生まれ変わって悪道を邁進する   作:マルジン

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中学生以下の方は読むことを控えるようお勧めします!犯罪を奨励する、犯罪を美化する、犯罪者を賛美するような表現が多分に含まれますが、これはフィクションであり、決して真似しないように!

不定期連載です。


1章 コモンセンス
プロローグ


 6人の人影が石造りの暗い部屋で揺らめく。

 

「足元に気をつけよ」

 

 頷いているかどうか、それすらも分からないほどに暗い。手持ちの燭台ではどうも明かりが足りないのだ。だが、唯一ハッキリ見えるのが、緑色の石が嵌められた首飾りである。フードを被り、裾がくるぶしまである装いの集団でも、1人だけ豪華に装飾しており、ろうそくの火でギラギラと反射していた。

 

 首飾りの人物がやや上向きに手を振ると壁面に据え付けられた燭台に火が灯った。小刻みだった歩みもやっと自信を取り戻し、それぞれが定位置に並ぶ。床に描かれたペンタクルに沿う様に円陣を組むと、そのうちの一人が肩に担いでいた麻袋をペンタクルの中央へと放り投げた。ガシャン、ジャリン金属や小銭がぶつかり合う音が室内でこだまする。地下の石造りだからだろうか大きな音が響き、誰かがヒッと声を漏らす。だが誰も茶化したりはしない。皆呼吸が浅く、顔から体温が消え、手が凍える様に冷たく震えているのだから。

 

「では、始める。ここで何があろうともお前たちの働きは歴史に刻まれるのだ。誇りに思う、同志たちよ」

 

 首飾りの男は怯えを隠し、堂々とした口調でそう伝えた。

 気持ちを表し、始まりの合図としたのは、同志たちの気持ちを少しでも静める為であった。冷静さを欠き恐怖に支配されては、思わぬ行動をとってしまうから。

 

 燭台片手に右手をペンタクルへと翳すと、残りの五人も同じく手を翳し彼の言葉を待った。

 深く息を吸い、深く吐く。覚悟を決め、彼は言葉を発した。

 

『我はマルカーヴァ王国王子イマヌエル・デ・マルカーヴァ。第9位階の王マモンよ取引をしたい。この声を聞き、一考の価値があると判断したならば、この地に』

 

 突然、全てのろうそくの明かりが消えた。

 

 何が起きているのだ。今すぐに明かりを灯しすべてを見通したい。この暗闇が一層の恐怖を煽ってくる。だが、途中でやめる事は出来ない。まだ続きがあるのだからと、とにかく心を落ち着け、何も見えない空間で次の言葉を発しようとしたその時、ペンタクル中央から金属がぶつかり合う音が響いた。まさか、同志の誰かが気を失ったのか?それとも錯乱してペンタクルの中に踏み込んでしまったのか。

 

 クソ!頭では分かっていた、分かっていたが目の前の助けられる命を見捨てる事が、こんなに忍耐を必要とするとは。

 同志はこうなってしまう危険を承知の上で来たのだ。国を救うため、数千万の命を救うため、今はただ続けるしかない。

 ぐっと奥歯を噛みしめ、口を開くとパッとろうそくの明かりが戻った。手元の明かりも壁に据え付けられた燭台にも。

 

 そして、音がしたペンタクルの中央にいたのはローブ姿の同志ではなかった。

 

 とんがった耳、黄色い目、薄気味悪く笑う口元にはギザギザとした歯が並び、自らの頬に添えられた手には鋭い爪の生えた太い指がついており、腕組みしながらこちらを眺めていた。

 

 ヒッとまた小さな叫びが聞こえ両膝が大きく震えていると思えば、その膝は力なく崩れ落ち、前のめりに顔面から倒れてしまった。そう、ペンタクルへと身体を大きくはみ出して。

 

 全員が固まった。悪魔召喚において禁則事項の1つが今破られたのだ。こうなってはどうにもできない。ペンタクルの内側からは絶対に出る事が出来ないのだ。悪魔が簡単に出てこられない強力な結界になっており、取引が終わるまではこのペンタクルを破壊することが出来ない。ペンタクルを破壊すれば、強大な悪魔がこの世界を自由に闊歩することになってしまう。

 

 すると悪魔はおもむろに、とんがった耳の間に乗せられたトップハットを小脇に抱えた。そして、ギラリと輝く宝石の指輪を嵌めた、ごつごつした手が倒れた同志へと近づいていく。

 

「待て、待ってくれ。彼は見逃してくれないか」

 

 あの中で何が起きても手は出せない。そして、ここで儀式を中断すれば、また魔力と貢ぎ物を集める為に膨大な時間が必要となる。だから、倒れてしまった彼は助からないはずなのだが、僅かな望みをかけて、頼んでみたのだ。これは取引でもなんでもない。悪魔の()()に縋ってみたのだ。

 

 真っ赤な宝石のついた首飾りが揺れ、とんがった耳についているピアスがキラリと光る。大仰にフロックコートを靡かせながら振り返った悪魔は、キョトンとした顔で答えた。

 

「食うとでも思ったのかい?」

 

 再び場は凍りついた。もちろん誰もが食うと思った。悪魔の手下である魔物は人間を食らう。そして、悪魔も人間食うと、書物には丁寧に図解付きで描かれている。

 

「どいつと勘違いしているのか知らないけど、オイラは食わない。無事か確かめようとしただけさ」

 

 嘘だ。悪魔は平気で嘘をつき人を誑かす。それが彼らの得意とする事なのだから。

 

「そ、そうでしたか。これは失礼した。取引の前にお越し頂き感謝する。我は」

 

「さっき聞いたさ。王子だろう?さあ、取引しようか。何が欲しいんだい?」

 

「……我々はブルッフーヴァに侵略されようとしており、どうにか食い止めたいのです。ですから力を貸して頂きたい」

 

「分かった。オイラの軍団を貸すよ。報酬は?」

 

「そこにある金貨と金銀の鋳物が報酬の一部。見事撃退に成功したならば、更にその2倍をお支払いする。如何か」

 

「コイツは中々の重量だよ。この2倍準備できるのかい?」

 

「ええ。間違いなくお支払いします。ただし、撃退できればですが」

 

「じゃあ、成立さ。で、いつ魔物を召喚してくれるんだい?」

 

「は?貴方様が連れてきてくれるのでは?」

 

「年に一回しかおいら達は人間界に来られない。君達から召喚されない限りはね。だから、召喚してくれないと無理だね」

 

「そ、そんな!この召喚にどれ程の労力を掛けたか。軍団規模を召喚するなど、そんな力はもはや」

 

「この儀式は大変なんだね。別にオイラは急いでないから、数年後にでも呼び出せば?」

 

「それでは間に合わない」

 

「そうかい。とにかく取引は成立さ。まあ、召喚頑張りなよ。それで、オイラは何処にいればいいんだい?贅沢は言わないよ。大理石の風呂と召使い、後はワインとチーズがあればいいさ」

 

「……もし、軍団が呼べなかった場合は貴方様が戦ってくれるのですか?」

 

「ふむ、君は知っているだろう?オイラは武闘派じゃない。でも、助太刀はするさ。得意な事でね」

 

「勝てますか、この戦争」

 

「フッフフ。未来を知りたいならアスタロトを呼べば良かったのに。さあ、部屋に案内してよ。人間界は久しぶりだなー」

 

 コツコツと何かを鞣した革の靴でペンタクルを抜けると、この部屋に1つだけの扉へと真っ直ぐ歩いていった。

 意味は分からなかったが、ガチャガチャと麻袋を肩で揺らしながら歩く、緑色の悪魔の独り言を、王子は確かに聞いた。

 

「3人なら上出来かな」

 

 

 

 

 ボサボサ頭の男は、この世界に馴染んでいた。ゴワゴワしたチュニックに袖を通し、ブカブカのズボンを腰紐でぐっと縛る。

 

「んで、何しに来たんだよ」

 

「様子を見に来たのさ。オイラが蘇らせた人間はどんな調子かなってね」

 

「見ての通り元気だ。じゃあな」

 

「まあまあ、そんな事言わずにさ。オイラ暇なんだよ」

 

 この辺りでは珍しい二階建ての一軒家。ギシギシと音のする階段を下りていく男の後を、緑色の悪魔が追いかけていた。

 

「俺は暇じゃねえ。ったく、どうせだったら金持ちに転生させろよな」

 

「この前お金あげたじゃないか。それにこの家だって、オイラの金で買ったんだろう?」

 

「足りねえよ。ちまちました犯罪じゃ善玉の転生者は見向きもしねえしよ。はあ、いっそのことお前がこの辺で暴れまわって呼んで来いよ」

 

「オイラは武闘派じゃないし、この国の王様と取引して人間界に留まってるんだ。それで暴れたら魔界に送り返されちゃうだろ」

 

「分かった分かった。ほれ、金寄こせ。どうせため込んでるんだろ?」

 

「嫌だね。いつからオイラはパトロンになったのさ。頼むから頑張っておくれよ。オイラがせっせと金をバラまいても善玉君たちがすぐに嗅ぎつけて潰してしまうんだ。これじゃ、カオスには程遠いよ」

 

「王様に戦争するように言えばいいじゃねえか」

 

「んー、善玉の転生者が強すぎるんだよねー。このままだと、前の戦争で奪われた領土も取返しそうな勢いだし。だからまずは、あいつらを減らしてくれないと困るんだよ」

 

 広い部屋にあるのは背の低い机とソファーだけ。新居を買ったのはいいが、家具に回す金は無かったのだ。どかりと腰を落ち着けると、机に置いてあった紙巻たばこを咥えマッチを擦る。

 

「ぷふあー」

 

「ごほごほ。よく悪魔の顔にたばこの煙を吹きかけられるね」

 

「ぷふー。いいか、よく聞け。俺は転生者が欲しいんだ。それも俺の考えに賛同するやばい奴らなら最高だが、それが無理なら死体でいい。そいつらが集まらない限り、俺の能力は向上しない。向上しないと、俺の考えやお前の計画も中折れしちまうんだよ。分かるか?」

 

「はい」

 

「だから、ぐちぐち文句言ってねえで転生者を探し出すか、転生者の死体を持ってこい」

 

「うーん、肩入れしすぎなんだよなー。ところで君、能力は増えたのかい?せっかく魔王から貰った能力があるんだから、目利きしたんだろう?」

 

「ああ、増えた。いろいろな」

 

「おお!やったね。ほら、オイラの能力だってバカにならないだろう?」

 

「俺は能力をバカにしたことはねえ。お前がザコだって言ってるんだ」

 

「悪魔をザコ呼ばわりするのは君だけだよ。で、どんな能力何だい?見せてごらんよ」

 

「うるせえ、見たいなら100万おいていけ」

 

「嫌だね。君の能力の生みの親、いわば父親だよ?いつまで親のすねをかじる気なんだい!?」

 

「黙れゴブリン」

 

「あ、それは絶対言ってはいけないヤツだぞ!オイラはマモン!そんな低級の魔物と一緒にしないで欲しいな」

 

 何も無い部屋で悪魔と語り合う男は転生者である。転生者とは死んだ人間に全く別の魂が入り込み、生き返った者の事である。彼らは、強大な力を秘めている事が多く、この国で英雄と呼ばれる4騎士達も転生者である事は有名な話。

 しかし、ここで悪魔と戯れる男、虎壱實(とらいちざね)龍瑯(たつろう)は英雄とは程遠い転生者であった。

 

 

 

 

「5日、東京港区で首を絞められた跡のある女性の遺体が見つかりました。警察は一連の婦女暴行殺人の被害者と特徴が似ていることから、捜査範囲を23区に広げるとのことです。では、現場の杉野さん」

 

 朝のニュースを流し見しながら、バタートーストをかじっていると、ピンポンとインターホンが鳴った。朝の7時。男は静かにテレビを消して、玄関の方を見つめる。ピンポン、もう一度インターホンが鳴る。自分の呼吸が聞こえるだけの室内で、鍵の掛かった扉に穴が開くほどの視線を向ける。

 

 シン、と静まる室内。

 

 ドンドンドン。

虎壱實(とらいちざね) さん!警察です。開けてもらえますか?いるのは分かってますよ!」

 ドンドンドン。ピンポン。

 

 男は天井を眺め、ため息をつく。玄関向かうのかと思えば、半分ほど残ったパンを食べ始め、傍にあったコーヒーを飲み干すまで立ち上がる事は無かった。

 

 

「これ見てみろ。お前が殺したおじいさんだ。お孫さんもいらっしゃってなー、さぞかし無念だと思うぞ。見てみろこの顔。悔しそうだろ?」

 

 眼の前の刑事が机の真ん中辺りにある写真から一枚抜き出して差し出した。

 

「ほら、近くで見ろ。手にとってよく見てみろ」

 

 腹を何度も突き刺されたのか服が穴だらけになっており、床一面に血溜まりができている。その顔は、刑事が言う通り悔しそうな、恨めしそうな表情だ。もう十分に見えているのだが、刑事の感情を逆なでしてやることも無いだろうと、虎壱實(とらいちざね)は手錠を嵌められた両手を机に上げ、写真に手を伸ばした。すると刑事は右手に持っていたペンを振り上げ、身体が椅子から浮き上がるほどの力で、ドスンと右手を振り下ろした。

 写真を取ろうとした虎壱實(とらいちざね)の手にはペンを握った刑事の拳が張り付いていて、手を引っ込めようにも動かない。手が動かないことも不思議だが、驚きが勝ちすぎて痛みは全くなかった。

 刑事の顔を見ると、薄く笑っており、ごめんごめんと拳を開いた。

 

「おいおい、ペンを奪おうとするから間違って刺してしまったじゃないか。大丈夫か?」

 

 自分の手を見ると、甲には高そうな万年筆が刺さっており、柄の重みで傾いていた。金属部分が肉に入り込み、柄が傾くことで土を掘る様に傷口が広がり、血が溢れてくる。

 

「ぐっ」

 

 遅れて来た痛みは猛烈で、傷口に心臓があるのかというほど痛みと共に強く脈打っている感覚。

 

「大丈夫か?ほら見せてみろ」

 

 刑事が手を差し出すが、虎壱實(とらいちざね)は触らせまいと手を少しだけ引く。

 

「おい、ペンに触るなよ?そして落とすなよ?触れば、公務執行妨害、落としたら器物損壊だからな。分かったな?」

 

「アンタ無茶苦茶だな。そんなもん通るかよ」

 

 刑事は素早くペンを掴み虎壱實(とらいちざね)の目をまっすぐに見つめながら、ぐりぐりと右手を動かした。

 

「通るんだよこれが。犯罪者の権利なんか誰が考える?それよりも来週、孫と遊園地に行く予定だったおじいさん、可哀そうだなって思うに決まってるだろう。そして、犯罪者は極刑にでもなって社会から消えてくれないかなって思うに決まってるだろう?なあ?どう思う?」

 

 万年筆の鋭利な先端が深くに入り込み、幅の広い付け根辺りが手の甲の肉を押し広げていく。痛みで叫び出したかったが、このクソ野郎に負けてしまう気がして必死に耐えた。

 

「止めてくれ」

 

「何を?」

 

「ぐっ、これだよ」

 

「……分かったよ」

 

 すんなりと動きを止めると、躊躇いなくペンを抜いてポケットにあるハンカチで血を拭い始めた。

 

「DNAも調べるし、早く白状した方がいいぞ?そしたら死刑は免れるかも」

 

「俺はやってない」

 

「あっそ」

 

 拭き終えたペンを眺めると、机に転がっていたキャップを嵌めなおし胸ポケットに差し込んだ。

 虎壱實(とらいちざね)は未だに血が流れる左手を机に乗せたまま刑事を睨みつける。全く関係の無い事件で、こんなことをされる筋合いはない。いや、そもそも拷問は憲法で禁止されてるはずなのに、何で当たり前の様にこんなことしてるんだ。

 

「後で絆創膏持ってきてやるよ。俺は一旦、昼休憩行ってくるわ」

 

 刑事はそう言い残すと、颯爽と廊下へと消えていった。

 

「くそが」

 

 虎壱實(とらいちざね)は捨て台詞の様に言葉を吐くが、この後に待っていた名ばかりの尋問で強盗致死事件は見事解決となり、でっち上げられた証拠と共に後日の裁判で死刑を言い渡されるのであった。

 

 ちなみに、こうした警察の悪行は白日の下に晒され、それは同時期に起きていた連続婦女暴行殺人事件に関して、メディアが警察のバッシングを始めたために焦ったからだと結論づけられた。当時の政府を巻き込む大騒動となったのだが、虎壱實(とらいちざね)が死刑執行後に取り沙汰された為、彼はそれを知る由もなかった。

 

 

 

 目を覚ますが、真っ暗で何も見えない。グッと体に力を入れるが、どうにも動かない。油が切れたブリキ人形のようでギシギシと体が唸っている。

 それに何かがおかしい。自分が自分ではないように感じる。体の隅々まで神経が行き届いているはずなのに、横にズレているような、宙に浮いているような、はたまた重力に引っ張られ横たわる体の背中側に滑り込んでいるような、定まらない感じだ。

 ぐるぐると記憶を巡るが、知らない顔が出てくる。いや、知っている。これは俺の妻、いや、俺に妻はいない。それに、こんな街は知らない、いや、ここはオーランド市マルカーヴァ西部の街。マルカーヴァ?日本ではなく、マルカーヴァ王国だ。

 

 全く知らない記憶のはずなのに、知っている。だが、日本という国も知っている。マルカーヴァという国はあったかな?

 何だこれ、石で出来た家とボロい服。馬が走っていて、甲冑を来た誰か、騎士か、そんなやつまでいる。世界史に出てくるような、かなり昔のヨーロッパみたいだ。

 

「起きてるかーい」

 

 急に左側から声が聞こえた。中性的な声。顔を動かそうにも、体が言うことを聞かない。辛うじて目だけは動くが、暗くて何も見えない。

 

「まだ、転生してないのかな。この辺にいるはずなんだけど」

 

 クソっ、何で動かないんだ。声も出ないし、あれ?ていうか呼吸してるのか俺。俺、俺?俺は誰だっけ。

 

「いたら返事してー。オイラ他にも用事があるんだ」

 

 俺は確か、日本の東京で働いてて、死んだんだ。えーと、あれだ。死刑で首を括られたんだ。

 

「んー。まだ早かったのかな。ごめんねー。また後でくるよー」

 

 待て待て待て、ここはどこだよ!

 

「こひゅー」

 

「ん?」

 

 途端に不安定な感覚が収まり、体に力が入るようになってきた。呼吸もできる。まだ、鈍ってる感じがするが、どうにか体を起こせそうだ。

 

 男はグッと体を起こすと、呼吸を整える。全身の細胞が酸素を渇望していたのか、乾いた大地に雨がふるように隅々まで血液が巡っているように感じていた。

 

「起きたのかい?」

 

「……あ、ああ、お、きた」

 

「おお!それは良かった」

 

 パチンと音がするとボンヤリとした光球がふらふらと天井へと上っていく。ぶつかると同時に巨大なシャンデリアへと早変わりし、重みで落ちて来ると思ったが、ガゴンと音を立て、落下することなく無事に吊り下がっているようだった。

 男はシャンデリアに驚きつつも、声のしていた方へ顔を向ける。そこにいたのは、化け物だった。

 

「やあ、無事に転生できて良かった。どんな気分だい?」

 

「お、おまえ、なんな、んだ」

 

「オイラかい?ああ失礼。オイラはマモン。悪魔だよ。さあ、今度は君の番だ」

 

「あくま?ここはどこだ。地獄か?」

 

「ある意味ではね。少なくとも死の世界では無いよ。オイラは自己紹介したぞ?君はしてくれないのかい?」

 

「俺、は虎壱實(とらいちざね)龍瑯(たつろう)だ」

 

「よーし。前の人格は消えてるね。記憶は残っているのかい?」

 

「どういう、意味だ。俺は死んだ、はず」

 

「転生したんだよ。前の世界で死んで新たな命を授かった。その体の持ち主の記憶は残っているかい?例えばここが何という国でどこなのかとか」

 

「ああ、記憶はある。マルカーヴァだろ?」

 

「完璧だね。質問はあるかい?いくつか答えるよ」

 

「何でいくつかなんだ?人を叩き起こしといてそんな雑でいいのかよ」

 

「雑でいいんだよ。君は産まれてすぐに社会についての授業を受けたのかい?」

 

「……ここは日本じゃない。てことは外国なのか?タイムスリップしたヨーロッパとか?それでお前は、お前は、何だよ悪魔って。これは夢なのか?」

 

「そもそも君のいた世界では無いよ。日本では無いしヨーロッパでもない。全く別の世界さ。それにタイムスリップもしていない。そして、オイラは悪魔で、夢じゃない。頬つねってあげようか?」

 

 すべての指に嵌められたギラギラの指輪達が近づいてくると、龍瑯(たつろう)はそれを払い除けた。

 

「聞いても意味が無いな。今すぐには信用できない。あ、待てよ、この記憶は何なんだ?間違いなく誰かの記憶だ。何で他人の記憶が自分のものみたいに分かるんだ」

 

「それは、その肉体の前の所有者のものさ」

 

 マモンが手のひらを広げると銀色の小さな何かがくるくると回り、徐々に大きくなると1枚の手鏡へと変貌した。回転していた鏡の柄を握ると龍瑯(たつろう)の顔へと向けられた。

 

「これが今の君」

 

 そこに写っていたのは、以前の自分ではない。黒髪だが、青い目。彫りが深く鼻も高い。

 

「誰だこれ、俺なのか?」

 

「魂がこの肉体に収まったんだ。もう取り替えられないよ」

 

 別に気に入らないのではない。全く知らない顔の自分がいるのだ。自分ではないはずなのに、自分だと認識している。とても不思議で奇妙な感覚。

 

「ここが元の世界とは別だとして、日本に帰ることは出来ないってことでいいか?それとも手段はあるのか?」

 

「帰るとしたら、魔界経由になるんだろうけどさ、たぶん無理だね。長らく魔界にいるけどそんな方法聞いた事も無いよ」

 

「そうか。元の世界には行けないんだな」

 

「うん。帰りたいのかい?」

 

 龍瑯(たつろう)は鼻で笑い答えた。

 

「まさか、あんなクソみたいなところ帰りたくねえよ。最高だな、2回目の人生」

 

「そう言ってもらえて良かったよ。あ、ところで君にはある能力が備わっているんだ。実はね」

 

「ああ、知ってる。人を殺したらどうのこうのだろ?それに、自分の能力の事が分かったり、死体から能力を貰えたり」

 

「えっ!?何で分かるの?っていうか他の能力は何?」

 

「は?それを教えるつもりだったんだろ?」

 

「い、いやオイラが教える予定だったのは強欲の能力だけだよ。他は知らないし、そもそも何で能力に詳しいんだい?」

 

「傲慢、っていう能力があるからだな。コイツのお陰で能力については何でも分かる」

 

「……傲慢?へぇ、君は運がいいね。それ、魔王のだよ」

 

「魔王ね。まあ何でもいいや。それで、俺は誰かを殺さないと超能力が使えないんだな」

 

「超、能力というか、ただの能力だけど、まあそういう事だね。因みに、この能力ってのは転生者しか持っていないんだ。ここに元々いる人間は持っていない。だから、能力を奪うなら転生者を探すといいよ。簡単に殺せそうなのを教えてあげようか?」

 

「……やけに優しいな、悪魔のくせに」

 

「聞きたい?聞きたくない?さあどっち!」

 

「嫌だ、答えねえ。絶対なんかの罠だ。俺はまだ死にたくねえ」

 

「うーん、噛みついたりしないよ。でもね、こっちにも事情があるんだ」

 

「ほーら出た。大体こういう優しさには裏があんだよ」

 

「簡単に言うとね、君が悪人だととても助かるんだ。善人だとちょっと困るかな」

 

「ほお、つまりどういう事だ?」

 

「オイラたち悪魔は人間界がカオスになればなる程良いことがあるんだ。だから、君達を転生させて、より混乱させたいんだけど、転生する魂は大体見た目が同じだから、善玉か悪玉かなんて分からないんだ。それで今善玉が多すぎて困ってるんだよね。転生者って強いからさ、アイツらのせいで何だか平和になっちゃって。もっと無茶苦茶になって欲しいんだよね」

 

「ふーん。俺が善玉だったらどうする気だ?」

 

「どうもしないよ。善玉が増えたとしても、どうせ人間は勝手にカオスになるからね。でも、もっとかき乱せたらいいなってだけさ。人頼みじゃなく自力でね」

 

「悪魔のくせに勤勉なこった。それで言ったら俺は悪玉だろ。何がなんでも能力が欲しいし、強くなればやりたい放題出来るんだろ?」

 

「うんうん。好き勝手にやっちゃって。何なら君一人で無茶苦茶にしてくれてもいいよ」

 

「ハハハ。これが夢だったらブチ切れるぜマジで」

 

「夢かどうかは自分で確かめなよ。オイラに触られたくないみたいだし。じゃあ、次の転生者のとこに行くから。他に質問あるかい?」

 

「んああ、そうだな。転生者の居場所を教えてくれ」

 

 ボサボサ頭の黒髪男は、死体に囲まれた安置所で悪魔マモンの話に聞き入っていた。

 

 

 

 夜も深まり、外灯もないこの国で帰途につくには月明かりが唯一の頼りだった。

 アスファルトで舗装されている訳でもなく、剥き出しの土が押し固められているだけ。それも馬車が通る道だけで、人が歩くだけの場所はでこぼことしたもので、都会人だった彼には難儀なものだった。

 

 辿り着いたのは一軒の家屋。立ち並ぶ家々と変わらない、ただの家。明かりは消えており、一帯は静まり返っている。

 龍瑯(たつろう)は感慨深げにその家を眺めると、ほくそ笑んだ。そうして用が住んだのか、先程のでこぼこ道へと戻っていった。

 

 とことこ歩いていると、明かりが灯る場所がある。騎士の詰め所だ。マモンが言うには、ここに転生者の騎士がいるらしい。能力までは分からないが、コイツも転生したばかりだとか。

 ぽっかりと開いた入口に慌てたふりをして飛び込むと、わざとらしく息を切らしながら、肩を上下させる。

 

「た、助けてください」

 

「どうしました!?」

 

 どうやら騎士は一人らしい。そして、彼の能力は、龍瑯(たつろう)が今一番欲しい能力だった。最高に好都合な状況と完璧な能力に飛び上がりそうな程の喜びを抑えながら、演技を続ける。

 

「山の麓で乱暴されてる女性がいたんです。一人ではどうにもできなくて」

 

「分かりました。案内してください!」

 

 頑丈そうな甲冑を身に纏う若い騎士は、険しい顔で立ち上がった。

 

 龍瑯(たつろう)は街外れの山の麓まで走った。街外れといってもそこまで距離はない。そもそもここは田舎で、農業や林業の為に山の近くに街ができている。

 辿り着いた麓には月明かりも届かない。木々が僅かな明かりすらも遮り、犯罪者にはうってつけの場所にだ。

 

「どこです?」

 

「さっきはあの辺りにいたんですけど、ちょっと探してみます。騎士さんはあの辺りを」

 

「待って、一人では危険です一緒に行動しましょう」

 

「いいえ、それでは女性が危ない。何かあれば叫びますから二手に別れましょう」

 

「……分かりました。何かあれば必ず大声で呼んでください」

 

 龍瑯(たつろう)は頷くと探す素振りを見せ、少しすると騎士の様子を窺った。だが、この暗さでは何も見えない。さっきまではぼんやりと輪郭だけが見えていたが、どうやら視覚では頼りにならない。

 腰を落として地面の辺りに手を伸ばし、石や頑丈そうな木が無いかと探してみる。コツン、右手に当たった手の平サイズのひんやりとした塊と小さな塊達。小石は適当にポケットに収め大きめの石はグッと握りしめた。鎧と鞘がぶつかる音を頼りにこっそりと近づいていく。

 自分も木にぶつからないように左手を伸ばしながら、音のする方へと近づいていく。

 

 騎士もこの暗さでは走れないようで、ゆっくりと歩きながら、辺りの様子を窺っている。すぐ傍、どうにか騎士の輪郭がうっすら見える距離まで近づいた龍瑯(たつろう)は、しゃがみながら距離を詰めていく。

 

「誰だ」

 

 そこでピタリと止まった。慎重に、音を消しながら進んでいたはず。

 

「近くにいるな。私は騎士だ。関係のない人を巻き込みたくはない。返事をしてくれ」

 

 ジャキン。剣を鞘から抜いたようだ。

 

「このまま斬る事になるぞ」

 

 騎士は迷いなくこちらに真っ直ぐに歩いてくる。視認した訳では無く、どうやら音でバレたらしい。龍瑯(たつろう)はゆっくりとポケットに手を伸ばすと、小石を掴んだ。じっくりと近付いてくるのを待つ。剣が届かない距離で、なおかつこちらが即座に飛び掛かれる距離になるまで、息を殺し待つ。

 

「いいんだな!?斬るぞ」

 

 一歩足を踏み出した瞬間、騎士を超えて放物線を描く様に小石達を放り投げた。

 

 ガサガサガサ。

 

 騎士は後方で下木をする音が聞こえ、思わず体をそちらへと向けた。

 龍瑯(たつろう)は大きく息を吸うと、呼吸を止める。両手で石を持ち、ダンクシュートを決めるように、騎士の後頭部を思い切り殴りつけた。

 ゴスッと鈍い音がすると、騎士は前のめりになりよろけ、地面に膝をついた。このまま倒れてくれと思ったが、願い叶わずすぐさまこちらへと剣を向けてきた。

 だが、ダメージは深刻なようで、立っているだけなのに、かなりぐらついている。左へ右へ、前へ後ろへ。だが、相対するこの状況、剣が邪魔で飛び込めない。

 

「くそっ、見えたぞ!卑怯者!」

 

 このまま正面切ってやり合うのは危険すぎる。かと言って、逃げれば顔が割れている俺は疑われるだろう。ここで殺りきるしかない。そこで龍瑯(たつろう)は大勝負に出ることにした。

 

「騎士さん、俺です。詰め所に呼びに行ったでしょう」

 

「くっ、お前、襲われている女性の話は嘘か」

 

「いや本当ですよ。俺の仲間が楽しんでるんじゃないかな」

 

「一体何の為にこんな事を」

 

「それはもちろん、アンタらが嫌いだからだよ。今だ!殺せ!」

 

 騎士は今度こそ躊躇うことなく、後方へと横薙ぎに剣を振り払った。だが、そこにはちょうど木があった。抜けなくなった剣を両手で掴み必死に動かすが、深く刺さってしまい抜けない。

 龍瑯(たつろう)は剣を動かしたその時に走り出しており、騎士が焦っている時には両手を振り上げていた。

 

 

「あぶねーあぶねー。振り返ってくれるだけで良かったんだけどな。ラッキー」

 

 騎士の亡骸の横へ石を投げ捨てると、しゃがみ込み冷たい胸へと手を当てた。

 

『強奪、相続』

 

 初めて能力を使ってみたが、何か感じられるものではないらしい。想像していたのは手元が光ったり、体に何かしらの痛みが走ったりだったのだから、少し拍子抜けしたようだ。

 

 傲慢の能力は簡単に言えば能力を解析する能力。転生者は自分の能力を自覚せず、普通に過ごす事が多い。その中であってこの能力は破格と言えるだろう。その能力で今相続したばかりの新しい能力を解析する。

 

「ハハハ、マジでついてる。いやーあんがとな」

 

 ポンポンと甲冑を叩くと、立ち上がり、慎重に麓を抜けて行った。

 

 

 男はある家の前に立っていた。彼はこの辺りの担当騎士である。だが、今は甲冑ではなく農民が着る一般的な服装で佇んでいる。

 彼はギイッと扉を開いた。田舎町では、鍵を閉めないのが普通だ。近くには民家もあるし、叫び声を上げれば誰かが飛んできてくれる。それに、ここに住む皆が顔見知りなのだ。閉める必要が無い。

 

 どこの家もだいたい同じ造りで、調理場とテーブルが置かれた団欒の部屋と、両親が寝る部屋、そして子供部屋、もしくは物置である。奥へと進み、静かに戸を押してみる。

 

 そこにはベッドで眠る小さな子どもがいた。5歳ぐらいの女の子である。男は顔を顰め、隣の部屋の戸を押す。そして、下卑た笑みを浮かべた。

 

 ゆっくりと中へ入ると、静かにベッドの側へと移動する。そこに眠るのは一人の女性。今日、夫を亡くしたばかりの未亡人。

 

 男は慣れた手つきで女性の口元を手で覆い、ベッドへと乗り移る。当然、強い圧迫とベッドの揺れで目を覚ました女性。その上に膝立ちで跨がり、唇に人差し指を当ててみせた。だが、混乱した女性は腕を振り回し、体を仰け反らせ、暴れた。だが、ある一言で大人しく従順になる。

 

「娘さんが起きますよ」

 

 ピタリと固まった女性の上で、穏やかに笑う男。口元を覆う手を離してあげると、もう一度シーッと念押しする。女性は涙を流し、何度も頷く。

 

 薄いシーツを剥がし再び跨ると、男は腰紐を緩めた。

 

「久しぶりだー。3ヶ月ぶりぐらいかな」

 

 男は喜々とした表情で語る。隣で眠る小さな子供を起こさないように囁くような声で。

 ギシギシとベットが揺れる度にポロポロと涙が頬を伝い、男の顔は綻ぶ。

 

「大丈夫。あと一回で終わるから」

 

 女性の顔に表情は無い。焦点の合わない目で虚空を見つめ、考えているのは娘の事だけ。男はこの表情を知っていた。何度も同じ顔を見てきた。そして、この感覚を求めていた。

 

 ギシギシと再び揺れるベッドで、ボーッと宙を見つめる女性は彼の視線がどこに向いているかなど気にも留めていなかった。いや、気にしたくなかった。

 スッと首筋に添えられた大きな手に気づき、ハッとした表情を浮かべるが遅い。

 ギシギシ、ギチギチ、ギチギチ。

 

「はあ、はあ。堪んねえ、やっぱりいいな」

 

 男はベッドの上で腰紐を締め直すと、ゆっくりと家を後にした。その顔は、騎士でも無い、誰も見た事が無い、見知らぬ男だった。

 

 

 

 翌朝、その家の周りには騎士が集まっていた。

 ベッドには白目を剥いて口から泡を吹いている女性。肌も露わになっており、その首元には大きな手の跡がくっきりと残っている死体があったのだ。

 子供が泣きながら訪ねて来たという女性が、騎士の詰め所に駆け込み発覚した事件。

 

「こんにちは。ちょっとよろしいですか?」

 

「んああ、アンタ見ない顔だね」

 

「ええ、王都からの応援です。昨日の事件ご存知ですか?」

 

「そりゃもちろん。可哀想にね」

 

「全くです。それで、誰か怪しい人を見かけませんでしたか?」

 

「怪しい人ねー。全く思い浮かばないよ」

 

「例えばこの辺では見ない顔がいたとかです」

 

「アンタ以外にかい?んー、あ!そういやいたね」

 

「ほう?」

 

「明け方にオーランドの市街地に向かってる男がいたよ。一人で街道を歩いてたから、変だなと思ったけど、そいつなのか?」

 

「どうでしょうか。可能性はありますね。詳しく聞いてもいいですか?」

 

「ああもちろん」

 

 

 

「ぷふあー」

 

 龍瑯(たつろう)は市街地の歓楽街の端っこにある、自称我が家で紫煙をくゆらせていた。

 すると、玄関の方でガシャガシャと戸が揺れ出した。そしてすりガラスの向こうには緑色のヤツの姿があった。

 

「なんだ?」

 

 渋々といった様子で、鍵を開けると、戸が勢いよく開き緑色のやけに装飾品の多い悪魔が、目を丸くして固まった。

 

「おい、人のアソコ見て固まるんじゃねえ」

 

「何で全裸なのさ。裸族かい?」

 

「来客の予定があったら服ぐらい着るっての」

 

「ほら来客だよ!服を着ておくれよ」

 

「ったく、朝から騒がしいなコイツは」

 

 服を着る気がないのか、龍瑯(たつろう)はビールを入れる木箱に腰掛けた。

 

「ここは買ったのかい?」

 

「いや、空いてたから使ってるだけだ」

 

「不法占拠か。オイラが買ってやろうか?」

 

「あ?金くれんのか?マジかよ。昨日から中々ついてるぜ」

 

 

 虎壱實(とらいちざね)龍瑯(たつろう)は強盗殺人事件で有罪、死刑となった。これは紛れもない冤罪である。しかし、彼は無実では無い。無実どころか極悪人である。皮肉にも彼を冤罪に追いやった、連続婦女暴行殺人事件の犯人こそ彼なのであった。

 

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