世界の背表紙で、君と踊ろう   作:厳冬蜜柑

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「私を忘れないで」。

別離の時は、少しずつ、しかし確実に近づいてきているから。
足跡を、残したいんだ。記憶を、刻みたいんだ。
有象無象の誰かではない、自分だけの何かを。



#0x08 Forget me not (原作第八話)
#0x08 Forget me not (1/2)


 夏が終わり、秋がやってこようとしている。

 未だそこそこの頻度で不快な暑さが襲ってくるものの、それでも少し前に比べれば随分と過ごしやすい日が増えてきた。

 そんなある夜のこと、僕はいつものように公安とDAへの日次報告書をまとめながら、ふと一つの事実に思いが至る。

 ――僕がリコリコにやってきてから、そろそろ半年が過ぎようとしていた。

 

 四月初旬、大規模武器取引の証拠を掴む任務の出会い頭に、同じく任務中の千束さんとたきなさんにかち合ったことを想起する。それは春の夜の、たった半年程前のことなのに、しかし一年は昔のことのようにすらも感じられた。

 そこから僕はみんなと一緒に、随分と密度の濃い時間を過ごしてきたと言うことなのだろう。

 平凡な喫茶店員としての日々の中に、一本の冒険活劇もかくやというほどのミッションを、いくつも繰り広げた。日常の裏側を、みんなで何度も覗きこんだ。

 そしてその基底にずっと据えられていた、武器取引から始まる一連の事件にも、とうとう終着点が見え始めている。つまりはその首謀者として関連各所の捜査線上に挙がった、「真島」という一人の男をどう対処するのか、だ。

 

 ここ数日、DAから共有されている概略の報告書を、改めて眺める。彼の所在地について、かの組織はその膨大な監視点とリコリス達による人海戦術によって、一つ一つ捜査の網を絞っていっているようだ。

 結果として、すでに潜伏先を疑われている候補の数は、五十を切る程度には絞り込まれている。そのほぼすべてが、僕やクルミが以前推理した、東京湾沿岸にある停泊中のコンテナ船や、あるいは倉庫だった。

 得られる情報の数のわりに、なかなかどうして僕やクルミもやるものだろう。そう自画自賛する傍らで、僕は一つの寂寥感を覚えていた。

 

 そもそも僕がリコリコに半ば出向の形で常駐しているのは、大規模武器取引から始まるG事案発生の兆候を掴み、可能であればその首謀者の身柄を抑えるためだ。もともと一年の期限付きではあるが、それでもそれよりも早くに所定の任務を完遂できたのであれば、雇い主である公安は、僕をそれ以上要員として遊ばせておく理由がない。うちの組織は、なんだかんだで人手が多いわけではないのだ。特に僕と同じようなスキルセットを持った人間は、ほとんどいないと言っていい。

 

 PCデスクの傍にマグネットで以て貼り付けられているままの辞令書を、手に取る。

 

 つまり、僕たち公安がそれ為すか、或はDAの手によってかまでは分からないが、どちらにせよ件の「真島」についてその捕獲や討伐が完遂された暁には、僕が喫茶リコリコの店員としてあの店に所属する理由は、もはやない。

 別れの時期は、決して遠くない未来に迫っている。僕はそれを、強烈に意識せざるを得なかった。

 

 

 

#0x08 Forget me not

 

 

 

 「喫茶リコリコ」。この和風の趣深い人知れぬ名店は、確実で明白、そして強大なる敵によって、その存立を脅かされていた。

 国家権力ではない。DAのような秘密組織でもなければ、真島のような凶悪なる犯罪者によってでもない。いや、そうなのであればどれだけよかったか。

 しかし違う。今我々の存立すらも脅かすそれは、店を営む者ならば誰もが恐れ、或は備え、しかしそのうちの少なくないものがその毒牙にかかって斃れてゆく、絶対なる現実そのものだ。

 そう、彼の者の名は――。

 

「今週の収支報告です。……今回も、ダメですね、これは」

 

 ――赤字です。

 

 たきなさんが、リコリコのスタッフ全員を集めて、沈痛な面持ちで宣告する。

 即ちリコリコは現在、深刻な経営危機に陥っていた。

 

 

 

 経営主体としての喫茶リコリコは、業種としては二つの側面を抱えている。その内、飲食店としての顔を見れば、それ単体の会計は実際のところそこまで劣悪な状況というわけではなかった。千束さんがその日の気分で客に振る舞う「スペシャルパフェ」のような多少放漫な金遣いはあるものの、人件費を含めた収支で見ても、一月足でみれば最低限の黒字は確保できている。

 第一、そもそも数は多くないとはいえども固定の常連客が見込め、回転する人数の推測が立てやすい現在のこの店の営業形態においては、相当な経営的センスの欠如でもない限り赤字など出す方が難しいのだ。その現状は当然と言えた。

 問題は、別のところにある。それは即ち、「裏稼業」にまつわるものだ。リコリコの何でも屋としての顔が、この店舗の経営全体の足を、大きく引っ張っていた。

 

 その理由は二つある。一つは、依頼料だ。町の何でも屋を自称する喫茶リコリコは、そのポリシーに基づいてかなり破格な依頼料で仕事を請け負っていた。これは任務に関する必要経費のうちの一部について、DAからの錦木千束という一個人の活動費の名目で支給される支援金から賄っているという一種の裏技によるものだ。しかしそれでもこの安すぎる依頼料は確実に店の経営を蝕み、そして圧迫していた。これはもう一つの理由とも大きく影響し合っている。

 

 そのもう一つの理由が、弾薬費だった。DAからの支援金で弾薬費を賄っているとはいえども、DAはあくまで通常弾頭を使うことを想定した上で一か月に使う弾薬の量を見積もって、それに相当する費用の支援を行っている。

 ところが、この店における実情はそれに対して大きく乖離している。

 千束さんの使う銃弾は、ミカさんによるハンドメイドの、非殺傷性――厳密に言えば低致死性を持ったフランジブル弾なのだが、この弾丸一発に掛かる費用は通常弾頭のオートマチックマガジン換算で、一カートリッジか或はそれ以上だという。つまり彼女が一発の非殺傷弾を撃つたびに、額面上はオートマチックのマガジンまるまる一個分を撃ち捨てているに等しい。しかもその直進性の低さから途轍もない低命中率を誇るこの弾を、彼女は現場において平気でマガジン単位で乱射する。そもそもろくに当たらない代物である以上仕方がない面はあるのだろうが、そこに何の遠慮もないことも、また事実ではあった。

 いずれにせよ、喫茶リコリコのこの慢性的な赤字体質は、極論この千束さんの任務にあたる姿勢にその大きな原因があると言わざるを得なかった。

 

 

 

 確かに先日の千束さんによるリコリコ閉店危機騒動は、彼女の思い違いに過ぎなかった。しかし今回発覚したこの店の累積赤字は、その方向性は全く別ではあるものの、明白な危機だ。その行き着く先は、誰が見ても分かる。

 即ちそう遠くないうちに、この店は債務超過による融資停止を余儀なくされる可能性がある。それはリコリコの倒産、閉店に直結しているという、冷酷な現実だった。

 それに立ち上がったのが、たきなさんだ。生来の真面目気質である彼女は、今回の危機に際して率先して先陣を務め、喫茶リコリコの経理としてその理財や倹約について旗を振った。

 

 まず彼女は、その最も大きな病巣、荒事関連の依頼に切り込んだ。たきなさんは僕に、千束さんの戦力としての運用に関する注文を付けてきたのだ。曰く、僕の立てる作戦が彼女の単体戦力に飽かせた強引な突破を前提にしている部分が多く、そういう場合に彼女が行う非殺傷弾の乱射は金の無駄遣いであると。強大な敵に相対する場合はさておいて、通り一遍の任務においては、もう少し緻密な作戦で最小限の労力での結果を得る方向に戦術を練り直してほしい。そういう提案だった。

 全く以て正論だ。僕は甚く反省した。

 

 そのほかにも彼女は、現場で千束さんが発砲する弾数を一発単位で管理したり、可能な限りグラップルガンを使った安上がりな捕縛を推奨したり、依頼料のすっぽかしについては鬼の形相で取り立てを行ったりと、まさに獅子奮迅の働きでことに当たった。

 

 そして二週間後、リコリコの経営はある程度の持ち直しを見せていた。最低でも一週間足での収支はギリギリ黒字に転換し、当面の間はリコリコの倒産の可能性はなくなったらしい。

 経営改善という意味では、それはあまりに劇的な成果だった。普通慢性的な赤字を一か月も経たないうちにどうにかすることなどできようはずもない。だからつまりこれはそれまでの赤字がどれだけ野放図なやりかたで垂れ流されてきたのかという、情けない現実を表してはいた。

 だからというべきか、そこに至ってもなお、彼女は現状に不満を持っていた。曰く、今まで累積している赤字の補填が、この程度の収支では全く進まないというのだ。

 

「融資に対する利息ばかりを払い続けていては、リコリコという店の将来性はありません」

 

 すっかり経理が板についたたきなさんは、そう力説した。

 

「といっても、これ以上改善するところがあるとは思えないのよねぇ」

 

 私も随分と絞られたし、とミズキさんが言う。確かに彼女はここ最近、一挙手一投足に至るまでたきなさんの監視のもとにあった。冷蔵庫の開けっ放しに始まり、晩酌のしすぎ、水の使い過ぎと、指摘されたポイントは枚挙にいとまがない。割とずぼらなところの多いミズキさんは、たきなさんによる倹約計画の最大の障害であって、そして最大の被害者でもあった。

 

「うちの方針上、『依頼料』の値上げというのは基本的にはないわけだし」

 

 彼女の言に、僕が付け足す。そう、そこに手を入れるのが最も確実な経営改善策であるのだが、それは喫茶リコリコのアイデンティティにすら関わる。つまり普段の依頼における価格レートというのは一種の聖域であり、同時に不可侵領域でもあったわけだ。

 

「となると、喫茶店の側の収支改善というのが、一つの目標になるわけですが……」

 

 たきなさんはそういって、腕を組んだ。

 表の業態としてはともかく、実際のところこの店の喫茶店としての機能は裏芸に近い。店構えも、営業のスタイルも、店主であるミカさんの趣味の延長線上でしかなく、真面目な経営戦略をもとに収益を上げるための営業手法など、この場の誰一人として考えたことはなかったのだ。

 満座の誰もが黙り込む中、とりあえず、僕は一つだけ提案をしてみる。

 

「飲食店で一番簡単に収益を上げる方法は、酒類の提供だけど」

「お酒、ですか……」

 

 思案顔で、たきなさんが僕の言葉を繰り返す。喫茶リコリコは純喫茶を名乗っているわけではない。酒類の提供をしていないのは、ただ単純にそういったことを考えてこなかったからと言うだけの話ではないかというのが、提案の趣旨だ。

 

「千束さんはどう思う?」

「えー? 私にそれ聞くぅ?」

 

 全く何かを言う気配すら見せなかった千束さんに、無理やりにでもアイディア出しをしてもらおうと、巻き込む形で水を向ける。暫し思案したのち、千束さんは首を振った。

 

「お酒は、なんかやだな。喫茶リコリコじゃなくて、居酒屋リコリコになっちゃうよ」

「確かにそうねぇ……ま、アタシはいつか千束やおっさんとお酒出す店やってみたいと思ってはいたけどさ*1、でもそれは何つーか、()()()()()っつーか」

 

 千束さんの言葉に、珍しくミズキさんが同調した。ミズキさんのその野望については初めて聞いたが、ただなんにせよ案としては受け入れられなさそうだというのは確かだった。

 

「じゃ、なにか他に案あるかな、千束さん的には」

「んー……新メニューとか?」

 

 問い返した僕に、彼女は割とオーソドックスな案で答えてきた。

 

「まあ、それくらいか……新メニューで新規顧客の開拓を狙うなら、ある程度奇抜なアイディアとかが、求められるかな」

 

 しかしそのオーソドックスな案というのが、難しい。新規プロダクトは、一般に初動のプレゼンスが大きくその成功を左右するわけだが、そこにはプロモーション戦略など、製品開発以外の多数の力学が絡む。新しい、良い製品を作れば、自動的にそれが売れてくれるのであれば、マーケターもプロモーターも、存在する意義がない。

 

「じゃあ、三日後を目途に、新製品のアイディア出しをしますか。本当にどうしようもない場合は、期間限定で酒類の提供をする次善策に関しては、念頭に入れておいてもらって」

 

 とにもかくにも、僕の総括と共に、その場は解散となった。

 

 

 

 そして、三日後。また僕たちは奥間に車座になって集まっていた。つまりそれぞれが持ち寄った、新メニューのお披露目会だ。

 

 まずは千束さんが、季節もののフルーツをこれでもかと使ったパフェを提案する。しかし素材単価が高過ぎて採算が取れないと言うことで敢え無く却下された。

 ミカさんは基本的に普通のグランドメニューを考える役割のため、この企画は免除されている。

 僕はといえば、そろそろやってくるハロウィーンに合わせた、カボチャの餡を使った変わり種の善哉を出したが、いまいち地味でインパクトに欠けると、これも保留にされた。

 そしてその次に、たきなさんの番がやってくる。どうやら相当にいい腹案を持ってきたらしい。彼女はそれを披露したくてしょうがないとばかりに、うずうずとした空気を隠そうともしていなかった。

 斯くして彼女はキッチンから()()を運び、そして卓袱台に置いた。

 そのまま、宣言する。

 

「寒くなってきた今の時期に美味しい、ホットチョコたっぷりなパフェです!」

 

 彼女が満を持して持ち出したそのメニュー、皿の上に鎮座している()()をみて、彼女以外のメンバーは全員、言葉を失った。

 土台となるスポンジの上、チョコレートペーストが()()()に盛り付けてられている。

 その余りに特徴的な円錐形のシルエットには、ご丁寧に上からホットチョコレートがかけられていて、()()すらも放っていた。

 

 直接の発言はあまりにも憚られるが、しかしこれはどこからどう見ても、()()()()を想起せざるを得なかった。

 

「これはまた、なんとも……」

「何かおかしかったでしょうか?」

 

 思わず漏らしてしまったつぶやきに、たきなさんが問い返してくる。覗くのはあまりに無垢な瞳だ。つまり彼女は全くもって、この形になにがしかの狙いを秘めているわけではないらしい。偶然の産物とは、かくも恐ろしいものなのか。

 

「ちょっと、味見しても?」

「ええ、どうぞ!」

 

 元気な返事と共に、皿とカトラリーが差し出される。

 眼前にやってきたそれは、まさに凄まじいまでの存在感を放っていた。一瞬たじろぎそうになるが、その反応を何とか抑え込む。そして受け取ったスプーンを()()へと突き入れ、上に乗ったチョコレートを口へと運んだ。

 その瞬間、対面に座る千束さんとミズキさんから押し殺したような悲鳴が聞こえたが、視線を放って黙らせた。咀嚼して、飲み込む。

 

 

 

「これ、ハイカカオなのか。ペーストの部分は」

 

 それが口に入れてみての第一印象だった。やや酸味と苦みが強く、甘みが抑えられたそのチョコレートペーストは、上からかけられたホットチョコレートの強い甘味と合わさって、味に奥行きを生み出していた。

 

「あ、気づいてもらえたんですね!」

 

 たきなさんは嬉しそうにそう言って、少しばかり得意げに意図を説明し始める。普通のチョコレートペーストの上にホットチョコレートをかけると、甘さと甘さが喧嘩して味がぼやけてしまう。そこで苦みの強いハイカカオのチョコレートペーストをベースにすることで、苦みと甘みの組み合わせを生み出し、味に奥行きをつけることを考えた、と。

 

「うん、味はすごくいい。いいんだけど……」

「……どうか、しましたか?」

 

 口ごもる僕に、たきなさんは不安げな顔で問いかけてくる。この期に及んで、僕はたきなさんに客観的な事実を伝える勇気を持てないでいた。

 

 しかしだ。自分が三日前に言い出したことを思い返す。新製品には、奇抜なアイディアが必要だと。

 これは偶然の産物ではあるが、しかし思えば天の配剤かもしれない。この見た目の強烈なインパクトは、特にプロモートを打たなくてもSNS経由で世界に広く伝わる可能性はある。つまり、バズるということだ。結果的にそれはプレゼンスの向上につながり、そしてそれが客の入りにまで至るのであれば、言うことはない。

 たきなさんに真の意図をいつまで伏せておけるかが勝負ではあるが、しかしこれは新メニューとして取り入れるに足る資質をもった提案なのではないか、と。

 

 いや、うん。僕はそう頷いて、そして全員に提案した。

 

「これ、新メニューに加えても、いいかもしれない。……さすがだね、たきなさん」

 

 やった。そう口の中で呟きながらも嬉しそうにこちらを見てくるたきなさん以外の全員が、驚愕の表情で僕のことを見た。「こいつ正気か」と、目線があまりに雄弁に語っている。

 失礼な、こちとら大まじめだよ。直接そう反駁する勇気は、僕にはなかった。

 

 

 

 結論から言えば、たきなさんの新メニューは大いにバズった。無論、たきなさんが全く想定していない形で、そしてそれ以外の全員が想定した形で、である。

 これで味の方が大したことがなければ、ただの珍奇なメニューと言うことで終わっていたのだが、しかしこれでしっかりと考えられた味のバランスが、見た目のインパクトと合わさって新規の客層に大いにウケた。その結果が、今だ。

 

 行列が、店の外にまで並んでいる。僕を含めたホールスタッフは忙しなく動き続け、そしてカウンターの上では件のチョコパフェがひたすらに量産され続けている。もはや喫茶リコリコは、和風テイストの落ち着いた雰囲気の喫茶店ではなく、この妙な形ながら美味しいチョコパフェを出す店として、俄に大衆に認知されるに至っていた。

 あまりにも人手が足りないので、普段奥間で引きこもっているクルミすらも応援要員として駆り出された。急遽用意された金糸雀色のお仕着せを纏って、不承不承といった様子で給仕に入ったクルミは、しかしその幼く、そして整った容貌とも相まって、なおのこと店の人気向上に貢献していた。

 

 

 

 それから、三週間。ハロウィーンも終わり、十一月に入るころには、店の経営状態は大幅な改善を見せていた。一か月足ですらも大幅な黒字を叩き出し、このままの収支を出せば、喫茶リコリコはもう一年もすれば無借金経営が可能なほどの貯蓄を持つことができそうだと、たきなさんは達成感のある面持ちで僕たちに向かって報告してきた。

 経営状態に余裕ができたことで、店の設備についてもいくつか手が入っている。

 例えば、ミカさんの趣味の一環として、店の雰囲気を出すためのレコードプレイヤーとか。

 或は、バックヤード作業の負担を下げるための、業務用食洗器の導入であるとか。

 果ては、千束さんが「ロボリコ」と命名した、ホール用の接客ロボットに至るまで。

 

 店の様子はそれまでと大きく様変わりを遂げていて――そして僕に()()()()が入ったのはちょうどそのあたり、そろそろ寒さも増してくる十一月の頭のことだった。

 

 

 

 それはDAからの捜査概略書の形をとっていた。そこには簡潔に、真島一味の潜伏場所の候補をほぼ絞り込み終えたという事実だけが書かれていた。

 そして彼らが同定した場所はやはり、東京湾の港に停泊する空きコンテナ船の一つだった。近日中、スムーズにいけば二週間以内に、真島討伐作戦を開始できるという。

 

 それはすなわち、いよいよ以って、僕の喫茶リコリコでの日々に終わりが近づいているということに他ならなかった。

 

 

 

 その、次の日。

 僕は一つの決心をもって、喫茶リコリコを訪れた。

 その目的の人である千束さんを探していると、彼女は奥間でクルミやたきなさんと何やら話し込んでいた。

 というか、その場には僕を除いた喫茶リコリコのメンバー全てが勢ぞろいしていた。

 

「どうしたの? みんな集まって」

「いや、収支のまとめを見ていて、たきなさまさまだなって話をね」

 

 僕の問いに、ミズキさんが答える。気になってクルミと、そして何故かたきなさんが潜り込んでいるいつもの押し入れを見れば、彼女たちが覗き込むモニタに表示されていたのは、株価のリアルタイムチャートだった。

 

「店の利益を使って、投資をしようかと考えているんです」

「ボクの持ってるテクニカル分析のアルゴリズムと併せれば、まず損をすることはなさそうだからな」

 

 たきなさんの言葉に、クルミが同調する。やっぱりボクは体を動かすよりこっちだな、などと得意げな口調だった。

 ある種徹底的なまでに店の利益を追求するたきなさんのその姿に、意外と凝り性だったのか、と隣に立つ千束さんと顔を見合わせていると、当の千束さんが持つスマホが誰かからの着信を知らせた。

 見ればそれは、「山岸先生」なる人物からの着信だ。たしか、彼女たちを担当する健診医だったか。そう思ったタイミングで、たきなさんが千束さんの手からそれを奪い去った。

 

 あっ、と千束さんが声を上げる間もなく、山岸女史とたきなさんは通話を始める。話題は千束さん自身の健診に関するもののようで、どうやら何度もサボりによる順延を繰り返している彼女に業を煮やした女史が、いい加減に検診に来いという内容の催促をしているらしい。

 たきなさんはあっという間に、千束さんを明日検診に向かわせる旨の約束を女史と取り付け、そして電話を切った。渋る千束さんに、スタッフの健康管理も、経理の仕事だと言い放って。

 だがその明日というのは、()()()()()()()()()()とも重なるものだった。

 

「あの、今の話なんだけど……」

 

 慌ててそう、たきなさんと千束さんに声をかける。なんでしょう、とこちらを見たたきなさんに、僕は呼吸を一つして、そのまま勢いで以て言葉にした。

 

「千束さんの健診、夕方ぐらいからにできない? 僕が責任をもって彼女を健診会場には送るから」

「どういうことですか?」

 

 隼矢さんが、送っていくとは?

 そんな疑問を浮かべながら首を傾げる二人に向かって、いや千束さんに向かって、僕は声をかけた。

 

「その……」

 

 ガラにもなく、緊張している。口の中が乾きそうだ。

 なぁに、とこちらを見た千束さんに、首を振って、深呼吸をもう一つ。そして、口を開いた。

 

「明日日中、ちょっと僕に付き合ってほしいんだ、千束さん」

 

 そう言うや、全員の視線が僕に集中する。

 誰も、何も言わない。そんな時間が、数秒続いた。

 

「それは、つまり……」

「デートの、お誘い……?」

 

 そしてそれを破って発された、どこか当惑したようなたきなさんの言葉を、ミズキさんが継いだ。

 その言葉に、気づく。そこまで大上段の自覚はなかったが、しかし冷静に考えれば、確かにこれはどう考えてもデートの誘いではないだろうか、と。

 二十三歳の大人が、十七歳の少女に対してそんなことをというのは、客観的には相当マズいのではないか、これは、とも。

 

 向けられた視線の意味に、少しばかりの焦りを感じ始めた僕に、しかし千束さんはあっけらかんとした笑顔で言った。

 

「ん、オッケ。じゃ、明日何時に、どこに集まる?」

「……じゃあ、錦糸町駅、朝十時半で」

 

 ――そ、わかった。

 いつもの調子で、そう彼女は答えた。

 

 

 

 その余裕が、なぜか僕には少しだけ悔しかった。

*1
リコリコアフターパーリィによる




地味に原作から歴史がずれました。健診当日昼の真島襲撃はこれでキャンセルに。
つまり、千束とたきなの「ある約束」は、この二次では(第八話終了時点では)されないということになります。

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