ここからの時間は、僕は千束の専属としてのオペレートに専念することになる。状況確認のために開いていたライブカメラ映像は、必要がないので閉じた。
そして持ってきた鞄から、VRヘッドセットを取り出す。
千束に取り付けたカメラは、取付位置の関係でその性能の半分ほどしか発揮できていないが、一応360度をカバーする視界を持っている。対応するアプリ越しに使えば、彼女の視点から広範囲に向かって状況を確認できる。場合によっては、彼女の死角を補うことにもなるだろう。
映像端子をラップトップに取り付けて、ヘッドセットを頭から被る。一瞬の暗闇のあと、千束と同じ視界、旧電波塔の入り口部分の光景が目に飛び込んできた。
「準備完了。入っちゃっていいよ」
『おっけ。んじゃ、始めますか』
まず、一階部分から入館し、給電が行われている低層階エレベータで五階までは上がる。
千束は敵の注意を引くべく、入り口の非常ベルを鳴動させながらエレベーターへ潜り込んだ。
「上層階へのルートはわかる?」
『一応、大丈夫。これでも前来たことがあるからね』
「前? いつのこと?」
エレベーターの中、これからの手順の確認がてら話していたところで、彼女が気になることを言う。
旧電波塔の崩壊というのは、今から十年前のことだ。それ以前にここに来るとなると、その時の彼女は七歳よりも幼いと言うことになる。つまり人工心臓を手に入れるより前だ。まさか崩壊後にここに来るわけもないだろう。疑問に思って訊いてみると、彼女はきょとんとした声色で返してきた。
『あれ、前言わなかったっけ? 電波塔事件、私もここにいたって』
「……ああ、そう言えば」
その言葉に、僕はようやく思い出す。四か月ちょっと前、千束とたきなさんの服選び兼街歩きに付き合ったときの、押上水族館の中の話だ。自身が非殺傷弾を使い始めた契機が電波塔事件だったというようなことを、千束は言っていた。
ただ冷静に考えれば、それはとんでもない話なのではないかと今更ながらに思う。齢七歳、実戦投入など普通は到底ありえないレベルの年齢で、国内最大級のテロ事件の鎮圧に彼女は駆り出されていたということなのだから。
そこで、一昨日のミカさんの言葉を思い出す。確かに彼女はその時点ですら、リコリスの中で最強の戦力であった、という話だ。確かにそれを聞けば納得はできないでもないが、しかしそれでも、それには文句の一つも付けたくなるというのが、人情というものだろう。
「しかしまあ、世も末だな、DA」
『それ、わかるわー……あ、着いた』
そこまで言ったところで、丁度エレベーターが五階に到着した。
降りて、素早くクリアリングをする。敵影はない。彼女が、銃を下ろした。
「ここからは、ひたすら階段か」
『壊れちゃったところから先は、階段どころかアスレチックだよ』
軽口を叩きながら、彼女は先へと進む。
目に見えるホールには、今のところ人影はない。しかしここからは分からない。
『さすがに階段には、いるよねぇ、向こうさん』
「多分ね。まあ、適当に鎮圧してもらって」
『適当にって……まあ、そうだけど』
いつもの調子で、彼女は歩を進める。エレベーターホールの向かい、非常用階段の扉を開ければ、果たして何者かの姿があった。
ピジョンブルーのツナギ。久しぶりに見る、真島一味の姿だ。非常用ベルに驚いたか、皆一様に階段を下に降りてきている。
千束はその軽快な身のこなしで跳び上がり、階段裏に音もなく
『いらっしゃいませっ、と!』
トップアタック。ポンプアクションライフルに装填された非殺傷ライフル弾で速やかに一人を無力化し、そして続けざまに上に見える踊り場からの掃射を躱しながら、お返しとばかりに立て続けに三射を見舞う。それだけで、向かってくる敵は沈黙した。
「お見事」
『まぁね。初速がこんぐらい速い銃なら、これぐらいの距離、当てられんのさ』
力を失って倒れ込む男たちが階段から落ちないように介助しつつ、彼女はそのまま階上を目指す。
第一展望台は、地上三百五十メートルの高さに存在する。階数にして凡そ九十階近い。五階までエレベーターで上がれても、もはやそれは雀の涙だ。
暫くは敵がいない階段を、千束はひたすらに上り続ける。
「大体どこから外に出る感じなんだ、これ」
『んー……私の記憶が確かなら、八十階ぐらいまでは上がれたはずだよ』
「つまり三十メートルちょいはアスレチックか……」
そもそも八十階もの高さをひたすらに上り続けることすら厳しいのに、そこからは死と隣り合わせのパルクールとは。
「大丈夫? 体力持つ?」
『だいじょーぶでーす。そんなやわな鍛え方してませーん』
軽快な速度で階段を駆け上がりつつ、彼女が軽い口調で返してくる。確かにその息が切れる様子は全くない。人工心臓がもたらす強力な心肺能力も、或はそこには寄与しているのかもしれないが。
そのまま、彼女の軽い足音だけが響くこと、十五分ほど。
すさまじい速度で階段を駆け抜けた彼女が、終着点となった八十階の非常階段出入口の前に立つ。
そこは爆弾による破壊の跡が目立ち、瓦礫が足の踏み場もないほどに辺り一面に散らばっていた。そしてその扉も、爆破によって傾いたこのタワーの重みで歪み、手では開けられなくなっているようだった。
千束は、手にライフルを持った。そして鉄の扉に向かって、一射、二射、三射と撃ち込む。その度に、それは歪み、そして隙間が出来ていく。
最終的に彼女がマガジン内の弾を撃ち尽くすと同時に、軋んだ音を立てながら扉は開いた。
「千束、踏み出す時は気を付けて。外の足場は多分不安定だ。落ちたら死ぬ」
『はいはーい』
僕の忠告に慎重に彼女は外へ出る。一歩を踏み出そうとして、果たして扉のすぐ外の足場は抜けていた。
『あっぶな!』
慌てて後ろに飛び退る。忠告をしておいてよかったとしか言いようがなかった。暫くは、僕のナビゲートが役に立ちそうだ。
「そこからクリアリング。狙い撃てる敵はあらかじめ排除しよう。不安定な足場では君の回避能力を活かしづらい」
『りょーかいっ』
慎重に外を見回す。果たして視線を上に向けると、ツナギを着た男たちがそこかしこであたりを見回していた。
「当てられそうな所だけでいい。排除したら安定した足場に移って。直線距離を急ぐんじゃなくて、安定性を重視していこう」
その言葉に千束が黙ってライフルを構える。
立て続けに、五射。非殺傷弾とは思えないほどの精密さで、それは男たちに命中した。彼らは膝から頽れていく。何とか足場を踏み外さなかったのは、生命への執着か。辺りを見渡し、手近な所から立っている人影が消えたことを確認した。
「クリア、かな」
『だね』
そして、改めて外へと一歩を踏み出した。
それからは、何とか生きているキャットウォークを辿りつつ、先手先手で敵を排除していく。たまにこちらに気づいて撃たれるものの、そこは流石の千束、掠るそぶりすらもなく的確な回避と反撃で敵を沈黙させていった。
そのまま残り行程の半分ほどを上がったところで、とうとう安定した足場がなくなった。
目の前に見えるのは、人一人がようやく通れる程度のパイプだけ。つまりここからはこれを使った、文字通りの綱渡りで進む必要がある。
「安定して進めるのは、ここまでか……」
『だねぇ』
ここから撃ち落とせるだけの敵はすでに排除済みだが、しかし遠目にはあと三、四人程の男の姿が見える。
「狙撃でも出来りゃいいんだけど、まあ厳しいな……千束」
『なに?』
「そのライフル、ここで置いてこう。両手が塞がった状態でここから先を行くのは危険すぎる」
僕の言葉に、彼女は手に持ったライフルを床に置いた。
『もったいないけど、しょうがないか』
そして両肩を回し、サッチェルバッグから拳銃を手に取った。それはいつもの彼女の得物だ。
『んじゃま、行きますかね』
「頑張って。暫くは気が散らないように、こちらからのナビゲートは控える」
『了解』
そして彼女は、空へと身を躍らせた。
緩やかに傾斜するパイプの上を、彼女は軽快に駆け抜けていく。数が減り、圧力が減った敵からの射撃はそもそも走り続ける彼女の体に狙いすら付けられず、そして千束からの的確な応射で、一人一人と倒れてゆく。直進性の著しく低く、まともな狙撃性能などないはずの非殺傷弾だが、器用に当てるものだ。しかも足場も悪いのに。
そして進むことしばらく、最後の一人、千束の斜め下方から狙いすました一射を放った男には少しばかりひやりとさせられたが、しかし両手持ちのライフルを手放していたことが幸いしたか、見事なバランス感覚を発揮した千束の敵ではなく、回避してからのお返しの一発でそいつは昏倒した。
斯くして動く敵の影のなくなった、荒涼とした鋼材の橋が織りなす空間の中、彼女は細いパイプの上に立って、そして眼前に広がる第一展望台へと身体を向けた。
『あーあー、こんなになっちゃってまぁ……』
彼女の呟きを拾う。確かに、見事な破壊の跡だ。絶妙な角度で傾いた展望台がそこからは望め、風に軋む鉄の不協和音もかすかに聞こえた。よくよく見れば、展望台はそのそこかしこに錆まで浮いている。
『……入るか』
そしてその声と共に、もう一度彼女はその身を躍らせた。
第一展望台下のショッピングエリア。そこに窓から侵入したタイミングで、僕は千束に声をかける。
「もういいかな? 凄いアクションだったよ。映画みたいだった」
『えへへー、そうでしょ』
いきなりの僕の声に少し身体を震わせた彼女は、しかし得意げな声でそう返してきた。
「とにかく、ここまでくればあと一息だ。真島からの仕掛けを警戒しつつ、吉松を探そう」
『わかってますよー』
その言葉と共に、施設の中へと歩を進めた。
ショッピングエリアの中、周囲を見回しながら、千束は声をかけ続けている。ヨシさん、どこですか、と。
しかし答えは返ってこない。その代わりと言うべきか、時たま真島一味が襲ってくるものの、それは彼女の敵ではない。相変わらずのクロスレンジからの速射で瞬く間に無力化し、そして再び捜索を継続する。そのまま五分ほどエリアを回ったものの、吉松の姿は影も形もなかった。
『いないなぁ、ヨシさん』
「やっぱり、展望デッキだなこれは」
そしてそうなのだとすれば、もう一つの推論についても、恐らくは的中している。
「多分、真島もそこだ」
大きなため息が聞こえた。
『ったく、いい迷惑だっての……』
「まあしょうがない。お礼してやれるいい機会ができたと思うしかないな」
僕の言葉に、彼女は両手で自分の頬を叩いた。
『だね。まっ、気合入れていきますか』
展望デッキに辿り着いた。少々破壊の跡がみられるその場所には、全くと言っていいほどに人の気配がない。
外周をゆっくり歩きながら、吉松を呼ぶ。当然に、周囲の警戒を厳としながら、だ。そしてそのまま半周程が過ぎたタイミングで、声がかかった。
千束、とその名を呼ぶそれは、男の声だ。そして僕の記憶が正しければ――
『ヨシさん!?』
吉松の声だった。
千束が走り出す。声を頼りに辿り着いたのは、彼女が登った階段とちょうど反対の位置、階段脇の、かつてエレベーターホールであった場所だ。
振り向いたその先に、椅子に縛られた一人の男の姿があった。吉松だ。
彼女から、吐息が漏れる。眼前の吉松が、安堵の表情を浮かべた。
『ヨシさん……!』
そして彼女がそちらに向かって駆け出す。
その瞬間、指を鳴らす乾いた音が響き渡った。
「これは……来るぞ、千束!」
唐突に、シャッターの稼働音がし始めた。予想通りだ。外から差し込む光が次第に奪われていく。
僕の声にか、弾かれたような速度で千束が振り向く。果たしてその向こうで、展望デッキの窓を覆うように、シャッターがゆっくりと閉まっていくのが見て取れた。
暗くなる視界の中、彼女は吉松の方向へと駆け出して、そして彼の側でデッキ側に銃を構えた。接敵の予感が、否応なしに緊張を高めていく。
「その鞄、防弾性だったよね。盾に使える?」
『分かってる』
彼女が小声でそう僕に返してきたタイミングで、それは現れた。
『よぉ、ヒーロー?』
緑の髪に、黒いロングコート。しかしその影が見えた一瞬の後にシャッターが閉じ切られ、自動的に切り替わった暗視装置の向こうで、男――真島が銃を構えた。
重い銃声。構えられた鞄で胸元は塞がれ、こちらからは前の様子が見えなくなる。
『そうだ。お前が避けると大事なヨシさんに当たっちまうもんなぁ!?』
嗜虐的な声と共に、さらに複数回の発砲音がする。カメラが揺れる。衝撃が伝わった。
『ぐッ……!?』
拳銃弾といえども真正面から射撃を受け止め続けるのは大変なのだろう、彼女の口からは呻き声が漏れた。
そして一頻りを撃ち切ったか、銃声が止む。
『ヨシさん!? 大丈、夫……?』
鞄が退けられる。そして彼女は吉松の安全を確認しようと振り返った。
しかしそこに広がっていたのは、予想外に過ぎる光景だった。
『あれ、ヨシさん……?』
そこにはほどかれた縄と、無人の椅子だけがあった。
ならば吉松は、何らかの方法で逃げ出したのか。ただいずれにせよ、そちらに気を取られている時間はない。彼女も同じことを思ったか、すぐさま油断なく前を向いて、そしてデッキ方向へと歩き出した。
最優先されるべきは、周りへの警戒だ。ゆっくりとした足取りで、慎重にエレベーターホール跡から外に出る。半身だけ乗り出し、千束が辺りを見回した。
どこからか微かな光が差し込む中、しかし暗視装置が浮かび上がらせる暗闇の向こうに、真島の影があった。
『全く、俺の考えてた計画は台無しになっちまった』
こつん、こつん。足音を響かせて、真島が近寄ってくる。
『せっかくいいところだったのによぉ……ほら』
その言葉と共に、展望デッキのディスプレイが点る。
映し出されているのはニュースだ。延空木で発生したテロと、それに挑む自衛隊の姿が見える。
たまにリコリスとみられる若い女性が中から運び出されているが、その身分を示す制服はカメラの画角によって巧妙に隠れている。
我ながら、見事な仕事だ。それを見て、内心自画自賛した。
『治安出動? 自衛隊だぁ? ハッ、取って付けたような言い訳で誤魔化しやがって。心底この国は腐ってやがる』
苛立ち紛れの声がする。
『そんなにリコリスサマが大事か。ま、そうだよな』
銃が構えられる。視点が激しくブレた。続いて聞こえる発砲音。彼女はいつもより大きい動きでそれを避けていた。
『私にそれ言ってどうするってのよ……知らないっての!』
『いや、オマエに言ってるわけじゃねぇさ。……聞こえてんだろ?』
それはまるで、千束のオペレートをしているこちらを見透かしたような物言いだった。
『思えば最初から、俺のやることなすこと的確に邪魔しやがる奴がいたんだよ。ありゃDAじゃねぇな。やり方が違ぇ』
『だから何の話……!?』
彼は、千束には答えない。まるで今は黙っていろと言いたげに、もう一度発砲した。しかし今度はこちらを向いてではなかった。ニュースを映すディスプレイの一つが、砕けた。
『オマエを襲ったとき、邪魔しやがったドローン。いるんだろ? 今日も。オマエの後ろにさ』
やはり、彼が気にしているのは千束ではないのか。いや、ならば彼女をわざわざここに誘引した理由が掴めない。
『だとしたら、何だっての』
『裏からコソコソと、やり方が気に入らねぇんだよ。だからオマエとやり合えば、ソイツも出てくるだろうと思って、なァ!?』
言葉と共に、すべてのディスプレイが切れた。暗闇の中、暗視装置に浮かぶ真島の影が勢いよく走り込んでくる。
いよいよ、本格的な交戦だ。
「手筈通りに」
『分かってる!』
近寄って、高く飛びあがったところから掴みかかってくる真島を、横っ跳びで回避する。返す刀で銃声三発。うち一発が命中したか、呻き声を上げた真島が転がり、しかし残りの二発を回避しつつ立ち上がる。
舌打ちが聞こえた。
『見えてるだと……? どうなってやがる』
『あんたのやりそうなことは、ウチの「参謀」が全部お見通し、てことよ。……あ』
「おい千束……」
挑発ついでに思い切り口を滑らせた千束に、呆れ交じりに声をかける。まあ、だからすぐに何という話ではないのだが。
『「参謀」ねぇ……気に入らねぇな』
またも銃声。当然に千束は避ける。それを見て、真島は諦めたように銃を下した。
その辺りで、僕も援護要請の準備を始める。
取り決めた手順を、進めていく。まずはたきなさんのスマホ宛に、三度のワン切りを仕込む。
『ま、いいさ。俺はオマエにも興味があってな。というかオマエの方が最初に、だな』
その後に、SMSに、位置情報を打ち込む。旧電波塔、第一展望台デッキ。真島と交戦中。それだけ打って、送信した。
『見事なもんだ。「相手の微細な動きで射線と射撃タイミングを判断する」……何度見ても頭おかしいな。アラン機関が目をつけるわけだ』
後ろに下がりつつ、真島は話し続けている。その足元にある空き缶の類の障害物は、見事に回避しながら。
『あんたの地獄耳も大概だけどね』
『そりゃお誉めに与り光栄。ま、そういう意味じゃ俺たちは同類ってわけだ。
『一緒にすんなッ! って、ご同輩……?』
ご同輩。この文脈で言われるならば、その意味は凡そ一つだ。
「こいつ、アランチルドレンなのか……」
『言ってなかったか? 俺もオマエと同じなんだぜ。アランの連中に支援を受けた』
『嘘……』
千束が呟く。
『俺は聴覚で、オマエは視覚。似た者同士ってやつか?』
『だから、一緒にすんなってのッ!』
銃声。それと一緒に唐突に飛び掛かってくる真島を横に躱そうとするが、彼はその姿勢のまま足を延ばす。衝撃。千束から呻き声が漏れる。しかしその蹴りの勢いは殺せているらしく、足にぶら下がったままの姿勢でお返しとばかりに銃声一発。それが肩口に当たり、真島が銃を手放した。潜り込んで拾って、千束はその銃を彼に向ける。
しかし、真島は不敵に笑った。
『おいおい、そりゃ実弾だ。オマエ撃てんのか?』
『ッ!』
小癪な真似をしてくれる。
「外に撃て。残弾全部」
その言葉に弾かれたように千束は銃口を左に向けた。それは外の方向だ。
『あっテメッ……!』
立て続けの銃声と共に、外から微かに光が差し込む。真島の得物、短銃身のリボルバー銃から放たれた銃弾は展望デッキのシャッターを容易に貫き、そこには風穴が空いた。
そして千束は、大きくその銃を後方へ抛った。
『ざまぁみろ、私が実弾撃てないからってナメた真似するからだ』
舌打ちと共に、しかし真島は懐から予備の銃を取り出した。どうやらそのコートの中は簡易的なウェポンラックになっているらしい。つくづく準備のいい男だ。
『ま、いいさ。そうそう、あの「ヨシさん」から聞いたぜぇ? オマエのこと。「才能を枯らしてる」んだって? その「殺せない」ってので』
そしてまた、歩き始める。よりによって千束に背を向けて。
随分と無防備な後ろ姿だ。そもそも視覚に頼っていないから出来る芸当だし、千束が殺すためには撃ってこないこともよくわかっている。そして彼女が非殺傷弾の有効射程に下手に踏み込んだら、カウンターで格闘戦を仕掛けてくるつもりだろう。リコリスの、とりわけ千束の身体能力は凄まじいが、しかしどうにも真島という男は格闘戦のノウハウを持っているように見える。下手に懐に潜り込むのは危険だ。その認識は千束も共有しているのか、踏み込む素振りは見せていない。
『でもま、俺は好きだぜ? そういうの。生き方ってのは、人に強要されるもんじゃねぇもんなぁ?』
「賢しらなことを……」
彼の言葉に、思わず声が漏れた。
どうにも、彼の思想そのものには頷けるところが多い。人は元来自由であるべきで、自らの意思による選択で未来を切り開くべきだと。それが彼の根底の思想で、そして僕もそれは大いに正しいことだと思っているからだ。だからこそ、その言葉を金科玉条にして無道を働くこいつの存在が、心底気に入らない。
千束も、苛立ち紛れの息を吐いていた。真島の余裕な態度が気に入らないのだろう。そして戦況を動かせないこの現状にも、苛立ちを隠せないでいる。
そのまま十分な距離を取って、真島は振り返った。
『オマエさ、俺と組まねぇか?』
『はぁ? 頭おかしくなったの?』
いきなりの勧誘の文句に、千束が鼻白む。しかしその調子を崩さず、真島が言葉を続けた。
『いんや、俺は至って正常だぜ? アラン機関、気に入らねぇからここらでいっちょ潰してやりたいのさ。お互いアランに迷惑してる者同士、仲良くやれそうだと思わないか?』
『……寝言は寝て言えっての。そもそも私は、ヨシさんに助けてもらったこと、後悔なんてしてない。迷惑だとも思ってない』
その言葉を、千束は鼻で笑った。そして銃を突きつける。
『真島、あんたとはこれ以上話しても意味ない。それがよく分かった』
『……そうかい』
その言葉に、真島もまた千束に銃を向ける。
数秒の沈黙の後、二人は走り出した。
「千束、可能な限り真島と外窓の間に身体を挟んで。外に向かって撃たせる」
『なんで、……ああ、なるほど』
当初の作戦通り、真島から距離を取るように走りつつ、時たま牽制に弾を放つ千束に提案する。彼女もすぐに、その意図を察した。
真島が外に向かって発砲すれば、その分だけシャッターに穴が空く。千束は目がいい。それなり以上の光源が確保できれば、暗視機能に頼らずとも真島と戦うことができる。
そのアドバイスを聞いて、彼女は動きを変えた。ひたすらに後ろに逃げるのをやめ、一度立ち止まって、そして飛び掛かってくる真島に相対する。
彼が腕を振り絞ったタイミングで、股を抜く。後ろを取って、銃声が二発。横っ跳びで回避する真島は、通路内側に陣取った。そして振り返り、立て続けに三発撃ち返してくる。
それを展望台の手すり伝いに滑るように回避する。避けられた弾は、シャッターを穿った。また、光が差し込んでくる。
舌打ちをして、今度は真島が闇の中に逃げてゆく。
「その調子。そのまま奴の得意なフィールドを塗りつぶしていこう。もしかしたら、救援なしにでも奴に勝てるかも」
『油断は禁物、だけどね』
「違いない」
逃げた真島は深追いせず、向かってくるのを待つ。そのまま暫くして、痺れを切らしたように突っ込んでくる真島をまた迎え撃つべく姿勢を低くする。
しかしそこで彼は急に動きを変えた。跳び上がるのではなく、しゃがんだ。そしてそのままの姿勢でこちらに銃を向ける。
発砲。半身になって回避した千束がそのまま突っ込んでくる真島を躱そうとステップを踏んだ。しかし真島はそれを待っていたように伸びあがり、丁度空中で無防備になっている彼女の腕を取った。
『まずッ――!』
視界が回転する。叩きつけられる音と、呻き声。直後放たれる銃声。息を吐き出す暇もなく、彼女は転がりながら回避した。しかしそこにするりと現れた真島が、大きく足を振りかぶって――
『ごッ……!』
くぐもった音。千束が、腹を蹴られた。視界が激しく上下する中、しかしそこに一発の銃声が響く。
『がぁッ……!』
千束のではない、呻き声がした。咄嗟に千束が放った非殺傷弾が、まともに当たったらしい。横倒しになる視界の先で、真島もまたうずくまっている。
その隙に、彼女は何とか立ち上がった。
「大丈夫か……?」
『いちお、まだ……でも、アイツ、強いわ』
痛みをこらえて、息を切らせながらも千束が答える。
「なかなかどうして、思い通りにとはいかないってか……」
後ろから見ていても分かる。コイツは、手強い。いけ好かない犯罪者ではあるが、どうにもやり手ではある。こちらの策にも柔軟な対応を見せてくる。その戦闘力は、評価するよりほかにはなかった。
そしてまた、視線の向こう、立ち上がった真島と千束が、銃を向け合った。
一進一退の攻防ではある。しかしながら打つ手立てがないと、じり貧になりかねない。こちらには制限時間があるからだ。
このままではまずいとなれば、こちらも電波塔に出向いて、制御室からシャッターを開けるような抜本的な手当てを考えなければならないか。
自分の中に、少しばかりの焦りが生まれ始めていた。
その時だった。転機はどこまでも、唐突にやってきた。
突如、僕のスマホが鳴動する。何かの通知だ。ヘッドセットをずらして、そちらに目をやった。
それはSMSの受信を告げている。発信元は、
これは、もしや。そう思って、開く。メッセージを目にして、僕は思わず口元を緩めていた。
彼女は今、旧電波塔八十階の階段室にいる。そしてそこからのルートのガイドを求めていた。
「千束、朗報だ。外周を逃げながらひたすら引き撃ちでいい。十分持たせて」
『どうしたの? ……まさか』
「ああ、救援が来る。たきなさんが、向かってる」
その事実を、千束にも告げる。息を呑む音が聞こえた。
一秒、二秒。その意味するところを咀嚼していくうちに、彼女の中の戦意が沸々と高まっていくのを感じ取る。
『負けられないなぁ、それは……!』
そしてその末、そんな言葉と共に、彼女は猛然と走り出した。
やっとまともに書けた戦闘描写。しかしこれでもカメラ越し視点なのでちょっとだけ不自由しているんですけどね。