世界の背表紙で、君と踊ろう   作:厳冬蜜柑

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Apdx.02-02

 ……よし、片付け終わり! じゃあ着替えますかね!

 

 あ、ミズキお疲れー。あれ? 今日は晩酌しないんだ? 珍しいね。どったの?

 

 ん? ほおおおぉぉ!? え、じゃ()()「いいカンジの人」見つけたんだ? え、気になる、ちょっと見せてよ、見せて見せて、ほら!

 

 ……へぇぇ? いや、イケメンじゃん。どこの人?

 「証券マン」? おっ金持ちじゃん! え、イケメン、金持ち、じゃミズキ的にはツーストライクってやつ?

 

 いや別に羨ましくなんてねーし。というかそもそも付き合えてるわけでもないのに随分と強気だなぁミズキぃ?

 

 はぁ? いや、別に私は。そりゃ見た目はいいに越したことはないよ? そりゃそうだけどさ、でもその前に私はやっぱ性格だと思うんだよ人間。性格よくなきゃ。あと価値観? 合わないときついぞぉ? 生活してくのに。

 

 いやいやいや、っそうじゃないって! 隼矢さん関係ないじゃん!

 え、あ、ちょい、ちょいちょい、っと、おい! ひがみ過ぎだぞちょっと! 酒も呑んでないってのに、テメっ、か、らんでくるんじゃねー、っよっこら!

 

 あーもう、服着崩れてんじゃん! そんなんで会いに行ってもダメでしょそれ! ――しょーがねーなぁ……ほらミズキ、後ろ向けって。

 

 あ? いやちげぇし。服直してやるってんだからとっとと後ろ向けやこのバカミズキ! ったく……はいはい、はいよーっと、はい!

 ……はいおわり! 前は自分で鏡見てどうにかしろー?

 

 あとはほら、笑って笑って。アンタだって見れる顔してんだからさぁ、ったく手間取らせてくれるなぁ!

 

 ……ん、よろしい。じゃ、いってらっしゃい。明日結果聞かせてね。ま、うまくいかなかったらまた千束さんの胸でも貸してやっからさ。

 

 ――だーかーらー! ひがむな! というかそういう感じでもないっての! はいほらはよ行けや! はい、はいはいはいはーいはい、はいいってらっしゃい! はいまた明日ー!

 

 

 

 ……ったく……あー疲れた。なんで人一人見送んのにこんな苦労せにゃいかんのですかねぇほんと!

 

 んお? あ、たきな。もう着替えた? 早いねぇやっぱ。いつも思うけどどうやってそのスピード出してんの?

 

 ……いや、いいわ。訊かないで。

 

 え? ああ、そうだね。続きね、昼の。当然、忘れてないよぉそれは。

 んー……だったらぁ……先生! コーヒー二杯ちょーだい? そう、二杯。

 

 ……ううん? いつものやつでいい。いつものドリップで。――あたきな、砂糖いる?

 

 ほいほいりょーかい。じゃあブラックで二つね。よろしくぅ!

 

 

 

 んじゃ、また上いこっか。

 ん? あ、まあそっか。いるの先生だけだしね。じゃあ座敷の方で話す? わかった。

 ほんじゃま着替えてくるから、ちょっと待っててねー。

 

 

 

 はいお待たせぇ! 千束ちゃん参上! ……で、どのあたりまで話したんだっけ?

 

 あ、そだね。そう。じゃあ続きはそこからか。……「松下さん」の話?

 いや、でもその前にやっぱあれは外せないっしょ。

 

 分かんないわけないでしょお! 「パンツ」だよ「パンツ」! いや、あの事忘れてるってよっぽどだぞたきな!

 というか初めて私と一緒にお出かけしたのに……え? ――あ、そっちは覚えてるんだ? いや、なんでそっち覚えててパンツのこと忘れんのさ。ま、いいけど。

 

 

 

 いやぁ、あれは衝撃的だったよ私は。いやトランクスもそうだけど。

 でもまあ、リコリスってなるとそうなのかねぇ。結局私は養成所も途中で一足飛びでファーストだったし、電波塔のあとはすぐにここだし、あんま「普通のリコリス」ってよくわかってないんだけどさ。

 でも、だけどああやってたきなと一緒にしっかり遊べたのはすごく楽しかったよ? たきなは?

 

 ……そ、ありがと。まあ、あとおめかしの格好も選べたしね。いやまああれ着て冬もお出かけしようってやったときは流石にビビったけど。でもあれだけ大事に着てくれたら、私の選んだあの服も本望でしょ!

 

 そう。ああやって一個ずつ、たきなに「楽しいこと」を覚えてもらおうって。

 まあ、もうたきなも分かってると思うけど。世界はね、リコリス棟の、養成所の中だけじゃない。もっと広くって。楽しいことも綺麗な場所も、もっとたくさんある。

 私たちが()()()()のって、そういうものでさ。やり方が正しいかはわからないけど。でもそれを、守ってるばっかりで自分で体験できないなんてつまんないよ。でしょ?

 

 そういうこと。だからあの時たきなを誘ったの。ま、私が楽しみたかったってだけの話ももちろんあるけどさ。

 

 え? ああ、そうだったね。……え? なんで、って……隼矢さん誘っちゃまずかった? ――でしょ? じゃあいいじゃん!

 だって楽しいことは、みんなで分け合いたいんだよ私は! まあミズキとか先生はずっと私と一緒だったから今更だけど、たきなも隼矢さんも、この店来てから三か月経ったかどうかだったし。だから三人がよかったの! 隼矢さんだけ一人のけ者はかわいそすぎるでしょ流石に。

 

 え? いや、ないないないない! そういうことじゃないって別に! あの時の隼矢さんはあくまで「仲間」だったって! 私言ったじゃんあの時、ほらあの日の夕方。駅の方でリコリスがぞろぞろいた時さ。

 いや、もし仮に()()だったら、私流石にたきなと一緒じゃなくて二人で誘ってるわ! どこにデートに別の女の子同伴させる奴がいるってのよ。

 ……やっぱあれだ、たきなはまだ()()()だわ。そこら辺教えなきゃだわ。……ったく、DAの情操教育ってどうなってんだ。……まとにかく。

 

 ま、あの時は、言っちゃ悪いけど隼矢さんは主役じゃなかったしなぁ。

 ……でも、水族館が好きってとこは、ちょっと嬉しかった。というか、静かな場所が好きらしいんだよねあの人。

 だから、あのおっきい水槽あるじゃん? あの水族館。あそこの前にいるのめっちゃ好きだって言ってた。それ、私もそうで。趣味、合うなぁ、って。

 やっぱ仲間だったら、同じ「好き」を共有できる人の方がいいじゃん。だからそれは、なんだか嬉しかった、かな。

 

 君もだよ? たきな。おんなじよおんなじ。私の「好き」が、みんなの「好き」になれたなら、それは私にとっては一番幸せなこと。今だってそれはそうだし。

 まあ、だからって、私の「好き」を誰かに押し付けるのが正しいとは、思えないけど。でもまあ、教えるぐらいはいいじゃん? 映画とかさ。

 

 ま、隼矢さん絡みだと、それでまたちょっと距離が縮まった、と言えなくもなかったのかな、あの時は。

 

 

 

 でもなぁ……まさか私たちと出かけてるところの裏で、あんなことしてるとはね。

 

 そうそうそう。あの、午前中? になんか仕事してるって言ってた()()。あとから楠木さんに聞いたんだけどさ、めっちゃ大掛かりなことしてたらしいんだよあれ。隼矢さんはそんな大したことじゃない、みたいな説明してくれたけど、実際のとこは。

 でもそれで、あの時地下鉄で突入したリコリスの子たちは全員助かった。死ななかった。まあ、お相手さんはリコリスがかなーり殺しちゃったらしいんだけど。

 けどさ? 結局、隼矢さんは「一人でも多くの命を救った」んだ。それを私が知ったのはかなりあとの方だったんだけど、でもあれもすっごい嬉しかったなぁ。

 

 ……だって、私には、できないことだよ、それ。私にできるのは、()()()()()()だけ。結局私はリコリスで、私のやることは巡り巡って遠くの誰かを救うことにはなってるのかもしれないけど。でもたくさんの命を、()()()()に一度に救うための力は、結局私にはないんだ。

 しかも遠くの誰かを助けるためだからって、目の前の誰かの命を、時間を奪うことは、私にはどうしてもできないから。

 

 だから私も、ああいう仕事、できたらいいのになぁ、って。ちょっぴり羨ましく思うことも、ある。

 

 ――そうだね。そう。これから、だよね。たきないいこと言うじゃん。

 ま、私は私の力を、()()()()()()にどうやって使えるか、これから考えることになるんだろうなぁって。先は長いし、ね!

 

 

 

 あ、また脱線しちゃった。まあそんな感じで、だから積み重ねなんだよ。私にとっての隼矢さんのイメージって、結局は。

 

 

 

 で。まあそれぐらいまでは、私たちも、ってか私も楽しくやってるだけでさ。このまま楽しいまんま、私の最後の一年とちょっとぐらいを過ごしていくんだろうな、って、思ってて。それで全然後悔もしないし、多分心残りもしないで済むって思ってた。

 

 それが変わったのは、「松下さん」のとき。

 

 ……いや、分かってるって。「松下さん」がヨシさんだって言いたいんでしょ? でもまあいいじゃんそれは。

 

 あ、でもあの時私にセクハラしようとしたの忘れてないかんなたきな。水上バスのど真ん中で人の乳触ろうとしやがって。やっぱそういうとこもリコリスって感じだわほんと。

 

 え? あ、あれはー……あ、いやごめんて! それは前謝ったじゃん! いや、だからおあいこってわけじゃないっしょ。二人しかいない更衣室でスカートめくんのと公衆の面前で乳触んのとじゃ、まあどっちもマズいっちゃまずいけどさぁ!

 

 ……あーはいはい、はーいはい。もういいよじゃそれで、おあいこで!

 

 

 

 ったく。でまあ、あの時の話。

 まあ、護衛任務それ自体はよかったのよ。観光も? 楽しかったし? たきなもそうだったでしょ? ――うんうん、それでいいの。

 浅草寺も私は結構楽しかったし。あとはあれ、七夕まつり! あの屋台とかでいろいろ景品取ったり、りんご飴食べたりして。

 そうそう、あれたきなあの時初めて食べたんじゃない? りんご飴。あれもよかったわぁ。

 

 んで、そのあとの「サイレント」さんのやつも。まあ大変は大変だったけど、相変わらず隼矢さんが惚れ惚れする手際の良さでいろいろやってくれてさ。だからまあ、苦労はしなかったかなって。

 

 でしょ? あ、でもそうか。あの時一番隼矢さんの指示聞いてたのはたきなだったのか。で、どうだったよ。

 

 ――だよねー! 私はちょっと迷惑かけちゃったけど、でもあのリカバリーの早さ! いやーすごいよねほんと。

 別にあの人公安だからってああいうことに慣れてるわけじゃないはずだから、あれはあの人だから出来ることだよ多分。ウチの()()の中で、花開いたっていうか、なんていうか、そういうやつ。

 

 でまあ、それはよくて。

 でもそうか。あれヨシさんだったんだとすれば、あの時から私の()()()はバレてたのか。……だから、殺せって。

 

 ……ぬーん。いやまあ、なんとも言えないけど。でも、なんというか。

 やっぱショックだったよ、あの時。「松下さん」のことが全部嘘だったのもそうだし。誰かが、どうしても私に、誰かを()()()()()って思ったことが。そういう依頼が、来る可能性が、あるんだってことが。なんというか、裏切られた、みたいで。

 私の楽しいばっかりの世界に、異物が入り込んできたみたいな、感じ。それが、どうしてもイヤだった。

 

 でもね。それだけじゃない。嬉しかったよ、あの時。

 

 そりゃ、あれよ。たきなが「いいガイドだったのは、嘘じゃない」って言ってくれたからさ。だってそれは、たきなの意見なわけじゃん?

 たきながそう思ってくれた。それだけで、私には十分だった、のかも。

 

 あ、思い出した。そういやあの時のこと隼矢さんなんも言ってくれてないじゃん。あの時後ろで私のガイド聞いてたくせに、あんにゃろー。

 

 ――決めた。今年の夏はどっかで隼矢さん連れてってガイドやってやるわ。嫌って程聞かしちゃる。それで絶対感想聞く。決めた。

 

 あ、たきなも来る? いいねぇ、そん時ゃ二人で逃げられないように確保してやろーぜ。頼むぜ相棒!

 

 

 

 まあ、そんな感じで。多分、そのあたりからいろいろ動き始めたんだよね、私たちの周りが。

 ずーっとこの店で「楽しい楽しい」って言ってるばかりじゃ済まなくなった。あの時はそんな事思ってもいなかったけど、今から考えればあそこ辺りから始まったんだなって。

 

 

 

 そうそれ、まずはそれ。あんちくしょーに襲われた時よ。真島だっけ?

 ……あー、今思い出してやっぱ悔しくなってきたわ。一回ぐらい正々堂々とやってぶっ飛ばしてやりたかったかも。なんか勝った気しねーっていうか。

 

 

 

 ま、その話より前に。あん時、四日か五日ぐらい? しかいなかったけど、たきなとのお泊り! 楽しかったなぁ。

 

 ……え? そんなことありましたっけ? ――うそうそ、ごめんって! はい、反省してまーす。

 あのあとね、隼矢さんに怒られたんだよ、実は。そそ、家事の分担の話。だから次そういうことがあったときは、せめてくじ引きでやれって。だから次はそうするよ。次あったらね。

 

 いやいやいや、んなことしないよ。流石にくじに仕込みしてまで家事押し付けてたらそれただのクズじゃん! え? いや、じゃんけんはほら、私の目の力を使ってるだけだしぃ? 公平だしぃ? ……あ、ちょいちょい!? ごめんごめんって、反省してるってばぁたきなぁ!

 

 

 

 あーもー話進まないじゃぁん! で、まあね、あのお泊りは、めっちゃ楽しかった。だからなんか、旅行でも合宿でもいいから、またたきなと一緒の部屋とかで寝泊まりしたいなぁって*1。次は一緒に料理とかやってさ? ベッドも一緒で。そういうの好きだよ、私。

 

 で、まあそこまではよかったんだけど。で、よ。あの真島のあんちくしょーの話。

 いや、もうね。あそこまでボコボコにされたのって多分あの時が初めてで。まあ結局油断してたからなんだけどさ。だから悪いのは私なんだけど。

 

 でもほんっ……と悔しい。結局アイツはそのあとも「ごめんなさい」って言わせるまでボコボコにするー、なんてことできなくてさ? で、最後は()()じゃん? もうアイツのせいで私どんだけ嫌な目遭わされたか。

 なんか隼矢さんが言うにはまだ生きてるかもしんないらしいんだけど。もし次会うことがあったらもう絶対ボコす。マウント取って顔の形変わるまでぶん殴っちゃるわアイツのこと。そんぐらいムカつく。

 

 でも、そういう意味じゃあの時、私は隼矢さんに、ちょびっとだけ()()いう感じのことを思っちゃってたのかも、しれないかな。今から考えれば、だけどね?

 

 つまりあれよ。そんな感じで私がボッコボコにされてるところでですよ。たきなは見てないんだっけ? 隼矢さんがね、ドローン使って助けに来てくれたの。いや、みんなが来てくれてたのは知ってるけど、一足早くというか。

 その時は私は早く立たなきゃやられるって頑張ってたから詳しくは見れてないんだけど、まああとで隼矢さんからどうやってあそこで助けてくれたかは聞いた。たきなも知ってはいるんでしょ? あの時の。――じゃいっか、詳しいとこは言わなくて。まあそれで、助かって。

 

 まあでも、それより前からね。GPSつけようとしたりとか、外回り一人で行こうとした私を止めようとしてくれたりとか。すごい私のこと心配してくれて。

 いやだって、私はさ? まあみんなが「電波塔のリコリス」って言ってくるわけで。つまり心配なんてされたことほとんどなくて。

 

 ああでも、そういう意味じゃ、たきなもか。私のこと心配してくれて、だから一号まで来てくれたわけでしょ?

 

 え? ……いやなんか、幸せ者だなって、私。そんな心配してくれる人が、二人もいるなんて、恵まれてるよなって。

 

 ……んでまあ、そんな感じで心配してくれてたわけですよ隼矢さんは。

 しかもさ、それを振り切って、そのせいであんな目に遭ってたのに、それでも必死に助けに来てくれて。で、実際あんなカッコよく助けられてさ。

 

 いや、隼矢さん自身がってわけじゃないんだけど、でもあのドローン使って、アイツをなんつーかこう、手玉に取ってた? みたいな? 私があんだけやられてた奴をですよ。それが悔しいけどカッコよくて。

 だから負けられないって。私があそこで生き延びれたのは、ああやって時間稼いでくれたこともあるけど、それが私に負けん気みたいなのをくれたってのもあったわけ。

 

 で、何とか立ち上がって。……ああ、そういやあの時にあのペンダントのこと言われたんだったわ、真島に。そう、「アラン」のあれ。

 あ、だからか……だから私のこと「アランリコリス」って言ってたんだなアイツ。あー、今分かった。いやまあ、別にどうでもいいんだけどアイツのことなんか。

 

 でまあ、あとはどうにか帰ってこれて。

 で、そのあとなんだよね。多分それが、()()いう話じゃ最初なのかも。

 

 あのとき、確かたきなに外で待っててもらってたでしょ。覚えてる? いや、流石に覚えてないかぁ。ま、そうだよね。

 まあ、待っててもらって。それで店の中で隼矢さんと話したんだ。まあ、助けてもらったお礼と、止めてくれたのに振り切って外出ちゃったことを謝りたくて。

 

 そん時さ、なんて言ったと思う? あの人。

 

 ま、そうだよね。分かるわけないか。

 

 「悔しかった」。って、言ったんだ。おかしいでしょ? 私のことでもないのに、悔しかったって。

 でも、その理由を聞いてさ。……ん-、ごめん。ちょっと詳しくは言いたくない。だけどなんて言うか、隼矢さんが、本当に私のことを大事にしてくれてる、って、あの時思ったんだ。

 

 だって、あの人泣いたんだよ。「生きてくれて、よかった」って、「帰ってきてくれて、よかった」って。そう言って。

 

 え? そりゃ泣くことはあるでしょ、隼矢さんだって人なんだから。……でもそっか、たきな、あの人が泣いてるとこなんて見たことないのか。

 

 ……なんていうか、綺麗だな、って思った。この人は、人のことを思って涙を流せる人なんだって。しかもそれが、私のことで。あそこまで手を回して、それでも私が全部ぶち壊しにして、そのせいであんなことになって。でも、それでも私を助けてくれて。

 ホントは、私に恩を着せてもいいぐらいのことを、あの人は、隼矢さんはしてくれたのに。それでも、泣いてるんだ。よりによって私のために。泣いてくれる人なんだ、って。

 

 ――ああ、やっぱそうか。認めたくなかったけど、でもやっぱりあそこなのかも。私が、隼矢さんのことを初めて意識したのって。そんなつもりは全然なかったんだけど。

 

 まあ。気づいたらさ、抱きしめちゃってた。なんかこう、身体が動いてたんだ。この人の涙を止めてあげたいって、もうなんていうか居ても立ってもいられなくて。

 おかしいよね? 私のせいで泣かせたみたいなもんなのに。私がそういうことするの。

 でも、どうしてもそうしたくなったんだよ。もうそれは、本能に近かったんじゃないかな。

 

 は? 母性ぃ? いや、そんなんじゃ……いや、でも母性なのかあれは。まあ確かに隼矢さんは笑っても泣いても可愛いけど。……いや、でもそういう話じゃないような。

 まあ、でももうそういう感じで抱きしめちゃったらもうね。なんか急に恥ずかしくなって、逃げるみたいに店から出て。

 

 ……あ、それで思い出したんだたきな。いや、それは結構ハズイわ。

 え? あん時の私顔赤かったの? マジで? ……えー、マジかぁ……隼矢さんにバレてないといいんだけど。ま、どうせ怖くて訊けないし、いっか別に!

 

 

 

 あ、あとそうだ。あの時。真島のアレより前だけど。

 

 ――そう。DAの情報員の誘いの、アレ。聞いたのは確かあのタイミングだったよね。

 

 そうか、あれがあってからの、真島とのことだったんだもんね。そりゃそうなるわ、私。

 

 いやさ、あの時の隼矢さんの話。駅の被害より、リコリスが助かったことの方が、嬉しかったってやつ。

 あれ聞いて、ほんっっっとに嬉しかったんだ、私は。

 

 この人は、本当の意味で「命を大事に」してくれる人なんだって思って。

 しかも、リコリスの子たちを助けるために、そこまでしてくれたんだな、っていうのもわかって。

 で、そういう風に考えてるからこそ、あのDAに誘われてるのにだよ? 断ったら何されるか分かんないところなのに。それでも断ろうとまでしてくれてて。

 

 ああ、この人は私と本当に同じことを考えてくれてるんだって。私を理解してくれてるんだって。それがもうすっとね、心の中に入ってきて。なんつーかこう、暖かくなったというか。

 とにかく、めっちゃ嬉しかったんだ。

 そりゃそんな風に思った人から助けられて、それでああなったら、いくらあの時の私でもあんな風になるわ。

 

 

 

 まあ、たきな最初の質問の答えは、だからこのタイミングだってことになるのかな? で、どうよ。今の話聞いて。

 

 ……なるほど? まあそうだねぇ。そう。だから結局積み重ねなんだよ。そんないきなりその人のことが気になるようになるってことはないの。

 たきなもだぞぉ? そりゃ、まあ土井さんのことは申し訳なかったけど。でもこれからの話。

 

 つまりだ。だから私からすりゃ、「一目惚れ」ってのはウソなのよ。だって一目惚れってさ、所詮見た目だけじゃんほとんど。大事なのその人が何を好きで、何が大事で、何が楽しいのか。そういうとこじゃん? だからたきなも、そういうとこで判断するのがいいと思うぜ! これからのことがあったら!

 

 ――えー! そんなこと言わないでよー、将来役に立つかもしれないじゃんかさぁ私のアドバイスぅ!

 

 

 

 ……あ、はい。脱線ですね。はいはい。

 でまあ、そのあとのことね。

 

 まあ、あんま思い出したくないけど、先生とヨシさんの話し合いにお邪魔しちゃったときの話は、しなきゃなんかなぁ……まあでもあれって結局私の話でしかないから、いっか別に。ってか、むしろあれに関してはあのあとたきなと隼矢さんで帰ったらしいしそっちの方が詳しいんじゃないの? 隼矢さんに関しては。

 

 ……私? いやまあ、そりゃ結構ショックではあったけど。でも、まあ受け入れるしかないかなって思ったよ、あの時は。

 結局さ、どの道そんなに先は長くなかったわけだし、ヨシさんがどう思おうが、私はあと一年私の生き方をしてやるぅ、ってね。そう思えば、割り切れた。だからほら、次の日だって別に普通に元気だったでしょ? まあ、その時はそんぐらいだったよ、あの話は。

 

 

 

 隼矢さんとの話なら、そのあとの方がもっともっとずっと大事。

 そう。十一月の最初。隼矢さんから誘われたあれ。

 

 ――デート? まあ、隼矢さんはそこまでは思ってなかったみたいだけどね。私は……ちょっと期待してたのかも。でもまあ、結局そういうこっちゃないってのは分かってたから。だからあれは、ただのお出かけ。まあ、男女が二人で出かけりゃそれはデートだ! って言うんだったらそりゃあれはデートなんでしょうが!

 

 そういえば、たきなが経理やってくれるようになったのもあのあたりか。あと、あれ。……あれだよ、ほら!

 その、うん……ウン……あーはいはい分かってますぅ! 「ホットチョコパフェ」だよ、はいそうそう!

 

 いや、でもあれメニューにしようって言ったの私じゃないし! 隼矢さんだし! 文句ならあの人に言ってよ! というか今更過ぎない!?

 

 ……いやだって、あんなキラキラした目ぇしてるたきなに言えるわけないじゃん! その、あれが、その……()()だって!

 でもそれで店の売上爆上がりしたわけだし、よかったってことにしようぜ! たきなさまさまだったよほんと!

 

 あ、そこは納得するんだ。まあ、ウチの売り上げの柱だもんね。経理としては、まあそうか。

 

 でさ、そこはよくて。

 あの時、そう。心臓やられちゃった前の日だったね。誘われて。

 

 ん? うーん……いや、だからさっき言ったじゃん? そりゃ、楽しみではあったけど。でも()()いうカンジじゃないってのは、まあ隼矢さんの目を見たら分かったし。

 

 なんというか、「やらなきゃいけないことがある」、みたいな?

 

 ――そうそう、「使命感」! たきないい言葉知ってんじゃん。そういう目。すごく、真剣な目をしてた。だからあんま茶化す気にはならなくてさ。

 

 で、まあ行ったわけですよ。お出かけ。

 まあ私がたきなを誘ったときも、たきなが私を誘ってくれた時も。基本的にずっとここら辺だったわけじゃん? まあたきなが誘ってくれた時は最後思いっきり西の方まで行ったんだけどさ。でも、隼矢さんのときは全然違くて。

 どっちかっていうと、皇居の西の方ばっかだった。たきなもあんまそっち行ったことないんでしょ? まあリコリスとしての仕事はともかくさ。

 

 でしょ? ……ま、実は私もそうだったんだけどさ。やっぱ東京って広いんだよねぇ意外と。だからずっと東側ばっかしか知らなかった私にとっては、すごい新鮮だったな。

 

 え? あ、そうか。いや、あれでもこれ言っていいのか……? まいっか。いや、あの時のお出かけは、隼矢さんの「自己紹介」でもあったの。

 そう。あの人実はもともと東京でもこっちサイドの人じゃないらしくて。どっちかってーと西側とか、北側の人らしいんだよね。で、隼矢さんの「自己紹介」、というか、今までなにやってきたか、みたいなのを聞きながら、あの人の暮らしてきた場所を回ってく、みたいな。

 

 ……いや、凄いこと言うなたきな。いやでも、楽しかったよ。そんなただ場所だけ教えられて「はい次」、「はい次」、みたいなんだったらそりゃ楽しくないけど、そんなことはなくて。

 行った場所は三か所ぐらいだったかな。まあ、別にそれはいいんだ。

 

 

 

 その最後にね。隼矢さんの故郷というか、実家のある街の展望台に登ってさ。で、言われたの。なんで私を誘ったのか。

 

 

 

 まずね、聞いたんだ。あの人、「ずっとつまんなかった」んだって。ここに来る前まで。

 あの人、公安の人でしょ? まあだから当然、この日本を守ろう、より良い場所にしようって、そう思ってそこに入ったんだって。

 自分たちがこの国の治安を守るんだって。すごくやる気いっぱいだったんだってさ、最初は。――でも。

 

 そう。そうなんだよ。それって結局、私たちの仕事と「ケンカ」しちゃうわけでさ。実際、DAともめることもあるんだって、公安って。でも結局、私たちの力の方が強いから、押し切られちゃう。

 あの人たちは、「法律」っていうルールがあって、この国を守ろうとしてるのに。私たちはそんなのカンケーなしに、そうやってパンパンやって、平気な顔してるわけで。

 

 ……そっか。そうだよね。たきなはそう思うってのは、知ってるよ。前も聞いたし。

 

 え? 真島? アイツがなんて?

 

 ……へぇ。そんなこと言ってたんだ。

 何様なんだアイツ。自分であんな無茶苦茶なことしやがったくせに。

 

 でもまあ、この国の警察とか、裁判所とか。公安もそうだけど。まあアイツの言うような考えでは、確かにあるわけで。でもそれはそれで正しい考え方だと思うよ? 私も。

 だけどたきなの考え方だって、ありだと思う。私には、どっちの方が正しいかなんてわかんないや。

 

 ってか、どうでもいい。そんなことよりも、私は私の周りが楽しくって、平和で。そうやって毎日生きていける方がずっと大事だし、大切なことだって思う。

 正義がどうとか、別に興味ないし。

 

 だけどね、まあ。隼矢さんたちはそうじゃないんだ。あの人たちは、この国を守るためにも、「正しさ」が要る人たちで。

 そういう意味じゃ、DAだってあの人たちから見れば、「あるべき組織」じゃない。でも、国がそれを許してるから、見ないふりするしかない。自分たちの目の前で、「正しくもない」やり方で、人が殺されてるのを、黙って見てるしかない。

 そりゃ、隼矢さんだってやるせないよなぁ、って。

 

 で、分かったんだ。あの時、最初に店に来た時。なんであんなにつまんなそうにしてたのかって。

 そりゃそうだよ。本当に、「人生全部つまんなかった」んだもん。それは、私たちのせいでもあって。

 だから昼言ったんだよ。「私に何か言う資格は、多分ないんだ」ってさ。

 

 

 

 でもね? それがここに来て、変わったんだって。そう言ってくれた。ここでの毎日が、楽しかったって。私と、たきなと、先生や他のみんなと。一緒に色々やれたことが、ね。

 でも、それももう終わっちゃうからって。それは寂しいけど、それでも、これだけはって。

 

 ……え? いや何でって、だってあの時、そろそろあの真島のヤローの居場所が割れそうで、DAが突入作戦やろうとしてたぐらいだったじゃん? だからだよ。思い出した?

 

 そうそう。だから、もうお別れが近いんだって言って。

 だからさ。せめて私に。

 「覚えててほしかった」んだってさ。自分を。()()()()()()()()、自分のことを。

 

 

 

 ……バカだよねー! 私もうすぐ死ぬってのに! いや言ってなかったけどそれはさぁ!

 でも、そもそも私が忘れるわけないっての! そんな、死ぬまでこの店の楽しかったことは忘れるわけがないんだよ、あんなことしなくたって! バカにすんなって話!

 

 で、またムカっと来た訳ですよ。だからちょっと怒っちゃった。

 だけど……でも、うん。やっぱ嬉しかったんだなぁ、あの時も。

 

 この店のことが、楽しかったって。それまでつまんないばっかだったところを、変えてくれたんだって。そこまで言ってくれて、それは私にはほんっとにありがたかった。ここをやってる甲斐があったってもんでさ。

 それにさ。「忘れてほしくない」なんて、私とほんと、おんなじこと思ってんじゃんって。それって、大事なものは一緒なんだってことでしょ? そりゃ、嬉しいよ。嬉しいですよ。

 

 え? あ、気づいた? そそ、あの時私がお願いしたの。私のこと、「千束」って呼べって!

 

 何でかって、そりゃどの道私の方が先にお別れなんだから、「忘れないで」なんて言う奴には、ますます私のこと「忘れられなく」させてやるぅ! って。仕返しのつもりだった。

 

 ――あーでも、だけど多分それだって……やっぱり、()()()()()()()()んだろうなって。私が。結局。

 

 ……あーあ、なーんだ。私死ぬってわかってたのに。あの人のこと、その時からもう、離したくなくなってたんだ。

 だっせぇ。自分でそうならないようにしようって、思ってたのにさ。

 

 ……うん、そうだね。今更、だね、それは。

 

 

 

 で、山岸先生のとこで別れて。

 んで健診と心臓のメンテナンスをお願いしようってなったときのことから先は、たきな覚えてるでしょ?

 

 

 

 ……そ。まんまとやられちゃった。

 それで、私の時間は残り二ヶ月になった。

 

 ――あの時は、ね。

*1
ハワイ編で叶いました




こうやって振り返りを書いていくとよくわかるんですけど、たきなにスポットが当たったのって四話までで、五話から八話までって基本全部千束の話ですよね。
だから八話までではあんまりたきな絡みの回想にはならないんだなぁ、と。

九話から先も基本的には千束の話ですけど、でもそこからはたきなの頑張りもそこそこクローズアップされてましたか。
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