世界の背表紙で、君と踊ろう   作:厳冬蜜柑

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「さよならなんて、言うもんか」。

明日世界が終わると言われて、それを受け入れるしかなくて。
それを認めてただ過ごすなんて、ガラじゃない。
いつまでだって抗う。絶対に諦めない。
そして、皆で帰るんだ。あの思い出の日々に。



#0x09 Never say goodbye (原作第九話)
#0x09 Never say goodbye (1/2)


 その場所は、沈痛な雰囲気に支配されている。

 夕暮れの残照が作り出す山吹色の世界の中で、千束は一人の女性と対峙していた。

 

 白い検診衣を着た恰幅の良いその女性――山岸女史は、丸椅子に腰かける目の前の千束のことを、どこか苛立ちすらも籠った表情で見つめている。

 山岸女史の診療所の診察室の中、僕を含めた店のみんなは、それをただ何も言えず、横から見ていた。

 

 昨日の夜の、検診の最中のこと。対応に当たった看護師が、千束に眠剤を盛った。

 そして意識を失った彼女の人工心臓に、何やら細工をしたらしい。

 翌日になっても帰ってこない彼女を不審に思ったたきなさんが診療所に急襲をかけるも、銃撃戦の後に、その看護師には逃げられた。

 

 その動きを見るに、その()()()というのは明らかに手練れのようだった、とたきなさんは証言した。

 つまりその言が正しければ、千束に何かを仕掛けたその女は、看護師として潜入したどこかしらの手の者だったと考えるのが、最も自然なのだろう。

 

「……何、された? 山岸先生」

 

 胸に手を当て、千束がポツリと、山岸女史に訊ねる。

 彼女は千束から目を逸らし、外の景色をちらりと見て、そして言った。

 

 千束の人工心臓に、意図的な高電圧をかけることでサージを起こさせ、充電に関する制御を行うための電子回路を稼働できなくさせた形跡がある。実際に女史は彼女の人工心臓に対しての充電を試してくれたが、確かに充電装置からのアクセスは拒絶され、もはやこれ以上の充電ができないのは事実のようだった。

 

 つまり、定期的な充電なしには動くことのできない千束の人工心臓は、今回の検診直前に行われた充電による電力を使い果たしたが最後、その稼働を停止する。もう、動くことはない。

 

「あとどれぐらい持つ?」

 

 千束のその問いに、山岸女史は答えた。

 持って二ヶ月。安静にしておけば、もう少しだけ伸びるとはいえ、そんなものはただの誤差に過ぎない。

 

 それは即ち、千束の命、それ自体のタイムリミットもまた、そこであるということをも意味していた。

 

 

 

#0x09 Never say goodbye

 

 

 

 たきなさんが、震える声で反論する。壊れたところは、交換すればいいじゃないかと。

 しかし違う。山岸女史は首を振った。

 千束の中にある人工心臓は、「アラン機関」の贈り物だ。その技術水準は、これが埋め込まれてから十年ほどが経過した現代の医療技術のそれすらも上回っている。

 故に解析もできず、交換部品もない、それは文字通りの一点物と言える。だから壊れてしまえば、それまでなのだと。

 

 それを聞いて、たきなさんが外へと駆け出そうとした。

 

「どこ行くの?」

「あの看護師を始末します!」

 

 千束の問いに、彼女が振り返って答える。

 「あの看護師」。彼女の人工心臓に細工した者のことか。しかしそれを考える前に、言葉が出ていた。

 

「馬鹿なことはやめろッ!」

 

 思ったよりも、言おうとしていたよりも、それはキツい言葉だった。冷静だったつもりの自分からも、余裕は抜け落ちていたのだと自覚する。

 たきなさんが、驚いた顔で僕を見た。僕も、彼女を見ていた。

 

「殺して何になる? 千束の願いを、思いを、踏み躙るつもりか」

 

 気付けば、頭に血が上っている。ふわふわと、宙に浮いたような感覚を懐いた。現実感はなく、これは夢なのではないかと。

 しかしそこから裏腹に、出る言葉には棘ばかり。

 

「よそう、隼矢さん」

 

 後ろから、声がかかった。千束の声だ。振り返る。

 彼女は、笑みを浮かべていた。最近見ることの増えた、柔らく穏やかな微笑みを。

 

「ありがとね、そんな風に言ってくれて」

 

 でも、まあ、と。一呼吸おいて、彼女は続けた。

 

「もともと、そんなに長いわけじゃなかったんだ。思ったよりずいぶん短くなっちゃったけどさ」

 

 そんなに長いわけじゃない。その意味は、この文脈なら流石に分かる。

 人工心臓にも、耐用年数というものがある。言いたいことはそれだろう。

 生体組織によるものではなく、代謝によるメンテナンスがなされない機械仕掛けの心臓は、それ故にその正常な稼働には明確なタイムリミットがある。いつまでも使い続けられるものではないのだ。今回のようなことが、たとえなかったのだとしても。

 それは少し考えればわかったはずのことだった。或はそれとも、敢えて考えないようにしていたのか。

 後ろで、たきなさんが震える声で呟いた。

 

「もともとって、……なんなんですか」

 

 それに答える者は、ここにはいない。

 それでも僕にはまだ、言うべきことがあった。膝の上、手を強く握る。

 

「クルミ」

「なんだ」

「……後で話がある」

 

 誰もが下を向いて、声を上げる元気すらも失った空間の中で、僕はクルミに、そうとだけ言った。

 

「……わかった」

 

 視線の先で彼女は顔を上げ、そして僕の方に向き直って、しっかりと頷いた。

 

 

 

 話すべきを話し、少しずつクールダウンしていく頭の中で、僕は思い返す。

 

 昨日の夕方、展望台の上で聞いた彼女の言葉を。

 忘れるわけがないと、あなたは私の『特別』なんだと、真剣な眼差しで、僕に諭した彼女の顔を。

 この半年と少しの日々、騒がしくも楽しかった、夢のような毎日を。

 

 それがいきなり、あと二ヶ月で絶たれようとしている。終わってしまうのだ。喫茶リコリコという、僕たちの思い出の場所も。

 何もかもが消えてなくなって、そして彼女は記憶の中の存在になってゆく。

 彼女のいない日常に、彼女の消えた世界に、少しずつ慣れていって。

 

 そして僕たちはいつの日か、千束のことを忘れるのだ。その声も、その姿も、その笑顔さえも。

 僕のことを忘れまいと、彼女はそう言ってくれたのに。

 

 

 

 奥歯を、強く噛んだ。

 

 冗談じゃない。納得できるわけがない。そんなことが、あり得ていいはずがない。

 僕の心の中にもたげてきたその感情は、怒りと、そしてそれ以上の反抗心だった。

 

 二ヶ月しかない? 違う、二ヶ月()ある、の間違いだ。それまでに、なんとしても千束を救う手立てを見つけ出す。

 最後の一秒。彼女の心臓がその動きを止める、その一瞬まで。

 

 抗い続ける。僕には、諦めるつもりなど、毛頭なかった。

 

 

 

 次の日。千束は暫くリコリコでいつも通り働いていたが、午後になって出かけていった。DAからの呼び出しがあったらしい。何か話したいことがあるのだそうだ。

 理由におおよその見当はついている。昨日の夜、僕にも届いていた日次の捜査概略書が、何よりもそれを雄弁に物語っていた。

 

 真島の潜伏先が、いよいよ完全に絞り込めたらしい。曰くそれは東京湾の一角にある、空きコンテナ船のうちの一隻だという。

 そしてそこに対して、突入作戦を行うことを、彼らは決定した。作戦決行日時も、すでに確定している。三日後の夜九時だ。

 だからそれに、千束を参加させようというのだろう。

 

 DAだって、彼女の残りの時間は決して多くないことを知っているはずだ。それでも、作戦への参加を強いる。

 確かに、彼女はリコリスだ。そのために育てられ、そしてそこには決して安くはない金がかかっている。

 強大な敵である真島一味との戦いに、そんな彼女を遊ばせておくなど以ての外だというのは、理屈の上では全く正しい。異論を差し挟む余地はない。

 わかってはいる。わかってはいても。僕はやはりどうしても、DAの考え方とは相容れない。そう、思わざるを得なかった。

 

 

 

 その後リコリコに戻って、行くべき場所についてはもはや会話すらも必要なかった。

 直行したいつもの奥間で、押し入れの奥に座るクルミと向き合う。

 

「人工心臓の件。最初に聞いたのはいつだったっけか」

「『松下』の依頼のときだから……三か月ぐらいは前か?」

「確かに、それぐらいか……とにかく、そこから少し調べてはいた」

 

 話題はもちろん、千束の人工心臓についてだ。何ぶん聞いたことのない技術だったし、任務上のリスクを潰しておく必要があるのではないかとも考えていたその時の僕は、公開情報になんらかの手がかりがないかを、少しずつではあるが調べていた。

 

「治験に関する情報は、見つからなかった。ただ、論文は一つ」

 

 目線をクルミに向ける。彼女は頷き、共有されていたリンクをブラウザで開いた。

 それは、MedRxiv*1に投稿された、一つのプレプリント。これがどこぞの学会にアクセプトされ、査読付き論文として採録されたという情報はネット上には存在していないが、しかし内容をざっと見れば、これが千束の中にある人工心臓の中核技術の一つだということには間違いがなかった。

 

「なるほど……やるじゃないか、隼矢」

「まだだ。できればここから、特許か、あるいは治験データが欲しい。図面とか技術仕様、或は運用に関してなにがしかの情報が取れれば、彼女の心臓への充電を行う代替手段を見つけられるかもしれない」

 

 クルミの賞賛に、しかし僕は首を振る。これだけでは全く足りない。千束の命を救うため、必要なピースはまだたくさん残っている。

 しかしそれはともかくとしても、僕が現状で推論できそうな事柄は、まだ残っている。

 

「物理結線での充電の場合は、コネクタが露出しているはずだ。でも千束の胸にはそんなものはない」

「……見たことあるのか?」

「クルミも見ただろ、例のバーの時」

 

 怪訝そうなクルミに、答える。いつぞや、彼女がイブニングドレスを身に纏った時のことだ。胸元が大きく空けられ、その中心が覗けてしまいそうなほどに露出した彼女の肌には、()()()()類の不自然な部品と思しきものはなかった。だからこそ、彼女はあの服装を選んだとも言える。

 

「ならば、非接触充電だと?」

「僕はそう踏んではいる」

 

 その言葉に、頷く。いかに未知の先進技術とはいえ、充電のための方式についてはさすがに限りがある。翻って、もし先進的な夢の技術で無線給電を実現できているのだとすれば、そもそも初めからこんな事態にはなっていないだろう、という読みもあった。

 

「だとしても、じゃあなんで充電制御装置へのアクセスをしないと充電できないんだ?」

「……それは」

 

 しかしそこで放たれたクルミの問いかけに、言葉に詰まった。

 そこなのだ、問題は。物理コネクタにせよ、非接触端子によるものにせよ、普通の充電システムにペア認証のようなものはない。ただ、端子同士を何らかの方法で近づけて、あるいは接触させて、その上でゲインを確保すれば、充電はできる。それが普通だ。

 ならば山岸女史が実演した、人工心臓内部のシステムへのアクセスとその失敗が示唆するものは、何なのだろうか。あのアクセスのためのフェーズが実際のところ何を目的としているのか。或はそれを突き止めることができれば、課題への突破口となるだろうか。

 

「ま、それがわかれば苦労はしないか」

「そう、だな。だからこそ、技術仕様を取らないと」

 

 そう返した僕の言葉に、クルミは頷いた。

 

「まあ、やってやるさ。ボクは千束が死んだら、ここを出てかなくちゃいけない。放浪生活は、ごめんだからな」

「……頼む」

 

 頭を一つ下げて、僕は奥間から退出した。

 

 

 

 僕が奥間からホールに出たその時、営業中ながらも店に客の姿はなく、たきなさん一人だけが所在なげに座敷席に座っていた。

 いや、よく見れば、カウンターにはミカさんの姿もあった。しかし、その二人の間には会話一つない。その空間は、ひたすらに静かだった。

 頭を一つ下げると、彼らも無言で会釈を返してきた。

 

 今日の朝、珍しく早くリコリコに来た千束は、いつも通りの陽気さのままに、常連客の一人である後藤さんと相対していたというのに。

 しかし彼女が去った今の店の中は、こんなにも空虚だ。

 窓の外からは鈍色の寒空が覗いていて、いつ雨になるか分からない雲行きを店内に伝えている。

 だからだろうか。明かりがついているのに、今のこの店にはどこか薄暗さすらも覚える。そしてそれに加えて、決定的で、致命的な欠落と、その喪失の予感が、きっと僕たちの間に暗い影を落としていた。

 

 そこに、来客を告げる鈴が鳴る。急いで立ち上がったたきなさんが、いらっしゃいと声をかけようとして、そして止まった。

 

 入ってきたのは、臙脂と紺の制服の少女だった。つまり、いつぞやのリコリスだ。名は、「フキ」さんと「サクラ」さんだったか。

 

「いらっしゃいませ。一か月半ぶりぐらいですかね」

「ああ、真弓さん……その節は、どうも」

 

 こちらに一礼。サクラさんの方がカウンターにいるミカさんに注文をしようと駆けていく姿を横目に、フキさんはたきなさんに白い何かを手渡した。

 

「明日には返事しろ」

 

 その言葉と共に押し付けられたそれを、彼女は受け取る。よく見ればそれは、封筒だった。彼女がわざわざ手渡しの物理輸送で持ってきたと言うことは、DAからの書類だろうか。

 ならばそれは、余程の機密性を帯びたもののはずだ。そしてそうだとするならば、今この瞬間においてそれが示すのは、その中身に対するたった一つの事実だった。

 

「……真島案件ですか?」

 

 ほぼ確信にまで至った僕の問いに、フキさんが首肯し、そして答える。

 

「本来は部外者のあなたに話すことではないですが、その通りです」

 

 そしてたきなさんを向いて、一言告げる。「だからそれは恐らく、復帰の辞令だ」、と。

 たきなさんが、息を呑んだ。

 

「その件、今日千束がDAに呼ばれて行ったのも、それですか、やはり」

 

 僕の問いかけに、もう一度フキさんが頷く。

 

「ご明察です。真島の居場所が割れましたので、突入作戦を、と。それも、ご存じでしたか」

 

 その言葉に、頷き返した。たきなさんは、何のことか分かっていないような表情で、僕とフキさんの間で視線を迷わせている。

 

「今言った通り、真島の居場所が割れた。DAは突入作戦を計画している。予定では、三日後。かき集められるだけの戦力をかき集めるつもりだ。お前も含めて」

 

 たきなさんに向き直り、フキさんはそう語る。たきなさんは思わずと言った様子で手元の書類に目を落し、しかし何も反応しない。

 

「よかったなぁおい、復帰できてさぁ!」

 

 威勢のいい声で、サクラさんがそこに茶々を入れた。しかしその声にはどこか棘があるようにも思える。何かたきなさんとの間に、確執でもあるのか。

 何にせよ、僕が気にすることではないか。そう思っていたら、フキさんがサクラさんへと近寄り、そして肩を掴んだ。

 

「要件は終わりだ、帰るぞ」

 

 いつぞやと同じ、注文が来る前に店から連れ出そうとしている。抗議するサクラさんには目もくれず。

 これは少しばかり可哀想だろう。

 

「あの、フキさん」

 

 声をかけた。彼女が振り向く。

 

「せめて、一品ぐらいは食べさせてやってくださいよ。突入作戦前、英気を養うとでも思ってもらって」

 

 引きずられていたサクラさんが、その言葉に顔を輝かせる。

 そしてフキさんは、諦めたような表情で、掴んでいた手を離した。

 

 

 

 結局サクラさんは、パフェの他にもう一品注文をした。この間頼んでおきながらも食べそびれた、団子のセットだ。

 そしてフキさんはそんなサクラさんをどやしつつも、彼女がそれを平らげるのを律儀に待って、そして二人は店から去っていった。

 

 彼女たちのいなくなった店には、また静寂が戻る。出入口の扉を一頻り見つめて、彼女たちとのやり取りを咀嚼して、そして今一度奥間にでも戻ろうかと一歩踏み出したとのタイミングで、視界の端のたきなさんが手を伸ばしたのを捉える。

 それに気づき、立ち止まる。そのまま振り返った僕を正面に、彼女は居住まいを正した。

 

「あの、隼矢さん」

 

 そしてその佇まいのままに、僕にそう、呼びかけた。

 

 

 

 二人そろって向かったバックヤードの更衣室の中で、彼女は僕に問う。

 

「私は、戻るべきなんでしょうか」

 

 目的語がないが、言うまでもないだろう。つまり、D()A()()だ。それは少し前の彼女からは、出るはずがなかった言葉だった。

 

「千束は、残り二ヶ月なんです。DAに戻って、千束と会えなくなって。三日後、そこで終わりなんて」

 

 言って、首を振る。気持ちは、痛いほど理解できた。たきなさんはもはや、戻るかこのままか、自分でもどちらを選ぶべきか分からなくなっている。

 恐らく本音では、もう戻りたいとは思えなくなっているのかもしれない。それでも千束は、己のためにそれまでの夢を棄てる姿を自らに望むとは思えないと、そうも考えている。

 だから、選べない。

 しかしそれは、僕にとってみればどちらにせよ同じことにしか思えなかった。

 つまり彼女は、()()()()()()()()()()()。千束が、残り二ヶ月の命だという、事実を。

 ()()()()()のだ。

 

 それが、どうにももどかしかった。

 

「……僕は、まだ諦めてない」

 

 それは決意表明にも近い言葉だった。

 そしてその僕の言葉に、彼女は目を見開いた。しかしすぐに、目を細める。

 

「諦めないって、何がですか……千束の心臓は、もう直せないのに」

「そんなこと、誰が決めた」

 

 被せるように、言う。たきなさんが押し黙った。

 

「何度でも言うよ。僕は、千束の命を、諦めない。最後の一秒、彼女の心臓が止まるまで」

 

 そして、僕は彼女を正面から見た。

 

「戻るか戻らないかは、君の意思の問題だ。僕がそこに何か口を挟む余地はない。だいぶ前に、言ったみたいに」

 

 だけど、と息を継ぐ。そして立て続けに言葉を重ねた。

 

「諦めとか、消去法とか。そういう後ろ向きな決断は、いつか絶対に後悔する。多分ここでする後悔は、一生ものだ。それだけは、よく考えておくといいよ」

 

 たきなさんが、俯いた。答えにはなっていないが、しかしどうしてもこれは彼女の問題で、彼女自身が下すべき決断なのだ。だから僕の意思を伝えて、彼女の判断材料にしてもらうしかなかった。

 ただ、それでも僕にはもう一つだけ言うべきことがあったのを思い出す。

 

「ああ、たきなさん。それとは別に、もう一個」

 

 顔を上げた彼女を見ながら、ポケットに入っているスマホを取り出す。

 

「千束も、真島討伐作戦に招集されてるって、さっき聞いたよね」

 

 頷いた。話を続ける。

 

「まあ、彼女から確約は得られなかったらしいけど。でも僕は、もし千束が出るとなったときには、そのオペレートをしたいと考えてる」

 

 その言葉に、たきなさんは怪訝そうな顔をした。そしてその表情のままに反論してくる。

 

「DAが、それを許すとは思えません」

「どうにかして、許可を取るよ。……()()()()()()()()()

 

 しかし返した僕の言葉に、彼女が居住まいを正した。

 そうだ。たきなさんもまた、僕のこの手の勘のことはよく知っている。

 

「それは、やはりいつもの『勘』ですか」

 

 頷く。

 

「それも、ある。だけどそれ以上に、真島は、恐らく千束に目をつけてると思うんだ。それまで何人も殺すことに成功してきたリコリスの中で、彼女だけが生き延びた。それを見逃すような男ではない、と思う」

「なるほど……ですが、明日の作戦で真島を捕獲できれば、問題ないはずです」

 

 千束なしでも、どうにかできる。たきなさんは言外に、そう滲ませている。

 しかしその想定は、恐らく甘い。僕は首を振った。

 

「確かに明日、あっさり真島が捕まってくれればいいけど。恐らくは、いやほぼ確実にそうはならない、と思う」

 

 たきなさんは、その言葉に何も言わない。

 心のどこかでそういう予感はしているのだろう。真島と相対した経験が、彼女にもあるのだから。

 

「そして、アイツは。今日以降の作戦の中、どこかで絶対に千束を誘い出そうとする。彼女が逃げられないような、死地に」

 

 思い出すのは二か月前の、あの夜の光景だ。あの時の真島には雑念と、そして油断があった。だから千束は助かった。生き延びた。しかし今回は分からない。

 だからこそ、打てる手は打っておきたかった。

 

「だからもし、今日()()の任務中で、千束に助けが必要だと思ったら」

 

 手持ちのスマホに、目を落とす。切った視線の向こう、たきなさんが息を呑む音がした。

 

「このスマホで、君に。()()()()()()()()()()。そしてその次に、SMSで千束の位置情報を送る」

 

 スマホをしまって、たきなさんにまた向き直る。

 

「君がどういう選択をするかについては、君に任せるけど。ただ今の話だけは、覚えておいてほしい。……頼みます」

 

 そしてそう言葉を結んで、僕はただ頭を下げる。

 

 

 

 彼女は、何も答えなかった。

*1
実在する大規模な査読前論文掲載用のデータベース。医学用途版のarXivともいうべきもの




(12/13 0:13) 何か所かあった千束の呼び方の間違いを修正
12/23 題字に特殊タグ(プログラミング用フォント)適用
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