまでその位置情報を詳らかにしようとしているわけだ。悪質なストーカーでもここまではすまい、とは、思わないでもない。

 ただそうであっても、どうしてもこれをつけてもらわなければいけない理由が、僕にはあった。

 

「もし仮に二人が襲撃を受けるような場合に、いつどこから仕掛けてくるか、全く読めないんだ。だから何かあったときにすぐに救助に向かえるように、できる限り君たちの位置情報は押さえておきたい。欲を言えば、犯人たちの情報の入手元が割り出せるまで。……大分最低なことをお願いしている自覚はあるんだけど、そこを何とか」

 

 ならば、示すべきは誠意だ。そう思ってただ、頭を下げる。

 そしてそこからしばらくの沈黙が続いて、目の前から身動ぎの音がした。

 

「隼矢さん」

 

 声の主は、千束さんだった。顔を上げる。

 彼女は何とも言えない表情で、僕のことを見ていた。

 

「住んでる拠点の近くまで行ったら、連絡するから、監視を切って。それと仕事がない日は、夜十一時から朝十時までの時間帯も。それを守ってくれるなら、つけるよ、私」

「……わかった、約束する。たきなさんは?」

「私は構いません。隼矢さんの懸念は、こちらとしても理解できますし」

「……ありがとう、助かる」

 

 二人は自らの前に置かれた黒いリストバンドを、それぞれに身に着ける。そして程なくして彼女たちの手首に巻かれたそれを見て、僕は内心の嘆息を隠すのに難儀した。

 僕から頼んでおいて何ではあるが、正直言って彼女たちの腕に巻かれた黒いそれは、リコリコの制服にはあまりにも不似合いに映った。

 確かに、僕が内心に抱える気後れも、その姿をしてそう受け取る原因では間違いなくあったのかもしれない。それでも何でも、今の彼女たちの姿を見るにつけ、僕の心にはどうしようもなく暗澹たる気分が広がるばかりなのは確かだった。

 

 だからこそ。

 

 要件が終わり、ホールに戻っていく彼女たちを見送りながらも、僕は早く今の事態が収束してくれることを、ただひたすらに祈った。




(12/6 0:25) 一か所だけクルミの一人称がおかしかったのを修正
12/23 題字に特殊タグ(プログラミング用フォント)適用
12/25 クルミの人称間違いが一部あったので修正
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