僕たちが今回のハワイ旅行に際して立てていた計画は、今日、つまり三月の頭から始まって、そこから一か月の期間にまたがるものだった。平たく言えば、僕たちはここからのひと月ずっとこの地に滞在することになる。
そうなると、まず求められるべきはその期間における
実のところその契約自体は、出発前に既に日本で結んであった。故にむこうが提示してきた指示書に従って、空港にある営業所からワンボックスカーを粛々と手に入れる。そしてそれが済むなり、ミカさんとミズキさんの二人とは一度別れることになった。
何となれば僕たちは、さらにもう一台の車を借りる計画を持っていたからだ。当然にそれはただの車などではない。
否、勿体つけるまでもないだろう。即ち、
せっかくだからひと月ぐらいはここにいようかと決めたはいいものの、しかしそれはただの観光旅行にしてははっきり言って長い。物見遊山だけでは時間を持て余すだろうというのは、割と早くから全員の懸念として共有されていた。
なら、その間何をするのがいいか。それに対して千束が与えたアンサーというのが、「海外のお客さん相手に商売をしてみたい」という、彼女自身の望みだった。こういう機会でもなければ、外国でお店を開くこともないだろうと、そう彼女は力説した。
なるほど、尤もな理屈だった。当然にそれには全員が賛意を示し、結果ハワイ滞在中の一か月限定で「喫茶リコリコ・ハワイ支店」を開くことが、この旅行のメインイベントの一つとなった。
もはや言うまでもないが、フードトラックとは当然そのためのものだ。そして僕たちが何個ものキャリーバッグに分けて持ってきた
そんなわけで、今しがた別れたリコリコの年長者二人がその手続きを進めている間に、僕は残りの三人を引率して、一足先にこのひと月を過ごす宿へと向かう手筈になっていた。借りたばかりのワンボックスに彼女たちを乗せて、空港を発つ。ハンドルを握るのは、言わずもがな僕だった。
向かう先は、「ハワイ・カイ」という名が冠されたエリアだ。オアフ島南東部にあるそこは、空港から車で小一時間ほどの距離にある。その中、閑静な住宅地でありながらもリゾート地の趣豊かなその場所に、それは建っていた。
別荘のようなコテージ風の一軒家が、今僕たちの目の前でその存在感を主張している。かの家のわきの辺りに備え付けられている駐車場に向けて車を減速させていくと、後ろから千束が素っ頓狂な声を上げた。
「え? ここ?」
心底驚いているような声だ。バックミラー越しに後ろを見遣ると、彼女は車の窓に張り付くように、外に映る家を見ていた。
「一軒家、ですね……」
それに、たきなさんも同調する。確かにこの二人にはハワイでの宿については伝えていなかった。そこにはサプライズの意味もあって、この反応はある種期待通りであるとも言えた。
彼女たちの反応に構うことなく粛々と駐車場に車を停め、助手席に座るクルミを一瞥してから、後ろを振り向く。未だ窓の外、コテージをぽかんとした表情で見ている彼女たちに、そこで僕は声をかけた。
「ここから一月、この家が僕たちの拠点だ」
その言葉に、弾かれたように二人の顔がこちらに向いた。揃って瞬きを何度か繰り返す。
そして突如、千束が僕の座る運転席めがけて飛びついてきた。席越しにその腕が伸びてきて、僕の肩へと回される。
「ホント!? ホントにここに住めるの!? 一か月!? みんなで!?」
運転席ごとぐらぐらと僕のことを揺らしながら、矢継ぎ早に問うてくる。未だ「信じられない」と、その表情と声色が全力で主張していた。
それでもそちらの方を向いて事実だとばかりに頷けば、呼応するように彼女は息を大きく吸い込む。
爆発の予兆すら感じさせる張り詰めた沈黙がそこから続いて、その果てに――
――いぃぃぃやったあぁぁ!!!
歓喜の叫び声が、車内に響いた。
今回ミカさんやクルミと相談して決めた宿は、バケーションレンタルで比較的割安に泊まることのできる戸建て物件だった。
金の問題というのも、確かにある。フルサービスのホテルにひと月通しで泊まるのは予算的にも無理があった。しかしそれよりむしろ、せっかくみんなで旅行と洒落込んでいるわけだから全員で交流を持てる場を宿にしたい、という積極的な理由のほうが、その動機としては大きかった。
僕たちがこれからの拠点とするこのコテージは、寝室を三つ備えている。そこに来てリビングのソファがソファベッドになることで最大で八人分のベッドが確保できる。つまり部屋割りには余裕があるということだ。掲載されていた内部の写真も良い雰囲気で、みんなもきっと満足してくれるに違いないと、ここはかなりの即決で決まった物件だった。
事前に不動産屋から提示された暗証番号でロックボックスを開けて、中から鍵を取り出した。そのまま玄関ドアの錠を開け、車から降ろした荷物を運び込みつつコテージの中に入る。
得てして掲載されている写真に比べれば実物の風景は一段ほど劣って見えるのが物件の常ではあるのだが、しかしこのコテージに限っては全くそんな風なことはなかった。むしろこの南国の雰囲気を余すところなく感じられる空気感によって、写真よりもその全てがより上質に感じられるほど。僕の後ろから家に入ったはずの千束は既に脱兎の如く駆け出して、ありとあらゆる部屋のドアを開いては奇声にも似た歓喜の声を発し続けていた。
「たきな、たきな!」
一頻り部屋を見回しきった千束が、今度はたきなさんにもその体験を共有したいとばかりに強引に腕を引っ張っていく。ちょっと、と抗議の声を上げつつも、しかしたきなさんはたきなさんで、満更でもない様子のまま千束に振り回されているようだった。
「……こんだけ喜んでもらえるなら、サプライズにした甲斐があったかな」
「ま、そうだな。なかなかいい目の付け所だったんじゃないか?」
その様子を遠く見ながら、リビングの真ん中、隣に立つクルミに声をかければ、僕の方を流し目に見つつもクルミはニヤリと口角を上げた。
「悪くない場所だと思うぞ、ここは。ボクも」
「そいつは、何よりで」
ならばあとは、ミカさんとミズキさんがここに来てから、次の予定とするのがいいか。
そう考えて、とりあえず僕たちは二人、リビングのソファに腰を落ち着けてその時を待つことにした。
そこからだいたい一時間ほどが経った昼過ぎ、ミカさんとミズキさんが確保してきたフードトラックをもう一つの駐車スペースに停めて、そして彼らもまたリビングにやってきた。
斯くして僕たち喫茶リコリコの六人は、大体二時間ぶりに全員集合と相成った。
「さて、これからの予定だが」
各々が思い思いの椅子に腰を落ち着けたところで、ミカさんが口を開く。
「今日中にトラックの装飾を終わらせて、営業は明日から始めることになる」
「先生、シフトは?」
「それも今から決めよう」
千束の早速の問いに重々しく頷いて返したあと、ただそれよりも、と言葉を継いだ。
「まずは、部屋割りだな」
そう言って、僕たちを見回す。つまり今から、この一月に亘って滞在するに当っての自室の割り当てを決めようと、そういうことらしかった。
とりあえずはということで、分けられるところからメンバーを分けていく。
あっさりと決まったのは、ミカさんにミズキさん、そしてクルミの三人だった。
まずミカさんが一人部屋、と言うよりはリビングのソファベッドを希望する。そしてミズキさんとクルミの二人が、相部屋に配された。二人の間では一悶着ありはしたものの、それはいつものやり取りの範疇に過ぎない。故にここまではスムーズだった。
問題はここからだ。残り三人、つまり僕と千束、そしてたきなさんの部屋割りをどうするかが、どうにも悩ましかった。
コテージの中、未だその主が決まっていないのは残り二部屋しかない。コテージの図面とにらめっこをしながら、僕は声を上げる。
「……まあ、千束とたきなさんで一部屋かな」
「……まあ、千束と隼矢さんが同室でしょう」
しかしそれと全くの同時に、同じく手許の間取り図に目を落としていたたきなさんが発した言葉が重なった。
「……は?」
「……え?」
結果として僕たちは、お互いにアホ面を晒して向かい合うことになった。
「いやいやいや、僕が同室はないって……」
一瞬聞き間違えかと思って、反芻する。しかし確かにたきなさんは、「僕と千束を相部屋に」、と言った。間違いなく言った。
それを理解して、僕は慌てて手を横に振った。
さすがにそれは、ないだろう。何となればこのコテージ、部屋に置かれているベッドは
「なにか、問題でも?」
「いやだってダブルベッドだよ? いくらなんでもそれは……」
僕のその反論は、我ながら当たり前のことを言っているとしか思えない。しかしそれでも彼女は、心底不思議そうな顔をしながらも言い返してきた。
「いや、ですから何の問題もないのでは? 今の千束と隼矢さんが
「
無邪気な言葉だ。しかしそれは、あまりにも生々しい実感を持って僕の耳に、そして心に響いた。
確かにクリスマスのあの夜、僕と千束は一つ
それは客観的に見れば、
しかしそれについて話し始めたら、また別の厄介を生む。その直感だけは確実に働いたが故にたきなさんの言い分に敢えて反駁する愚は犯さなかったが、それでも僕にとってこれは引けない一線だった。
「いや、まあそうだとして。千束と二人っきりの旅行ならともかく、ここはみんなで来てるんだし、やっぱりたきなさんと千束が同じ部屋割りの方がおさまりがいいと思うけどなぁ……」
――だって僕と千束が一緒だと、たきなさん押し出される感じで一人部屋だし。
故にそう理屈をつけて言い返してみたものの、たきなさんはそれにも呆れたように首を振った。
「私はいつも自宅では一人ですけど。何を遠慮してるんです?」
そして、溜息をつく。そこからたきなさんは、埒が明かないとばかりに千束に向き直った。
「千束、あなたはどうしたいんですか?」
「え、私!?」
唐突に水を向けられる形となった千束が、不意打ちを受けたとばかりに声を上げる。思わずと言った面持ちでたきなさんの方を向き、その真剣な眼差しを正面に受けて軽くのけぞった。
而して彼女は、俯き気味にうんうんと唸り始める。そしてそこから暫く、悩みに悩んで彼女が出した結論は――
「
誰もが予想しない、凄まじいまでの「危険球」となって、僕たちに襲い掛かった。
場が、水を打ったように静まり返る。
「あるわけないだろ……」
その中、それを言ったのは僕と、そしてクルミだった。完全に静観の姿勢で僕ら三人のやり取りを眺めていた大人勢だったが、どうやら千束のその発言ばかりはクルミをしても看過できなかったらしい。
というか、まずたきなさんが嫌だろう、さすがにそれは。そう思って目線を向ければ、なんと彼女はこの案について真剣に考える素振りを見せていた。嫌な予感がして制止しようとした寸前に、ようやっとたきなさんは千束へ拒絶の言葉を返した。
の、だが。
「……いえ、やめておきましょう。キングサイズとはいえ、三人で使うにはあのベッドはやや手狭です」
「そういうことじゃないんだけどなー……」
しかしその内容のズレ加減に、僕は小声でそうぼやかざるを得なかった。つまり十分にベッドが広かったら、今の千束の提案を受け入れていたのか、たきなさんは。そう愕然とする僕やクルミを尻目に、千束はたしかに、と声を上げた。
彼女たち二人は、僕たち四人の理解の外で、その認識がかみ合っていた。
「うーん、でもたきなとも隼矢さんとも、一緒の部屋になってみたいんだよなぁ~!」
言いつつも、うがーと唸って、千束は頭を掻きむしる。
千束のその振る舞いに、ようやく僕の理解が追いついてきた。
驚くべきことに、千束は僕と一緒に寝ることに対して心理的抵抗はないらしい。というか、それ
つまり千束の意思を尊重するならば、どちらか一方だけを選ぶのではなく、おそらく彼女は
となれば、致し方ない。僕も腹を括るべきところだった。
千束のやりたいことは、極力実現させてあげたい。それはかねてからの僕の意思だったし、ことこのハワイ旅行は、その全てが千束のためにあると言っても、過言ではないのだから。
そう決意してたきなさんの方に目をやれば、彼女もまたこちらに視線を向けてきた。恐らく到達した結論は、きっと二人とも一緒だ。
「期間を、区切るか」
「そうですね」
ずっと三人一緒が無理なら、別のやり方で両立すればよい。つまり、滞在期間中の前半と後半で千束のルームメイトを入れ替えようという、それは玉虫色の結論だった。
「じゃ、前半は」
「……なら私が」
「んじゃそれで」
そんな短いやり取りのあと、小首を傾げて不思議そうな顔でこちらを見る千束に、出た結論を伝える。
それを聞くや千束は、満面の笑みと共に大きく頷いた。
「うん、いいねそれ! じゃ、それで!」
斯くて僕たちの滞在期間中の部屋割りは、その方針で決定となった。
そうと決まればと言うことで、早速にして各々の荷物を部屋に運び込んでいく。それが終わればすぐに、裏手の駐車場に停めてあるフードトラックのラッピングが始まった。日本から持ち込んだラッピングシートを広げて、全員で作業に取り掛かる。
クルミが用意したスマートグラスを掛け、その視界の中、AR上にプロットされたガイドの通りに隅を合わせて、そのまま貼り付ける。
それをひたすら繰り返し続けること一時間、僕たちの目の前には、木組みとステンドグラスの意匠を取り込んだ喫茶リコリコ仕様の全面装飾を施された趣深いフードトラックが鎮座していた。
これがもとはと言えば真っ白でシンプルな中型トラックでしかなかったとは、俄には信じがたいものがある。しかしクルミのガジェットの力を借りれば、素人ではなかなか難しい車のラッピング作業すらもこの通りというわけだった。
一頻りの作業が終わって、トラックの側面部分を展開して営業中の見栄えを確認する。
それを一目見て、千束が興奮のあまりか奇声をあげた。
「――めっちゃいいじゃんこれ!」
続いて、そんなシンプルな感想を口にする。
「これなら、『喫茶リコリコ・ハワイ支店』と胸を張って言える感じだな」
「いやあ、ほんと苦労したのよこの壁紙手に入れるの。もっと褒めてくれてもいいのよ? アタシを」
感慨深くその外観を眺めていれば、隣でミズキさんがそんなことを言う。たしかにこのラッピングシートはいつの間にか店の中に置かれていたわけだったが、これを調達したのはミズキさんだったのか。
「いや、それは本当にお見事です。お客さんも外観に目を惹かれて来てくれそうですよ、これは」
それは当然、世辞ではない。よくもここまで喫茶リコリコの雰囲気を忠実に表現出来ている壁紙を用意できたものだ。
率直にミズキさんを賞賛すると、その横からクルミが口を挟んできた。
「ま、外観だけで客が釣れるなら世話はないがな。……bot使ってSNS上で宣伝活動でもするか」
相変わらずの減らず口というか、ミズキさんには当たりが強い。これで仲は悪くないというか、むしろいいのだから不思議な関係だ。
その言葉に「なにおぅ」とミズキさんが俄に気色ばんだが、それはともかくとして、僕には一つの驚きがあった。
「……随分と乗り気じゃないか、クルミ」
「ま、千束の望みを叶えてやるのはボクらの仕事だからな」
ポツリと呟いた僕の言葉を耳聡く拾って、クルミはそう返してくる。
「だから隼矢、お前も考えておけよ。千束とのことは」
そしてそのまま矢継ぎ早に放たれた台詞が、グサリと突き刺さった。
「考えておけ」。何に対してかは、きっと言うまでもない。
「……分かってるさ」
クルミの方に振り向きつつ、僕はそう言葉を返すのが精一杯だった。
完成したフードトラックを横目に全員で集まって、明日からのシフトを決めていく。それが終われば夜の、全員でのウェルカムバーベキューまでは自由時間だ。
「たきな、服買いに行こう、服!」
それを聞いて早速とばかりに、千束はたきなさんに誘いをかけた。ハワイ・カイのベイエリア近くにある複合商業施設に行きたいらしい。恐らくはそこでたきなさんの滞在中の服を見繕うつもりだろう。
たしかに彼女は私服をそう沢山は持ってきていないはずだろうし、よいのではないだろうか。彼女たちの様子をぼんやりと見つつもそんなことを考えていたら、千束が突然にこちらを向いた。
「隼矢さんもだよ!」
「え?」
そして呼びかけられた言葉に、間抜けな声を返してしまう。完全に他人事だとしか思っていなかったところで、それは不意打ちだった。
リビングのソファに足を投げ出して座っていた僕の方へと、すたすたと千束は歩み寄ってくる。そしてその勢いのままに、むんずと腕をつかまれた。
「いや僕は服持ってるし……」
「そうじゃなくて!」
言いながら、彼女は掴んだ腕を引っ張り上げる。そのままに僕を立たせて、彼女はこちらの顔を覗きこんだ。
「前たきなと服買いに行ったとき、隼矢さん来なかったでしょ。だから今度こそ一緒にたきなの服、探せるかなって。……それと」
一つ息を吸い込んで、さらに一歩踏み込まれた。
「一緒に買い物したいんだ。……だめ、かな」
そんな言葉と一緒に僕のことを見つめられれば、さすがに答えるべき言葉は一つに定まってしまう。前の時は、あくまで千束と僕は同じ店で働く仲間というだけの関係に過ぎなかっただろうが、今はそうではないわけで。
じっと、期待と少しばかりの不安を視線に載せて、こちらを見る千束に。僕はただ、頷いた。
「……なら、喜んで」
彼女はもまた頷き返して、そしてその顔は笑みを模った。
僕たちのコテージから、徒歩にて十五分ほどの位置に、それはあった。フードコートやアパレルショップ、マリンスポーツの体験まで出来る一大複合商業施設の中、デイリーウェアのショップに、僕たち三人は足を運んでいた。
「さ、まずはたきなの服だ」
そう言って気合を入れて、千束がたきなさんの手を取る。そのままずんずんと売り場の陳列棚に向かって歩を進めた。僕は後ろからそんな彼女たちを追って、中へと入った。
今のたきなさんはと言えば、去年の夏に千束が彼女のために見繕った、モノトーンのブラウスとプリーツスカートの出で立ちだ。確かに夏服ではあるのだが、この場所に馴染んでいるかとなると、それはやはり違うとしか言えない。
ならば他に余所行きの服はないのかと問えば、彼女が持っている外出向けの私服は、この他には去年の十一月に同じく千束と一緒に買った冬服が一着だけしかないという。
そんなわけで、まずは当初の予定通りに千束と二人でたきなさんに合う服を新たに探すことになった。
選ぶべき服については、まずハワイという場所柄、そもそも襟付きの服はアロハシャツぐらいしか売っていないし、そもそもそぐわない。したがってトップスは必然的にたきなさんに似合うデザインのTシャツを何枚かと、そしてアロハシャツを一枚、ということになった。
たきなさん自身の意見を踏まえながらも、一つ一つ試着をさせつつ意見を合わせていく。
「隼矢さん、これなんてどう?」
そのさなか、そう言って千束が僕に示したのは、深めのネイビーブルー一色に染められた、シンプルなTシャツだった。その中央には何かよくわからないトーテムポールのような意匠がプリントされている。
「これに、アンダーで色を付ける感じ。例えば……これとか」
そう言って、もう一方の手に持った浅めのインディゴブルーのサロペットを重ねて見せてくる。
デニム地のそれは、確かに今までのたきなさんのファッションとは全く違った印象を持ちながらも、しかしその色合いとしては彼女に非常によく似合っているようにも思えた。
「いいと思う。色合いはすごくよく合ってるよ。ただ日差しが強いところに濃い色だから熱がこもりそうな気はしないでもないけど……」
僕の懸念に千束はふふふと笑って、シャツの素材タグを見せてくる。
曰く――
「麻地か……」
「そう! だから通気性も問題なし!」
そう言って胸を張り、ドヤ顔を浮かべてこちらを見てきた。
「……お見それしました。じゃあたきなさんが着てみてよさそうなら、それは決定かな」
僕の賛意に嬉しそうに頷いて、千束がたきなさんを連れ立って試着室へと入っていく。僕はその間に、もう何枚かのTシャツとアロハシャツを見繕うことにした。
Tシャツが平置きされている陳列スペースから、ターコイズブルーの地にハイビスカスの描かれたものと、クリームイエローの地にサーフボードの柄のものを手に取る。そしてアロハシャツは、白地にボタニカル柄のものを選んだ。一式を持って試着室の前へと向かえば、丁度たきなさんの試着が済んだところだった。
カーテンが開いて、二人が出てくる。見ればたきなさんはただ用意された服を着るだけでなく、髪をポニーテールで後ろにまとめていた。普段のストレートヘアーや、リコリコでのやや低目の位置から結わえられたツインテールとも違って、その首元には涼やかさすらも感じられる。
ややオーバーサイズに見えるサロペットは、その肩紐が少し外れて二の腕にかかっていて、しかしそれもまた一つのチャームポイントとして作用しているようにも見えた。
確かにこうして着てみた姿を見るに、千束の見立てというのは本当に素晴らしいものだと思わされた。たきなさんの魅力を最大限に引き立てる術を心得ているな、とも。
「どーよ、隼矢さん。我ながらいいチョイスだったんじゃないかって思うんだけど」
所在なげにこちらを見てくるたきなさんの肩に手を回しつつ、千束が相変わらずの得意げな表情で僕にそう言ってくる。
「うん。すごくいい。そのポニーテールも含めてね。……千束はたきなさんのこと、よく見てるよ、本当に」
そう賞賛の言葉をかけながらも、僕は手に持ったTシャツとアロハシャツを千束に渡した。
「僕の方からは、これ。色的には問題ないと思うけど、あとは千束の方でこれに合うボトムスを見繕ってほしい、かな」
そのお願いに、彼女は一つ一つ僕の持ってきた服を広げながら、少しだけふむふむと考え込む。しかしすぐに笑みを浮かべて、力強く胸を叩いた。
「よしきた。千束さんに万事お任せあれ!」
どこまでも頼もしい言葉だった。
その後千束がピックアップしたボトムスとの合わせの試着でたきなさんの感触を確かめて、彼女のハワイでの外出着はその一通りを揃え終えた。最終的にはトップスが四着の、ボトムスが三着という構成だ。一週間分、七着の用意とはいかなかったものの、この分量であれば洗濯しつつ着回していけば十分だろうという判断だった。そしてそれに合わせて、夜はやや冷えるこの季節のハワイに備えてのウインドブレーカーも人数分を購入すれば、その店での、もっぱらたきなさん向けの買い物は一段落となった。
なればと今度は千束の買い物に付き合うことになったわけだが――これについては何と言うか、正直なところ思い返すのも気恥ずかしい。
単刀直入に言えば、その目当てとは水着だった。尤も自ら手持ちのものは持ってきているらしいのだが、他にもよさげなものがあれば買い足したいのだという。加えてたきなさんの分も買いたいのだ、と彼女は言った。
その辺りまでは、まあ理解はできた。とくに私服すらもろくなものを持ってきていなかったたきなさんが、水着などというものを持っていようはずがないからだ。
しかしそこで、あろうことか千束は、よりにもよって
及び腰の、いや反射的に逃げようとした僕の腕を絶対に逃がさないとばかりにひっつかみ、千束は水着売り場へと僕を
ただ確かなこととして、結局僕は千束に促されて何か一つを選んだし、そして彼女は僕の選択に納得して、それを買った。たきなさんの分もまた等しくそうで、それにたきなさんも何かを言うことはなかった。
しかしその最中、「隼矢さんはこういうの好きなんだ」、などと思わせぶりな視線を寄越した千束の顔が、今もやけに鮮明に記憶の中に残っている。
更にもう一つだけ、はっきりと覚えていることがある。
何とか彼女たちの水着を選び終えた後の店からの去り際、千束が店から出るなり、一言宣言した。
――ハワイにいる間、絶対に一度は隼矢さんに、これを着てるとこを見せるから、と。
どうにも気恥ずかしさが勝って、僕はそれに何か言葉を返すことができなかった。
そこからさらに時は流れて、この地にも夜がやってきた。
すっかり暗くなった空の下、コテージのリビングから出た中庭に全員で集まっている。屋内からの、或は庭の四隅で光を放つランタンの灯りに照らされて、この空間はどこかぼんやりとした明るさの中にあった。
ミカさんたち大人組がコテージ近くの大型スーパーで仕入れた大量の食材は今、テラス側に設えられた長机に所狭しと並べられている。
鉄串に刺さった肉や皿に盛られた野菜、大盛に盛り上げられたソーセージやハムもそこにはあって、何とも豪勢だ。果たして食べきれるのかと、些か不安になるほどに。
庭の中央に目を向ければ、二台あるバーベキューグリルはそれぞれに既に火が入って、いつでも食材を焼く準備は整っていた。
僕たち六人はそのグリルを囲むように立っていて、そして各々の手には飲み物のコップが握られている。
ミカさんとミズキさんは、当然にビールだ。僕も乾杯だけはということで、それに付き合うことにした。
クルミを含めた残りの三人は、それぞれに好みのソフトドリンクを選んで、その手に持っていた。
すっかり準備の整った僕たちの様子を見回して、ミズキさんが大きく頷いた。そして彼女は徐に、口を開く。
「よぉし、準備できた? できたわね? そんじゃまぁ――」
そこで、大きく息を吸った。
「喫茶リコリコ、お疲れ様のハワイ旅行兼喫茶リコリコハワイ支店開店を祝して、いざ!」
――かんぱーい!!!
ミズキさんが勢いよく掲げたコップめがけて、各々の手に持つそれをぶつけていく。
そして始まったバーベキュー大会と共に、僕たちのハワイでの第一日目の夜は、ゆっくりと更けていった。