眠り揺蕩   作:エミル・シェーベ

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No God No Master


Deliver us from Justice

それゆえ、主はこう仰せられる。見よ。わたしは彼らにわざわいを下す。

彼らはそれからのがれることはできない。

彼らはわたしに叫ぶだろうが

わたしは彼らに聞かない。

(エレミヤ書第11章)

 

 

「何度も会うじゃねぇか、ブラザー」

 

前後の記憶は定かではなく、視界はぐらつき七色に色づいている。薬物を摂取したかのように視界は歪み酩酊状態のように素面とぶっ飛んだ状態を繰り返している。

 

なんだこれは?

 

「なにをダラダラしてんだよ。それがおまえの選択じゃねぇのか?」

 

 粘着質な馴れ馴れしい男がまた自分に話しかけてくる。

 見れば男は全身ペンキを被ったように赤ぐらい液体でびしょびしょになっている。全身異様なだが何よりも異様なのは首から上だ。『破れかけの鶏のマスク』をしているのだ。マスクは破れかぶれで所々から皮膚が見え隠れしている。

 

「なぁ、おれは質問しているんだぜ。今の無様な状態がおまえの選択じゃねぇのかよ?」

 

 口元を隠すはずの嘴は刃物で切り裂かれたように裂かれており男の口元が見え笑っているのがわかる。黄色く薄汚れた何本か歯が欠けた粘着質なサドスティックな笑みだ。

 

「それで、おまえはいつ自分に残された選択肢に気づくんだ」

 

 男が何か喋っている。だが、男の声が何重にも反響し何を言っているのかがわからなくなっていく。

 

 ここはどこだ?

 

「お前の妄想かもしれないし、『夢』かもしれない」

 

 視界が黄色や紫など原色に変色していき異常なぐらいに歪んでいく。意識が飛び掛かり失神寸前の筆舌に尽くしがたい気持ち悪さが全身を駆け巡っていく。

 

「もう時間だぜ、ブラザー。また会えるのを楽しみにしてるぜ」

 

 喉から意識と逆らって嗚咽が漏れる。全身が捻じれ切れそうな錯覚に陥っていく。これはなんだ?ここはどこで、なんで自分はこんな状態に陥っている?

 破れかけの覆面を被った男が猛り狂ったような笑い声をあげる。

 

「そんなの決まっているだろう。ガキの時に学ばなかったのか?誰かに虐げられているときに気づかなかったのか?」

 

 覆面の男は不快な印象を受ける粘着質な笑みを更に深くし床に倒れ仰向けに倒れこんでいる自分に近づいてきてポツリと笑みを消し感情の籠ってない無機質な声で吐き捨てるように言い放つ。

 

「現実だよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間視界は完全に暗転し意識は強制的にシャットダウンする。まるで夢から急に覚めるように。まるで悪夢が唐突に終わるように。

 

 

『御伽噺はとっくの昔に死んだのさ』

 記憶はとうの昔にバラバラとなり、過去と現在は混在し混濁とした意識の中でふと過去の記憶を思い出す。もう、会うこともない誰かとの記憶だ。

 

自分が生まれ育ったのは田舎の少子高齢化が進み治安の悪い現代とは真逆の価値観が巣食う閉鎖的な街だった。

まだ今のように『個性』が一般的ではないころに物心がつき『個性』への『無個性』の一方的な差別を目の当たりにしたのを覚えている。

 

だが、個性はランダムに『無個性』に流行り病のように発現していく。個性が一般的になるにつれ差別は鳴りを潜めていくが、その悔恨は簡単には消えない。

 

1度灯った憎しみの炎は時が経つにつれ巨大化していくのは明らかだろう。小さな火が干し草に引火し業火になっていくのは明らかだろう。

 

そして悲劇はある日突然起こる。

 

個性を持つ者達が無個性達を殺し回るという事件が起きた。それは溜まっていた憎しみを、学校教育という学び場で形成された倫理観が食い止めていたことかもしれない。

だが、1度始まれば歯止めは効かなくなり復讐という連鎖はたちまち周囲に波及していく。

 

罅割れたノイズのようにその日のことは何度もグルグルと脳を焼き尽くすように鮮烈に瞼を閉じれば思い出す。

 

幸せな家庭。

 

鬼畜と化した個性所持者

 

尊厳を踏みにじられただ童が遊び感覚で虫の羽を千切るように命を奪われ物言わぬ肉塊になる家族

 

そこで全ての記憶がプツンと消える。

 

そして今の自分はいる。ただただ虚ろな自分が。

 

 

コツコツ。

 

廃棄された関東圏のとある廃工場に深夜誰かの足音が規則正しく鳴り響く。

普段、経営者が破産宣告をし取り壊されることもなくただ朽ち果てた工場には溜まり場として不良や度胸試しとして無断で侵入してくる輩がポツポツと来ては数時間で消える心霊スポットとして地元では若年層に認識されている。

だが、いま誰もいない廃工場に足音を鳴り響かせている存在は堅気ではない。

 

AFOの配下。

巨悪に心酔し盲目に付き従う屈折した信奉者。その1人が廃工場にその姿を現す。

痩せすぎた外見。骨に無理やり皮を張りつけたかのような印象を彷彿とさせ、血色は青白く死人が無理やり動いてる錯覚を抱く。だが、眼を見れば猛禽類を彷彿とさせ常人ではないことが容易に分かるだろう。

 

「来ましたね」

 

透き通る中音の声と共に男が暗闇の中から男が姿を現す。外見は官僚然としているが、纏う雰囲気は剣呑としており他者を寄せ付けない刃物をイメージさせる。

 

「お前もだ。坂骨」

 

痩躯の男は今しがた現れた男、坂骨に皮肉めいた言葉を吐く。坂骨と呼ばれた男は皮肉を何処を吹く風のように無視すると右手に持っている茶封筒を男に機械的に手渡す。

 

「すいませんね、こちらもこちらで忙しくて。それで、そちらはどうなのですか?平骨」

 

「ふん。変わりはなく物事は進んでいる。お前が心配せずともな。しっかりとあの御方の指示通りに動いているのだろうな」

 

平骨は坂骨が渡してきた茶封筒を無造作に取ると坂骨を猛禽類に似た眼を射貫くように向ける。一般人ならば混乱をするその鋭い眼光を坂骨はフンっと鼻を鳴らし興味なさげに視線を合わせる。

 

「無論ですよ。我らが信仰するあの御方。『AFO』の指示は法ですよ。私は私で忙しくてね。貴方のような人間に関わっている時間が惜しい」

 

明確な侮蔑を込めた言葉を吐くと坂骨は要件は終わったとばかりに廃工場の闇にその身を溶け込まそうとする。平骨はフンっと鼻を鳴らし猛禽類を連想させる鋭い眼光で消える坂骨の背中を射貫くと嫌味のように呟く。

 

「さすが、『政治団体』の幹部さんだ。おっしゃることがインテリ臭い」

 

そう呟くと平骨の肉体が闇と同化するように、溶け込むように消えていく。

 

後に残るのは闇のみ。物言わぬ無遠慮な漆黒のみがただ廃工場を覆う。

 

 

「それで?どうだったのかね。坂骨くん。君の弟君とは?」

 

都内某所。一等地にその建物はデカデカと建てられている。政治団体の本部としては些か立派すぎなのではないかという疑念を持たざる得ない洋式の建物の1室で密談は始められていた。

 

「はい。何もなく、『誰』にも見られることもなく終わりました。異生さん」

 

「それはよかったじゃないか。本当によかった」

 

異生と呼ばれた人物は呟くように言う。まるで何かに狂ったジャンキーのように、ただ呟く。

 

異生 幸三。

 

政治団体異信党議員。個性超常社会において人外の容姿をした者への差別を撤廃し、より良い社会への実現を謳った政治団体であり、政界への影響力はある程度ある政界団体。

 

「それで、これからも変わらず収集を?」

 

坂骨は無感情な瞳を異生に向ける。鳩の個性をもつ異生は外見が鳩に酷似しており二足歩行の鳩と形容して良いだろう。

 

「あぁ、頼むよ。これからも『収集』を頼む。君が来てくれて『あの御方』により一層の忠誠心を捧げられるよ」

 

異性は上の空のように言葉を吐く。その言葉に坂骨は表情を変えることなく低く形式的に頭を下げる。

 

「全てはあの御方のために。ただそれだけです。それでは私はまた『収集』のほうに」

 

坂骨はクルリと踵を返すと部屋から退出する。

 

悪意は根のように、病原菌のように拡大していく。表も裏も関係なく無作為に。

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