それは、神からの贈り物。
神意の代行者を謳う彼らは嘯いた。
世に出でるべき定めの如何は、我らが手の内にこそあるのだと。
#0x07 The Parable of the Talents (1/2)
僕がDAから嘱託情報員のポストを打診されてよりこのかた、先方からは一つの連絡口が常時共有されている。その、彼ら曰くの「ホットライン」に、僕は今回の顛末と共有すべきデータを送った。当然、本来の職責である上長への報告と併行する形でだ。
つまりは先日千束さんにもその魔の手が及んだ、連続リコリス襲撃事件についてのことだ。それは以前の武器取引や北押上駅のテロ未遂事件と共通の人間が企てたもので、今回その主犯格について、容貌と名前を突き止めることに、成功したと。
DAの反応は早かった。僕が今回の顛末書を提出した三日後には、件の男についてのプロフィールが簡易的にまとめられ、そして返送されてきた。
それによれば、件の男、名前は「真島」と綴るらしい。恐らくは苗字で、下の名前は彼らの情報網をもってしても把握できていない。現在は国際的に活動する武装集団を率いて、これまでもいくつかの国で武力による擾乱事件を起こしている。
この組織自体については、ウチの隣の課、つまり国際テロ組織を追跡する部署である公安の外事第四課のデータベース上にも存在していた。しかしその首謀者についてはよくわかっておらず、また経時的な足取りを掴むこともできていなかったようだ。改めて、DAの精巧で広大な情報網には感服させられる。
そしてもう一つ、向こうからは情報が共有されてきた。それによればこの真島という男は、かつてこの国で起こった最大の爆弾テロ事件である「旧電波塔事件」においてもその姿を見せていたらしい。ただしその時の彼は目の部分を布で覆い隠しており、今のような五体満足の姿ではなかったと、レポートには書かれていた。
その記述に、思い返す。千束さんを救うために、攻撃ドローンを使って視覚に対する攻撃を仕掛けた直後のことだ。あの真島という男は懐に潜り込もうと接近させたドローンを、
つまり彼は何らかの方法で、視覚に頼らずとも正確に空間を認識する能力を会得している。最低でも、その可能性が高い。
一つ推測ができそうな仮説はあるが、しかしこれもまたクルミとの相談案件だろうか。僕は手持ちのタスクリストに、真島に対するこの疑念点の解決についてを書き加えた。
この真島なる男が、いかなる狙いをもってこの国に潜伏しているかは、未だ分からないが。
いずれにせよ、千束さんに彼がした仕打ちについては、絶対にその報いを受けさせる。必ず、この手で。
そして彼の本来の企てがもし別にあるのだとすれば、それもまた跡形もなく潰してやる。僕は一人、その決意を新たにした。
#0x07 The Parable of the Talents
今日は、珍しく喫茶リコリコへの人の入りが多い日だった。
久しぶりに僕はホールスタッフとして丸一日店に立ち、客からの注文を次々と捌いていた。
たきなさんに関してはいつもと変わらずの真面目さで、しかし店に来たばかりの頃と比べれば相当に愛想よく接客をこなしている。
ミズキさんはといえば、主にキッチンスタッフとして黙々と受けた注文の処理を続けていた。
ミカさんは言うまでもなく、いつもと変わらずのコーヒー係だ。彼の淹れるコーヒーこそがこの店のウリであり、そして最も大きな存在価値の一つなのだから、それは言うまでもないことだった。
そして最後、千束さんについてだが。今日一日を通して、彼女は明確に
正確には、午前から昼過ぎぐらいまではいつもの通りの元気さで接客を続けていた。異変が起こったのは、一度休憩に入った直後からだ。そこからというもの、彼女の振る舞いが途端におかしくなった。
悩ましげな顔を隠すことなく、あちらこちらを徘徊する。何の用事もないのに表口から外へ出て、また難しい顔で戻ってくる。
客の注文を聞き間違えて、慌てて僕がカバーに入ったのも一度や二度のことではなかった。
多少のミスは彼女の愛嬌のうちではあるものの、しかしこれは明らかに変だ。終業後、相談の一つでも乗ろうか、と。そう密かに僕は考えていた。
そして、営業終わりの夜のこと。
買い出しのために店を出たミカさんを除いた全員がホールに屯しているタイミングで、千束さんがまた難しい顔で表口から現れた。
それを見かねたか、たきなさんが千束さんへと声をかける。
「どうかしましたか? なんか今日は変ですよ?」
こいつは毎日ヘンだろ、と混ぜっ返すミズキさんの発言は完全に黙殺され、そして千束さんは悩ましげな顔のままに声を上げた。
「先生は?」
「さっき買い出しに行った」
なに? もうおっさんのことか恋ちいのかな千束ちゃんは? などと。またうざったらしいく千束さんに絡みに行くミズキさんの手には、よくよく見れば晩酌用のコップが握られていた。
「ミズキさん……そのあたりで」
僕は彼女を押しとどめつつ、千束さんの方を向く。
「ミカさんに用事? 多分さっき買い出しに行ったばかりだから、あと十五分ぐらいは戻らないと思うけど……」
その言葉に無言で首を振った千束さんは、何か決心したような表情を浮かべながらその顔を上げる。そして静かに息を吸い、口を開いて――
「皆さん。……リコリコ閉店のピンチです」
そんな、爆弾発言を放った。
急遽奥にいたクルミも呼んで、全員でバックヤードの更衣室に集まる。
ミズキさんは一頻り外の様子を確認して、ミカさんが戻ってくる気配がないことを確認してから、千束さんに経緯を促した。
千束さんは言う。彼女が昼休憩に入るタイミングで、たまたまミカさんとすれ違った折のことだ。彼の側に無造作に置かれていたスマホが鳴動して、そしてあるメッセージの通知を表示した、らしい。
そしてその文面が、今の千束さんの悩みのタネなのだ、という。
「『千束の今後について話したい』、ねぇ……」
彼女の語ったその内容を一人反芻する僕を横目に、ミズキさんが千束さんを窘めた。
「人のスマホ覗き見すんじゃありません!」
「だって見えちゃったんだもん」
「目がいいと余計なもの見てしまうんですね」
「パンツとかな」
千束さんが抗弁し、それにたきなさんが応じる。クルミは余計なことを言って、横に立つたきなさんから物理的にお灸をすえられた。具体的には、彼女の持つ配膳用のお盆で。
「でも、なんでそれだけで『リコリコ閉店』につながるの? 千束さん」
千束さんに問いかける。分からないのはそこだ。何ぶん話が数段飛躍しているようにしか思えない。なぜミカさんが彼女の今後について話すと、リコリコが閉店の憂き目に遭うのか。
僕の問いに、彼女は深刻そうな表情のまま口を開いた。
千束さんの推理はこうだ。あのメッセージはDAの司令である楠木さんから送られたもので、彼女の狙いはミカさんを篭絡して、千束さんをDAに連れ戻すこと。
結果としてリコリコはDA支部としての存続に必要である「ファーストリコリス一人以上の所属」という要件を失い、閉店せざるを得なくなると。
終始表情を変えることなく自らの推測を披露した彼女だが、その論理には非常に大きな欠陥がある。
僕はそれを一つ一つ解きほぐしていくことにした。
「あのさ、千束さん」
その呼びかけに相変わらずのしかめっ面でこちらを向いた彼女に、僕は諭すように言葉を返した。
「一応、僕はDAのホットラインから緊急性の高いものに限っては情報の共有を受けてる。それは知ってるよね?」
訝しげな表情で、千束さんが頷く。まだピンと来ていないようだ。更に続ける。
「今僕が所属している支部、つまりリコリコの今後を左右するような重要な情報は、当然緊急性が高いし、僕がそれを知らされないのはおかしいんだけど……僕からこんな話、出たっけ?」
そこまで言えば、さすがの彼女も気づいたようだった。
そうだ。そういうリコリコ関連の重要な情報について、僕が何も知らないままというのは基本的にはあり得ない。まあこの支部の責任者であるミカさんの方が色々と先に知っているのは大前提ではあるが、それにしてもだ。
故にこそやっと、千束さんは自分の考え違いに思いが至ったらしい。呆れ顔で自らを見る全員の目線を一身に受けて、彼女は自分の頭を小突いて、片目をつぶった。
「……ごめんね?」
これによって「リコリコ閉店危機騒動」それ自体に関しては、とりあえずの決着を見た。
しかし問題はまだある。彼女が見たメッセージの中身そのものについてだ。
自分の知らないところで、自分の今後について話し合いがなされる。それに気持ち悪さを懐かない人間はそう多くはないだろう。千束さんもその例に漏れず、みんなに向けて問うてきた。
「じゃあ、あのメッセージって何なんだろう」
「調べてやろうか?」
得意げな顔で千束さんを見るクルミに、彼女はお願い、と頭を下げた。
ミカさんとメッセージの送り主との話し合いの場としてセットされていたのは、「Bar Forbidden」なる場所だ。
クルミが調べると、情報は割とすぐに出た。サーフェスウェブ上には存在しないだけで、検索エンジンを使わないクローリングエンジンを使えばすぐに到達できる場所に、そのウェブページは置かれていた。
「会員制のバーか……」
ミズキさんが零す。しかしその店構えや内装は、僕には見覚えがあった。
「前行ったな、ここ……そういえば」
全員が振り向く。
「入ったことあるんですか?」
「ああ、結構前に、仕事でね」
たきなさんの問いに答える。仕事とは、つまりは公安関係の仕事のことだ。国内に潜伏する他国の情報機関からの情報共有を受けるために、いくつか用意されている秘匿された情報交換の拠点。そのうちの一つに、確かここが指定されていた。その関係で、一度僕はここに出向いている。
そういえば名前なんて意識していなかったな、と、僕は独り言ちた。
「じゃ、隼矢さんは入れたりするの?」
問いかけた千束さんに、頷く。
「こういう店を使う時、いくつかある共有の名義があって。それを使えば、一応は」
「それ、私も入れたりする?」
「アテンドの指定をすれば、多分」
じゃあ、と、そう声を上げようとした千束さんを、クルミが遮った。
「でも、こんな店で仕事の話するか?」
「でも実際隼矢さんはここに仕事で入ったって」
「いやそうだけど……ミカはスパイじゃないんだぞ」
普通に逢引きじゃないのか? とクルミは怪訝そうな声で続けた。
逢引きとは、また随分と古風な言い方をする。
「逢引きって、誰とよ」
「それは……さっき言った、DAの司令とか」
「なら、店長と司令は愛人関係ということですか」
そのまま静観していると、話はいきなりあらぬ方向へかっ飛んで行った。
なんでそうなる。あの何を考えているか分からない楠木さんと、ミカさんが
話を軌道修正しようと声を上げようとした矢先に、しかし先んじて更なる暴れ球が投げ込まれた。
「愛人って……」
「アンタの口から、……なんか興奮する」
ニヤっと。嫌な感じの笑みを浮かべて、千束さんとミズキさんが、たきなさんをそう茶化していた。
もう、勝手にしてくれ。急にどうでもよくなって、投げやりな気分で目を逸らした僕を一瞬だけ見遣って、クルミがなおも問いかけた。
「でも、そういうことだろ?」
その彼女の純粋な問いに、千束さんとミズキさんは顔を見合わせる。
「ないないないない」
そして一瞬だけ黙り込んだ後に、そう声を合わせて否定した。
やはりそこは、千束さんとミズキさんも僕と同意見なのか。そう思ったが、しかし彼女たちは全く別の根拠を持って、その発言を否定しているようにも見えた。
まあ、それはいい。他人のプライベートに関わる事情に首を突っ込むほど、僕は野暮ではない。
「それで、結局どうする? この場所、行くだけ行く?」
僕のその問いに、千束さんが頷いた。
「じゃあ、名義だけは押さえておくよ。明後日の夜九時だっけ? ミカさんの出発に合わせて、動く感じで」
そういうことになって、その日はお開きになった。
その二日後、つまりミカさん追跡作戦当日のこと。
昼間の支度中の店内で、カウンター横に据えられているテレビが一つのニュースを報じていた。
昨夜遅くに発生した、暴力団の構成員による警察署の襲撃事件。襲われた警察署は、押上警察署だと。
「ミズキさん、これ……」
「ん? あぁ」
奥間からホールに出てきたミズキさんに、声をかける。
「いや、ここ阿部さんの勤め先じゃないですか」
大丈夫なんでしょうか。そう問いかけたものの、彼女の反応はいまいち薄い。
「さあ? ただ被害に遭ったって話は聞かないし……うわ、凄いモンモン」
今度は彼女が驚きの声を上げる。見れば、事件の首謀者とみられる暴力団事務所の構成員が上半身を露にして拘束されている姿が映っていた。
確かに、その男の上半身全体には派手な入れ墨が刻まれている。今時珍しー、などと呟くミズキさんとテレビを眺めていると、誰かの入店を知らせる鈴が鳴った。
今は支度中だが、誰だろうか。そう思って振り向くと、そこには全く見慣れない来客の姿があった。
赤と紺の制服を纏った、二人組の少女。その特徴的な意匠は、僕の記憶にはあまりにも新しい。
「リコリス……」
独り言ちる僕に、来客の二人は怪訝そうな目線を寄越してきた。
「ん……? 誰だ、アンタ」
そして寄越されたいきなりの不躾な誰何に閉口していると、彼女はすぐに興味を失ったかのように僕から目線を外し、そして奥に呼びかけた。
「千束はいるか?」
どうやら千束さんの客のようだ。取り敢えず僕が呼びに行こうとバックヤードに足を向けるその直前に、そのやり取りを聞いていたか、千束さんの方からこちらに歩いてきた。
「おお、フキ! いらっしゃーい!」
フキ。目の前の赤い制服のリコリスの少女の名前だろうか。彼女はそのまま僕のことを無視して千束さんの前に陣取り、カウンターに腰掛けた。点けられているテレビを一瞥し、そしてもう一度千束さんを見据えて彼女は口を開いた。
「説明は不要だな。見せたいものがある。何か映せるものはあるか?」
その言葉を聞いた千束さんは、フキと呼ばれたそのリコリスの背後にいる僕の方へと目線を向ける。つられてこちらを見たその少女は、目を細めながら僕に問いかけた。
「やっぱ、見ない顔だな。アンタ誰だ?」
不躾な物言いは、これで二度目だ。初対面の人間に対して随分な言葉遣いをしてくれるとは思ったが、まあそれに機嫌を損ねてもしょうがない。努めて優しく、言葉を返した。
「初めまして、ですかね。ここでホールスタッフをしています、真弓隼矢と言います。お見知りおきを」
「あと、ウチの自慢の『参謀』!」
付け加えるようにそう口にする千束さんの方には目もくれず、フキさんは驚いたように目を瞠った。
「楠木司令の言っていた……! これは、失礼致しました」
そして、頭を下げる。僕のことについて、何か楠木さんから聞いているのか。そう問いかける前に、目の前の少女の方から続きの言葉が発された。
「真弓さん、貴方から共有のあった『真島』なる男と関係がありそうな事件が起きまして。念のため千束に確認をしてもらおうと。映像データだけ持ってきたもので、映せるものはありますか」
なるほど、と一つ頷く。そういうことならばと、僕は奥間においてある自分のラップトップを持ち出して、そしてカウンターに置いた。
やってきたリコリスの片割れ、紺の制服の少女が点けてあったテレビを消すのと同時に、フキさんは一つ僕に黙礼して、そして持っているUSBフラッシュメモリを僕のラップトップに繋いだ。
程なくして再生されたのは、複数の男たちが手に持った銃を乱射し続ける様子を捉えた、どこぞの屋内の動画だ。そしてよくよく見ればそれは、押上警察署に設置されている監視カメラ映像の一部だった。
「昨日の押上警察署の件。実際はこの男達が乱入していまして、それで、この通り」
なるほど、暴力団事務所による襲撃事件というのは、DAお得意のカバーストーリーだというわけか。ならば、「真島」関連というこの事件の内容も、彼らの中では大まかな当たりがついているのだろう。であればこれは、一応の確認だろうか。
「千束、この中にお前の見た男はいるか?」
いつの間にかホールの方に出向いていた千束さんに、フキさんはそう問いかける。ちょぉっと待ってね、と千束さんがラップトップのモニタに顔を近づけたところで、カウンターにもう一人、人影が差した。
「おや、珍しいお客さんだな」
声がする。ミカさんだった。今の話を聞いていたのかいなかったのか、いつも通りの自然体でこの場に現れた彼に、しかし僕の横にいるフキさんの動きが一気に
具体的には、ラップトップのモニタの影に身を隠していた。
「あ、団子セットいいっすか? 抹茶のやつ」
紺のリコリスの少女が姿に違わぬ快活さでミカさんに食事の注文をする間も、フキさんはずっとそんな調子で身を縮こまらせていた。よく見れば、その顔もどこか紅潮しているように思える。
さすがにこれば、言わぬが花か。そう思ったあたりで、ミカさんがフキさんの方にも注文を尋ねた。
「……いえ、任務中、なので」
その申し出を断る彼女の声色はどうにもしおらしく、そしてミカさんとは視線を合わせようともしない。そこで突如千束さんに向けて、まだ例の男は出てこないのかと怒鳴った。それはいかにも分かりやすい照れ隠しだった。
丁度そのあたりで、監視カメラ映像が切り替わる。エレベータホールからの映像だろうか。千束さんがうるさいうるさいと片耳を塞ぎながら画面に視線を戻した辺りで、一人の男が画面上を通過した。反射的に、動画を止める。
「真島……」
思わず、零した。緑色の髪、全身を覆う黒のロングコート。こんなところでも、やはりこいつは事件を起こしていたのか。
「あ、こいつだ!」
「確かに、この男です」
僕が動画を止めるのとほぼ同時に、千束さんもそう声を上げ、そしていつの間にか横から覗きこんでいたたきなさんもまた、それに同調した。
「そうか……こいつが……」
そしてそう口の中で呟いたフキさんは振り返って、彼女の真後ろに立っていた紺のリコリスに声をかけた。
「サクラ、行くぞ」
「えぇっ!?」
要件はこれだけだ、ということだろう。そのまま立ち上がり、店から出ようと歩き出す。
信じられない、と言った顔で、「サクラ」と呼ばれたもう一方のリコリスの少女が抗議の声を上げたが、まるで気にする様子はない。
「ちょっとフキさん、サクラさん? の注文、まだお出ししてないですけど」
僕もそう呼び止めたが、しかしフキさんは紺の少女の襟首を乱暴に引っ掴んで、僕に頭を下げる。
「いえ、本当に任務中なもので、時間を無駄にはできないので。……ありがとうございました」
なおも駄々をこね続ける相方の少女を引きずりながら、そのままフキさんは店から出て行ってしまった。
宙に浮いてしまった抹茶の団子セットの注文は、あとで僕が自腹で店に補填するしかないか。そう思ってラップトップに目線を落とすと、フキさんがあの勢いで忘れていったであろうUSBメモリ内部の動画の再生が、いつの間にか再開されている。
どこかのタイミングで一時停止が解除されたか。兎に角、後でミカさん経由でDAに返却しないと。そう思って、USBメモリを引き抜く前に動画を止めようと、マウスに手をかけた。
しかしその瞬間、カメラが切り替わる。
写ったのは、署長室と思しき部屋だ。跡形もなく荒らされた空間のなかで、床に撒き散らされた書類や、弾痕の残ったオフィスチェアが痛々しい。
その背後に目をやれば、一つの文章が赤いペンキで書かれていた。血文字すら想起させるそれは、或は宣戦布告で、また或は挑戦状で、そして果たし状でもあるのだろう。
――勝負だ、リコリス!!
そう大書された文字が、署長室全体を不気味に彩っていた。
破壊の嵐が何もかもをなぎ倒し、死の匂いすら濃密に漂わせる混沌が、空間の全てを支配する。
それは暴虐と恐怖によって遍く周りを威嚇せんとするような、理性や秩序というものを陵虐するかのようなやり口に思えた。
どこまでも野蛮で、限りなく傲慢で、僕にはあまりに堪えがたい。
だからだろうか。
「何が、『勝負だ』だ……ふざけやがって」
気づけば僕は、内に渦巻く憤りのままに、右手を強く握りしめていた。
※ちなみに表題の言葉、新共同訳聖書では「タラントンの譬え」とされていたりします。意味としては同じで、タラント(タラントン)とは古代地中海地域における質量単位、かつ通貨単位でした。
12/23 題字に特殊タグ(プログラミング用フォント)適用